第30話 精霊の祀典 前日2

「ラータニアからの客が増えてるか、聞きたかったんだが、最近どうだ?」

「ラータニアですか? 確かに増えてはいますが、そこまでではないですね。規制がかかったらしく、街までは入れないと聞いてます」

「規制?」

 フィリィは眉を傾げた。出入りに規制がかけられているとは、耳にしていない。


「そちらは」

「フィリィだ。カサダリアの商人なんだが、ラータニアの商人がカサダリアには多いらしくて、何かと心配しているんだよ。俺も街に入るラータニア人は把握しておきたくてな」

 バルノルジは軽くそう言って、念のためだと口にする。


 バルノルジがフィリィを何者と思っているのかは分からないが、街でおかしなことがあれば対処できるツテがあると知っているので、情報共有に協力的だ。しかし、それを誰かに言う必要はないと隠してくれる。正直助かる。


「ラータニアの商人から聞いたんですが、我が国に入ることができない者たちもいるそうです。ビスブレッドの国境門で、まず振り分けがされるみたいですね」

「どんな振り分けなんだ?」

「それが、あまり良く分からないらしいんですよ。同じような商品を売っている者でも、入れたり入れなかったりするらしいんです。この間聞いたのは、ラータニア王都から来た者が入れなかったと。王都の商人なんで、物が多いから、商人としては利があるはずなのにと不思議がっていて」


 ビスブレッドには国境門、それから近くに砦がある。前に兵が移動していた場所だ。そこから一番近い町がミンシアである。町に入る前の国境で、国に入るための許可証が必要だが、許可証があれば国に入ることが可能だ。


「許可証を持っていなかったということではなくてですか?」

「持っていても、入ることに許可が出なかったらしい。ラータニア人の訪問が多いから、一定人数に規制を出したと言っていたらしいが」

「なんの規制だ。人数が多いって言いたいのか」

「そこまで来ている感じはないんですけれどね。貿易は許されているし。商人の行き来に規制があったことは、今までないですし」


 ラータニアの王は動いていなくとも、グングナルドの王は間違いなく動いているということだ。いよいよもって、グングナルド王の侵略が濃厚になってくる。


「規制されているのは、商人だけでしょうか」

「それ以外は聞いていないが」

「旅人は問題ないってことか?」

「そこは分からないです。もしかしたら規制されているかもしれませんが、俺が聞いたのは商人だけなので」

「そうか。なら、そんな話を耳にしたら教えてくれるか? ラータニアは魔鉱石を輸入してくれる大事なお客さんでもあるからな。フィリィにしちゃ商売敵だろうが」

「なるほど。何かありましたらお伝えします」

「頼むよ」




 休憩所から出ると、バルノルジは神妙な顔をしてマットルに戻るように言った。魔獣の木片は今度見せてやると言って。

「少し話そうか」


 そう言って、バルノルジは高級街へと進んだ。店に直接出ると顔や腕の傷で客を怖がらせるので、バルノルジの店には入らず彼の家へと進む。バルノルジの家は高級街の店舗から離れた敷地にあった。豪商の娘と結婚しただけあって屋敷は大きい。隣接して自社で囲う職人の住む家もある。敷地内に住処を提供しているのだ。


 門扉を開けるとすぐに屋敷の入り口になる。自分で扉を開くと目の前に螺旋階段があり、左右に扉が見えた。玄関にあるベルを鳴らすと、執事のような男が迎えに来る。

「おかえりなさいませ。バルノルジ様」


 老齢の男はそう言いながら後ろにいたフィリィに気付くと首を垂れる。バルノルジの家には時折来るので、顔見知りだ。

 バルノルジは迎えた男に茶を出すように言うと、フィリィを上質な部屋に案内した。


「さて、どういうことか、聞かせてもらおうか」

 少し硬めのソファに促されて座ると、バルノルジが腕を組んで睨みつけてきた。何かがあると気付いたようだ。

「まだ、なんとも言えないんですけれどね」

「なんとも言えなくとも、聞いておくに越したことはない。何か起きる可能性があるのか? ラータニアの王は動いていなくとも、こちらの王は動いているんだろう?」


 フィリィは頷きつつも、大きく息をつく。まだ本当に分からなくて、調べている段階だ。想定であるのであまり言いたくはないのだが、バルノルジは兵士たちと違い自分で動ける人だった。協力者はいてくれた方がいい。


