第27話 茶会

「お土産を買ってきましたのよ」

「まあ、素敵」


 第二都市カサダリアでデリと話した後、旅行ついでに別の街へ行った。デリの父親の支店がある街だ。そこで買った扇を大量に購入して、貴族の女性たちに茶会で配る。


 大量に買いすぎたという名目で、いつも通りとフィルリーネの友人たちは集まった。本日は土産を渡すために大人数での茶会である。一人二人は気になったようなので、店の名を何度か伝えておく。少し安めのものは、その側仕えたちに渡すようにさせた。


 いや、可愛いんだよ。色は鮮やかだけれど華美すぎないデザイン。小物を派手にしてもそこまで気にはならないので、服装で鮮やかな衣装が苦手な人には持ってもらいたい。


「フィルリーネ様は、ルヴィアーレ様とご一緒されるのかと思っていましたわ。お一人だったのですね」

 そう言うのは、長い黒髪をした、大人しめで清楚そうに見えて、結構腹黒いロデリアナ嬢。国王付きの宰相の娘である。

「わたくしも、そう思っておりました。ご婚約の儀式を終えていらっしゃらないのに、旅をされるだなんて、と」

 こちらは魔導院魔獣研究所所長の娘、マリミアラ嬢。うねうね金髪が眩しい。

「ルヴィアーレ様は、お寂しかったのではないでしょうか」

 そして政務最高官長の娘、タウリュネ嬢。お淑やかで控えめ。焦茶色の髪は綺麗にまとめられていた。


 三人揃ってルヴィアーレ親衛隊。視線はフィルリーネではなく、隣にいるルヴィアーレに注がれていた。

 誰と話してるつもりなの? と突っ込みたくなるところを、私は我慢中である。


 旅行に行っていたせいで、王よりルヴィアーレと接点をもっと持てと怒られた手前、仕方なくルヴィアーレをお茶に誘った。友人たちに紹介したいからと言い訳して。


 罰が重い。


「ルヴィアーレ様は政務をなさっておられるのでしょう。フィルリーネ様には喜ばしいことですわね」

 そんなのにルヴィアーレ使ってんなよ。って視線です。はい、すみません。

「フィルリーネ様がお出掛けになられていた間も、政務をされていたとか。頼りになられるのですね」

 出掛けておいて、ルヴィアーレにやらせるとかどうなってるの? って、声が聞こえるよ。

「旅の途中で体調を崩されたと伺っています。お身体お労わりくださいませ」

 タウリュネの言葉が温かい。しかし、心配そうに言いつつも、視線はルヴィアーレである。

 皆様、正直でいらっしゃる。


 他の女性たちも話を聞いているというより、ルヴィアーレの鑑賞をしにきているように思えた。

 ちょっと席が遠いからって、お茶を持つ手が素敵。とか、あの笑顔がとろけそう。とか、人に聞こえる音量で話すのやめましょうか。小さい声で話しているつもりかもしれないけれど、ちゃんと聞こえてるよ。ルヴィアーレにも絶対聞こえてるからね。


「体調を崩されたのですか?」

 ルヴィアーレが反応する。話すことはいつもないけれど、会話が続けられそうなところには入ってくるあたり、上手い。自分から会話を作ろうという努力はないのだが。

 まあ、私もないから、人のこと言えないね。


「列車に乗っている間に少し。熱を出してしまい、カサダリアで少々時間を過ごしてしまいましたわ」

「あら、ですが、カサダリアに滞在された後、別の街も行かれたとか」

 ロデリアナがちくりと言ってくる。


 病気してるくせにうろついて心配させるとかどうなの? って、顔しないでくれないかな。ルヴィアーレが心配するわけないんだから。


 ルヴィアーレ親衛隊は意見が厳しい。内心の声がダダ漏れていて、今日のお茶会は完全に敵陣である。つらいな。

 ルヴィアーレの情報が欲しいという話をしたのは、いつだっただろうか。もう、そんなことは忘れているのかもしれない。何せ、婚約の儀式が未だ行えない。


 マリオンネの女王は調子が戻らず、まだ寝所から出られないらしい。命に別状はなくとも、ふとしたことで長く寝込むことが増えてきたようだ。高齢でもあるが、女王の座についている時間が長いため、身体を酷使してきた弊害だろう。


 婚約の儀式で会うわけではないのだが、女王の調子が悪いと精霊も意識がそぞろになる。そうなると婚約の契約が上手くいかない。いや、むしろそれを狙いたいのだが。

 言ったら怒られるね。


「まあ、では、ルヴィアーレ様はフリューノートをお吹きになられるのですか?」

 ぼうっとしていたら、話がルヴィアーレ中心になっていた。これは良いと耳を傾ける。色々なことを本人に直接聞いてほしい。


「人並みです」

 どれ程の腕なのかと皆が問う中、ルヴィアーレは微笑みながら謙遜した。なぜかそれだけで周囲がうっとりする。


 ごめん、何で?


