四年後の夏祭り

 結局、お互い連絡をしないまま、夏休みが明けた。

 担任がホームルームで涼香が転校したことを話す。何人かが僕のほうを振り向いた。


「涼香、転校したんだな。遠距離恋愛かぁ」

 夏祭りで僕たちを冷やかしてきたうちの一人であるだいが声を掛けてきた。

「別れたよ」

「えっ、なんで?」

「なんでって。九州だよ? 遠すぎる」

 意外な反応だった。おふざけ者の大輝のことだから「だろうなーっ!」と笑われるかと思ったのに。

「LINEとか電話とかで話せるだろ」

「実際に会えなきゃ意味ないよ」

「そういうもんかね〜、俺彼女いないからわかんないけど。二人お似合いだったのにな。他の奴らも言ってたぜ」


 ***


 ――大輝の言う通り、連絡手段はあったのに、なんですぐに別れるなんて決断してしまったのだろうか。


 進路に悩んでいて先行きが見えない不安があった。それが僕を弱気にさせた気もする。


 そんなことを考えていると、部長が戻ってきた。確認したいことがあるので部長の席に向かう。


「部長、お疲れ様です。あの、私が作成した資料、見ていただけましたか?」

「資料? ああ、あれね。まだ見てないや。明日でいい?」

「わかりました、お願いします」

 ……今日中に確認すると言ってたのに。OK出してもらわないと、次の作業に取り掛かれないじゃないか。

 ――できないなら言うんじゃねぇよ。

 学生時代まではわりと穏やかに生きてきたつもりだが、社会人になってからこんな風に心の中で毒を吐くことが多くなった。


 そう、僕はできないことは言いたくなかった。


 離れても涼香が好きな気持ちは変わらない、とか、毎日電話する、と言ってその通りになるなんて自信はその時の僕にはなかったのだ。

 

 作業が進められないおかげで今日は定時で帰れた。夏季休暇前にバタバタするんだろうな……。


 地元の夏祭りももうすぐだ。今年も打ち上げ花火の音を聞いたら、後悔の念に駆られるのだろうか。


 家に帰り、ご飯を食べ終えてベッドで横になっていると珍しく電話がかかってきた。

 大輝からだ。社会人になってから初めてだ。

「久しぶりー! 元気か? 夏休みいつから?」

 仕事の様子も聞かず、いきなり夏休み、か。大輝らしい。

「なんとか元気。休みは十日からだけど」

「よし、俺もだ。お前に会いたい。十二日に夏祭りに行こう」

「え? 二人で? 祭り?」

「嫌か?」

「嫌じゃないよ……。行こうか、夏祭り」

 花火の音を聞くだけで後悔の念に……なんて思っていたばかりだったが、大輝の声を聞いたら、もういいか、という気になってきた。四年経っているのだ。いつまでも気にしてはいられない。

「よし、焼きそば食って花火見て酒飲もうぜ!」

 大輝は弾む声で言った。奴も仕事のストレスが溜まっているのだろうか。


 そして大輝と約束した夏祭りの日。

 約束通り、僕たちは焼きそばを食べ、酒を飲み……残りは花火だ。


「隼と夏祭りなんて高一以来だな。二年の時はお前は彼女作っちゃってさ、……ってあれ?」

 花火会場へ向かっている途中、大輝が立ち止まる。視線の先には……涼香だ。

 なんでここに? 戻って来たのか?

「大輝に隼君!」

 涼香の隣にいた女性が僕たちのほうに駆け寄ってくる。高二の時、同じクラスだっただ。

「涼香、良かったね。本当に会えたよ!」

「え……と、うん……」

 良かった? 僕たちの話をしていたのだろうか。

「花火見ていくの? 私たちも一緒にいい?」

 絵里に尋ねられ、僕たちは四人で花火を見ることなった。


「大輝は今何してるの?」と絵里が前を歩く僕たちの間に入り、大輝に話しかけた。自然と僕は後ろに下がり涼香の隣になる。


「え……と、戻って来てたの?」

「うん、大学でこっちに戻って一人暮らししてるの。こっちのほうが私には合ってるから」

 大学から……。涼香が戻ってくるとわかっていれば……。

「涼香は大学生か。俺は専門だったから今年、就職したんだ」

「ええっ!? 隼が!? 働いてるの!?」

「驚きすぎだろ」

 意外と普通に喋れるな……。四年経っているからだろうか。時の流れってすごいな。


 花火が始まった。

 涼香の横顔を盗み見る。涼香は僕に会いたかったのだろうか。

 僕にまだチャンスはあるのだろうか?

 

「涼香、今付き合ってる人はいるの?」

 花火が終盤に差し掛かり、僕は涼香に聞いた。

「いないよ」

「あのさ、来年も一緒に花火見ない? 今度は二人で。お互いに付き合ってる人いなかったらだけど。いや、来年と言わず近いうち食事でも……」

「……断る!」

 は? ことわ、る?

