第26話 案内2

「あちらが騎士の闘技場で、魔獣を使って戦いなどが行われる催しに使用します。普段は魔獣を使った演習に使うくらいで、ほとんど閉まっていますが、催しの時は街の者たちも入る許可が出るので、かなり大きな闘技場なんですよ」


 鋭い三角屋根の見える建物は地上に近い場所で、複数階層のペデストリアンデッキからはよく見える。その場所まで連れていって説明するにも、城が広すぎて難しい。小型艇を出したいくらいだ。出せないので、景色がよく見える高い場所から説明をした。


 王に近い政務を行う場所などは高所に位置しているので、外向けの広場からでも十分よく見える。特にこのデッキは植物など植えられた休憩所も兼ねているので、かなり広い。


「すごい規模ですね……」

 心の底から感嘆したような声を出したのはイアーナだ。フィルリーネの言う通り、感情がダダ漏れである。はあ、と大きく息を吐いて、口を開けたまま闘技場を見遣っていた。今にも、すごーい。とか言いそうな顔だ。


 結局、案内はルヴィアーレだけでなく、お付きの三人を連れていくことになった。サラディカ、イアーナ、レブロンである。ルヴィアーレを守る騎士なので当然だが、イアーナは観光気分だ。後ろにメロニオルと他の王の手下の警備もいるが、それらは無視する。


「随分と、植物も多いのですね」

 建物のベランダやデッキにある植物は観葉植物と言うより木で、建物の隙間に林や森があるように見える。ルヴィアーレの言う通り、この城は植物の割合も多い。


「昔から植えられているみたいですね。だからあんなに大きいので。木の下は意外に人工的ですよ。噴水や人口の川などが流れて、憩いの場になっています。魔導院植物研究所が実験用の植物を植えたりしているので、入れない場所もあります」


 このペデストリアンデッキも植物は多い。日差し避けにもなるので傘になる植物が多く使われている。王都ダリュンベリの日差しの強さは建物も焼くので、植物で暑さを緩和しているわけだ。だから屋根やベランダにやたら植物が植えられ、川が流れたり泉があったりする。


「フィルリーネ様の棟は、水場に繋がっている部屋が多いですから、入られると驚きますよ。植物園のように多くの植物が植えられ水が流れていて、外にいるみたいな気分になります。滝もあって上から水が落ちて、そのまま階下のデッキに流れるようになっているんですが、不思議な空間なんですよ。今度見せていただいたらどうでしょうか」


 頼んで見せてくれるかは知らないが、フィルリーネはあの部屋に良く行く。木しかない植物園みたいな部屋なので、普段の警備は少ない。エレディナが暑さに弱いのでせがまれて行くらしい。本人はそこで本を読んでいるようだが、もちろん部屋に籠もっているふりをしている時だ。ルヴィアーレを好んで連れていくことはないかもしれない。


 ルヴィアーレはフィルリーネの棟には政務のために来ているが、あそこはフィルリーネの棟の中でも手前の方で、個人的な居室はもっと奥にあるのだ。引き籠もり部屋もその奥にあるので、余程のことがない限り入ることはないだろう。カノイもフィルリーネの気分で政務を行う際に、あの部屋まで呼びに行ったことがある程度だ。


 ルヴィアーレのいる棟は景観の悪い棟だ。フィルリーネの棟で景色を見たら更に驚くだろう。王女専用の棟だけあって、街どころか遠くの景色まで一望できる。小型艇でそのまま乗り込める部屋もあった。棟の周囲には魔導防御壁があるので、許可のない小型艇は侵入できない。透明なので側からは壁があるとも分からない。魔導攻撃があっても、びくともしないそうだ。


「王の棟も素晴らしいのでしょうね」

 ルヴィアーレは感嘆したように笑顔を見せた。さすが大国ですね。と追加して言ってきたが、王の棟が気になるのは間違いない。


「王の棟は、公務の棟から少し離れているんです。そこに入るのは勿論許可が必要ですが、回廊が怖いんですよ」

「怖い?」

「地面だけの回廊だったり、地面と天井だけの回廊だったり。渡る時に外の景色が見られるようになっているんです。近くまで行ってみましょうか」


 中央政務室のある棟のデッキに出れば、回廊は見える。ルヴィアーレたちも王がどこに住んでいるかくらい知りたいだろう。とはいえ、簡単には入られないことも知っていた方がいい。


 王が住む棟はフィルリーネと隣り合っているが、建物で繋がっているわけではない。フィルリーネの棟からは移動式魔法陣を使って通るらしいが、こちらはもっと怖い。地面も何もないそうだ。移動式魔法陣で透明な魔導防御壁で包まれたトンネルを通る。そのため魔法陣が足元にあるだけで、他は何もないとか。