「グングナルド王が、ラータニアを襲う可能性があります」

「何だと!?」

「まだ、本当に予測だけなんです。軽く聞いてください」

 バルノルジは頷いて、ソファに座り直す。


「ラータニア王弟が婚約で来訪しましたが、婚約の儀式はまだ行われていません。マリオンネの女王の体調が悪いからです。婚約すらできない状況であれば、国に戻すべきでしょう。外聞は悪いでしょうが、女王の体調による非常時として求めるべきでした。これが行われない状態でありながら、王弟は優遇されていない」

「優遇されていない?」

「部屋の位置が悪すぎる。仮にも王女の婿です。婿となれば王女はグングナルドの女王になる予定。ラータニア王弟は将来的には女王の王配でありながら、優遇された部屋に留まれていない。配下の者たちにも人数規制がされています。これが一つ」

 フィリィは指で数える。


「二つ目は精霊の減少です。女王の体調不良のせいで減っていることもありますが、王が故意的に精霊の移動を行なっています」

「何だと!?」

「魔導院研究員と何かを行なっています。でも、まだそれも分からない。何かをしているであろうという推測です。けど、精霊の移動は間違いなく行われている。私も不作だった村を見てきましたが、精霊は全くいない状態です」

「移動させてどうする気だ」

「それも分かりません。前々より王は何かをしている。ここでラータニア王弟との婚約話が出た。王弟はラータニアでも優秀な人で、ラータニアが手放す予定のなかった人です。それなのに婿に来た。本意ではない婚約。グングナルドの王が、何かを得るために脅した可能性がある」


 これも推測だ。どれもこれも推測。自分でも推測が間違っていればいいと思う。けれど、何かを調べる度に、その推測が真実に近付いている気がしてならない。


「何らかとの交換条件で、ラータニア王弟が婚約を受諾したようです。それが国益に関わるものという話があります。これが一つ」

 バルノルジは無言で聞いた。


「三つ目、任期でない兵士の入れ替えがビスブレッドの砦で行われました。そこには魔導院研究員も追加されている。魔導院が何かをしている可能性があります。国境の砦で」

 その何かも分からない。ただ何かの準備を行なっている。秘密裏に。魔導院副長であるイムレスも、王騎士団団員であるアシュタルも知ることができない、何かが。


「そして、王は古代の魔法陣を調べています。攻撃性のある、破壊力があり殺傷力の高い、攻撃魔法を」

「何だそれは……」

「王都にある洞窟で見付かった、古代の書を解読しているらしいです。石板の書を魔導院で要約しているそうで、マリオンネができる前の精霊の魔法陣を再現するつもりなのだと」

「マリオンネができる前の精霊の魔法陣!?」

 バルノルジの顔色がさあっと青白くなった。想定外の言葉に唖然としている。


「力のある魔導士がいれば、相当な攻撃力となります。砦に行った魔導院研究員は、魔導士でした」

 イカラジャを裏切った、イニテュレ出身のモルダウンだ。あとで調べたら、ビスブレッド砦へ移動していた。魔導士であることはイムレスから聞いている。


「事実があっても、全て推測にすぎないです。まだ分からないことが多い。王が望むならおそらくラータニアの浮島でしょうけれど、それを得ても意味があるとは思えない。何を目的としてラータニア王弟を婿にしたのかも分からないし、精霊の移動の意味も分からないんです」

「予想外の話だな。よく調べたもんだ」

「情報網はいくつかあるんですよ。でも確実なことが分からない。王女とラータニア王弟との婚姻の前には終わらせたいんですが、それもなんとも言えなくて」


「何で、婚姻前なんだ?」

「ラータニア王弟は自国の精霊に愛されています。もし精霊の許可なく婚姻した場合、王族がグングナルドの精霊から怒りを買う可能性がある。これ以上精霊が減ったら、大打撃ですよ」

「……本当に、そうなるのか?」

「それも、可能性です」


 バルノルジが大きく息を吐いた。話は国だけのことではない。他国との争いになるとは思わなかったようだ。予想外すぎて、驚愕している。しかも、これ以上精霊が減ることがあれば、国全体の惨事だ。悪くすれば餓死者が出るだろう。


