第12話 第二夫人の子供2

 この客間から東の棟へは距離があるが、すぐに呼ばれた者たちが揃った。

 並んだ者たちには男も女も混ざっていたが、男が多い。そして、身の回りの世話をする者や、下働きが多いのに気付く。身なりが貴族のそれではない。


「あら、騎士の方は他にいらっしゃらないの?」

「グングナルドの警備を信用しておりますから」


 そんな適当な言葉で信じろというのは無理があるが、フィルリーネは当然ね。と大きく頷く。こちらも褒められたら鼻を高くしなければならない。


 騎士が二人だけのはずなかろう。騎士に下働きをやらせているとは思わなかった。身の回りの世話をする本来の側仕えも連れてきているだろうが、別の用途で使える者ばかりなのかもしれない。パッと見たかんじ、覚えにくい顔が多い。存在感の薄い顔という、諜報として使いやすい部類の顔だ。


「もう、よろしくてよ」

 軽く名前や仕事を聞いて、フィルリーネは手をひらりとかざすと、ルヴィアーレの頷きで部屋から皆を出す。イアーナの不機嫌顔は消えていたが、閉じた口からは不満が漏れそうだった。


「人材不足というのも大変ですわね。あとで騎士団に追加の警備を渡すように伝えておきましょう」

「ご配慮感謝いたします」


 配慮なんていらないよ。ってその顔。後ろの騎士。だだ漏れだよ、心の声。


 ルヴィアーレが微笑んで感謝しているのに、後ろで眉を顰められたら全く意味がなくなってしまう。それを王の前でやるのはまずかろう。ルヴィアーレがどれだけ隠しても、イアーナが心の声を代弁しているのだから。


「ラータニアのお話を伺いたいわ。魔鉱石が多く採れ、精霊が多いとしか、わたくし存じ上げなくて。どんな国なのかしら」

「精霊と共存を強く望む民が多い国です。我が国は気候に恵まれておりますので、食物の栽培に苦労をしたことがございません。魔獣も人里に現れませんので、比較的安全な土地柄です」


 一概に田舎と称されることの多いラータニアだが、精霊が多いため色々な物が豊かなのだと聞く。気候も穏やかで安定し、土地も良く豊穣である。精霊が多いと魔獣の出没が減るので地域は安全だ。農業が盛んだが精霊の研究も進んでおり、共存して生きるために、より良い環境作りを行なっている。

 魔導院の研究員であれば気になる話だ。今は地方が困窮し始めているため、個人的にもその話は聞いてみたい。話すわけがないだろうが。


 そして、なんといっても、ラータニアには空城マリオンネのように、国土に浮島があるのだ。

 空に浮く小さな島には、地上にはいない植物や動物が生息しており、精霊が住み着いている。その精霊が多くの魔鉱石を生むらしく、枯渇することがないそうだ。マリオンネの土地柄と似た性質があるようで、精霊も力の強い者が多い。


 マリオンネで生まれる精霊は力が強いため、人型をとることがある。エレディナもその一人だ。ラータニアの浮島に人型の精霊がいるとは聞いたことはないが、もしかしたら生息しているのかもしれない。マリオンネでも特殊なのであくまで想像だが、それほどその浮島は特別な島だと耳にしたことがあった。


 ルヴィアーレは浮島の話をしない。これは商人から聞いた話だが、他国でも分かっていることだ。しかし、あまり話題にしたくないのだろう。浮島は他国から羨まれている場所だ。マリオンネと同等の島を小国が得られているなど、大国からすれば嫉妬心を仰ぎ兼ねない。

 これに関しては、聞いてもかわされるはずだ。


「では、魔獣を倒すことはありませんの? 騎士であれば街を守るために退治に出ることは良くあってよ?」

 精霊は少ないから、魔獣はうろうろしてるんだよね。


 精霊の減少は口にはしないが、魔獣がうろつくことは伝えておきたい。街自体に侵入防止の防壁陣は張られているが、なぜか入り込むことがある。東の棟などは特にあり得そうだ。王がルヴィアーレの周辺をかき混ぜたくなれば、たまに入り込んでしまうかもしれない。


「城内で魔獣に襲われて亡くなった方もおりますわ。騎士が少ないと心配でしょう」

「ご心配痛み入ります。騎士には細心の注意を払わせましょう」

「それがよろしくてよ」


 城に魔獣が入るってなんだよ。とでも言わんばかりに、イアーナが怪訝な顔をしている。

 だって事実だし。入ってくるし。それで殺された貴族はいるからね。それがルヴィアーレに及ばないとは限らない。これは忠告だ。


「魔獣が城に入らないなどあるのね。わたくし存じませんでしたわ」

 そんな国、ここだけだと思うけれどね。自分で言って、自分で突っ込みたくなる。


 フィルリーネの周囲は、何でそんな余計なこと言うんだ。という顔になっている。その話は恥だ。防御がまともにできない城だと思われる。


 そんな視線を無視して、出ていたお茶に口をつけた。ふんわりしたクリームの乗った、甘ったるいケーキを口に運ぶ。ルヴィアーレが甘党でない限り、このお菓子を全て食べるのは無理だ。

