第76話 敵意2

 目の前に現れたのは、魔導の輝きだった。青白い光が地面から滲んでいる。


「魔鉱石か」

 しかも、かなりの量の魔鉱石が埋まっている。この土地の人間は気付いていないのだろう。全く手付かずの、そのままの状態だ。


 草場から精霊が顔を出す。ふわりと浮いて、薄い碧の光を燈らせた。


 来た。来たの。


「いるのは、お前たちだけか」

 一匹が現れると複数が現れて、あっという間にその洞窟を精霊たちが埋め尽くした。

 ここは草の精霊の住処か。天井はなく崖に囲まれた場所だが、草木に隠れて上から見えないのだろう。隠れ家のようになって、魔鉱石を生成し続けているのだ。


 草の精霊が呼んだのは、仲間がいるからか。

「王族が精霊の声を聞けないと、こんな弊害が起きるわけか」


 毎年芽吹きの木を得るのならば、王はここに来る。しかし、精霊の声に気付かず、精霊の姿を無視し続けるのならば、この場所は見付からない。


 王が精霊の声を聞けないのではないかというのは、薄々気付いていた。姿もまともに見えているのか、祀典の際に精霊がいても見向きもしなかったのは、見えないからなのではないかと推測している。

 王族でもそんなことがあるとは聞いたことはあったが、親子揃って精霊の声を聞こえないとなると、この国に精霊が少ないと言われることも納得ができる。


「いや、フィルリーネは分からないか」

 王を立てて、見えないふりをしている? そんなわけはないだろうが、フィルリーネは精霊に好かれている。相性がいいため、声も姿も分からなくとも、精霊には問題ではないのだろうか。


 怒ってた? 怒ってる。


 精霊が目の前に浮かんで、首を傾げた。誰のことを言っているのか。

「誰か怒るのか?」


 怒ってる。怒ってた。


 精霊は力むように浮かんで、速さを上げる。止まって回り、戻ってくる。

「翼竜か。何に怒っている?」


 好き、嫌い。嫌い。好き?


 意味が分からない。片言だとしても、会話が成り立ちそうにない。それに、あまりここに長くいるのもまずかろう。外でウルドが待っている。見付かれば面倒だった。

 またここに来ることは難しい。芽吹きの木までは来られることを伝え、戻ることにした。


「ルヴィアーレ様、ご無事で」

「問題ない。こちらも問題なかったな?」


 ウルドは頷いて服を差し出した。すぐに着替えてベルトをする。中の話は必要な情報ではない。特に何も言わず、その場を離れた。

 魔鉱石があるなどと、軽く話せることではない。魔鉱石はこの世界で必要不可欠なものであると同時に、争いの種となる物だ。無闇矢鱈、埋もれている場所を話す必要はなかった。


 靴についた土を払い、汚れた服のままだが、フィルリーネの部屋へと進む。サラディカたちも部屋に行っているだろう。落ち合う場所は、フィルリーネの部屋の前だった。


「ルヴィアーレ様、お探ししました」

 サラディカが安堵したような顔で近付いてくる。レブロンもイアーナも、フィルリーネの部屋前に集まっている。王の騎士もだ。予定通り書庫で会って、ここに来たのだろう。


「芽吹きの木を見に行っていた。フィルリーネ様にお会いしたいと伝えたか?」

「それなのですが」


 サラディカは既に、フィルリーネの側仕えに会う約束を取り付けようとしたようだ。しかし、どうやらここでも部屋に籠もっているらしい。自分がいないので、無理に確認を取るのはやめたのだろう。いつ戻ってくるのか分からないため、待っていたようだ。


「部屋か」

 自分がここに来たことを、サラディカはレミアに告げる。本人が来ては追い返すことができぬだろうが、レミアは難色を示した。前回、部屋に入れたことを後悔しているようだ。しかし、ここで待っていたことを知っていただろう、ムイロエが扉を無遠慮に大きく開けた。


「まあ、ルヴィアーレ様。フィルリーネ様でしたら、中のお部屋に閉じ籠っております。中に入ってお待ちになりますか?」

「ムイロエ。フィルリーネ様の許可がないわ」

「いいじゃない。さっきだって、オマノウラ様のお相手してたんだし」

「フィルリーネ様は、もう、お部屋に入ってしまったのだから」


 客の前で側仕えたちが揉めはじめる。その姿を見て、サラディカが眉を顰めた。ラータニアであれば、サラディカの雷が落ちている。


「フィルリーネ様はお部屋ですか? 中に入ってもよろしいでしょうか?」

「ええ、どうぞ!」

「ムイロエ……」


 ムイロエはレミアの声も聞かずル、ヴィアーレに入るよう促した。

 部屋の中はテーブルやソファーなどがあるが、寝台もある。部屋に入ってすぐに寝台があるのも珍しい。寝所に男の騎士と側仕えがいるのだ。

 奇妙な部屋に、イアーナが口を開けて見ている。寝台の天蓋から布が垂れており中は見えないため、フィルリーネが眠っているのではないかと思ってしまうが、フィルリーネはこの部屋にはいないようだ。


