悪役令嬢の本心は俺だけ知っている
ウイング神風
悪役令嬢の本心は俺だけ知っている
「私、悪役令嬢に憧れるな」
ふと、甲高い声が文芸室に響き渡る。
俺は目線を自分が読んでいるラノベから離れて、彼女の方へと向ける。
金色のような長い髪の人のように綺麗な髪に、ちょっとスッと高い鼻筋はあまりにも可愛らしい鼻。それと、顔の輪郭も整っていて綺麗な顔もある。彼女曰く、おじいちゃんがフランス人であるためか、フランスのクオーターを持っている人なのだ。
彼女の残念なところを上げるなら、大きな丸い眼鏡を着用しているため、綺麗な黒い目を隠している。あまりにも地味なメガネで相貌が地味に見える。
それが彼女、大西早苗であったのだ。
「なんで、またそんな悪役令嬢に憧れるんだ?」
「だって、何も臆することなく堂々と生きていけるんだよ? 憧れの元だよ」
「でも、最終的には破滅をもたらして死ぬ運命だよね?」
「ああ。もう、有明くんはわかっていないなあ。悪役令嬢も運命をひっくり返すこともあるんだよ?」
「それはラノベの話だよね? 悪役転生とかのこと。中身は果たして悪役令嬢と言えるのか?」
「ロマンがないなあ。有明くんは……」
俺の答えに不満を感じたのか、大西は自分の読んでいるラノベに目線を落としながら憤慨する様子だった。
しまったな。文学少女を怒らせてしまった。
彼女は温厚な人間なのに、こうもわかりやすいほど怒るのは珍しい。
そういう場合ではないな、彼女を励まさないといけない。
「でもな。俺は大西さんのそのままが好きだよ」
「え……」
「まあ、友達の好きだけど」
大西さんはちょっと顔を赤めながら視線を読んでいるラノベに戻す。
そして、ポツリと「ありがとう」とお礼をいう。
メガネをとれば、すごく美人なのに、こうもメガネで隠すのは勿体無い気がする。
それにしても、大西さんが悪役令嬢に憧れているとは思いもよらなかった。
俺は自分の手にしているラノベを見つめる。
その登場人物である、イザベルの物語が描かれている一冊だ。
名前は「悪役令嬢のイザベルははちゃめちゃですわ」だ
彼女は悪役令嬢でもあり、人から妬みられるキャラ。
悪高の態度をとり、庶民を苦しめ、ヒロインのアリスを虐待する。現代風にいえばモラハラを行う。最後には自分の身分が転落し、いろんな人からいじめられる。という因果応報を受けることになるはずだが……
転生により、ガラッと態度を変える悪役令嬢。
庶民を愛し、悪徳の貴族を嫌うようになり、ヒロインの友達になることになる。
そんな人格がガラリと変わった悪役令嬢に困惑する王子たちは、彼女に恋をするのだった。
まあ、悪役令嬢にある王道パターンだ。
小説投稿サイトで人気があるジャンルとして読まれているパターンでもある。
俺はそんな王道パターンが好きでラノベを読んでいるのだ。
王道は作者のためにあるものではなく、読者にある物語だと思う。
「ねえ、有明くん」
ふと、大西さんはポツリと言葉を漏らす。
俺は本を閉じると、彼女の方へと顔を向ける。
「何かな? 大西さん」
「もしも……私が悪役令嬢になったら、私を助けてくれる?」
大西さんは大きな瞳で俺を見つめる。
そんな表情にはどこか悲し気な表情があるように見えた。
なので、俺の答えはこうだ。
「当たり前だ。助けるに決まっている」
「ありがとう。有明くん」
ふへへへ、とニンマリと笑う大西さん。
その表情は彼女と一番似合っている気がした。
ドキッと、俺の胸が高まるような音がする。照れ隠しに、俺は自分の本を開き、読み続けることにしたのだ。
今日の部活活動は昨日と同じく読書でした。
感想文をノートに書き出し、これで完了とのこと。
俺たちは静かに部活活動を終わらせたのだ。
◇ ◇ ◇
翌日。俺はいつも通りに登校する。
しかし、学門の前がいつもより騒がしいように聞こえた。
ふと、目を向けると、そこには誰かが高圧的に人を怒鳴るような声が聞こえる。
なんだろう、と俺はそう思いながら校門に近寄ると、俺は驚きを隠せなかった。
なぜならば、そこには悪役令嬢が凛として立っていたのだ。
「ねえ。あなたが有明雄太?」
「ち、違います」
「あ、そう。ならようはないわ」
と、校門を通るものにそう尋ねている。
生徒たちは感じ悪い、といいように彼女からさっていくのだ。
ちなみに有明雄太は俺の名前である。どうやら、彼女は俺のことを探しているらしい。
一体どういうことだ? 悪役令嬢が現世に迷い込んだのか?
