第63話 好み

 漆黒の甲冑。金の模様。禍々しい色の、昆虫のような航空艇が降り立ってきた。


「ビシニウス……」


 フィルリーネの呟きは、剣呑な響きを持っていた。




 婚約の儀式を終えてから、フィルリーネを注視しなければならないと考えているせいか、一言二言の言動でも気になってくる。

 戦艦ビシニウスを見た瞬間のフィルリーネは、鋭さを残すような視線を持っていたが、すぐにそれを解き、驚きを見せつつも国境警備騎士たちの戻りを喜んだ。


 驚いたのは間違いない。しかし、戦艦ビシニウスに気付いた時のフィルリーネは、警戒心を持ったように見えた。気のせいだっただろうか。




「お帰りなさい。ベルロッヒ」

 自慢げにベルロッヒを紹介するフィルリーネは、まるで憧れの者を見るようにうっとりとし、国一の剣豪の戦いを話すようねだる。


「素敵ですわ、ベルロッヒ。他にはどんな戦い方をされましたの? 険しい雪山で魔獣を追い込むのは、骨が折れますでしょ? 前は防御壁の魔法陣を使ったと聞きましたわ」

「防御壁の魔法陣ではリンガーは囲めません。リンガーは長い足で空を飛ぶように駆けますからな。一度に巨大な魔法陣を地面に描き、半球体の防御壁を作り、リンガーを閉じ込めるのです」

「まあ、そのようなことができて!? 閉じ込めて、ベルロッヒも防御壁に入り込むということかしら? 戦うには近寄らなければならないでしょう?」


 フィルリーネは首を傾げながら、心配そうにベルロッヒに問う。近付いて戦うならば、リンガーの長い足で蹴られてしまうのではないかと、魔導を持たない者の考え方で疑問を持ってくる。

 ベルロッヒや他の騎士たちは苦笑しているが、そこに嫌味はなかった。他の貴族たちに比べて、国境警備騎士たちはフィルリーネと随分親しげだ。

 フィルリーネが、国境警備騎士たちを心酔するかのように、熱心に話を聞きたがるからだろう。


 王も今日は機嫌が良い。フィルリーネの質問に答えるベルロッヒの話を、幾分目を細めて聞いていた。

 いつもは無表情で、どちらかというと仏頂面をしている。その王が目元を緩めるのは珍しい。常に淡々と話すその声に抑揚はなく、感情の感じられない言葉と命令口調。フィルリーネが表情に感情全てを乗せて話すのとは対象的だ。


 王は、身長はさほど高くないが、体格が良く、がっしりとしていた。見た目は騎士のような身体だ。実際、剣の腕があるのかもしれない。王が常に腰に帯びる剣には、古さを感じた。

 髪は金で目の色は茶色。座った目をしている。口髭を蓄えており、口元が見えないせいで、なおさら無表情に見えるのかもしれない。良く見ると肌はフィルリーネに比べて褐色で、フィルリーネには似ても似つかなかった。

 金髪ではあるが、フィルリーネの鮮やかな金に比べてくすんだ金で、淡い茶色が混じったような色をしている。

 母親の肖像画を城の広間で見る機会があったが、フィルリーネは母親似なのだろう。


 フィルリーネは、しつこく魔獣の話に耳を傾けていた。どうやら、ベルロッヒの活躍を毎年楽しみにしているらしく、戦いについて話をせがむのが常のようだ。真剣な眼差しで質問をしながら、子供のようにはしゃぐため、周囲から生暖かい目で見られている。


 こちらとしては、どんな戦い方をするのか聞けて、丁度良い。

 フィルリーネは、国境騎士団について良く聞いているだけあって、編成など細かく耳にしている。そんな戦い方があるのだと褒めてばかりだ。余程好きなように見える。


 ベルロッヒや他の国境騎士団の隊員たちも、満更でもないとフィルリーネに説明をする。周囲の貴族たちは聞くのも飽きているようだが、フィルリーネがせがむのだから仕方がないのだろう。いつものことだと、その話を止める者はいない。