 ムイロエはレミアの声も聞かず、ルヴィアーレに隣の部屋に入るための扉を示した。

「フィルリーネ様なら、あちらの部屋でまた閉じ籠っていらっしゃいます。ですから、ソファーでお待ちになりませんか?」


 レミアは困ったように、後ろでムイロエと自分を見合わせている。主事であってもムイロエは止められないようだ。呆れるのも面倒で、ルヴィアーレはにこりとムイロエに笑いを掛けた。


「フィルリーネ様にお話がありますから、声を掛けて良いでしょうか?」

「え、ええ! 勿論ですわ。どうぞ、ルヴィアーレ様」

「ムイロエ、フィルリーネ様は……」

「ルヴィアーレ様がおっしゃってるんだから、大丈夫よ」


 ムイロエの返事に、ルヴィアーレは部屋に入り込んで。隣の部屋に入る扉を数回叩く。しかし、返事はない。もう一度叩いて間をとったが、やはり返事はなかった。


「お休みになられているのかもしれません」

 レミアが遠慮げにそう言って、帰ってもらいたそうにしていたが、ルヴィアーレはそれを見ぬふりをし、ムイロエに微笑む。


「部屋には寝台が?」

「え、いいえ。ソファーや机だけですわ」

「では、ソファーでお休みになられていれば、お風邪を召しましょう。部屋に入らせていただきます」

「そ、それは。フィルリーネ様が、何とおっしゃられるか」


 レミアは顔色を悪くして止めようとしたが、サラディカが間に入った。二人を下げるようにルヴィアーレの後ろに立つ。頷いて扉を見たが、ここでも魔法陣が起動している。扉の取っ手には何も記されていない。防音と侵入防止の結界だけだ。ここでは、特別な者への侵入を許す魔法陣がない。


 ここにいる者たちは、フィルリーネの許可から除外されている。二つの魔法陣は前より強めに掛けられているが、それほどでもない。ほんの少しだけ警戒を上げた程度だ。それでもぬるい。


 ルヴィアーレは描かれた魔法陣を気付かれないように解いた。簡単な結界だ。ここでは自分が入ってこないと思ったのだろうか。確かに時間を得られるほど長くは籠もれないだろう。冬の館に来てからほとんど時間を共にしている。


「フィルリーネ様からお叱りを受けますっ!」

 扉の取手に手を伸ばすとレミアが必死に止めようとした。拳をきつく握っている。前回のことで罪悪感が強かったか、今回は何とか止めたいのだろう。しかし、ルヴィアーレはゆるりと笑んだ。


「未来の夫となるのです。フィルリーネ様も許してくださるでしょう」

 そう言って、部屋の中へと入り込んだ。





「ああ、やはりな」


 扉を閉じた部屋の中は、本当に机とソファーしかない。簡素な部屋だ。本来は寝所なのだろう。飾りのような棚があるだけで、何もない空間がそれを物語っていた。一人になるために、わざわざ寝台を移動させたのだ。

 ここで何かを作ったりはしなくとも、一人どこかへ行くには、必要な部屋だ。


 フィルリーネは、部屋にいなかった。窓を開けて周囲を見回したが、足を乗せて抜け出せるようなところはない。高さがあって飛び降りるのは不可能だ。

 身を乗り出して外を見ると、ここから遠目だが書庫が見えた。そこには翼竜がいたはずだが、姿がない。


「まさかな……」

 翼竜はこちらを、敵意を持って見ていた。展望台にいた時は、自分たち人間がいるのを確認したのかと思ったが、あの敵意は自分に注がれていた。


 そして今、フィルリーネが部屋にいない。


「翼竜を使って、外に出たのか?」

 そんな派手な真似はできないだろう。自分の想像力を、鼻で笑った。

「どうやって出た?」


 転移魔法陣を描けるほど、魔導を持っているのか?

 あの力は、並大抵の魔導持ちでは行うことができない。王直属の魔導士でもできる者は少なく、高度な力が必要となる。


 しかし、この部屋から出ていくとして、一体どこへ行ったのだろうか。

 城の外へ出ても雪で覆われて、王女が行けるような場所などない。ならば、王都にでも戻ったのだろうか。

 転移魔法陣は距離に比例して、魔導量が必要になる。その力を、フィルリーネが持っているのか?


 だが、現実、フィルリーネはこの部屋にいない。


 この部屋から一人抜け出して、フィルリーネは一体何をしているのか。

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