昨日、俺が読んでいるラノベの悪役令嬢がまんまと校門の前にいて、俺の名前を呼んでいる。
これは一体どういう状況なのだ?
と、俺は考えているうちに彼女と目が合ってしまった。
「ねえ。あなたが有明雄太?」
「そ、そうだけど」
俺がそう答えると、彼女はやっと見つけた、というように笑みを浮かべる。
「やっと見つけたわ。もう、何が何だか、わからないわ」
「えっと。どういうこと?」
「私も知りたいですわ。一体、何が何だかわかりませんわ……」
彼女は腕を組みながら答える。
今でも泣きそうな表情になり、俺は慌てる。
「ちょ、ちょっと、こっちに来ようか」
「え、ちょ、ちょっと!」
俺は彼女を連れ出して、人目がつかない校舎裏に回り込んだ。
周囲を見回す。誰にもいないとわかると、俺はふう、と息を吐き出す。
「ちょっと、無礼ですわよ。レディーを連れ回すなんて」
ふん、と悪役令嬢が
今俺の目の前にいるのは、あの悪役令嬢。イザベル・ド・デュハンだ。
昨日の文芸活動で読んだラノベの登場人物が目の前ある。
そんな非現実的なことが起こることはあるのか?
一旦落ち着け。彼女の正体を確認するのだ。
「確認なんだけど。君はイサベル・ド・デュハン、だよね?」
「そうですわ。それに安易とワタクシの名前を呼ばないでくださいませ。ワタクシにもプライドというものがありますわ」
「じゃあ、なんと呼べばいいの?」
「イザベルだけでいいですわ」
「わかった。イザベル」
俺はスーと息を吸ってから確認するように彼女に尋ねる。
「君はどうして、ここ、というか星晶学校にいるの?」
彼女は考えるように手を顎に当てながらこう答える。
「朝、起きたら見知らぬ人のベッドに横になっていまして。机の上にはノートがありまして、そこにここへくる道や有明雄太に会うように書かれていますわ」
「そのノート見せてもらえるかな?」
「はい。これですわ」
イザベルは手にしているバックから一冊のノートを取り出し、俺に渡す。
受け取ると、俺はそのノートの表紙を見つめる。
そこに書いてあるのは、大西早苗の名前だった。
どういうことだ? どうして、イザベルは大西さんのノートを持っているのだ?
ノートを開くと、そこには大西さんの文字が書かれていた。
まずは、自分は大西早苗という名前で学校に登校していること。学校の通学路を繊細に説明していること。学校の生活方法も、時間割に書いてある。
最後に困ったことがあれば、有明雄太に尋ねるようにすることも書かれている。
「どうしてかわかりませんが、両親? なぜかわかりませんが、ワタクシのことをさなえと呼びますし、他の人もワタクシのことを大西と呼びますわ。一体、どういうことですの? 大西早苗は誰ですの?」
……わかってしまった。
知ってはいけないことがわかってしまったのだ。
それは、イザベルと大西さんが入れ替わってしまったことだ。異世界転生ではなく、現世界転生というやつだ。
でも、そんな非現実的なことがあり得るのか?
じゃあ、大西さんはどこへ消えてしまったのだ?
