第34話 目的
「街で、派手なことをしたそうだね」
「うぐ」
魔導院書庫。いつものキャレルで、積まれた本の後ろに隠れていると、魔導院副長イムレスはくすりと笑って言った。その笑い、見下した笑いである。
「ちょっと、ルヴィアーレの真似してみたら、あんなことに」
「真似で、無駄に目立ったなんて、おかしな子だね」
「うぐぐ」
爽やかに笑っていながら、どことなく禍々しい空気をまとっている。それが刺すように痛い気がする。気のせいではない。
街の不可思議な現象は、警備騎士が数人見ていたらしい。何が原因かは分からないが、精霊が現れた。という報告だ。街の人たちに聞き取りを行ったらしいが、酔っ払いがほとんどなので、興奮気味に、ロブレフィートを聴いていたら精霊が現れた。ということしか聞けなかったようだ。
演奏が終わった途端、フィリィはさっさと姿を消していたので、誰が弾いていたか知っているのは、バルノルジだけだろう。
「馬鹿な子だね。自分の力を過小評価しすぎだよ。魔導など流せば、精霊が喜ぶに決まっているだろう。ルヴィアーレ様は、分かっていて手加減したのではないの?」
ごもっともです。
ルヴィアーレはそこまで魔導を流さなかったのだろう。精霊から怒りを買うと豪語していたのだし、相当遠慮して、ほんの少しにしていたかもしれない。
フィルリーネは加減も分からず、適度に行ってみた。そこまで、膨大な量を流したりはしていない。ちょっと気分で、こんなものかな、程度である。なのに精霊は集まり、その存在を人々に示したのだ。
「喜んでたなあ」
フィルリーネが呟くと、本に隠れて隣に座っていたイムレスが、にっこりと笑った。不吉な笑顔だ。
「魔導のない王女がやる真似ではないよ。しばらく街には行くんじゃない」
「はい……」
ぐうの音も出ない。素直に頷くと、イムレスは祀典について、知っている情報を教えてくれた。
「死んだのは、国境の領主の関係者たちだったようだよ」
「国境……。関係者、ですか?」
「夫人や、子供だね」
弱きが犠牲になった。あの時、王騎士団がテラスの周囲にいたが、扉を開いてすぐにドミニアンが入り込み、会場は悲鳴と混乱の渦となった。
しかし、国境の関係者が犠牲となれば、そこは狙った相手としか思えない。
「ラータニア国境門のある、ヒベルト地方の領主の関係者ですね?」
「そうだよ。領主のシグナルテは軽傷で済んだみたいだけれど、狙いは間違いないだろうね」
「領主への脅しってことでしょうか」
ヒベルト地方の領主がテラスのどこにいたのか分からないが、扉の近くであれば、悲鳴を上げた女性と子供の被害は免れないかもしれない。運良く領主が生きていたのか、脅しに悲鳴を上げやすい女子供を狙ったのか。
「城の魔導防御壁が壊されていた箇所があったとか。責任者は自殺したようだよ」
それでは口封じだ。計画的にもほどがある。
「証拠は見付からないようだから、偶然で処理されるのが妥当かな。ヒベルトの領主については、アシュタルが調べるそうだよ」
ヒベルト地方であれば、国境門近くのビスブレッドの砦の件を思い出す。砦に人を集めていることに、ヒベルトの領主が疑問を呈したのかもしれない。
イムレスも頷く。ビスブレッドの砦で、何かを始める気なのは間違いないと。
「ところで、ルヴィアーレ様に助けられたそうだね」
「う……?」
どこから聞いたやら。嫌々助けた男の話など聞かなくていいのに。
フィルリーネがぷうっと顔を膨らませると、イムレスがその頰を押した。ぷっと空気が漏れる。
「味方につけられないのかい?」
予想外の言葉に、フィルリーネはぶんぶん首を左右に振る。
味方なんて、とんでもない。
「帰ってもらう方に、面倒は振りたくないので」
「損な性格だね」
イムレスはクスリと笑ったけれど、理由は他にもある。
「ルヴィアーレは得体が知れないから、味方にするには危険が高いと思います」
見返りに何を要求されるかも分からない。一体何を理由にこの国に来たかも分からない者を手中にしても、上手く動いてくれる気がしない。
「成る程。それは間違いないだろうね」
イムレスは納得したように頷いた。イムレス自身もルヴィアーレの本心は測れないのだろう。まだ直接話をしたこともないようで、情報が足りないと肩を竦めた。
なんと言っても、あの一撃でドミニアンをやっつけちゃうところですよ。細腕でできる真似じゃないよ。びらびらの衣装纏っているのしか見たことないから、腕の太さも分からないけどね。
ルヴィアーレの紹介は、何だっただろうか。
成績優秀、剣にも魔導にも長けた文武両道。芸事秀でてて、女性に人気。そういえば、騎士に混じって王に同行していたとか言っていたのを思い出す。
王に同行ということは、王騎士団に同行していたということだ。アシュタルもドミニアンを一撃で倒せるだろうから、アシュタルくらいと考えれば妥当か。噂が全て本当なら、強くて当然だ。
最初から気付こうか、私!