 顔を見ていなかったからいけなかっただろうか。隣にいるのでわざわざ横見る気が起きな……、見づらいので、視線は親衛隊に向く。他の女性陣もルヴィアーレしか目に入らないようだ。

 ここは聴衆に徹しよう。女性陣の気持ちが理解できるかもしれない。


「わたくし、ルヴィアーレ様のフリューノートを聞いてみたくてよ」

 悪ノリして援護射撃をしてみた。功を奏したらしく、女性陣は大きく頷く。

「わたくしもですわ」

「わたくしも」


 女性陣は押しが強い。わたくしも、わたくしもが続いて、ルヴィアーレは困ったように小さく笑う。

「機会がありましたら」

「まあ、いつかしら」

「楽しみですわ」


 そこで押さなきゃダメじゃないの、女性陣。機会なんてないよ? 私もう、こんな一人負けのお茶会開きたくないよ。ここを押し出しての親衛隊じゃないですか。


「精霊を祀る日に、お吹きになられたらいかが?」

「まあああ」

「素敵ですわ」

「ぜひ!!」


 精霊を祀る祭りの日。それはフィルリーネがロブレフィートを王から弾けと言われた催しである。

 弾くのはちょっと気が引けていて、断れるならば断りたかった話だ。王にはそろそろ王族としての腕を見せろと言われたが、ルヴィアーレに演奏させても問題ないはずだ。第二夫人ばっかりで王が演奏する気がないため、御鉢がこちらに回ってきただけである。


「精霊祀典の日ですか。本来なら、どなたが演奏なさるのでしょうか」

 自らの意思を告げず、問いに逃げる。演奏したくないのか、下手なのか? フィルリーネがそんな風に逃げたら間違いなく思われる。ルヴィアーレの場合、面倒だと思っているのかどうか。


「普段でしたら、王の第二夫人ミュライレン様がロブレフィートを弾かれますわ」

「フィルリーネ様は演奏されないのですか?」

「わたくしでも良くてよ。今年はわたくしの予定でしたが、ルヴィアーレ様が演奏された方が良いのではなくて? お披露目にもなりますわ」


 一応国民が王族を見られる祀典である。ほとんど聞こえるような距離ではないが、舞台で儀式を行った後、演奏がなされた。演奏は何の楽器だろうと厭わない。精霊に捧げるものなので、上手ければいいのだ。上手ければ。


「素敵ですわ。精霊をお祀りする日に、ルヴィアーレ様のフリューノートを聴けるだなんて」

「そうですわ。演奏なさってください。ぜひ拝聴したいです」

 女性陣のそうですわ。の大合唱にルヴィアーレはちらりとこちらを見た。

 その視線は止めろってことか? 止めません。ぜひフリューノートを吹いてほしい。


 フリューノートとは横笛で、儚い音が美しい楽器である。

 ルヴィアーレは芸事にも秀でているとかで、フィルリーネと紹介が同じだったのだ。そちらは本物のはずだし、ラータニアでも演奏していただろう。


「楽しみですわ。ルヴィアーレ様」

 こうしてフィルリーネは、祀典に演奏する権利を、ルヴィアーレに譲渡したのである。






「本気で、おっしゃられているのですか?」


 女性陣を送った後、ルヴィアーレは若干怪訝な様子で問うてきた。

 演奏したくないのだろうか。それとも、本当は下手なのだろうか。


「フリューノートは得意だと伺っておりますけれど? 自信がなくて?」

「そういうわけではありません」

 そこはきっぱりと言い放つ。自信はあるようだ。大勢の前で演奏するのが嫌なのかどうか。


 フィルリーネは一度立った席に座るよう促した。

 珍しく感情の発露があるので、詳しく観察したい。

 間違い。聞きたい。


「では、どういう理由でしょう。伺いたいわ」

「精霊の祀典とは、精霊への感謝を示す儀式です」

「そうですわね」


 自分も後で何か弾こうと思っている。街に出て行うつもりだ。城で弾く気は起きない。

 ルヴィアーレは呆れるような顔を見せた。祀典に思い入れがあるのだろう。それで思い当たった。


「婚約の儀式も済んでいない他国の者に、演奏をする資格はありません。祀典は王族がされるものです」

「そうですわね」

 表向き婚約発表がされてもマリオンネでの婚約の儀式が行われていないので、ルヴィアーレは正式な婚約者ではない。マリオンネからすればルヴィアーレはまだラータニアの人間であり、グングナルドの王女の婚約者ではないのだ。


 そうであれば、他国の人間となる。

 ルヴィアーレは大切な祀典で、他国の人間が演奏するなど以ての外だと言いたいのだ。


「問題はありませんわ。腕のある方が演奏なさる方が、精霊も喜びましてよ」

「国の者でもなく演奏などすれば、怒りを買う可能性があります」


 相性が悪ければ、精霊の怒りを買う。

 ルヴィアーレはそう言いたいのだろうが、演奏でそれは起きない。これは文化の違いだろうと思う。ルヴィアーレの国では敬虔な儀式なのだろう。しかし、グングナルドではほとんど国民が楽しむための祭りとなっている。


 街では供え物の鳥を走らせ、その騒ぎを楽しむ。鳥を追って最後に仕留め、肉を捧げるのだ。王族の演奏は二の次、おまけみたいなもので、民衆は夜まで続けるが王族は午前で終える程度だ。

 それに、演奏は精霊も楽しむもので、腕の良い者が演奏すればそれだけで精霊は喜ぶ。他国の人間、商人などが演奏しても精霊は喜んだ。王族であろうと変わらない。他国の王族が演奏して怒りを買うことはない。


 ルヴィアーレの国では完全に儀式で終わるわけだ。王族以外に演奏などしないのだろう。

 ルヴィアーレはとても真面目な人間なのだと思う。王族としての矜持を持ち、自分の感情も蔑ろにして兄である王の手伝いをすべく、多くを学んできたのだろう。


 この国に最も合わない人間だ。ここに来たことは、彼にとって不運にもほどがあった。

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