第33話 演奏3

「ロブレフィート弾くんだろう? それまで、飯でも食ってようや」

 聞かないほうがいい。バルノルジはそう判断したようだ。頭を掻いて、店への道を歩いた。


 王に気付かれて逃げない限りは、変に刺激しないように城から出る。逆に王を狙ったのではなく、王が誰かを狙ったとしたら、犯人が街の外に出るわけがないのだ。

 結局どちらなのかも分からない。無差別に襲う魔獣だ。前回とは違う。前はロブレフィートを演奏する叔父を確実に狙ったものだった。


 いや、ドミニアンは前回と同じ。しかし、あの時は、誰もが静かに叔父ハルディオラの演奏に聞き入っていた。だから、ドミニアンはロブレフィートを弾く叔父ハルディオラに向かったのだ。

 ルヴィアーレが演奏中に放たれたならば、ルヴィアーレを狙ったかもしれないが、それも終わった後だ。祀典も終わりで、皆が席を立つところだった。


 今回は誘導の爆撃があったのか、そこ目掛けてドミニアンが動いたとして、襲撃があったと気付く騎士たちが扉を開けて動き出せば、ドミニアンは勝手にそちらへ走っただろう。

 だが、その後は?


 護りのない貴族たちが驚きに逃げ惑うのは想定内だ。男たちは剣の演習くらい行うので、身を護れる者は自らで護れるだろうし、そうすれば結果的に餌食になるのは女性や子供になる。

 そうなると自分が狙われていたかもな。と今更思う。それはそれで然もありなん。だがしかし、無差別にしか思えない。




 市街地東部と北部が交わる交差点近くに入ると、人がごった返した。まだ追っているようで、鳥の鳴き声や人々の歓声が聞こえる。交差点に作られた板の防壁に、首の長い鳥がごすんと突っ込んできた。わっと観客が声を出す。防壁が低いので越えてきそうだ。鳥を追ってきた者たちは、そうならないようにと鞭を使って方向を促す。


「あ、逆行っちゃった」

 今来た道に鳥が戻っていく。追っていたはずの男たちが、急いで鳥を追った。

「たまにあるな。さっきの男が下手なんだよ。動物の誘導は、慣れてないと難しいからな」

「そうですよねー」


 戻ったかと思ったら、また鳥が走ってきた。防壁にぶつかってがつがつ音をたてると、観客が大声援を送る。防壁から出たら、男たちの腕が悪いと罵られるのだ。それもまた、祭りの醍醐味である。

「楽しそうですね」

「まあ、一年に一度しかない祭りだからな」


 頭の中でエレディナが、それ、やれ、いけ、とかうるさい。精霊は意外にああいう催しも好きだということを、ルヴィアーレに知ってほしい。


 精霊の前で殺生などと言って渋っていたが、エレディナは生の循環過程を直視できる。他の精霊もそうだろう。回り回って巡るのだ。供物として捧げられる鳥は、皆で美味しくいただく。それが糧となるのだから、ただ殺すのとは違う。追い回すのは何とも言えないが、鳥から返り討ちをされている者もいるので良かろう。


 わっ、と再び歓声が聞こえた。鳥が応戦して、追い役の男が逆に追われはじめた。笑い声と声援が混じって、祭りらしく皆が喜んだ。

 道端では音楽も聞こえはじめ、そろそろ鳥追いも終わりの時間になってきていた。後は飲んで食べて歌って聞くだけだ。


 道の途中で馬に乗った警備騎士に出会うが、のんびりとしたものだった。人だけは増やしているが、警戒しているのかいないのか分からない。指揮系統がなっていないのではないだろうか。

