第41話 サラディカ2

「王女が見逃した、不正の書類はどうなった?」


「そのまま、中央政務室へ持って行っていると思われます。近くまで同行しましたが、何かをしているようには見えません。中央政務室で処理しているのかもしれませんが」


 フィルリーネの元にくる書類には不正も多い。数の合わない帳簿に、気にせず印を押す。

 さすがのルヴィアーレも、呆れ顔を隠しきれなかったほどだ。カノイはよく慌てふためいている。他の者たちは知らぬふりを続けているが、カノイだけが抵抗しようとはしていた。すぐに印を押されてしまうが。


「政務に関して、カノイは信用できると思います。王女への諫言を、悲壮な顔でも行うところから、他の者とは一線を画すかと」

「頑張って止めようとしてますもんね。たまに涙目で、すごい可哀想になる」

「良く耐えているとは思うな。その分、フィルリーネ王女も信頼しているようだが」


「そう思うのか?」

 ルヴィアーレはレブロンに問うた。フィルリーネは誰でもかれでも、どうでもいいように思えたが、レブロンは違うらしい。


「私にはそう見えました。結局、呼ぶ者が同じなのです。政務のカノイ、王騎士のアシュタルだけですが。そこまで頼っているわけではないのですが、とりあえず、その二人に頼めばできるだろうという信頼はあると思います」

 ルヴィアーレは成る程と頷く。

 それは自分も分かる。他の者たちの名前も出てくるが、その二人は良く呼ばれている。二人ともうんざりした顔を、あとでしているが。


「名前、覚えてないんじゃないですかね? 言ったことも、良く忘れてるっぽいし」

 それもあり得ると内心頷いた。人の顔も虚ろでしか覚えていなそうなのだ。

 フィルリーネはやはり愚鈍で、しかし、扱いづらい相手だ。


「王女については、引き続き情報を得よ。イアーナは近寄るな」

 ルヴィアーレのきっぱりした命令に、イアーナは泣きそうな顔で頷いた。





 当然だろうが。イアーナの態度と、考えなしに動くあの落ち着きのなさは、こちらの心臓に悪い。


 フィルリーネの怒りを買い、護衛騎士が増えた時は頭を叩き割ってやろうかと思ったが、護衛としてやってきた王騎士団員のメロニオルは、いかつい体型をしていながら非常に穏やかな男で、警戒していた分、気が抜けた。


 メロニオルは他の護衛騎士と違い、何かと気付いては、説明をくれる。外面の割に気が利くため、ルヴィアーレも時折メロニオルを呼ぶことがある。

 ルヴィアーレが簡単に警戒を解くことはないが、メロニオルは穏やかに話を聞いて、すぐに対処をした。


 メロニオルを選んだのは王騎士団員のアシュタルらしく、アシュタルは元はフィルリーネの護衛騎士だと聞いた。だから、現在護衛騎士でもないのに、やたらフィルリーネからお呼びがかかるのだと、聞いてもいないのに説明をくれた。


 メロニオルはフィルリーネとの関わりがないため、フィルリーネへ思うことはなさそうだが、一度聞いた時の感想が、「変わった方」だった。

 それはもちろん、変わった方だろうと思うが、ルヴィアーレはそこでも気にしていた。


「どういう視点で、変わった方だと思われるのだ?」

「意味があるように見えて意味がなく、ないように見えて意味がある。変わっていて、不思議な方です」


 意外な答えに、イアーナが心底嫌そうな顔をしていた。ただの迷惑な女じゃないかと後で呟いていたが、ルヴィアーレは興味深そうに聞いていた。


 数日話を聞いているだけで、フィルリーネが変わり者で、馬鹿で愚昧なのだと見切りをつけていた自分たちと違い、ルヴィアーレは何かしらの引っ掛かりを覚えているようだった。





「香水、か」


 それは、側にいなければ気付かない。一般的な令嬢ならば、香水は必ず付けるものだ。そういわれれば、何故付けていないのか気になるかもしれないが、イアーナの言う通り、臭いからやめたとか、飽きたからやめたとかがありそうなので、あの王女では、一般常識が通じないことを考えると、別段気にすることではないように思える。


 王女の話を聞くのならば、ムイロエだ。

 ムイロエは、側仕えの中でも特にルヴィアーレに執心だ。声を掛ければルヴィアーレの役に立つのだと、何でもかんでも、聞いていないことまでぺらぺらと喋る。この側仕えでこそ、あの主人だ。


