第28話 茶会2
「ご安心なさって、ルヴィアーレ様。ここでの精霊を祀る日は、祭りでしかございません」
「祭り、ですか? 祈る儀式であるのに?」
「儀式ではございません。純粋に楽しむだけの祭りです。演奏は精霊も喜ぶでしょう。多くの方の演奏を心待ちにしている日です。気になさる必要はなくてよ」
フィルリーネの言葉に、ほんの少し眉を顰める。納得がいかないのだろう。よほどのしきたりで行ってきた儀式になっているようだ。本来はその儀式が正解なのかもしれない。おそらく豊穣を祈る儀式と同じなのだ。
しかし、この国では儀式という名の王の言葉があるだけ。その後の演奏で祭祀は終わりだ。その程度の催しはともかく、街での楽しみを精霊たちは喜んでいる。
それで納得しろとは言えないので、ルヴィアーレには我慢してもらわなければならない。
どんどん、苛立ちが募るだろうね。やるせない。
「街に降りる機会がありましたら、臨めますのにね」
最後まで言うのはやめておこう。これは、今の王女の言葉ではない。
「そういば、わたくし、カサダリアで興味深い話を耳にしましたの」
フィルリーネは話を変えた。もう演奏の話は終わりだ。これ以上話すことはない。ルヴィアーレが演奏してくれれば、こちらとしても助かる。
「第二夫人の娘を可愛がっているそうね」
何を言う気か、ルヴィアーレの後ろが緊張した。
「王が夫人たちと共に、大切に育てております。王には子がおりませんので」
ルヴィアーレは特に表情を変えることなく答えた。妹代わりの姪の話をフィルリーネに問われることは想定していただろう。この程度の揺さぶりに動じることはない。緊張しているのは、後ろの者たちだけだ。
「わざわざ第二夫人として引き取り、子供を姫として育てるとは、とんだ家族愛ですわね。よほど何かに秀でていらっしゃるのかしら? それとも何か役目をと思ったのかしら? 王は慈悲深いのね。そのような血の繋がらない他人の幼子を、娘として扱うなどと」
他人を強調してフィルリーネは立ち上がる。噂は知っているぞ。と脅す姿勢だ。本当のことかどうかは分からなかったが、周囲が一瞬固まったのを感じて、本当のことなのだと理解する。
「わたくし、驚きましてよ。ラータニアは身を差し出すのがお上手ですこと」
イアーナが剣に手を伸ばしそうになった。
これ以上の会話はない。フィルリーネは見ないふりをして、その場を去ることにした。
あー、気分悪いな。
『あの男、一瞬あんたに殺意持ったわよ』
ルヴィアーレの気配はフィルリーネにも分かった。エレディナの声に小さく頷きながら、部屋から逃げ出すように移動式魔法陣に乗り込む。
ルヴィアーレがこの城に人身御供として来たこと。連れ子のユーリファラが、ルヴィアーレの相手として育てられたこと。二重の意味で言ったことに気付いただろう。
これは、噂通りかもなあ。
王に脅され、見返りとして、ルヴィアーレはこの国へ来た。血の繋がらない妹代わりの姪と婚約予定であったにも関わらず。
ラータニア王には子供がいない。もしかしたらルヴィアーレと連れ子の娘を結婚させて、国を担わせるつもりだったのかもしれない。
厳しいなあ。
早く帰らせようにも、婚約の儀式の方がどう考えても早い。ルヴィアーレとこの国の精霊との相性が、これ以上ないほど悪いことを祈るしかなかった。
婚姻だけは、せめて行わないようにしなければ。
『あんたも難儀よねえ』
ほんとだよ。
再び小さく頷いて、空に大きく溜め息を吐きたかった。
「お帰りなさい。倒れたって聞きましたよ。倒れたって」
植物の陰に隠れて、カノイは伸びをしながらベンチ越しに手を伸ばす。お土産よこせのポーズだ。
「ちょっと、熱を出しただけよ」
「ちょっと、ですか? 寝所で倒れられたと聞きましたよ?」
誰だ。言ったの。側仕えか、騎士か。
言いそうな顔を思い浮かべると、皆言いそうで、犯人が分からない。
「これは、カノイ。こっちが、アシュタル」
二人に別々の物を渡しながら、フィルリーネも伸びをする。
なんだか、疲れた。
「うわ、新しいペンだ。ありがとうございます!」
「私のはお守り、ですか? これ、精霊の雫が入ってるように見えますけど」
「入ってるわよ。アシュタルの場合、危険が多いから」
精霊の雫とは、魔鉱石になる前の魔導の塊である。小さいが魔導があり、悪意ある攻撃を弾き飛ばすとされるお守りだ。
「ありがとうございます……」
アシュタルは震え声を出した。
すごく嬉しそうで、受け取ってくれると、こちらも嬉しい。
「えー、姫様。僕も危険ありますよ」
「カノイはペンで頑張って」
「そうだぞ。ルヴィアーレ様に城案内したんだろう? どうだった」
今は聞きたくない名前だ。後ろを向いているので、眉を寄せたのは気付かれまい。全体的にだるい気がして、足を伸ばす。だらりとしていて、王女としての姿勢も何もない。普段もないが。
「ルヴィアーレ様は、考えてること全く分からなかったです。なんて言うか、鉄壁の笑顔」
「ぶふっ」
