第二話

一ヶ月後


「月咲さんお誕生日おめでとうございます!!!」


 店に入るとボーイたちの大合唱が出迎えてくれた。そしてまず目に入り込んできたのは壁に飾られている自分のおっきな写真とその周りを埋め尽くす花たち。そして店内を煌びやかにする装飾品。この日のために念入りに準備をしてきた。そう、すべてはお金のために。キャバ嬢にとってバースデーイベントは重要な日。私は今から戦場に行くのだ。


「わっ、ありがと~、これ桔梗じゃん!すごくうれしいんだけど」


 1人のボーイから桔梗の花がふんだんに使われた花束を受け取った。私は昔から花が好きでその中でもなぜか桔梗を気に入っている。そのことを店の人たちは知っていて用意してくれたのだ。素直に嬉しい。


「月咲、誕生日おめでとう」


 店長の溝口さんが声を掛けてきた。


「溝口さん、ありがとうございます」


 私がキャバ嬢になってから約2年。この数年でイベントができたのは溝口さんのおかげ。夜の世界に入ってから何度もお世話になってきた。ほんとに感謝している人。


「今日は忙しい1日になると思うけど、頑張ろうな」


 見た目はそこらへんにいるような40代のおじさんだけど、お父さんみ?があって安心する。今日という日は私の成長も感じてもらいたい。


「今日はがっぽがっぽ稼ぐので、期待しててください」


 私は手でお金のポーズをとりながら、にやりと笑った。


「おうおう頼もしいな、楽しみにしてるわ。んだら早く着替えてきな~」


 溝口さんはカッと笑いながら着替えの催促をしてきた。時間をみると開店まで残り40分ちょっと。少し早い時間帯な気もしたが着替えることにした。


 別室に移動するとそこには今日着るドレスやお客さんへあげるちょっとしたプレゼント、メイク直しの道具などが置かれていた。ドレッサーに荷物と花束を置く。

 髪型とメイクはもうすでに出来上がっているから、あとはこのドレスを身に着けるだけ。女性スタッフに手を貸してもらいながら腕を通す。普段から緊張するタイプでもないしここについた時も平常心だったが、ドレスを着た瞬間その重さに比例して不安になってきた。うまく今日を乗り越えることができるのだろうか、へまをしないだろうか、

 でも鏡に映る自分はいつもより豪華で、自分でも今までで1番コンディションがいいのではとうぬぼれる。だから大丈夫だと信じたい、、、髪型は巻いてハーフアップにして編みおろしており、パールを散りばめている。着ているのは紺色のマーメイドドレスでオフショルダーになっており太ももからスリットが入っているのがポイント。


「月咲さん、めちゃんこきれいです!!!」


 着替えを手伝ってくれたキャバ穣の後輩、ノンちゃんが目を輝かせて言ったくれた。


「今日は月咲さんの代わりの肝臓になるので!!この日のために鍛えてきたので任せてください!!°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°」


 相変わらず面白いノンちゃんにくすりと笑いがこぼれた。


 その時、トントンとドアを叩く音がしてどうぞと声を掛けると先輩の花梨さんが顔をのぞかせる。


「月ちゃんすごくきれい~!誕生日おめ~!」


 軽くハグをした後、なんと誕生日プレゼントをくれた。私が前に欲しいと言ったリップだ、、、!!やっぱできる女は違いすぎる、さらに惚れました。心臓がぎゅんぎゅんと歓喜のリズムを刻んだ。


「これ貰っていいんですか!?欲しいって思ってたやつ、花梨さんありがとうございます!」


 花梨さんはふふっと笑うと、手先をむぎゅっと触ってきた。


「あれ、なんか緊張してる?めずらしいね、こういう時は瞑想が一番よ」


 そう言うと花梨さんはスッタフやノンちゃんを連れて部屋から出ていき、ドアが閉まる前に大げさに深呼吸の動作をしてくれた。多分花梨さんの気遣いだと思うがここでも格の違いを見れたというか、ありがとうございます。

 確かに私は平常心が保てないときは1人で考えたいタイプ。誰かに悟られて近くにいられるのはなんか恥ずかしいというか、慣れてないというか、、、とにかく花梨さんに感謝する。


 誰もいなくなり1人になるとどっと疲れがきた。とりあえずドレッサーの前に座りアドバイス通りに瞑想をする。さっき貰った花束の甘い匂いがかすかに香る。

 ヴヴッとスマホが鳴った。着信が入ったようで見てみると友達から”瑞桔誕生日おめでと!”と連絡がきていた。それにありがとうと返信しまた瞑想する、、、ふと時計を見ると開店まであと20分ぐらいになっていた。そろそろいかなきゃ、、、そう思うとなぜか憂鬱な気持ちがわきでてきて身体が重くなっていく。緊張もしてるしはきそう。深呼吸で落ち着かそうとしても鼓動が鳴りやまない。とりあえず落ち着かなきゃとバッグの中を探した。

 取り出したのはばぁばのから貰ったパープルサファイアがついているネックレス。私とばぁばの瞳と同じ紫色をした宝石。これはお葬式でばぁば家に行ったときに母が見つけた私の20の誕生日に用意されていたプレゼントだった。今日はこれを絶対に着けたかったのだ。

 鏡に向き合いネックレスを付ける。付けた瞬間なんか安心した。胸元にきらきらと輝くサファイア、それがまるでばぁばの優しい瞳に感じて泣きそうになった。


 鏡の向こう側に映るネックレスを見つめていると、そのサファイアになぜか呼ばれている気がした。


ーこっちにおいで、約束の時だ、、、、恨むなら星霜の姫に、、、ー


 私は催眠術にかかったように立ち上がり腕を伸ばし、気づいた時には鏡に触れてしまっていた。その瞬間ガラスにひびが入っていき、割れたかとおもったら水になりはじけ飛んだ。


「きゃっ!!!」


 私は急に意識がもどりとっさに水が顔にかからないように手で覆う。


「はっ?どういうこと、なにこれ」


 目を薄く開けるとそこには鏡がなく洞窟?のような空間が長く続いていた。奥は暗くて何も見えない。私は怖くなり人を呼ぼうとすると洞窟から吸い込むような風が吹いてきた。


「まって、強すぎる」


 バッグや花束、スマホまでもが洞窟に吸い込まれている中私は抗おうとテーブルに張り付いた。だがその努力は空しく後ろから来た自身の等身大パネルに押され、それと一緒に暗闇に吸い込まれた。


「いややややや」


 アリスが不思議の国へ行くときに穴に落ちた感覚はこんな感じなのだろうか。もう怖すぎて大絶叫。なんとか戻ろうとして部屋がある方に手を伸ばすが、水が集まっていきまたガラスに戻ったのか暗く希望の光も閉ざされた。

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