「香水ですか?」

「ルヴィアーレ様が贈り物をしたいと考えているので、フィルリーネ王女の好みを教えてほしいのです」

「フィルリーネ様の、好みですかあ?」


 話す気が削げたのか、ムイロエは嫌そうな顔を隠しもしない。イアーナと若干同じような反応をされて、あとでイアーナを殴ろうと思ったほどだ。


「フィルリーネ様は街に行くと、すぐに香水を買うんですよ。好みっていうのは、あんまり」

 香水の種類はあるだろうが、好みくらいは分かるだろうに。自分の主人が何を好んでいるのか分からない側仕えなど、全く無意味だ。

 そう思いながらも、顔には出さず答えを待つが、ムイロエは思い付かないらしい。


「何でも付けるんですよ。フィルリーネ様は毎日ご自分で決められるんですけれど、甘かろうがきつかろうが、種類はたくさんあって、でもすぐ決められるんです。迷ったりしないんで、何も考えずに適当に選んでいると思います」

「では、匂いの薄い濃いなども気になされないのですか?」

「そうですね。馬鹿みたいにきつい香水も付けるし、香ってるの分からないくらい薄い香水も付けます。たまに付けなかったりもするので」

「付けられないこともあるんでしょうか?」

「ありますよ。気分でないからと付けないこともありますし、かと言って、忘れた頃にやっぱり付けるとか。気まぐれですもの。あ、いえ、普段もあまり付けませんね!」


 最後のは明らかに嘘だろうが、気まぐれなのは本当のようだ。気分で決めているようだが、ルヴィアーレが気にするならば、気にしておいた方が良いだろう。

 



 国王の付近は厳重だ。調べにくい。時間と共に変わる警備は変則的。魔導の護りもあり、侵入困難。城での暗殺を考えれば理解できるが、妻や子供に対して何もしていないことを考えれば、王にのみ厳重すぎる。


 精霊の祀典では、王一人で逃げるほどだ。フィルリーネは王騎士団に自分を護るよう怒鳴りつけ、逆にドミニアンに襲われそうになったところをルヴィアーレに助けられた。

 王女の警備騎士も全く用をなしていなことを考えれば、王女もまともに扱われていないことが伺える。


 第二夫人の子供はまだ小さく、フィルリーネが女王にならない場合、その子供が次の王になるはずなのに、警備は王ほどではない。王は王一人だけを護らせ、他を蔑ろにする人間だった。

 だが、フィルリーネを拒否する者たちは、概ね第二夫人についている。こちらはまともだろう。


 ルヴィアーレの行く末が、不安しかない。

 婚姻する前に死んでもらえないだろうか。第二夫人の側近たちがそうしないのは、まだ第二夫人の子供がどう成長するか分からないからだろう。


 こちらとしては最悪、婚姻後死んでもらえばいい。




「ルヴィアーレ様、申し訳ありません」


 城の警備を探りに行かせていた間諜のパミルが、項垂れて報告をした。

 庭師の格好をして庭園に潜伏していたところ、フィルリーネに注意を受けたと言う。


「初めは顔に気付かれたのかと思ったのですが、みすぼらしい格好をして庭を歩かせるな。と言う注意を受けました」

「そんな、ひどい格好をしていたのか?」

「いえ、前に見た者と同じ格好を致しました」


 レブロンの問いに、パミルは首を振る。

 しかし、注意を受けて、すぐに庭から去るように追い立てられたと言う。


「お前はしばらく、フィルリーネ王女やその側近たちに顔を見られないようにしろ。メロニオルにもだ」

 サラディカの命令に、パミルはがっくりと肩を下ろす。

 ルヴィアーレはそれを無言で聞いていたが、ふと腕を組んで指を顎に当てると、視線を地面に下ろし目を眇めた。何かを考える時の癖だ。


「庭師などに、目を向けられるのだな」

「ほんとですよね。全然、興味なさそうなのに」

 レブロンの疑問に、イアーナも頷く。


「だが、注意を受けたんだ。それなりの理由があったのだろうな」

 レブロンの言葉に皆が沈黙した。

 気まぐれに何かを指図するのだ。いつもは気にならなくとも、今回は急に気になった可能性もある。あの王女の行動は突飛だ。


「見てるんだか、見てないんだか、分からないですよね、あの王女って」


 イアーナの言葉に、ルヴィアーレはただ沈黙するだけだった。

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