りんご飴と水風船

 パソコンのスクリーンセーバーの画面を見て、夏祭りですずに取ってあげた水風船の模様みたいだな、と思った。

 

 専門学校卒業後、就職して四ヶ月。

 まだまだ慣れないことばかりだが、今日のこの時間は部長が外出しているのをいいことに、ぼーっとしている。他の人たちだって喋ったりしてるし。

 パソコン画面は黒の背景に色とりどりのビームのような曲線が次々と現れては消えていく。なぜか見入ってしまう。


 なんで僕は彼女に何も言ってあげられなかったんだろう。


 ***


 高二の夏、初めての彼女である涼香と夏祭りに行った。まだ付き合ったばかりの僕たちはそこで偶然出会ったクラスメイトたちに冷やかされた。

「よっ」とか「二人とも浴衣じゃん。気合い入ってるねー」とか。

 まあ、そうなるとわかってはいたけど。


 夏祭りに誘ったのは僕で、浴衣で行きたいから二人で買いに行こうと提案したのは涼香だ。


 クールな涼香は冷やかしを気にすることなく、「りんご飴食べたい」と屋台の前で止まる。

 いいところを見せたくて、「買ってあげるよ」と僕はりんご飴を一つ買い、涼香に渡した。

「いいの? ありがとう」と彼女は微笑んだ。

 その時、僕は最近ネット番組で見た恋愛リアリティショーの告白シーンを思い出したのだ。

「お願いします」と一輪のバラを意中の人へ向けると、「私で良かったら……」と微笑む女性。

 憧れる。いつかは彼女にバラをプレゼントしよう。なんて、そんなキザなこと、この僕にできるだろうか?


 しばらく無言で二人並んで歩いていると、後ろから男女の会話が耳に入った。

「焼きそば大盛りっていうけどタッパー小さくない? 見せかけだけだろ。溢れてて食いづらいんだけど」

と、不満声の男性。

「よそうとき、めっちゃおばちゃんの手についてたよね」

と、笑う隣の女性。

 付き合いが長いカップルか夫婦だろうか。

 僕たちはまだ気軽に冗談を言ったり、笑い話をしたりできない。お互いに会話の内容を選んでいる気がする。

 チラッと涼香の横顔を見ると、彼女も後ろの会話を聞いていたのか微笑んでいる。

 いつかは、こんな風にざっくばらんに話せるようになれるかな。背後のカップルが心底羨ましい。


「あっ、ヨーヨー! きれーい!」

 涼香がヨーヨーの屋台に駆け寄る。

「欲しい?」

「欲しい! 取って! 私に似合うやつ!」

 似合うやつ……? 涼香のイメージで選べばいいのかな。

 色とりどりのヨーヨーの中から狙いを定めて針を引っ掛ける。

「はい」

「ありがとう!」

 涼香は子供みたいに喜んでいる。このヨーヨーで問題なさそうだ。


 涼香はヨーヨーを手のひらでバンバン打ちながら「もうすぐ花火始まるね」と言った。


 花火。僕はこのタイミングで手を繋ごうと前々から思っていた。

 上手くいくだろうか?


 花火が始まる。一発目が打ち上がり、歓声が上がる。

「きれいだね!」

 涼香は満面の笑みで僕の目を見つめて言った。かわいい……。

 二発目、三発目が打ち上がる。僕は涼香の手を握った。

 涼香は照れているのか、僕のほうを向かなかったが、強く握り返してくれた。


 最後の花火が消えた。

 すると、涼香が手を握ったまま僕のほうを向いた。

「……あのね。しゅん、私、転校することになったの」

「……えっ?」

 僕は事態が飲み込めず、彼女の次の言葉を待った。

「二学期から。父の転勤で福岡へ」

 福岡って……遠すぎる。

「……涼香も行かなきゃダメなの? 近くの親戚の人の家に住ませてもらうとか」

「それは、無理みたい」

 思わず僕は握っていた手を緩め、離してしまった。

「今まで、本当に楽しかった。ありがとう」

 ありがとうって、別れるってこと……だよな。

 僕は何も言えず、立ちすくんでいた。

「帰ろうか」

 涼香が言って、僕たちは歩き出した。

 無言のまま歩く。気まずい空気が苦しい。だけど、これで最後だ。少しでも長く一緒にいたいと思う。


「じゃあ、私、こっちだから。……元気でね」

 手を振る涼香にやっとの思いで僕も手を上げた。


 涼しい風が頬をかすめた。





 

 

 

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