第42話 香水
危ないなあ。あそこの庭師は人が決まってるんだよ。それを警備は知っている。うまく入り込んでいるけれど、ここの城は案外容易くない。意外に徹底してるからね。
ルヴィアーレの部下は、やはり諜報部員が多いようだ。庭にいた男は地味目で、地味組は皆似たような顔をしている。特にパミルとウルドは容姿が似ていた。二卵性の双子か兄弟ではなかろうか。
身長は高くなく、痩せ型の猫背。髪の毛は焦げ茶色で、年は二十代半ば。庭にいたのは、白髪の老人風だったが。
一度見て、見たことのない顔と思えば、すぐにどこの間諜なのか、頭をめぐらす。
思い出したのは、一列に並べたルヴィアーレの部下たち。名前を名乗らせたので覚えている。
似たような姿を見せないように、パミルとウルドは離れて並んだが、隣同士で並べば良く似ていることだろう。
さて、どうしようか。どうやって警備が厳しいことを伝えようか。
ルヴィアーレは確かに優秀だ。胡散臭いわけである。つまり、部下も胡散臭かった。
脅されてこの国に来たのならば、それなりの人員で来ていることがはっきりした。
しかし、王のところへ行くには骨が折れるだろう。長年住んでいるこちらだって苦労しているのだ。来たばかりの者に攻略はまず無理だ。
王に呼ばれたため、王の棟近くの庭園をうろついて、そこから王の棟に入るつもりだった。その途中に見掛けたパミルの姿に、若干焦った。王の付近には何かと制約があるのを知っているのは、王の忠臣だけだ。それに見付かる前に追い立てられたと思う。運が良い。
「お呼びですか? お父様」
王の棟の政務室に入ると、正面の席に座る王が見えた。左隣の机には宰相のワックボリヌが静かに笑む。王の側近であり、ルヴィアーレ親衛隊ロデリアナの父親である。
焦げ茶色の髪は額を出して後ろにまとめられており、顔がはっきりと見える髪型で、切れ長の目がロデリアナに似ている。娘と同じで腹黒さが満点のお方だ。この政務室に来ると良く見掛けるので、顔馴染みである。
「ワックボリヌ様、ご機嫌よう。今日も素敵なお召し物ですわね」
四十代前半で宰相にしては若いので、衣装も若めだ。趣味も良いが、王の周囲にいる男たちに比べて格好が若いので、自然と目立つ。体格もすっきりしているので、王の側近の中では珍しいタイプだ。その見た目に似合った切れる頭脳を持つため、要警戒人物である。
「フィルリーネ様にはご機嫌麗しく。あいかわらず、お美しい」
「まあ、嬉しいわ」
嘘でもさらりと言える、この会話のうまさよ。浮名を流しているらしいので、女性陣の噂も良く耳にしている。娘からこちらの情報も筒抜けなので、気が抜けない。
「ルヴィアーレと、昼食を共にしたそうだな」
娘の顔を見もせず書類に目を通しながら、王は話をしはじめた。フィルリーネの表情を見ているのはワックボリヌである。やりづらいことである。
「精霊の祀典で、助けていただいたお礼ですわ。でも、少食な方なのよ。あれでは戦い続けられないのではないのかしら」
促されてもいないのに、近くのソファーにフィルリーネは座る。座るように促さないのだから、勝手に座るまでだ。いつも通りなので、ワックボリヌも気にしていない。
お茶も運ばれてこないので、今日は簡単な話を聞きたいだけのようだ。くつろぐことなく、フィルリーネは王に視線を向けたままにする。
「ひ弱ではあるまい」
「ええ。わたくしを護るために、身を呈してくれたのです。けれど、ダメね。もっと力強い方でないと。お父様のおっしゃる通りに致しますけれど、もう少し逞しくなっていただけないかしら」
頰に手を寄せながら、ふう、と儚く溜め息をつく。
「狩猟大会では活躍をされたようですよ。もう少し待たれれば、勇姿を見ることができたでしょうに」
ワックボリヌは軽く笑って、娘が興奮気味に話しておりました。と正直に話してくる。ただの世間話のようだ。フィルリーネは少し妬き気味に口調を強めた。