今回のフリューノートの演奏で、ルヴィアーレ親衛隊は、その熱を更に過熱させた。女性陣の心は皆、対フィルリーネである。
なんてこと。
ルヴィアーレと一緒にいるところを、見られたくなくなってきた。視線が刺さり具合が激しい。
それでも助けてもらった礼ついでに、何が起きたかの話はしておいた方がいいだろう。ラータニアに関わることだ。
「フィルリーネ様、ルヴィアーレ様をお呼びするのは、お夕食でよろしいでしょうか?」
いつもならレミアが問うてくるはずの話を、ムイロエが笑顔で問うてきた。
お礼に食事へ誘わなければならないかしら。と呟いただけなのに、もうその気になったらしい。食事に呼べばルヴィアーレが長く滞在できる。
それだけで親衛隊の機嫌が良くなるとは。恐るべし、ルヴィアーレ。
だがしかし、夕食誘うのはハードル高いわあ。昼食にしようよ。軽食でいいよ。短い時間で終わらせようよ。
「そうね、昼食でいいわ。良い日を決めてお誘いしましょう」
「お夕食でなくて、よろしいのですか?」
ムイロエは怯まない。夕食の方が長く滞在するので、長い時間ルヴィアーレを観察できるからだ。
だが、私は断る!
「お口に合うものが分からないでしょう。昼食にお誘いして、好みを知った方が良くてよ。ルヴィアーレ様の側仕えにも、どのようなものが好みか、確認するのを忘れないでちょうだい」
「承知いたしました!」
ムイロエは張り切って返事をした。きっと、間違いなくこなしてくれるはずだ。
愛の力、強いなー。
甘いものは得意でないことは分かっているが、ラータニアの食事がどんなものなのか詳しく知らないので、この国の食事が口に合っているかどうか、知る由もない。シェフはこの城の者で、ルヴィアーレが連れてきているわけではなかった。故郷の料理を今更作ってやるのも、中々難しいところがある。
放置してきた弊害が、今ここに。面倒なことは、先に行っておくべきだったか。
ムイロエの仕事は、思った以上に早かった。側仕えに好みを聞いて、シェフに料理のメニューを考えてもらい、昼食の誘いを行なえば、あっという間にその日になった。
いつもそれくらい、張り切って仕事してほしいね。
「お誘いいただき、ありがとうございます」
簡単な挨拶を済ませて、ルヴィアーレを席に促す。友人たちを集めてお茶を飲む時と違い、対面というのが、また苦痛。
目を見て話したくない。逸らしたい。
対面になるとイアーナが目に入ってしまうかと思ったが、今日もイアーナは部屋の外だった。代わりにメロニオルがいる。部屋に入ってくると、静かに瞼を伏せて挨拶してきた。
大丈夫だよ。気にしなくていいよ。
メロニオルからの情報だと、イアーナがもう手を付けられぬほど、何とか帰る術を! と連日口にしているそうだ。あまりにしつこすぎて、サラディカにこっぴどく怒られたらしい。それからはぶすくれ中の困ったさんになりつつあるとか。
いや、イアーナ君。帰れるものなら帰ってるって、察してあげなよ。本当にお馬鹿さんだな。目の前にいたら殴るね。私は殴る。一番帰りたいのは、ルヴィアーレでしょうよ。
ルヴィアーレは相変わらずゆるりと微笑む。この主人見習いなよ、イアーナ。
「先日は助けていただいたでしょう。お礼を申し上げておりませんでしたから」
「フィルリーネ様がお気になさることではありません」
だから、昼食なんて誘うなですね。分かります、ごめんなさい。
しかし、こちらにも世間体というものがある。ルヴィアーレ親衛隊という強力な団体が力を強めている今、ルヴィアーレを蔑ろにしすぎると面倒になってくるのだ。ついでに言えば、嫌味を言っても帰ってくれることがないと分かったので、もうその計画は終了したのです。関わらないために、ちょこっとにします。
できるだけ関わりたくないのは変わらない。さっさとこの時間をやりとげよう。
軽く世間話をしたいところだが、話すことなどない。街で精霊出たのよ。なんて言えないし、仕方なく祀典の話を切り出す。
「ルヴィアーレ様のフリューノートに、皆が驚いていましたわ。本当にお上手なのね」
女子が腰抜かしちゃうくらいですよ。すごいね。魔導流すとそんな影響出るの?
「嗜み程度です」
ご謙遜を。にっこり笑うところがまた嘘くさいよ。もうね、不毛だよね。自分のこと棚に上げてなんだけど、会話自体が不毛だね。
これはさっさと食べて終わらしたい。長引かせろというムイロエの視線は無視して、ばくばく食べよう。
今日のメニューは昼食なのに、なぜか種類が多い。
ムイロエめ、余計なことを。
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