「そのための婚姻期間ですけれどね。でも王がラータニア王弟を婿に決めたなら、気にせず婚姻させる気もして……」

 自分で言って、がっくりと肩を下ろした。そんな感じもしてきた。精霊の怒りを買おうがどうでもいい男だ。婚約が成されたら、すぐに婚姻とか言いださないだろうか。怖すぎる。


「王女は何をしているんだ? ラータニアを敵国として侵略するつもりなら、ラータニアの王弟と婚姻する王女もやってられないだろう」

 やってられないよ。ほんとにね。


「バルノルジさんも兵士だったら知っているでしょう。王女が馬鹿なの」

「……馬鹿ってお前、いや、聞いたことはあるが」

 兵士でも一度は耳にすることがある、王女馬鹿説。


「王女は王の言いなりですよ。考える頭もありません。王女に期待はしないでください。むしろ、ラータニア王弟が王女を嫌すぎて自分で出てってくれればいいのに、って思ってたんですけれど、王弟も難しいみたいですから」

 フィリィの言葉にバルノルジは呆れの声を漏らした。一国の王女に対して言う言葉ではないと呟いて。


「カサダリアで協力者がいるんだろうが、今後、何かしていくつもりなのか?」

「王の望みが分からないので、とにかく調べるだけです。ラータニア王弟が婿に来た理由が分かれば、一番手っ取り早く分かるんですけど」


 だが、ルヴィアーレと話し合うのは無理だ。ルヴィアーレが王の命を狙っているとしたら、王女も邪魔になる。それではこちらの動きも変わる。そして、コニアサスに手を出したら許さない。あの子はこの国を真っ当にしてくれる次代の王だ。

 邪魔だけはしてほしくない。だから、さっさと国を出て行ってほしい。


「グングナルドの王子は、まだ四歳だったか。どうにもならんな。後ろ盾はないのか」

「コニアサス王子はラータニア王弟が婿に来たため、将来王になる予定が覆りました。前々まで王の取り巻きが後ろ盾として群がっていましたが、それが揺らいだため、第二夫人の父親しか後ろ盾はありません。協力は無理だし、第二夫人のミュライレン様は大人しくて穏やかな方です。何も知りません。王に嫁いだのもほとんど家柄で仕方なくですけど、コニアサス王子を可愛がってらっしゃるから、王女からのちょっかいを防御するので手一杯ですね」


「おいおい。しかし、そうなると、やはり王女が動かないとじゃないか。次の王は王女になるわけだから」

「王女は女王にはなりません。馬鹿ですから」

「辛口だな」


 バルノルジは苦笑いだ。あまりにフィリィが嫌っているのだと思っただろう。

 フィルリーネなど使えない王女だ。一人では何もできない。信頼される力もない。叔父の思考を持って育てば、すぐに潰される。成長し仲間を増やすまでは実力を出すこともできない。途中で王に潰されるわけにはいかないのだから。


「とにかく、事情は分かった。精霊については他でも聞いているから他人事じゃない。何か分かれば知らせるが、お前はこの街にいないしなあ。何か情報を伝える手立てがあればいいんだが」

 確かに、急に何かが起きた場合、知らせられるツテが必要だった。いつもはフィリィが勝手に街に来て情報を得るだけだ。バルノルジからはフィリィに伝える術がない。

 王女まで届ける術は難しい。誰かに伝えさせても時間が掛かってしまう。


「ちょっと、考えます。何かいい方法、探しますね」

「そうだな。そうしてくれると助かる。俺はここかいつもの店か、いなくてもその辺の店にいるから」

「分かりました」

 こくりと頷くと、バルノルジはもう一度身体を丸くして、机に身を乗り出す。


「一応聞くが、それなりの人間が後ろについているんだろうな? お前の身は、大丈夫なんだろうな?」

 事が大き過ぎたせいでバルノルジは心配になったようだ。商人ではなく、諜報部員だと思われたかもしれない。フィリィは小さく笑った。


「大丈夫ですよ。調査は私ではないんで。私はただのまとめ役です」

「そうか。ならいいんだが」

 ほっと安堵の息をついてバルノルジはソファーにもたれた。心配してくれたようで嬉しい。


「明日、また来ますね。ロブレフィート弾きたいし」

「ああ。楽しみにしてる」


 バルノルジの笑顔に、フィリィは緩やかに笑った。

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