 警備騎士の中には女性もいる。鎧を纏った女性たちを、憧れの眼差しで見る女の子たちがいた。微笑ましい。


 一番人気は、おそらく一番前にいた女性だ。金髪の長いくせ毛を一つにまとめた、目鼻立ちが整った大人な雰囲気を持った人が、鋭く周囲を見回している。

 背筋を伸ばし凛とした雰囲気のある彼女は、ふとこちらに気付くとすっと小さく頭を下げた。分かりにくい仕草だったので、後ろにいた騎士たちは気付かないだろう。


 しかし、気付いた人がいた。


「あー、第三部隊隊長と知り合いか?」

 後ろをそろりと見上げると、さっきまで鳥を見ていたバルノルジが、やはり複雑そうな顔をして頭を掻いた。


「情報網は沢山あるといいでしょう」

「その情報の元手がどこかってのは、知らない方が良さそうだな」

「いけいけ美人は、庶民にも優しいんですよ」

「あの方はなあ」


 バルノルジでも知っている、警備騎士団第三部隊隊長ロジェーニ。美人でかっこよくて頭が良くて、性格も最高の女性である。ロジェーニに憧れて警備騎士に入った女性も多い。


 女性陣がルヴィアーレ親衛隊なら、私はロジェーニ親衛隊隊長だ。

 だって、強くてかっこよくて優しいんだもの。惚れるよ。普段は無表情だけど、笑うとめちゃくちゃ美人。惚れるね。


「惚れるって、お前なあ。いやまあ、あの方の親衛隊は多いからな。女子でも男子でも、憧れてる奴は多い。女性とは思えない剣技で、お強いからな。あの年で団長やれるくらいだ。すごいもんだよ」

「昔の上司ですよね?」


 バルノルジは門兵だったので、騎士ではない。騎士は貴族しかなれないので、一般市民は騎士を名乗れない。強ければそれでいいと思うけれど、そこは身分なのだ。下らないものである。それでも、腕があると言ってバルノルジを重宝したのは、あのロジェーニだ。

 かっこいい、ロジェーニ!


「俺も、あの方には恩がある。そうか、彼女がお前の知り合いなら、それは助かるな」

「何かあったら、ロジェーニ様に伝えてもらっても平気ですけど、私のところには届きませんからね?」

「そりゃ、そうだろう」


 かつての上司を伝言係にする気はないと首を振る。ロジェーニから報告を聞く時もほとんど自分から問いに行くので、ロジェーニからフィルリーネに会いに来ることはまずない。彼女は街の警備騎士だからだ。


「お前がいなくても、あの方にお伝えしていいと分かれば、少しは気が楽だ。誰に伝えることもできなくて悶々とするよりはいい」

「ああ、そのことなんですけど、これ渡しておきます」


 フィリィは鞄から小さな笛を取り出した。ルヴィアーレが横笛を吹くことで思い出したのだ。バルノルジが持つとおもちゃにしか見えないその銀色の小さな笛は、吹くと人には聞こえない音が出る。


「これ、知っているぞ。狩人が使う笛だな」

 バルノルジは四角い目をばちばちさせた。

「魔獣を呼び出す笛を、どうしろって言うんだ?」

「何かあった時、それ吹いてもらえます? 多分気付ける、かもしれないです」

「かもしれないですって。街中でこんな笛吹いたって、いや、吹いたところで魔獣も来ないし、何の意味があるんだ?」


 その笛は狩人が狩りに行った時、魔獣が来るように呼び寄せるためのものだ。街中で吹いても、誰かが今回のように魔獣をこっそり魔導防御壁の中に入れない限り、吹いても何も反応しない。

「うちの獣が、気付くかもしれないので」

「いやいや、待て、待て。は? どういう意味だ」


 その笛の音は、魔獣だけでなく精霊にも聞こえる。もしかしたら、その辺の精霊も反応するかもしれないが、バルノルジは精霊が見えないので問題ない。エレディナが聞き取れたら、バルノルジの緊急事態だと気付くだろう。聞き取れたらというところが微妙である。もし街にいなかった場合、気付かないからだ。


