第64話 好み2

「随分と、楽しそうでしたね」


 部屋に戻り、寝る前のいつもの会合で、イアーナがぶすくれた顔で問うてきた。その顔がフィルリーネを思い出させて、つい吹き出しそうになる。


「子供だと思っていたが、思っていた以上に子供だと、再認識しただけだ」

「王女がですか?」


 あの話でどうしてそうなるのか。イアーナもルヴィアーレの笑いの意味が分からなかったと、首を傾げる。

 イアーナの精神年齢は、フィルリーネのそれと同じなのではないだろうか。


「キグリアヌンについては、王女も詳細は分からないようですね」

 イアーナの疑問などどうでもいいと、サラディカが話を進める。


 キグリアヌンの第三王子が、王と話すためにグングナルドに訪れるのは間違いないようだ。

 フィルリーネは、オルデバルトがフィルリーネに会うためにグングナルドに来ているとは思っていない。恋愛音痴でも、さすがにそれは理解している。とってつけたように、自分はおまけだと拗ねて見せたが、実際はどうでもいいのではないだろうか。


「キグリアヌン国の第三王子か。情報を増やした方が良さそうだな。どう関わってくるかは知っておきたい」

 婚約を終えた今、キグリアヌンがグングナルドと手を組み何かをしてくるとしたら、どう手を出してくるか。あらゆる方向で想定をしておかなければならない。

 しかし、ここ最近情報が滞っている。サラディカは申し訳なさそうに目を伏せた。


「ラータニアからの繋ぎが届きにくくなっております。国境付近の町は、既に王の手が回っており、唯一の国境門で弾かれているのが現状です」


 どうやって知り得るのか、ラータニアから秘密裏に情報を得る諜報部員が、国境を越えられない。商人や旅人に扮しても、関係なく入国を拒否されている。こちらの情報が漏れているのだ。


「裏切り者がいるとは思いたくありませんが、関わりのある者が殺されております。脅されて、口を割った可能性があるかもしれません」


 サラディカの言葉に、他の者たちが神妙な顔をした。実際被害が出すぎている。連絡が滞ることが増え、こちらの状況もあちらの状況も、時間をかけて手元に届く。これがさらに遅くなれば、重大な過失になってもおかしくない。

 グングナルドにいる、ラータニアよりの貴族の取り締まりも厳しくなった。協力をした貴族たちが、突然殺される事件もある。


 グングナルド王は手段を選ぶ気がない。怪しき者がいれば、一掃する勢いだ。人道的でない、体裁を選ばない、強固な仕打ち。


 この国は、独裁者が君臨している。





 その娘、フィルリーネとは婚約の儀式から、毎朝祈りのために会うことになった。特に会話もなく、聖堂を行き来し、軽く挨拶する程度だが、面倒なのは確かだ。フィルリーネは祈る気もないだろうに、しかし、フィルリーネは厳かに跪き、祈りを捧げるふりをする。


 聖堂と言いながら、精霊などどこにもいない。

 ラータニアであれば、精霊の祭壇の周囲には、いつでも精霊が羽を休めているものだ。聖堂の中はラータニアと同じで、マリオンネの女王の彫刻がある。マリオンネは常に女王を持つため、女性の彫刻となっていた。その彫刻に精霊は集まる。


 しかし、その姿は一切目に取れない。城にある庭園にたまにいる程度で、ほとんど見ることがない。

 王族がいる城に精霊がいないなど、ラータニアでは考えられないことだった。それに対して、この国の王族は何も思わないのだろうか。


 祈りの後は、庭園へ行く。わずかな精霊が集まり、こちらへ近付いてくることがあるからだ。

 婚約の儀式が終わり、精霊の配置換えが行われたため、精霊が自分に対してどう動くのかは見ておきたい。フィルリーネとこの国の精霊の相性を考えれば、それほど影響はないかもしれないが。


「ここの庭園も、すごいですよね」

 イアーナが口をぽっかり開けて、天井を見上げる。

 この庭園は他の庭園のように開けているわけではなく、入り口の閉められた館になっていた。中には一種類の小動物がおり、それが天井近くを行き来している。


 植物に囲まれた中で、小動物を放し飼いにしているのだ。時折、木から木に飛び移り枝を揺する。なぜこんな一種類の動物を、と思っていたが、場所によって動物の種類が変わるらしい。これもただの遊びだと言うのだから、余裕のある大国ができる真似だろう。


