第37話 狩猟大会2
「ルヴィアーレ様は、読書がお好きで」
「どんな本を読まれますの!?」
「多種多様な……」
「普段されていることは!?」
「読書をされたり、国にいた時は鍛錬や演奏を……」
「まあああ、どんな曲がお好きなのかしら!?」
サラディカが話すと、ロデリアナとマリミアラが勢いよく食いついてくる。サラディカは淡々と話してはいたが、話す途中で次の質問が飛んでくるので、若干引き気味だった。
これは面白いと、聴衆に徹する。
「鍛錬は剣を使われるのかしら!? 魔導にも長けていると伺っているわ。魔導の鍛錬もされるのかしら!?」
「こちらで、そのようなことは出来ませぬ故」
「まああ、何故ですの!?」
折りが良ければ、見に行くつもりなのだろう。ロデリアナは立ち上がらん勢いで問うている。
ルヴィアーレは鍛錬する場所がないようだ。アシュタルに誘うように伝えたが、機会がないのだろう。
「鍛錬がされたければ、騎士の鍛錬所に行かれれば良いでしょう。魔導が使える場所もあってよ。好きにされたらいいわ。皆様がご覧になりたいのならば、ルヴィアーレ様も喜んで見せてくださるのではないの?」
「まあああ、素敵ですわ! 是非、ご一緒させていただきたいですわ!!」
「わたくしもです!是非!!」
「……機会がございましたら」
ロデリアナとマリミアラが食い気味になったが、サラディカは微笑みながら主人と同じ逃げ方をした。時間を決めない、曖昧な答えである。生贄にした手前、その突っ込みはやめておこう。
しかし、こちらも鍛錬の様子は見てみたい。アシュタルに相手をしてもらおうかと算段する。
「ルヴィアーレ様は、芸術はいかがですの? フィルリーネ様は絵も描かれますのよ」
ロデリアナが試すように言った。ルヴィアーレもいないのに、ここで対抗しないでほしい。
「ルヴィアーレ様は芸事がお得意とは伺っておりましたけれど、絵を描かれるのかしら?」
チラリとこちらを見るあたり、ロデリアナのフィルリーネに対する気持ちが分かるというものだ。ルヴィアーレの絵がうまければ、わざわざフィルリーネに絡めて噂話でもするのだろう。
「ルヴィアーレ様は、絵をお描きになることはございません。ルヴィアーレ様はフィルリーネ様の絵を拝見したがっておりましたが」
サラディカが遠慮げに言ってきた。ロデリアナと同じ方法で援護射撃しないでほしい。
間違いなく、お前絵なんて描けるのかよ? の問いである。
「フィルリーネ様は、ルヴィアーレ様にロブレフィートを弾かれたり、絵をお見せになったりしませんの?」
今度はマリミアラの攻撃が来た。ここぞとばかりに突っ込んでくる気である。親衛隊め。
「そういえば、ございませんわ。機会がありませんもの。ルヴィアーレ様のフリューノートを聴いたのも、この間の祀典が初めてでしてよ。これからゆっくりと知り合うべきではなくて?」
言って、しまったと思った。まだ、そんなにお互いのこと知らないんだよね、って言いたかっただけである。
まるで親衛隊に喧嘩を売ったようになったが、売ったように聞こえただろう。
お互い知り合いたくないよ。知らないままでいよう。関わりたくない。
「では、ルヴィアーレ様にお伝えしなければ。ねえ、皆様?」
「そうですわ。フィルリーネ様も、ルヴィアーレ様に自分のご趣味を教えて差し上げないと」
いかん、嫌味が嫌味になって返ってきた。もうやめて。
ロデリアナとマリミアラの息が合いすぎている。二人で談合でもしているんだろうか。
「ルヴィアーレ様、仕留められました!」
狩りで獲物を得た者たちの名が発表される。幾人かの名の中にルヴィアーレの名前が出て、親衛隊は再びルヴィアーレの話に花を咲かせた。
今日、ずっとこの調子なら、きついなあ。
そんな感想を持つこともない親衛隊が、サラディカに質問を繰り返す。ルヴィアーレは一度戻ってくるので、サラディカはルヴィアーレを迎えなければならないのだが、親衛隊はそんなこと気付きもしないだろう。
「皆様、ルヴィアーレ様が戻られるようよ」
フィルリーネの言葉に、女性陣が森の入り口に刮目した。何人かの馬が森から出てくる中、魔獣を運ぶ者たちの姿も見える。倒した魔獣の大きさや重さを競うために、量りが置かれた舞台へと運んでいく。
「サラディカ、もうよろしくてよ」
「……は」