 スカートの中見えないの? って聞いたら、魔法陣に色が付いてるから見えないんだって。階下はずっと下まで行かないとないので、どっちにしても見えないだろうけど。


 中央政務室のある棟の外廊下を歩いて、ぐるりと回る。建物は円錐型になっていて外廊下に囲まれており、そこにデッキがついて隣の棟と繋がっている。その隙間に渡り廊下で繋がった庭園があった。単純な作りだから分かりやすいが、似たような建物が多いので迷子になるかもしれない。城の人間を一同に集めるような講堂や闘技場などは、それらとは形が違った。


「あっちに見えるのが、魔導院です。魔導院書庫や魔導研究所などが同じ棟に入ってます。植物園などもありますから、結構広いですよ。魔導院書庫はかなりの広さです。迷子になるくらい」

「そこまでですか」

「蔵書数もありますけれど、キャレルなどある閲覧室も広いんですよ。魔導研究員の使う書庫や、古書や禁書などの特別な本を保存する部屋などもありますからね。あとで行ってみましょうか。第一書庫は城の人間なら誰でも入れるので。第二から五までは許可が必要です。他は魔導院研究員しか入れません」

「書庫だけでそんなにあるんですね。興味深いです」


 難しい魔導書をよく読んでいるとは聞いている。そこには本当に興味があるのかもしれないが、いまいち良く分からない。ルヴィアーレはいつも笑顔だ。


 第一印象は大人しめの美形。穏やかそうで終始笑顔。政務をやり始めて意外に毒舌だと分かったが、笑顔は絶やさない。表情がいつもそれなので、確かに胡散臭いといえば胡散臭い。

 そして、ルヴィアーレが廊下を通るだけで、通りすがりの女性たちが脇に避けて道を譲りながら、あとできゃっきゃ言っている。すごい人気だ。


 いやあ、これ姫様大変だよ。女の子がほっとかないもん。国でももてただろうね。フィルリーネが相手なんて、って思ってる令嬢たちも多そう。


 ルヴィアーレはそんな声も耳に入らないのか、完全無視だ。色めき立つ女子に目もくれず、案内している建物を確認して説明を聞く。黄色い声を聞くのは慣れているようだ。


「見えてきましたよ。あの回廊の向こうが、王の棟です」

 遠目だが、細い渡り廊下が建物と建物の隙間から見える。ルヴィアーレは回廊までの廊下に入ることができないので、外廊下からかろうじて見える一つの回廊を指差した。

 ここから見ると、とても遠い。しかし、回廊は目に留まる。細い線が一本、青白い光を発して建物を繋いでいた。


「あの向こうが、王の棟、ですか。随分空中廊下が少ないですね」

「少ないですよ。渡る道は数えるほどしかないですし、地階からは入れません。警備は万全ですから、中に入ることすらできないでしょう」

 だから入るなよ。という意味で念を押す。あそこにはフィルリーネですら侵入できないのだから、他国の人間が容易く入るのは難しい。


「さすが大国の王が住む場所ですね。驚きました」

 にっこり笑って、ただそれだけ。質問はしてこなかった。入り込むことは不可能だと考えたか、とりあえず位置は確認できたと思っているか。

 さて、僕には分からないな。


「では、ここから魔導院の入り口が近いですから、そちらへ行きましょうか」

 外廊下を通ってきたが、次は中だ。中も道が長いので移動式魔法陣を見付けて、そちらへ移動する。イアーナはきょろきょろと辺りを見回して、レブロンに肘で突かれている。


 姫様がイアーナをなんとかしようと思うの、分かるなあ。僕より落ち着きないよ、あいつ。


 魔導院第一書庫は、広大な空間に本棚が中心に向かって並んでいる。中心にはカウンターがあり、司書が本の受け渡しを行なっている。上の階では、端にある階段を使用して、テラスのようになった空間で本を読むことができた。

「うわ。ひろ……」

 イアーナが感嘆するように呟いた。再びレブロンが肘打ちして口を閉じさせる。


 この書庫は第一書庫であって、まだ他に書庫がある。それでも広さはかなりあり、イアーナが驚くのは当然だった。しかし、ルヴィアーレが注目したのは別の場所だった。

 見回した視線が階段の上のテラスの方だ。警備が多くいるのに気付いたのだろう。

 気になるところは見せるべきだろうと、ルヴィアーレを上の階に促す。


 上の階からは、並ぶ本棚や人が良く見えるようになっている。警備の騎士がやたらうろついているのは、この先にある第二書庫からは一定の人間しか入れないようになっているためだ。不審人物が扉に近付かないか、書庫でおかしな真似をする人間がいないか、常に見張っているのである。


「不思議な並びですね」

 ルヴィアーレが気になったのは、本棚の並びだけではないだろう。奥に行く扉は一つ。警備騎士がその前を陣取っている。通るのに開け閉めするので、見知らぬ者はまず入れない。


