第62話 祈り2

 ベルロッヒたち国境警備騎士は、一部だけが先に王都に戻ってきたようだった。


 冬の館に閉じ込められるように、魔獣を倒したり、周囲を警戒し続けたりした騎士たちを労うため、貴族たちを集めて食事会が行われた。


 ベルロッヒは王の側近でもあり、信頼の置ける人間の一人で、その部下たちは多くが王よりだった。おそらく、この一部の騎士たちは、こちらにそのまま残るだろう。一部の入れ替えは、彼らしかなされない。残っている者たちのほとんどが、王派ではないのは明らかだ。

 婚姻までに、王は何かしら動くのかもしれない。その確率が高くなっていく。


 ベルロッヒは、冬の間一体どんな魔獣を倒したのか語った。長く冬に閉じ込められているせいで、魔獣たちも討伐されにくく、成長しやすい。そのため、強力な魔獣が現れることがあった。

 それを倒すのも、国境警備騎士の役目だ。ベルロッヒは最近倒した魔獣のリンガーについて話していた。長い首を持ち、馬のようなたてがみを持った四つ足の魔獣だが、大きさがベルロッヒの二倍近くあったらしい。そんな魔獣が、空を飛びながら蜘蛛の巣のような糸を吐く。それに絡まると絡んだ場所から凍るそうだ。寒いところでは寒さに強い魔獣が住むので、攻撃も冷凍系だ。


 王も楽しそうにベルロッヒの話に耳を傾ける。酒も回っているか、にこやかで、いつもより機嫌が良さそうだ。ベルロッヒの話が楽しいのか、ベルロッヒが戻ったことで機嫌が良いのか。


「其方らの働きによって、我が国の北部の国境は保たれるのだ。礼を言うぞ」

 王からの労いの言葉に、ベルロッヒや国境警備騎士たちが畏った。

「ありがたき幸せにございます」


 威風堂々とした彼らを、貴族たちがさらに労った。王の忠臣に媚びるのは彼らの役目だ。今のうちにコネを作ろうと、騎士たちに群がってくる。

 酒も深くなってきたか、そろそろ女性陣はお暇の時間になる。王女が先に出ないと彼女たちも出られないので、フィルリーネは席を立った。


「皆様夜も深くてよ、羽目を外しすぎないようになさって。わたくしはここで失礼させていただきますわ。ベルロッヒ、また話を聞かせてくださる?」

「フィルリーネ様。是非」

「ルヴィアーレ様は残られて。わたくし一人で充分よ」


 ルヴィアーレは、酒に酔った男たちの話を聞きたかろう。そう気を遣ったつもりだったが、ルヴィアーレは意外にも首を横に振った。


「いえ、このような時間にお一人にはさせられません。お供いたします」

「これはこれは、仲睦まじいですな」

「婚約の儀式も終えられたのだ。婚姻が楽しみですな」


 ルヴィアーレの言葉に、おっさんたちがやいのやいの言ってきたが、フィルリーネは拍子抜けした顔を見せるところだった。

 いいのか? 酒臭いから嫌かもだけれど、酒の回りで、良く喋ると思うぞ。

 王に仲良く見せるためにも、ここは黙っているが、断ってくると考えただろうか。

 しかし、ルヴィアーレはフィルリーネの手を取り、気にせずエスコートする。


 いいのかな。いいの? おっさんたち結構べろべろになってきたから、色々話してくれると思うよ?

 ルヴィアーレは気にしていないらしい。情報を得る気はないのだろうか。それならばいいのだが。


 夜はまだ宵の口。男性が部屋に戻るには早かろうが、若い男性は女性についている。

 夜一人で帰すわけにもいかないからね。気を付けて帰ってね。


「彼らが戻ってきたことに、殊の外、嬉しそうでしたね」

「勿論ですわ。長く冬の館に閉じ込められ、魔獣を倒し続けるのですもの。強い方には憧れますわ」


 特に、ベルロッヒは面倒なんだよ。どんな戦い方をするかは、良く観察しておいた方がいい。ただでさえ大きな身体。むちむち筋肉。そのくせ、剣だけでなく魔導も使う。部下たちもまた、舐めるような相手ではない。


「精鋭ですもの。皆強くてよ?」

「そうですか」


 笑顔で返すのは当たり前。人との会話でどんな理解をしているやらだ。考えは読めない。腹の探り合いは王たちだけで充分なのに、婚約者にまで気を張らなければならないとは思わなかった。

 しかし、彼らの情報は渡しておいた方がいいだろう。この国にいる王騎士団より厄介だと、分かっていた方がいい。


「ベルロッヒや他の騎士たちは、昔王の警備騎士をしていてよ? 王が王子の時代からだわ。だから、とても信頼が厚いのです。王都では鍛錬や魔獣討伐を行うだけだからと、自ら強力な魔獣のいる北部へと向かわれる勇ましさもありますわ」