「一日経って私が来なくても、何度も吹いてください。そうすれば、おそらく来れると思います」

「曖昧だな」

 エレディナは、その音が耳障りらしく、吹けば気付くそうだ。それを信じたい。街で獣寄せの笛を吹く者は、他にいないだろう。


「念のためです。何かあれば」

「分かった」




 夕方になると、食も進んで酔っ払いも増えてきた。誰かが演奏を始めると、やいのやいのと集まり歓声が聞こえる。食事の上での音楽が気持ちも向上させるのだろう。皆が笑顔で楽しそうだった。


 音に誘われて精霊がやってくる。あちこちにふわふわ移動した。まるで綿帽子のようだ。

 ルヴィアーレの吹いたフリューノートに誘われた精霊たちは、青や黄赤の光を発していたが、今いるのは赤や青緑、紫や茶の光を発している。色によって精霊の力が変わるのだが、音楽の種類によっても集まる色が違うようだ。好みがあるのだろう。

 しかし、皆に見えないのが残念だ。


 何人もが演奏のために勝手に舞台に上がり、好きに曲を披露していく。手作りの弦楽器と太鼓で演奏したり、舞台にあるロブレフィートを弾いたり、吟遊詩人が歌を歌ったりした。

 しばらくすると、舞台に上がる者もいなくなる。食べる物も少なくなって、酒も進まない時間になってきた。


 ロブレフィートの置かれた舞台に上がって、フィリィは周囲を見遣った。皆もうお腹いっぱいのお酒飲みなので、目が虚ろだ。そろそろ祭りも終わりである。

 薄暗がりに、小さな灯籠がロブレフィートを照らしていた。舞台は然程明るくないので転ばないようにロブレフィートまで行くと、ゆっくりと椅子に座った。


 ルヴィアーレが面白いことをやっていたから、ちょっと真似してみたい。


 ロブレフィートの鍵盤に指を置いて軽く流してから、そっと位置に戻す。音に気付いた周りがシンと静まり返った。

 しっとりした曲を一曲。ゆっくりとした指使いなので手慣らしだ。昔流行った恋歌である。遠いところへ行ってしまった相手と、再び出会った喜びを歌う曲だ。


 別れに心は寄る辺もなく静かに沈んでいくばかり、ゆるやかで寂しさが募る静かな音が続く。

 悲しさの音が街に響いた。


 会うことができなかった相手に出会えた喜びで、曲は一変。喜びに溢れる音が律動よく続き、音を聞いていた人たちが拍手をつけてくれる。

 楽しくなってきたところで別の曲だ。激しい韻律で周囲を掻き立てる。


 ルヴィアーレは弾きながら魔導を流していた。指先に集中して魔導を流すわけではない。音に乗せるように、空に溢れさせるように、旋律に合わせて魔導を流す。


「え、」

「わあ」

「何、あれ」


 音の連打に周囲がざわめき始めた。

 流れる演奏に合わせるように、ほのかに何かが光り始める。建物の窓、看板の上、旗に隠れて、何かが閃く。


「まさか、あれ……」

「精霊……?」

「見て、空に!」


 誰かの声に、皆が空を見上げた。演奏が佳境に入る。音の羅列に空が一斉に瞬いた。

 自分だけに見えるのではない。街の人々にも見えている。精霊の瞬きだ。


『魔導に反応してるんだわ……』

 エレディナがぽそりと言った。


 ああ、これが祈りの本懐か。


 見上げた空は、星が瞬くように美しく輝いている。音と魔導に乗って、精霊たちが祈りを受け入れてくれた。

 これが、祈りを捧げると言う意味だ。


 ルヴィアーレは、この景色を毎年見ているのかもしれない。敬虔な祭事。精霊のために捧げる音楽だ。


 わああっ、と周囲が立ち上がった。鳴り止まない拍手にフィリィも立ち上がり空を仰ぐ。


 精霊が瞬いて、まるで拍手をしているように見えた。

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