アシュタルが吹き出す。その表現、納得する。どんなことを言われても、笑顔を絶やさない。たまにひび割れそうになるけれど。
昨日だけだ。明らかに眉を顰めたのは。
「姫様のことをまずは聞くけれど、付け足して王のことを聞いてきました。でも、そんなに掘り下げてこないので、案内だけで良かったのかなって。王の棟は気になってたようですけど」
「場所の確認はしたかったってことだろうな。見て、何か言ってたか?」
「空中廊下が少ないことに驚いてた。入り込むことの厳しさは理解したはず」
「見れば無理だと思うでしょう。王の棟は他の建物と違って外廊下がないからね。ベランダもほとんどないし、窓も少ない。どうなっているか、想像もつかないでしょう」
「だからですかね。質問もなかったです」
王の棟を攻撃するのは現実的ではない。回廊を破壊することも難しい。王がいつ通るかを、ルヴィアーレは知ることができない。
「魔導院書庫のことは少し気にしてたかも。でも、警備の厳しさに、そこも詳しく聞いてはこなかったです。階上に連れて行ったので、入り込めないと分かったからだと思います」
「あそこも侵入は無理だからな。エレディナのような存在がいれば、話は別ですけれど」
「そうね……」
ラータニアには浮島がある。そこに人型の精霊が、本当にいるかどうかだ。いれば、ルヴィアーレだけでも転移は可能だ。人型の精霊がついているかどうかは、確認できない。
「いないと思うわー。少なくとも、私に気付いてないもの。いたら、私だって気付くし、相手も気付く。私たちの気配は、お互い分かるもの。よっぽど上級の精霊で、気配消してたら、微妙だけどね」
エレディナの声だけが届いて、二人が納得の声を上げた。そうであれば、王の棟に侵入しようとはしないだろう。
「僕、姫様がルヴィアーレ様に案内すらしてないとは思わなかったですよ。全然、なんにも、ルヴィアーレ様にしてないんですね」
「できるだけ近付きたくないからね。嫌味言うのも疲れるし」
「嫌味言うのは、帰ってもらいたいからですよね」
「そうよ。これでもかってほど嫌な思いしたら、自力で何とかしてくれないかなって。希望。それも難しそうだけど」
国土を守るための人身御供説が濃厚になった今、嫌味を言っても意味がない。気持ちは放置したいが、様子を見ながら、これから彼らが何をしようとするか、監視が必要だ。
王を狙うとなれば、邪魔しなければならなくなる。自分の計画を邪魔されては困るからだ。
「婚約破棄は難しいと?」
「ルヴィアーレからも無理そうね。王の内情を知って、なんとか弱点を抑えて、国に戻りたいってところかしら。なんとも言えないわ。嫌がっていることは、間違いないのだけれど」
「こんなフィルリーネ様でも、未来の王配になれるのにですか?」
「そんなフィルリーネ様の配偶者なんて、死んでもごめんですって」
「嫌われましたねー」
カノイが冗談めかして言う。好かれるわけがない。分かりきったことを言うんじゃない。
「自分の国と姪が大事でしょうがないんでしょう。早く帰してあげたいわ」
「しんみり言いますけど、僕、姫様とルヴィアーレ様って結構気が合うと思うけどなー」
合ってもどうにもならない。そして、そんなことどうでもいい。アシュタルがフィルリーネの言葉にうんうん頷く。
「ラータニア王が姫様と同じくらい色んなことに過干渉なんで、きっとルヴィアーレ様はそれを宥めたり止めたりしてるんだろうなって。僕、姫様に置き換えて想像しちゃったら、合いそうだなって」
「それって合うって言うの? まあ、ルヴィアーレはすごく真面目ってことは分かったから、ラータニア王の世話はしてたかもね。優秀で真面目なら、気になっちゃって、自分で無用な仕事しちゃうんじゃない?」
自らを犠牲にするほど、大切なものを守りたがる。世話焼きでなんでも気付いてしまうなら、政務も行うだろう。
「良くできた姑ね」
「ぶふふっ」
「姫様、そういうこと言うから、嫌われるんですよ」
アシュタルは笑いを堪え、カノイは呆れた声を出す。正直な感想を口にしただけなのに。
「イカラジャ様の故郷はどうでしたか?」
アシュタルが笑いを堪えながら問うてくる。問題はそちらの方が大きい。
「ひどい惨状だったわ。全てが砂になるのは時間が掛かるだろうけれど、精霊がいないって一目で分かる状態だった」
「……そうですか」
「うまくいくかはこれからだわ。精霊が居着いてくればいいけれど、そもそも呼べたかも、まだ分からない」
「でも、倒れるくらい、頑張ってきたんですもんね」
カノイがフィルリーネの頑張りを褒めてくれる。だが、力足らずで熱を出したことは忘れてもらいたい。
精霊たちから川までは戻してくれると約束はあったが、癒しを促した土地などがこれから変わっていくのかは分からなかった。こちらは、ただ戻ってほしいと祈り続けるしかできない。
「何度も行くことは難しいだろうけれど、続けていくしかないわね」
フィルリーネの言葉に、二人は静かに頷いた。
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