俺の頭上にははてなマークばかりだ。
でも、考えても仕方がない。問題はイザベルがこの学校生活をどのように振る舞うかが問題になる。
「とりあえず。靴を履き替えよう。それから、クラスに行こう。自分の席に案内するから、そこからずっと黙って座っていれば特に問題ない」
「ワタクシを拷問するつもりですか?」
「いや、授業を受けるだけだよ。ちなみに、知識はどれくらいはある?」
「授業なら、英語はもちろん。フランス語もできますわ」
「数学と社会は?」
「社会? なんですの、その授業?」
「……聞いた俺が悪かった。ごめん。とりあえず、社会の授業になったら黙って話を聞くだけでいいから」
そういえば、大西さんも社会の授業が苦手だった気がする。
まあ、そんなことはいい。
それより、今日一日を乗り越えなければいけない。
「この体育という授業はなんですの? 着替えて、ここにいくように書いていますわ」
……しまった。今日は体育の合同授業があったのだ。
確かバレーボールの授業だった気がする。
貧弱なイザベルがスパイクを打てるとは思えないけど……
ええい! 考えている暇はない! 今日の俺の役割はイザベルを学園生活を円満にできるようにサポートするのだ!
「いいか。今日一日。君は大西早苗だ。誰がなんといようと君は大西早苗なんだ!」
「へ、え? 無礼ではないですの? いきなりそんなこと……」
「このノートに書いてあるじゃないか。君は大西早苗と呼ばれるって」
「あら、本当ですわ」
イザベルは俺が差し伸べるノートを見ると、納得する。
とはいえ、大西は何を思ってこんなノートを書いたのだろうか。
これではまるで自分が異世界転生されるのを事前にわかっているようにも読める。
「とにかく、授業を受けてくれ。放課後には向かいに行くから!」
「どうして、貴方に指図されなければいけないのですの?」
「いいから、ノート通りのことをやろう! それが全てだ!」
俺の説得には納得はいかないイザベルだが、彼女は渋々とノートの恩恵を理解できたのか、顔を縦に振ったのだ。
これから、俺とイザベルの共犯作業が行われる。
周囲に彼女がイザベルではなく、大西さんがイメチェンをしたにしか思われないように振る舞うだけだ。
◇ ◇ ◇
そして、俺はイザベルを連れて大西さんの席に座らせると、ドキドキとハラハラを感じながら、授業を受けた。
先生が大西さんに当てないように祈るばかりだった。
でも、俺の心配事は杞憂に終わった。
なぜならば、イザベルも自分が大西だと薄々理解しているからだ。台本、というよりはノート通りに彼女は動いている。
問題は合同授業の体育だ。
男子と女子の合同授業。バレーボールの授業だ。
俺はできる限り、彼女のサポートをするように俺は同じチームに入ることにした。
そして、試合開始のホイッスルが鳴り響く。
彼女はボールを手にしたまま、何もしないのだった。
俺は彼女に耳打ちをするように尋ねる。
「大西さん」
「ワタクシをその名前で呼ばないでございますか」
「……イザベルさん。バレーボールの仕方わかる?」
「愚問ですわね。このボールを相手に当てればいいのでしょう?」
……違う。それはドッチボールだ。
「タイム! 大西さんがルール忘れたので、一旦時間をください!」
俺が大きく宣言すると、みんなが首を傾げる。
とはいえ、1分程度の休憩だから誰も文句は言わない。
俺はイザベルに耳打ちをする。
「バレーボールはボールを相手のコードに入れたら勝ちのゲームだよ」
「わ、わかりましたわ。ボールを入れればいいのですね」
「う、うん。その認識であっているよ」
イザベルは理解できたのか、ボールを構える。
そして、再びホイッスルが鳴り響く。
「ラリーするんだ。イザベルさん」
「わ、わかっていますわ」
イザベルはボールを大きく上げていく。そして、ひょいと、高く飛ぶと……
「行きますわ!」
綺麗なスマッシュをかましたのだ。
ボールは綺麗に、相手のコードの死角をつき、得点となる。
「オホホ。こんなもんですわね」
イザベルが高笑いをすると、みんなが彼女のほうへ寄ってくる。
「す、すごいよ! 大西さん、バレーボールできたの」
「こんな綺麗なサーブ。初めて見たかも。大西さん、バレーボールできたの?」
「キヤ。かっこいいよ。大西さん」
「オホホ。もっと褒めてもいいのですわよ」
うん。どうやら、俺の心配も杞憂で終わりそうだ。
彼女は完璧にバレーボールを理解できた。そういえば、物語でもイザベルはかなり運動神経が良かったと描写があったな。
これはもしや、イザベル本人が現世に転生したのか?
