焼きそばとじゃがバタ

 夫婦になって初めての夏祭り。


 夫は私が中途で入った会社の先輩だった人で、知り合って一年後に付き合いはじめ、半年後に結婚した。お互い三十七歳だった。

 私は結婚を機にその会社を辞め、今は他の会社でパートとして働いている。


 去年、付き合っていた時に行った夏祭りは緊張した。私たちはポツリポツリとしか話さなかった。

 デートはいつもそんな感じなので、結婚して大丈夫かと不安に感じていたが、籍を入れて一緒に住み始めたらいつの間にか軽口をたたき合い、くだらないことを言い合えるようになっていた。


 今日の夫はTシャツにジーンズ、スポーツサンダルといったラフな服装。

 まあ、去年もそうだったけど。

 私も今年はラフな恰好だ。去年はワンピースにサンダルで行ったけど、歩いていて足が痛くなってしまったので、今年はスニーカーにした。動きやすさ重視だ。


 早速私たちは左右に立ち並ぶ屋台に目を奪われた。

 大人になっても屋台にはワクワクさせられる。


「あっ、スーパーボール! 子供の頃、めっちゃ取ったな~」

 夫がはしゃいでいる。

 その様子を見ていると、出会ったのは数年前なのに、夫の少年時代を知った気になってしまうのだった。


「焼きそば食いたい! 食べる? 焼きそば」

 夫が私に聞く。

「ううん。私はかき氷にしようかな」

 付き合っている頃だったら、相手に合わせて「食べる」と言っていただろう。もちろん、同じものを楽しみたいという気持ちもあったけれど。

 だけど、今では常に相手に合わせようとせず、自分の意見を言えるようになってきた。お互いに。


「大盛りで」と夫が注文すると、屋台の中年女性はトングでタッパーに溢れんばかりの焼きそばを入れ、輪ゴムで無理やり閉じる。

そう!」

 夫は早速食らいつく。


 目の前には若いカップルの後ろ姿がある。高校生だろうか。二人とも浴衣を着ている。手はつないでいない。付き合い始めのような雰囲気だ。

 初々しい。いいなぁ、学生の頃に彼氏と夏祭りなんて。


「でもさー、焼きそば大盛りっていうけどタッパー小さくない? 見せかけだけだろ。溢れてて食いづらかったし」

 もうっ、うちの夫ときたら……。そう思いつつも、

「アハハ。よそうとき、めっちゃおばちゃんの手についてたよね」

 私は気になっていたことを言って笑う。

 あ~あ、聞こえちゃってるかな。ムード壊してないといいんだけど。


 花火が始まった。

 恋人同士から夫婦へ、形を変えて観る花火。

 今年は緊張せずに純粋に花火を楽しめた。


 結婚一年目の夏。いい思い出ができたな。

 それにしてもすごい人込みだ。夫とはぐれないようにしなければ。

 すると夫が私の手を握った。久しぶりに外で手をつなぐ。なんだか照れくさいが、嬉しい。


「やっぱりさ、じゃがバタがいいと思うんだよ」

「へっ!?」

「花火の前に、家に帰ったら腹減るだろうから何か買って帰ろうって言ったじゃん」

「言ってたけど。花火の間、ずっとそのこと考えてたの?」

「ずっとのわけ、ないじゃん……」

 どうだか。

「確か、家にイカの塩辛あったよな。じゃがバタに乗せて食うと美味いんだよ」

「イカの塩辛? じゃがバタに? 初めて聞いた」

 た、食べてみたい……。じゃがバタに異議なしだ。


 夫が紙袋に入ったじゃがバタを手に持ち、嬉しそうな表情を見せて私たちはわが家へと向かう。

 すると、前方にあの若い浴衣カップルが歩いている。手は……つないでいない。


「これから、これから」

 私たちだって、最初はあんな感じだったんだから。

「何が?」

 夫が私のほうを向く。

「なんでもない。あ~、じゃがバタ楽しみ」

 夫だけじゃない。私たち夫婦は花より団子。花火よりじゃがバタだ。

「だな。夏祭り、最高!」

 夫がひとが少なくなってきた道で夜空を眺めて小さく叫ぶ。

 

 来年もこんな風に夏を過ごすのだろう。なんとなく想像ができてしまう。油断は禁物だとわかってはいるけれど。

 

 祭りの熱気から離れ、風が涼しいことに気づいた。

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