ルヴィアーレがそろそろ戻ってくるのを見計らって、フィルリーネはサラディカを席から外した。親衛隊はルヴィアーレを見るため、にテーブルから離れて見やすい場所へ移動だ。
しかし、人気あるねえ。女子には顔が第一、と。
テーブルに一人になったフィルリーネは、やっと一息ついて、お茶を口に含む。
他の女性陣も森の入り口近くに集まりはじめた。誰かがルヴィアーレ様がお戻りよ。と声を掛けたので、皆がこぞって森の方へと移動したのだ。
その奥から、馬に跨ったルヴィアーレが、姿を現したのが見えた。
「フィルリーネ様、お迎えに上がらなくてよろしいのですか?」
レミアがお茶を入れ替えるふりをして、フィルリーネに耳打ちする。本来なら一番に迎えなければならない立場だ。
「あのように迎えられているのですもの、わたくしはここで良くてよ。それより、王はまだお戻りではないのかしら」
「そうですね、後から行かれましたから、まだ時間が掛かるかと思います」
王は、初めは貴族たちに囲まれて、森に入る者たちを見遣っていた。まずは先遣隊が様子見で魔獣を追う。その後にルヴィアーレが入った。王は先ほど森に入ったばかりだ。すぐには戻ってこない。
「レミア、お茶はいいわ。ルヴィアーレ様がこちらに戻るのだから、側仕えたちにルヴィアーレ様のお迎えをさせてちょうだい。他の女性たちも連れてきますから、席が足らなくてよ」
「承知しました」
ルヴィアーレは女性に囲まれながら笑顔で対応している。何人もの女性に囲まれているので、あの女性陣がこちらにきたらお茶の用意が大変だ。レミアは急いでその用意をする。
弓の腕を褒められているのか、中々こちらには進んで来ない。馬を渡し弓を渡し、女性陣の声に耳を傾けているようだ。笑顔の強弱は変わらないが、受け答えはしていた。
一緒に狩りをした者か、男性も話に加わっている。何かを問うているのか、ルヴィアーレが率先して男性に話をしているようにも見えた。女性たちには軽く受け答えしている。
女性たちに囲まれてちやほやされているが、浮いた感じが全くない。女性は姪しか許さないのか? 故国でもあの美貌ならば人気だったのだろうが、ルヴィアーレは人としての温度が感じられない。この国にきて感情が現れたのは、精霊に関してだけだ。
まったく、見事な仮面を付けている。
「息苦しそ……」
フィルリーネの小さな呟きは、誰の耳にも届かないだろう。
「フィルリーネ様? どちらに」
ムイロエがお茶の用意をしている中、フィルリーネはするりと立ち上がる。レミアが何事かと急いで戻ってきた。ルヴィアーレの囲みに入りきれなかった女性陣が、お茶の席で話をしようと先に椅子を取りきたのを横目に、フィルリーネはテーブルから離れる。
「暑くて飽きてきたわ」
「ですが、まだルヴィアーレ様が」
「あの様に囲まれているのだもの、好きになさればいいのよ」
ルヴィアーレはまだ囲まれていて、こちらに来ない。それをちらりと見遣って、少々不機嫌に言うと、側にいた女性たちが微笑ましそうにくすくすと笑った。
「まあ、妬かれているのかしら。フィオリーネ様が嫉妬なさるなんて」
「ルヴィアーレ様はおもてになりますものね」
「すぐにいらっしゃりますのに。フィルリーネ様も、お拗ねになるのね」
聞こえる声は無視して、フィルリーネは歩む。レミアが日傘を持って近寄る前に、フィルリーネは小さく呟いていた。
「エレディナ、そろそろ始まるわ。邪魔してらっしゃい」
『分かったわ』
遠くで、何かが弾ける音がした。
「何の音だ!?」
「木が倒れる音じゃないか!?」
ドオオッと音を立てて、森の中で木々が激しく折れる音が聞こえて、皆が立ち上がり森に注目した。バキバキと言う音が空へこだまし、森にいた鳥が空へと羽ばたいていく。薙いだように木が倒れたのが分かった。
「一体、何が!?」
「王が、まだ中に!」
森の外に残っていた騎士団が、森へと急いで入っていく。馬に乗った鎧の軍団は、砂煙を残して入り込んだ。すぐに馬の足音は消えたが、遠くで魔獣の遠吠えが聞こえた。
「こちらへ」
「え?」
いつの間にか隣に来ていたルヴィアーレが、フィルリーネの腕を引いた。女性陣が怯えて森から離れるついでに、逃げてきたようだ。一緒についていたイアーナやレブロンも戻っている。サラディカがルヴィアーレの弓を持っていた。
「魔獣が暴れているのではなくて?」
「分かりません。ですが、強力な魔導を感じました」