「ダ、ダメなの?」

「ハハッ。隼、フラれたなー!」

 大輝が笑っている。花火は終わっていた。

「聞こえてた?」

「バッチリ」と大輝が親指を立てる。

「だって、果たせない約束したって意味ないでしょ」

 涼香は微笑みもせずに言った。そんなはっきりと……。

「まあ、隼、焦るなよ。涼香、この四人ではどう? 来年の夏祭り。それなら約束してもいい?」

「うん、もちろん!」

 涼香は大輝に笑顔を向ける。なんでだよ……。

 涼香は真顔になって僕のほうを振り返り、「それなら、隼、とりあえずLINE教えて。連絡先全部消しちゃったから」と淡々と言う。

「え? お前ってやつは……」

 僕は消せずにいたというのに。

「……待ってたんだよ。隼から連絡来るの。『やっぱり別れたくない』とか言って欲しかったのに。でも、空気が抜けて小さくなったヨーヨー見たら、急に冷めちゃって。迷いはなくなって隼の連絡先全部消したの」


 やっぱり、涼香は僕に期待していたのか。でも……。

「ごめん。でも、涼香だってそう言えば良かっただろ。涼香も自信がなかったから、別れることになったんだ。だいたい、なんであのタイミングで転校するって言ったんだよ。楽しくて舞い上がってたのに。来年も再来年もあの浴衣着て涼香と祭り行くと思って、高くても気に入った浴衣買ったんだよ? バカみたいだ。一回着て終わるなんて」

「はぁ!? 浴衣!? 別に私とじゃなくてもお金もったいないなら来年も再来年も着れば良かったじゃん!」

「着れるか! 涼香は次の年もあの浴衣来て夏祭り行ったのかよ? 浴衣選ぶ時、めっちゃ悩んでたもんな」

「着て……ないし、夏祭りにも行ってない。私は隼と最後の夏祭りになるから、かわいいのを着たいと思って……」

「浴衣買う時点で転校するのわかってたんだろ? なんで言ってくれないんだよ」

「ごめん……。夏祭り、本気で楽しむ隼を見たかったから。それに転校のことは直接言うべきだと思ったから、あのタイミングに……」

「う……でも」


「ハイハイ、二人本当に高校の時以来? 次から次へとよく喋るね」

 絵里が笑いながら間に入る。

 ……本当だ。もう四年経っているというのに、僕も涼香もこんなに感情が溢れるなんて。付き合っていた時は喧嘩などなかったのに。


「ごめん、言い過ぎた。過去のことを」

 僕が頭を下げると、

「私もごめん。過去のことなのに」

 涼香も頭を下げた。

「涼香、言いたいことは言えたんじゃない? スッキリした?」

 絵里が涼香の顔を覗き込む。

「うん……」

「涼香ね、夏祭りで隼君に会えたら、文句言ってやりたいって話してて。本当に会えたからびっくりしたよ」

 会いたいというより、文句を言いたかったのか……。

「隼も良かったんじゃね? 涼香が転校してから元気なかったもんな」

 大輝が口を挟む。

「そんなこと……」

「はいっ! 過去の話はこれまで。今日はもう帰ろう。みんなありがとう。来年また四人でね」

 涼香が手を叩いて言った。お前から話し始めたんだろ……。


 大輝と絵里が並び、その後ろに僕と涼香が並んで歩く。

 すると、涼香が横の屋台に目を向けた。……ヨーヨーだ。

「隼、私が『涼香』だから水色を選んだんでしょ」

「え……いや、実際涼香はクールだったから」

「隼の前では、甘えたり機嫌悪くなったりしてたつもりだったんだけどな」

 ――確かに、そうだったかもしれない。さっきの口喧嘩だってクールとは程遠い。そういえば涼香の浴衣は赤系だったような……。

 はぁ、やっぱり僕はダメなんだ。彼女が望むものもわからないなんて。

「ごめ……」

「ごめん! また余計なこと言った。本当はすごく嬉しかったの。隼が私のことを考えて取ってくれたから」

 涼香は僕のほうを向き、笑った。

「って、また昔の話しちゃった。来年は私が隼にヨーヨー取ってあげる。りんご飴は……買ってもらおうかな」


 来年なんてずっと先だ。想像がつかない。

 もしかしたら、僕は今の会社を辞めているかもしれない。

 涼香は他の誰かと付き合っているかもしれないし、また遠くに行ってしまうかもしれない。

 

 りんご飴、か。あの日から、四年経っているというのに。


 一輪のバラの花を渡せる日は来るのだろうか?


(了)

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ある二組の夏祭り いととふゆ @ito-fuyu

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