「そうでしたの? 皆様、ルヴィアーレ様にご執心なのよ。わたくしの婚約者ですのに、はしゃがれて。わたくしの居場所はございません」
つーんとワックボリヌの視線から顔を逸らす。存外に娘たちのせいで席を外したのだと言って、フィルリーネは自分の行いを人のせいにした。
「おやおや、それでは娘に注意しなければならないですね。フィルリーネ様はルヴィアーレ様と二人での交流を増やされるといいでしょう」
笑いながら言うが、ワックボリヌはルヴィアーレとの交流が少ないことを指摘している。少なくてはまずいと思っているのか。それともただ適当に言っているのか、分からない。
「催し以外にお会いすることが少ないのではないでしょうか。フィルリーネ様より積極的にお誘いすると良いですよ」
やはり注意のようだ。世間体を気にしているのか、ただのお節介か。前者だろう。誰かから指摘でもされたのだろうか。どこかにその情報が漏れるのを気にしているのだろうか。
彼らの話の裏を読み取るのは難しい。ただ分かるのは、意図もなく王の政務室に呼ばないということだ。
「お話しすることがないのですもの。ルヴィアーレ様もあまりお話が得意な方ではないのです。皆の方が良くお話しされるわ。わたくしではお話が長く続きませんのよ」
「それは困りましたね。ルヴィアーレ様は確かに物静かな方だ。ですが、催しのような人の多い茶会では、フィルリーネ様との会話も少なくなるでしょう。まずは、少人数で話す機会を増やされるといい」
ワックボリヌの話だと、とりあえず交流を持て。になるようだ。二人きりだろうが少人数だろうが、ルヴィアーレに会っていないことを問題視している。
やはり、どこかへ漏れる情報を気にしているのだ。だとしたら、ラータニアから何か言われたのかもしれない。婚約の儀式が伸びているので、ルヴィアーレを戻せとでも申し出があったのだろう。
世間体で、仲睦まじいという噂を必要としているわけだ。
「上手くやりなさい。この国には必要な人間だ」
「……はあい」
話は終わりだ。手のひらで退出するように促されて、フィルリーネは政務室から出て行く。世間話だったが、ルヴィアーレとの交流を持つようにとの命令だ。
ルヴィアーレをラータニアに戻す気は、全くないわけである。そこだけは一貫している。
自分の分からない情報は、長く分からないまま。ルヴィアーレを重要視する意味が、未だ分からない。アシュタルや他の者に調べさせても情報は同じ。新しい話は入ってこなかった。
何のための利益だ。人として優遇する気がないのに、なぜ必要なのか。日の当たりにくい棟を与えていながら、上手くやりなさい? 目的が分からない。
まいったね。ルヴィアーレにもっと近付いて話すのやなんだけどなあ。
親衛隊たちの熱は上がるばかりで、こちらは引き気味である。サラディカが引くぐらいだぞ。
まったくもって面倒だが、王の命令だ。
仕方なく誰かを入れて、茶会の予定を立てる算段をした。
とはいえ、集まる人間は一緒だ。なにせ、身分的に合うのがこの三人しかいない。これ以下の者たちを集めると、誰がおべっかを一番うまく言えるか大会が始まってしまう。
親衛隊三人組は父親が皆重役なので、他の貴族たちとは身分が違った。
あまりに楽しみで、時間より早く来てしまった金髪のマリミアラは、部屋に入り、浮かれたように周囲を見回した。
「こちらに案内されたのは、初めてですわ。素敵ですわね」
「そうだったかしら? 外は暑いですし、涼しげなところの方が良いと思ってよ」
「ええ、素敵ですわ。このようなところで、ルヴィアーレ様とご一緒できるなんて」
私は入っておりませんし、あとの二人も入ってませんね。
学友たちに、部屋を見せることはない。いつもは来客用のサロンやテラスで、王女の棟の奥へ入れたことはなかった。