その強力な魔導はエレディナのものだろう。その力も一瞬だったはずだ。時折魔獣の鳴き声が聞こえたが、それもすぐ遠ざかる。
それから間もなく、王が戻ってきた。周囲の貴族たちがすぐに集まり、無事を喜ぶ。
後ろから、大きな獣を運ぶ者たちが遅れてやってきた。その魔獣の大きさを見て、魔獣を倒しただけなのだと安堵の声が漏れた。
「素晴らしい大きさですな」
「さすが王ですな。このような大きな魔獣を狩るなど」
木が薙ぎ倒されるほどの魔獣が、ここに放たれているわけがないだろう。それも分かっているのか、貴族たちは声を上げて王を褒め続けた。
茶番だな。
口にしそうになるのを堪えて、ルヴィアーレが掴んでいた手を振り払った。
「もう結構でしてよ。終わったようですから。興ざめですわ。部屋に戻ります」
「ご一緒に」
同行しようとしてきたが、女性陣から逃げたいだけではないだろうか。エスコートをしなければならないとい名目は嘘くさい。
王が戻ってきたが、何もなかったことになっている。まだ狩りは続けられるだろう。ルヴィアーレがここから離れると、王の不興を買うかもしれない。そんな、付け入れられる隙を作る必要はなかった。
「あなたは楽しんでらして」
嘘くさい笑いを残して、フィルリーネはルヴィアーレを置いて、その場を去ることにした。
「なぜ、邪魔をしたのか。貴公もこのままではならないと、危惧しているのだろう!」
人気のない、森の奥で、黒塗りのコートを纏った者が、地面に座り込んでいる男を見下ろしていた。地面に座り込んでいる男は目尻に涙を溜め、歯を食いしばったまま拳を地面に叩きつける。
「時期ではないからだよ。シグナルテ。妻や子を失ったことは残念だが、あの男を手にするにはまだ時間が掛かる」
「ならばいつまで待てばいい。この国は精霊から捨てられる運命だ。奴らが何をしているのか分からぬ間に、精霊たちがいずこかへ逃げるだろう。砦で何かを始め、町人も近寄れなくなっている。何事かと調べれば、人が消えていく。これをいつまで放置すればいいと言うのか!」
シグナルテはもう一度地面に拳を叩きつけた。土が掌に付いて、泥にまみれる。
「王に気付かれていた。お前を助けるのは一度だけだよ。これは私の意思ではない。慈悲があるのは一度だけだ。自ら姿を隠し、その時が来るまで待ちなさい」
「誰の意思で、そのようなこと!」
怒鳴りつけた黒塗りのコートを着た者を見上げると、仄かに水色に光る女性が、肩の後ろにふわりと浮かんでいた。
「イムレス様、それは……」
「継承する者がいると言うことだ。私のことではないよ。お前も知っている者だ。既に種が撒かれ、芽となり花となっている。それが完全に開くまで、静かにしているように、他の者たちにも伝えることだね」
イムレスの静かな声に、シグナルテは奥歯を噛みしめる。目尻に溜まっていた涙が頬を流れていた。
「長きを待ち過ぎた。皆落胆している。隠すにも程があるのではないのか。信用していいのか? 彼の方の噂はひどいものだぞ?」
「ハルディオラと私が育てた子だよ。それでも信用はならないかい?」
イムレスの言葉にシグナルテがグッと唸る。後ろでエレディナが髪の毛をなびかせた。
「あの子は何でも護っちゃうんだから、邪魔しているのはお前たちでしょう。これ以上手を焼かさないでよね。あの政務官だって、護る必要なんてなかったのよ」
ぷうっと顔を膨らませたエレディナが左右に揺れる。言われてシグナルテが口を閉じた。正座をしたまま太ももの上で拳を握りしめる。
「イカラジャの仲間は身を隠したと聞いた。あれもそうなのか? あの娘のせいで罷免されたと聞いていたのに」
「罷免で済んだことを喜ぶべきだろうね。ハルディオラの言葉に信を置けない者には、私も用はないんだよ?」
「ハルディオラ様を信じていられても、幼き子供を信じられる者は少ない」
「言い訳はいらないよ。あれの邪魔をするのならば、ここで死んでもらった方が楽だからね」
イムレスの掌に光が籠る。黄赤の色にエレディナがすぐに離れた。
「ちょっとー、そんなことしたら、私が怒られるでしょう」
やめてよねー。そう言いながら、エレディナは更にイムレスから離れた。
「決めるのはお前だよ、シグナルテ」
イムレスの言葉に、シグナルテは沈むように大きく頷いた。
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