 城の者たちが餌をやったりするのを見ると、イアーナがうずうずしだした。

 茶色の毛並みをした、手乗りするくらいの小動物で、大人しく木の枝の上で木の実を食べている。人に慣れているため逃げたりしない。むしろ近寄って餌をもらいにくるので、イアーナが落ち着かなくなってきた。

 すかさず、レブロンが肘打ちする。


 小動物を見にきたわけではないので、ルヴィアーレは歩きながら散歩ついでに木々を見遣った。

 精霊はいるが、こちらを遠巻きにして、葉の後ろに隠れてしまう。普段ならば近寄ってくるのだが、フィルリーネとの婚約によって、逆に避けられたのかと思った。

 しかし、すぐにその理由が分かる。


「これは、これは。ルヴィアーレ様。このようなところでお会いできるとは」

 声を掛けてきたのは、魔導院院長のニーガラッツだ。


 年老いているので腰が曲がり、杖を持って歩いている。そのせいで、身長は自分の半分にも満たない。髪のない頭はつるりとして、目元が窪み紫色のクマが目の周りを一周していた。どうにも不気味に見えるのは、その顔色の悪さのせいだろう。

 ニーガラッツはほとんど直角に曲がった腰をして、頭だけでルヴィアーレを見上げた。


「朝の祈りを終えたところでしたので、庭園の散策をしておりました」

「そうでしたか。フィルリーネ様は、熱心に祈られていると聞いております。ルヴィアーレ様との婚姻を、心からお望みでしょう」


 ニーガラッツはニヤリと笑って、肩を揺らした。フィルリーネが望んでいるなどと、良く言えるものだ。

 いや、フィルリーネは表面的に王には従うのだから、真面目に祈りを捧げていると、本気で勘違いしているのかもしれない。そう考えると、王はフィルリーネの本心を分かっていないのだろう。このニーガラッツも同じく。


 フィルリーネが王に反する姿勢がないため、そうなっても当然だが、フィルリーネを全く重要視していないのも驚かされる。馬鹿なことを口にするだけで、王にとっては害がない。そのため放置されている。しかし、王にとっては、それが御しやすい。


 フィルリーネは、ある意味無害な位置にいるのかもしれない。


「フィルリーネ様は、国境騎士団に随分と憧れを抱いているようでしたが、交流が多いのでしょうか」

 特に強い者に憧れているような雰囲気を持っていたと言うと、ニーガラッツはくつくつと笑う。


「フィルリーネ様は、分かりやすく強い者がお好きですからな。幼い頃、冬の館でベルロッヒについて狩りを見物したほどです。狩猟大会には興味を持たぬのですが、国境騎士団は精鋭であり、王の腕とも言われている強豪な者たちが集まっておりますから、フィルリーネ様は好まれるのです」


 暗に、王の手下には興味を持つと言いたいのだろう。それは確かに間違いではなさそうだ。しかし、狩りにまでついていくとなると、剣の強さに惹かれやすいのは否めない。キグリアヌンの王子に対してもそのような感想を持つのだから、強い者が好きなイアーナと同じである。


 フィルリーネを注視するつもりでも、やはり今までと同じで単純さが露呈した。

 ニーガラッツはお付きの魔導士に小動物を一匹捕らえさせると、そのまま頭を下げてその場を後にした。


「あの動物、どうする気なんでしょう」

 イアーナが顔を膨らませて、眉を吊り上げた。いきなり小動物に攻撃を加えて、地面へ落としたのだ。近くにいた精霊たちが、一気に逃げてしまった。イアーナに至っては息を呑むような声を上げたが、ニーガラッツは、実験に使いますのでな。と言って口端を上げただけだった。


「実験とは、聞き捨てならない話ですね」

 サラディカも眉を顰める。

 何の実験をするのか。それにしても、庭園で育てている動物を、実験代わりにする神経。元々その為に放っているのだろうか。

 そして、側にいた精霊に、ニーガラッツは気付いていなかったのか、それとも気にもしていないのか。


 数の少ない精霊に気付かぬかもしれないが、魔導院院長ともあろう者が、気配に気付けないものなのだろうか。相当の魔導が強い者は、精霊が見えずともその気配は感じられるはずだった。

 少なくともラータニアの魔導院院長は、少ない精霊の気配を感じることができる。とはいえ、それも稀な力な訳だが。


 精霊は戻ってこないだろう。木の枝を走り回っていた小動物たちも、どこかに姿を隠してしまった。


「この国は、多くを蔑ろにしすぎる」

 ルヴィアーレの呟きに、皆が沈痛な面持ちで頷いた。

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