◇ ◇ ◇
放課後。俺はイザベルを迎えるために、大西のクラスに向かった。
すると、イザベルは他のみんなに囲まれながら撓むっている。
どうやら、バレーボール後に彼女は大人気になったのだ。なぜならば、大西とは正反対な性格をしているからだ。
俺が知っている大西早苗は陰キャだ。
ようは社交がうまくいかない人間なのだ。だから、本の世界に逃げ込むように文芸部に入部したのだ。
こういう社交辞令がうまい人間ではない。これも、きっと、人格も大西早苗ではなく、イザベル・ド・デュハンになっているからだろう。
大西さん。いや、イザベルはみんなに囲まれながら談話をしていた。
陽キャのような振る舞いをしていた。
「大西さんはこの問題解ける?」
「ワタクシにかかれば、この問題はチョチョイとちょいちょいで解決できますわ。この回答はこうすればいいのですわよ」
「あ、ありがとう! 大西さんのおかけで解けたよ!」
俺は会話に割り込もうか、ちょっと迷った。
その際に俺はとあるグループの会話が聞こえてくる。
「大西さんはこんなに話が楽しい人だったけ?」
「そうね。私、大西さんのことを勘違いしていたよ。陰キャだと思っていた」
「まるで、人が変わったよね。大西さん」
……まるで、人が変わったか。
それもそうだ。いきなり、悪役令嬢が転生してきたなんて、いうと誰が信じるのか。
でも、そうか。そういうことか。
イザベルはこうして生まれたのか……
俺が感心していると、イザベルは俺のことに気づいたのか、みんなにお別れをいう。
「皆様方。下僕を待たせているので、先気帰らなければいけませんわ」
「下僕? ああ。同じ部活の有明くんね」
「恋人を待たせているなら、仕方がない」
「こ、恋人ではありませんわ。彼はワタクシの大切な人ですわ」
赤面に答えると、みんなが一斉に顔を向けると、ヒューと茶化し出した。
「じゃあ、邪魔しないから、お二人はお大事に」
そう一人がいうとみんなは空気を読むかのようにその場から去った。みんな、扉を抜けて廊下を駆け抜けていったのだ。
残されたのはイザベルさんと俺だけになったのだ。
「えっと。なんかごめん」
「いいですわよ。ワタクシもちょっと疲れましたわ。こんなに話すなんて、思わなかったわ」
「……じゃあ、部活行こうか」
「ええ。文芸室に行きましょう」
そういうと、イザベルは荷物を持ち出してから俺の方に向かって歩いてくる。
俺は半歩遅れる。けど、彼女はみるみると前へ歩き、迷いなく文芸室に向かって歩いた。
文芸室に着くと、イザベルは空いている椅子に鎮座すると、ムスと顔を歪める。
なんだか、新鮮な感じだ。悪役令嬢が目の前にいるなんて。
「はあ、学校とはかなり疲れるところですわね」
「まあ、俺たち学生の役割は勉強だからね」
「あの世界にはこんな学びありませんでしたわ」
「そうか? 数学とか普通に答えられたじゃないか」
「あれは……どうしてかしら? なぜ、ワタクシは数学という単語を理解できているのかしら?」
首を傾げるイザベルに俺は彼女の対面に座る。
本当はもう気づいているのではないかと思うけど、俺は
「もうやめよう。イザベル。いや、大西さん」
「何をおっしゃているのですの?」
「君は、大西早苗だろ? イザベルじゃなくて、ただ、彼女のモノマネをしているダケだよね? あるいは二重人格と呼んだほうがいいのかな?」
俺はジキルとハイドの物語を思い出す。
二重人格の博士の物語だ。正反対の人格を持つジキルとハイドの物語。
これが大西さんにピッタリと当てはまっているのだ。
「な、何をおしゃっているのですか? ワタクシはイザベル・ド・デュハン。デュハン家の長女として貴族誇り高き……」
「それは単なる設定しかない。デュハン家は存在しないし、異世界転生もありえないだ」
「あなたもワタクシをほらふきだと思うのですの」
「ああ。だって……」
俺はイザベル。いや、大西さんに指を指して、こう言う。
「どうして、俺たちは文芸部だとわかったんだ?」
そう。あのノートには時間割のことを書いているけど、放課後のことは何も書いていない。文芸部のことは書いていなかった。