 フィルリーネが口をつけたところで、ルヴィアーレもお茶に手を出した。ケーキをほんの少しフォークにとって口に運ぶ。甘いものは好きではなさそうだ。


「随分と甘いケーキね。口に合わないわ。次は別のものにしてちょうだい」

 レミアが頷くと、扉近くに待機していた別の側仕えがそろりと部屋から出て行く。あとで別のお菓子が届くかもしれないが、その前にこの茶会は終わらせたい。ルヴィアーレが無理にこのケーキを食べずにすめばそれでいい。

 案の定、ルヴィアーレはその後ケーキに手を出さなかった。


「ルヴィアーレ様は、お父様といつお会いになったのかしら。他国の方を婿にするなどと類稀なことをなさったのだもの、一度お会いしたことはあるのでしょう?」

「いいえ。こちらに参った際にお会いしたのが初めてでございます」


 この国での謁見で会ったのが初めて?

 人となりなど見ていないのは分かっているが、会っていないのならば何を基準にしたのだろう。ラータニアの王族だからということが妥当だろうが、それも理由が分からない。


「そうなんですの? マリオンネでお会いしているのだとばかり思っていましたわ」

「私はマリオンネを訪れたことはございませんので」

「王族でありながら、女王と謁見されたことがなくて?」

「私は遅くにできた子で、前王がすぐ崩御したこともあり、女王にご挨拶に行く機会がございませんでした」


 女王から力を賜る王族は、一度は謁見を許されるものだ。それでなくともこの国の王はご機嫌伺いと称して度々マリオンネに訪れている。女王に直接会うことはなくとも、近況を話す機会としてマリオンネの者たちに会うことがある。


 マリオンネにはムスタファ・ブレインと呼ばれる女王を補佐する者たちがいる。ムスタファ・ブレインは各国の監視も担っているので、各国王と顔見知りであり時には相談相手となった。

 王はムスタファ・ブレインに会いに行く。フィルリーネも連れて行ってもらったことはあった。他の国の王も同じように王族を連れて行っていると思っていたのだが、国によって違うとは思わなかった。


 それに、王を継ぐ際には女王に謁見を賜り、王となる儀式を行う。王でない者が女王に会うことはないが、同行は許された。第一王子であったラータニア王が王になる際にも、ルヴィアーレは共にマリオンネに訪れなかったのだ。


「マリオンネは儀式以外訪れぬ場所と聞いておりますが。フィルリーネ様は王とご一緒されることがあるのですね」

「幼い頃はよく同行しましたわ。ただ、儀式に使われるキュオリアンや、女王のおられるヴラブヴェラスに参るわけではありません。女王に謁見を許されてヴラブヴェラスへの訪問を許されるのは、王の承認儀式の時のみですから」


 女王の住まう浮島、ヴラブヴェラスは、王以外の王族が入ることはない。ただ会うだけであれば訪問用の浮島、ミーニリオンがある。そこはマリオンネの客用の島で、ここに訪れて女王を待つ。ご機嫌伺いならばこの浮島に行って終わりだ。

 それから、儀式用の浮島、マリオンネの乙女たちがいる、キュオリアンがある。婚約や婚姻の儀式はここで行う。王の承認以外の儀式は全て、選ばれた乙女たちが執り行った。

 他にも浮島はあり、居住地区などはあるが、地上の人間が入れる場所は、その三つの場所に限られている。


「わたくしが訪れたことがあるのは、ミーニリオンだけですわ。そこは地上からのお客様を迎える浮島ですから、本当に規模の小さなものでしてよ。建物があるだけの、人の気配のしない浮島です」


 そこに女王が現れても長い段差の上に鎮座するため、顔などほとんど分からない。普通の王族はそれで謁見は終わりだ。王の承認では違うのかもしれないが、会ったと言うより見た程度の謁見である。


「女王に拝謁させていただくのは、王族すべてかと思ってましてよ。お会いすることがないなんてあるのね」

「私ごとき、お会いするには勿体無い方です」


 遜るなあ。

 この場合、どうとれば良いだろうか。フィルリーネを立てているのか。それとも、女王に会うには身分がないと言いたいのか。

 現王と同腹なのだから、謙遜する理由はないのだが。


「では、フィルリーネ様は女王の孫であるアンリカーダ様にもお会いしたことがあるのですね」

「アンリカーダ、様ですか」


 問われて口籠ると、ふとルヴィアーレが顔を上げた。言い方がまずかったか。フィルリーネはカップを持ちながら、もちろんございましてよ。と軽く答える。当然でしょう? とも付け加える。