今回は、王女専用植物園である。植物以外に泉があり、外に滝が流れる水辺の部屋だ。ほとんど外にしか思えない部屋で、エレディナが好んでいる。表向きでは自分もたまにしか来ないが、心安らぐ場所だ。魚も泳いでおり、小動物もいるので、女子は好きだろう。
ここに呼ぶつもりは全くなかったのだが、カノイに、茶会面倒ー。と愚痴っていたら、ルヴィアーレにこの植物園を見せてあげれば? と助言をくれた。話がなくても時間過ごせるし、王女の棟の奥にある部屋だから、親密に感じるんじゃないの? とのことだ。
カノイ、良いこと言う。
普通は婚約者だけだけどね。と付け足して言ってきたが、そこは無視しておいた。
二人きりはきつい。もちろん親衛隊も一緒はきつい。つまり、ルヴィアーレがいればきつい。
「お誘いいただきまして…」
ルヴィアーレは、いつもの口上を述べた。
部屋に入ってから、少し歩く奥にテーブルを置かせたので、ある程度雰囲気は見たようだ。特に驚いた風もなく席に着く。
この部屋のもっと奥には外が一望できるテラスがあり、建物から流れる滝が臨める。そのためソファーが外向きに置いてあるのだが、そんな雰囲気の良い場所に座りたくないので、手前の空間に机を置かせた。
部屋には小さな用水路があり、川にようになっている。いくつか溜まり場があるので、そこには水を好む植物が植えられており、魚が泳いだ。
その近くに控えるイアーナは、やはり落ち着きなくきょろきょろと見回す。離れていると尚更目がいってしまうのは、イアーナの動作が大きいせいだと思う。
その後に、タウリュネとロデリアナがやってきたが、部屋に入るなり歓声を上げていたので、印象は良かったようだ。
「素敵ですわね。お部屋にこんな空間があるだなんて」
「本当ですわ。外の庭園よりずっと素敵で、部屋の中とは思えません」
「このような部屋でゆっくりされれば、癒されますものね」
三人はうっとりしながら周りを見回したが、席に着けば、視線を注ぐのはルヴィアーレだった。部屋の感想は終了である。早いな。
「ルヴィアーレ様は、こちらのお部屋にご案内されたのは初めてではないのですね?」
「いえ、私は初めてこちらのお部屋に失礼させていただきました」
ロデリアナが言い出した問いに、ルヴィアーレは緩やかに笑んで答える。
ロデリアナは、まあ、そうなのですか? とわざとらしく驚いて見せた。
理由は落ち着いて部屋にいるから、良くいらっしゃるのかと思いました。らしいが、あまり交流を持っていないことを父親から聞いたのだろう。
ワックボリヌ、娘に自重しろって、言わなかったのか!?
「そうなのですの? このような美しい部屋、雰囲気も良いのですから、ルヴィアーレ様も落ち着けますでしょう? フィルリーネ様もお人が悪いわ」
マリミアラが乗ってくる。二人とも仲良くないんだよね? と言ってほしいようだ。
仲良くないよ。今日も一緒にお茶飲んで楽しんだ風が噂されれば良いだけだから、好きにしてください。
「まあ、お二人とも。このような奥のお部屋、婚約前の男女がお二人で会う場所ではありませんわ。わたくしたちもお呼びいただけたこと、フィルリーネ様に感謝申し上げなければ」
タウリュネは、やはりそこまでルヴィアーレに執心ではないようだ。見るのは好きだが、恋愛対象ではないらしい。お呼びいただいて嬉しいわ。となぜかルヴィアーレに言いながらも、フィルリーネを補い助ける姿勢を見せた。
けれど、最近ちょっとその傾向が強いよな、と思うと、すぐに思い至った。
「タウリュネ様、最近、どなたかとお会いになって?」
突然の質問に、ロデリアナとマリミアラは何のことかと首を傾げたが、タウリュネは、なぜ知っているのかと、顔を赤らめた。
「どなたから伺われたのですか、フィルリーネ様」
いえ、何となく。急にルヴィアーレに対しての熱が冷めた気がしたので。とは口にせず、微笑むだけに止めると、ロデリアナとマリミアラが顔を見合わせた。
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