なのに、彼女は迷いなくここへ辿り着いてきた。
俺はわざと、半歩遅れているのに、彼女は迷いなく歩けていたのだ。
「ワタクシは……イザベルですわ」
「それなら、一つ。証明できるよね」
「証明?」
「昨日の夜は、何を食べてんだ」
「っつ!?」
イザベルの顔は苦しそうな表情になる。
それもそうだ。彼女が本当のイザベルなら、こんな素朴な質問に答えることはできないわけがない。
でも、彼女が答えられないにはわけがある。
この「悪役令嬢のイザベルははちゃめちゃですわ」には食卓の描写がないのだ。
異世界転生でのよくある問題だ。食文化に触れないこと。
なぜならば、そんなものを描写する必要がないからだ。
「ワタクシの目は黄金ですわよ?」
「それ、コンタクトレンズだよね?」
「……」
イザベル。いや、大西さんは俯く。
ポロと、彼女のウィッグが外れ出す。
やはり髪型もウイッグで固定しているのか、と。
なるほど、彼女はクォーターだから相貌はあのイザベルに似ていたのだ。メガネを外し、ウィッグを固定していたら、あの悪役令嬢イザベルに変身することができた。
大西さんが涙をポロリと流し出すと、俺は彼女の頭を撫でる。
「ワタクシ……いや、私は悪役令嬢に憧れた。もしも、悪役令嬢になれたら、学校生活が楽しくなるんじゃないかなと思った」
「でも、苦しかったんじゃないの? 慣れない悪役令嬢を演技するなんて」
「……うん。苦しかった」
ポタポタと涙がこぼれ落ちる大西さんはもう悪役令嬢ではなくただの一人の女の子だ。
俺はそんな彼女を励ますように彼女の前に座る。
「俺は、大西さんのいつもの姿が好きだよ。悪役令嬢じゃない大西さんの方が好きだよ」
「……そうなの?」
「そうだよ。大西さんの方が悪役令嬢よりも魅力的だよ。本好きで、いろんなことを知っている大西の方が、俺の好みだよ」
俺は笑って見せる。
俺は大西さんの魅力をいくつも知っている。口下手だけど、誰よりも努力家である。だから、大西さんは努力して悪役令嬢になろうとしたのだ。
でも、それは自分を偽ること。
決して楽しいことではない。
自分自身を愛せなくなることは悲しいことだ。
僕は、大西さんのことを愛することにしようとしたのだ。
「大西さん。いや、早苗。俺は君のままが好きなんだ。今度は俺の告白を聞いてくれるかな?」
「ひ……卑怯だよ。有明くんは」
赤面する早苗は涙を流しながら笑って見せた。
俺は早苗から逃げないようにしようとした。誰も彼女を肯定しないから、早苗はイザベルになってしまったのだ。
なら、俺が彼女を肯定する存在になればいいのだ。
「じゃあ、早苗。俺の告白の返事は……」
「……はい。喜んで」
早苗は俺が差し出した手を取った。
こうして、早苗の悪役令嬢に変身するのは一日で終わった。
翌日はいつも隠キャな早苗に戻るようになった。でも、昨日のことを知っているみんなは早苗に接してくる。早苗も時々、悪役令嬢のふりをしたり、みんなに勉強を教えたりして、クラスに徐々に慣れていくのだった。
「ねえ。雄太くん」
「なんだ? 早苗」
放課後の部活活動。文芸室にて、俺たちはいつものように読書活動をしていると早苗が声をかけてくる。
呼ばれた俺は本を閉じて、彼女の方へと顔を向ける。
なんで、呼ばれたのか、少々気になったのだ。
「私がまた悪役令嬢になったら、助けてくれるかな?」
「なんだ、そんな質問か……」
俺は呆れるような言葉をあげると、席を立つと、彼女の前まで歩き出す。
そして、手で彼女の頭を撫でる。
「当たり前だろ? 助けるに決まっている」
と、答えてやったのだ。
「ふ、ふん。さすがはワタクシの下僕ですわ」
早苗、いや、イザベルは鼻を鳴らしながら自分が読んでいる本に目を向けたのだ。
どうやら、悪役令嬢への憧れはまだ捨てきれないのだろう。
でも、彼女が悪役令嬢になっても俺は彼女を見捨てることはない。だって、彼女も早苗の一つの人格なのだからだ。
悪役令嬢の本心は俺だけ知っている ウイング神風 @WimgKamikaze
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