 警備は厳しい。上の階で案内すると、サラディカも目を眇めた。

 第二書庫から先は研究員がいる。奥へ行けば行くほど重要なものや施設があるため、ここでしっかり警備していた。


「王やフィルリーネ様も、こちらへ足を運ばれるのですか?」

「そうですね。奥には魔導院研究所がありますから。フィルリーネ様は勉強の時間があるので、それ以外あまり来ないと思いますけど」

 王はたまに訪れるらしい。フィルリーネが気にしていた。ルヴィアーレもそこは気になるようだ。研究所があるからだろうか。


「カノイ様。この第一書庫までは、訪れて良いのでしょうか」

 サラディカの質問の意味は、ルヴィアーレがここに来ていいのか、ということだ。


 僕と一緒だから来ていいってわけではないし、問題ないと思う。入っていけないならば、僕とうろついている時点で警備騎士が声を掛けてくるよ。


「問題ないですよ。何かあれば鎧を纏っている警備騎士に確認してください」

 フィルリーネも暇つぶしを見付けてやりたいと考えているのだ。調べられることは調べさせてあげれば。などと適当なことも言っていた。警備が厳しいためその現実も教えてあげたい。変にうろついて王に気にされるよりまし。とのことである。

 姫様、本当は放置したいだろうに。優しいね。


「フィルリーネ様の棟にも書庫はあるんですけれどね。こちらの方が本は多いですから」

「フィルリーネ様の棟には、何でも揃っているのですね」

 確かに揃っている。基本棟から出ないのが深窓の王女っぽくていいのだろう。表向き部屋に籠もっているので、棟から出ていないことになっている。


 実際は、掃除婦の格好をしてうろついたり、魔導院研究員の格好をしたり、政務の服を着たり。とやりたい放題である。騎士庁舎や騎士寮までうろついていると言っていた。

 一体、そこで何やってるのかな。


「フィルリーネ様の棟には、装飾品の展示室とかもあるらしいですからね。僕は見たことないですけれど、警備の騎士が小さな博物館もあると言っていました」

「芸事がお好きという話を伺ったことがあります」

「そうですか? 姫様はすぐに部屋に籠もられるか、ご友人と茶会を行ってらっしゃるので。絵がお好きだという話は僕も耳にしますが、絵は見たことないです。そうおっしゃっているだけで」


 サラディカが後ろで微妙な顔をする。イアーナに至ってはやっぱりな。の納得顔だった。バカ王女に芸事はないだろう。ロブレフィートや絵の具を部屋に持ち込むだけだ。


 ロブレフィート弾いているところとか、絵自体を見た人はあまりいないだろうね。絵に関しては全然じゃないかしら。


 ルヴィアーレはそれでも笑顔だ。

 動じないね。


 それから、ルヴィアーレはフィルリーネのついでのように王の質問をしてきた。娘も引き籠もるが、実は王も自分の棟からあまり出てこないということに、驚きを見せる。


「我が国の王は、どこでも顔を出したがる方なので」

「ラータニア王がですか」

 フィルリーネと趣味が合いそうだ。本来の彼女ならばあちこち顔を出して、様子を見ていそうである。


「気さくな方なんですね」

「そう、ですね……」

 カノイの返答に、ルヴィアーレは目を瞬かせた。


 言い方まずかったかな。気さくって褒め言葉じゃない? うちの姫様とすごい気が合いそうだって思っちゃったんだけど。


「気さくなのでしょうね。私には真似できません。誰とも身分関係なく自由に話をするので、城の色々なことを知っている方です」

「へえ、素晴らしいですね」


 うちの姫様はそれで暗躍する人だよ。なんだろう。同じことをしているのに、姫様が悪役すぎる気がするのはなぜだろう。


 ルヴィアーレはそういったことは自分にはできないと呟く。良い王なのだと、静かに言って。


 あ、姫様が早く家に帰したいって言った意味分かった。

 ルヴィアーレ様は自分の国が大好きなんだな。王であるお兄さんも大好きってこと。姪については、僕は聞けない。僕は小心者だから。


 王については、フィルリーネのおまけのように聞いてくるが、本来聞きたいのは王の話なのだろう。しかし、王についてあまり知られていない。王は人に分からぬように何かをやっている人だ。王騎士団長や魔導院長、他にも多くの者たちが、暗闇の中でうごめいている。


 結局、本当に案内だけで終わった。これでルヴィアーレには望んだ情報が少しは入ったのだろうか。

 終始笑顔だが、特別何かを思っているようには見えない。


 フィルリーネは、ルヴィアーレがこの国に、グングナルド王に思うところがあると言っていたが、カノイには分からなかった。聞いていなければ、まったく気付きもしない。イアーナを見て確認するくらいだ。しかし、イアーナも散々注意されているのか、そこまで表情に出してこなかった。


 怪しいところは分からなかったです。ごめん、姫様。

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