 フィルリーネの興味が戦いだとは思わなかったが、イアーナと同じだと思えば納得できた。実はあの二人は似ているのでないかと思いはじめる。

 どちらにしても好都合だ。戦い方は良く聞いておきたい。静かに自分も耳を傾けて、ベルロッヒや国境騎士団の話を慎重に聞いていた。


 フィルリーネは酒を飲んでもいないのに、やけに楽しそうだ。とはいえ、学友たちと自慢話をしている顔と同じで、普段のフィルリーネである。特に気になるところはない。


 神経質になりすぎか。フィルリーネが席を立つのに便乗し、自分も席を立つ。これ以上話すことはないだろう。貴族たちのおもねった話を耳にし続けて、さすがに疲労が溜まった。酒も深まり、話も盛り上がっていたが、恐らくこれ以上の話は聞けないだろう。


 王の側には、酒を口にしない宰相のワックボリヌがいる。話をした限り若く見えるが、隙がない。不用意な言葉を、自分の前で話させないはずだ。

 フィルリーネがベルロッヒに話をせがんでいる間、ワックボリヌは常に周囲に目を張り巡らせていた。


 フィルリーネは共に出るのを嫌がったか、残るように言ってきたが、頷く必要はない。送ると称して手を取ると、微かに困ったような顔をしてきた。自分が残らなかったことを気にするとは、珍しいこともある。


 確かに、広間には国境騎士団を迎えるために、多くの重役が席についていた。宰相ワックボリヌだけでなく、王騎士団団長ボルバルトや、魔導院院長ニーガラッツ。魔導院副長のイムレスや、魔導院研究所所長ホービレアスもいる。

 魔導院の上位が同じ部屋に集うのを見るのは、これが初めてだ。概ね、魔導院の人間はこういった集まりには出てこない。国境騎士団が特別である故だろう。


 フィルリーネは、部屋に戻る途中も、ベルロッヒの話を楽しそうにする。とにかく強いことを自慢したいようだが、聞き飽きていたイアーナが面倒そうな顔するほどで、レブロンに肘打ちを受けていた。 

 しかし、ここでのフィルリーネの話は有益だ。サラディカは離れていながらもフィルリーネの言葉を漏らさず聞いている。キグリアヌン国の話も出してきたので、これ幸いと質問をした。


「キグリアヌン国からは、王子が良く訪れると伺っております。大国同士、気は抜けないと言うところでしょうか」


 キグリアヌンの第三王子と親密であれば、こちらは警戒しなければならない。第三王子をフィルリーネの伴侶に選ぶことも、王は考えていただろう。しかし、自分の存在があったため、キグリアヌンとは別の方法で繋がりを持ったはずだ。

 その辺りを聞きたいが、フィルリーネは、第三王子のオルデバルトとは、たまに会う程度としか情報を寄越さない。


 そして、オルデバルトの話を出した途端、フィルリーネは溜め息をついた。

 比較的、良く会う相手となれば、当初、王がフィルリーネの相手に選んでいたのは、キグリアヌン国の第三王子だったのだろう。フィルリーネもその気だったのかもしれない。

 分かりやすく、嫌味で溜め息をついてきたかと思ったが、フィルリーネはその問いに、間抜けな答えを返してきた。


「何をですの?」

 ぽかんとした顔は初めて見た。明らかに質問の意味が分からない。そんな顔をして、フィルリーネは目を瞬かせた。

 予想していない問いだったと言うより、そんなことを問われても想定できないほど、オルデバルトが全く眼中にないようだった。とても分かりやすい。


 代わりに、剣が得意でない者なのかを問うと、それすら意味が分からないと、再び目を瞬かせる。

 どうやら、恋愛に関してかなり子供なようだ。フィルリーネは、そんな話を良く学友としているのかと思ったが、興味がないらしい。自分の問いに関して、理解が追いついていない。


 学友の一人の婚約にいち早く気付き、祝いを述べていた割に、自分の恋愛に関しては鈍感なのだろう。

 その後、問いの意味に気付いたか、オルデバルトに対して、


「オルデバルト様は剣に長けていて、口の方も長けている方ですわ」

 と表現してきた。思いついたのが剣のことで、後半は面倒と思っていることなのだろう。


 つい吹き出すと、フィルリーネは首を傾げるばかりで、やはり意味が分からないと、子供のように途方もない顔をした。

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