「女王様のお孫様ですもの。お会いする機会はあってよ。ルヴィアーレ様と年も同じくらいではなくて?」

「アンリカーダ様が一つ上の年になります」


 女王の孫アンリカーダは、母親に似て美しい方だと言われている。マリオンネの女性には珍しい黒髪で、瞳が口紅のように赤い、珍しい瞳の色をしている。

 そのせいか、初めて会った時に背筋が凍った。すぐに微笑んできたので寒気は消えたが、うっすらと笑った笑顔の前で、どうにも居心地が悪かったのを覚えている。何度か顔を見る機会もあり、直接話をしたこともあるが、幼いのに迫力のある人だった。


 確かに美人で、それこそ三割り増し肖像画だったが、正直なところ、恐ろしさを感じた。迫力美人というべきか、怖さがあるのだ。

 だからだろうか。三割り増し肖像画は好みではない。


「次代の女王になられる方だわ。ルヴィアーレ様もこれからお会いすることになるでしょう」

 そうなる前に、帰ってもらうけれども。


 婚約の儀式には出てこないが、婚姻の儀式に出てくる可能性はある。その前に女王が死ぬことも考えられるので、葬儀となればルヴィアーレもマリオンネに訪れることになるだろう。この国にいようが、ラータニアに帰っていようが、女王が死ねば王族は葬儀に出席する。


「ルヴィアーレ様がお父様にマリオンネでお会いしていないのならば、ラータニア王にお会いして人となりを知られたのね」

 マリオンネの話で逸れたが、聞きたいのは、なぜルヴィアーレが選ばれたかだ。


「残念ながら私は存じぬことです。ラータニア王よりグングナルド王から婚約の打診があったと伺っていただけですから」

「あら、そうなんですの」


 知らないのか? 本当に? そんな疑いのまなこを見せそうになったが、興味のないふりをした。これ以上深く掘り下げても仕方がない。しつこく聞いて不審がられるのも面倒だった。

 ルヴィアーレは話す気がなさそうだ。ならばもうこのお茶会は必要ない。掘り下げる話もないので早々に終わらせよう。


「故国では優秀だったのですって? ま、小国で優秀もなにもないですけれど」

 たった一言で、イアーナが噛みつくような顔を見せた。

 イアーナは若すぎる。年ではなく精神面がだ。幼いにもほどがあった。この程度の挑発で顔に出しすぎだろう。その分楽でいいのだが。


「あら、そこのあなた、わたくしに意見でもあって?」

 フィルリーネが睨み付けると、イアーナがくっと身体に力を入れた。すぐにルヴィアーレがフィルリーネに向き直る。


「イアーナ。外に出ていろ。申し訳ありません、フィルリーネ様。イアーナは我が国が小国であることを認められないのです。私よりお詫び申し上げます」

「結構よ。興ざめだわ。部屋に戻ります。ルヴィアーレ様の監督不行き届きではなくて? しばらく見たくもないわ」


 フィルリーネは立ち上がるとイアーナが部屋を出る前に退出した。レミアが急いでついてくる。

 これで少しは懲りるだろう。王の対応によっては城を放り出されることもある。危険な芽は早いうちに摘み取った方が良かったが、遅すぎてはいないだろうか。


「アシュタルを呼んで」

 レミアは頷くと、すぐにアシュタルを呼ぶように他の者に示す。


「なぜ、王騎士団のアシュタル様を?」

「警備を増やすためよ。あのような騎士を置いておくルヴィアーレ様の気が知れないわ。お父様の部下を増やした方がいいでしょう」


 部屋に戻れば、しばらくして、アシュタルが頭を深く下げて用件を聞きにきた。

 王騎士団の団員であるアシュタルは、昔フィルリーネの警備を行なっていたため、王騎士団への繋ぎとして使いやすい。我が儘を王騎士団団長へ伝えるために、彼を足にしているのだ。王騎士団団長はフィルリーネを邪険に扱うことができないので、大抵のことは通してくれる。


 そこを使っているとは、まだ気付かれていない。


「ルヴィアーレ様の騎士は使えなくてよ。一人騎士をやってちょうだい。しっかりとお手伝いできる者がいいわ」

「……お言葉通りに」


 アシュタルに意図は通じただろう。王の息が通じていない者を間諜にしたいのだ。ルヴィアーレの情報は入りにくい。部屋に入れるだけの者が必要だ。一人くらいフィルリーネの命令で騎士が入ろうと、王は気にしないだろう。王の元に送られてくるわけではないのだから。


 ルヴィアーレには悪いが、イアーナは危険だ。押さえられるようにしておきたい。


 これでイアーナは、また恨みがましく自分を見るのだろうが、次も注意するだけだ。ルヴィアーレも気を付けることだろう。

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