 マリオンネが近いため、精霊の動きも活発だが、精霊は固まって地下に籠もっていることが多い。雪深く人もいないため、餌になる動物も多く、深い雪山には魔獣がうろつく。

 北部の魔獣の強さと、王都の魔獣の強さは、全く違う。騎士たちは、長く冬に閉じられながら、その時間を鍛錬に費やしているようなものだ。暴れるにはもってこいで、あれだけ場のいいところはない。

 私だって行きたい。


 一応、すっごく強いんだよ。を強調しておく。それらが丸っと王都に戻ってきたのだ。変な動きはしない方がいい。


「海を挟むとはいえ、キグリアヌンとの国境でもあります。貿易が盛んだとしても、油断はできませんわ。キグリアヌンは大国ですもの。我が国も引けを取らないようにしなければ」

「キグリアヌン国からは、王子が良く訪れると伺っております。大国同士、気は抜けないと言うところでしょうか」


 キグリアヌンには、第一夫人の王子が三人いる。グングナルドに良く訪れるのは、三男のオルデバルトという男だ。年は二十一で、婚約するならばあの男だと思っていた。そのために訪れていると思っていたから。

 だが、


「第三王子のオルデバルト様は、貿易について学んでいらっしゃるらしいわ。だから、お父様との協議が多いんですの。第一王子と第二王子にはほとんどお会いいたしません。オルデバルト様はいらっしゃる時にお話をされていくので、比較的多く会う方ではありますわね」


 あの男は、王が冬の館にいる間に来ていることも多いそうだが、王都にも来る。

 そろそろ、また来る気じゃなかろうか。そう思い出して、つい溜め息をついた。ルヴィアーレはふと、楽しみにされているのですか? と言った。


「何をですの?」

 きょとんとして、言って気付く。

 あの男に会うのが楽しみなのかと聞いてきた。ルヴィアーレと婚約して、残念な溜め息吐いたのかってこと? あら、そういう発想、なかったわあ。


「お父様に学びに来ている方ですもの。わたくしはおまけですわ」

 拗ねるように取り繕ってみたが、完全に興味がないことを暴露してしまった。

 ここは、気になる相手だったの。とか言っておいた方が良かっただろうか。

 いや、別にいいよね。王はルヴィアーレ選んでるんだし。関係ある? ないない。


「剣に長けた方ではありませんか?」

 ルヴィアーレがくすりと笑って言う。ごめん、何を問いたいのか良く分からない。

 オルデバルトは第三王子なので、国にとっては貴族との繋ぎに使われる立場だ。剣は長けた方はいいが、何故そんな問い?


 頭の中で首を傾げていると、エレディナがものすっごく阿呆らしそうに、

『あんたの趣味は、ベルロッヒみたいな筋肉バカなんでしょ? って言ってるのよ。やたらはしゃいでるから、そう思われたんでしょ。あんた、本当に恋愛音痴ね』

 え、今の会話って、そんな話?? 良く分かんない。


「どのような方でしょうか?」

 オルデバルトに懸想してないの? って言いたいの? ないよ。あるわけないじゃん。いや、ここで懸想してるとか、言った方がいいのかな?


「女性陣は、興味深そうでしたわね。いらっしゃると騒がれると言うか、お話がとてもお上手ですので。エスコートも慣れていらっしゃるし」

 甘いマスク。女性には無駄にいい顔しい。心底チャラ、……間違い。えー、誠実さがない。違う、違う。褒めるとこ? どこかな。


「オルデバルト様は剣に長けていて、口の方も長けている方ですわ」

 だから、うるさいんだよね。おべっか聞いてると、疲れるのよ。ナッスハルトの倍疲れる。ナッスハルトは無視できても、王子は無視できないからね。


 なんて、ナッスハルトに怒られそうなことを思っていると、ルヴィアーレは意外に珍しく、小さく吹き出していた。

 え、今、笑う話したっけ??

 ルヴィアーレは顔を背け、笑いを堪えているほどだ。

 何なの。意味分からない。


『馬鹿にされてんのよ』

 エレディナが冷たい。ルヴィアーレは失礼しましたと言って、咳払いをした。

「フィルリーネ様は、お強いだけでは足りないのですね」


 足りないって言うか、むしろそれ以外いらないって言うか。いやいや、強いに越したことはないよね?

 ルヴィアーレは普通に笑っている。いつもの澄ました顔でなく、普通にだ。


『だから、ガキだな。って、馬鹿にされたのよ』


 エレディナの声に、理解はできないが、とりあえず本気で馬鹿にされたのは分かった。

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