時跨ぎ
伊識
第1話
「公園の〇〇で××をしちゃいけないよ」って、おばあちゃんが言ってた。
公園に〇〇なんて無いし、××は一人じゃ出来ない事だから、おばあちゃんが嘘をついてると思った。いつも怒ってばかりだから、僕にいじわるして言ってるんだと思う。けどお母さんに訊いたら「お母さんが子供の頃は〇〇があったのよ」って言ってて、じゃあ友達と××も出来るのかなって思った。
おばあちゃんの家の近くの公園は、ブランコしかなくてすごく小さい。草もボーボーだし、ブランコも錆びてボロボロ。こんなとこで遊ぶ子なんていないんじゃないかな。
でも僕はおばあちゃんの言ってた〇〇が気になって、公園へやって来た。
膝の上くらいまで伸びた草をかき分けて、お母さんから聞いた〇〇があった場所に行ってみた。半ズボンだから、脚に草が当たってチクチクする。ちょっと痛いけど我慢した。
公園の端っこに、木を切った跡があった。『切り株』って言うんだっけ。表面がお菓子のバームクーヘンみたいでおいしそう。
公園の桜の木の下で××をしちゃいけないよ。
僕は腕を広げて、切り株の周りを何周もした。頑張って腕を伸ばしても、切り株を囲む事は出来なかった。
「何してるの?」
びっくりして「わっ」と叫んだ。振り返ると、ワンピースを着たお姉さんが目をまんまるにしてた。
「ごめんね、驚かせるつもりはなかったんだ」
心臓がばくばくしてる。驚く僕を見て、お姉さんがくすくす笑った。
「笑わないでよ!」
「ごめんごめん。それより、何してるの?」
お姉さんの顔が僕の真ん前にある。綺麗だけど、肌が具合悪そうな色してる。
「おばあちゃんに『公園の桜の木の下で丸を作っちゃいけないよ』って言われたから、やってたの」
「だめって言われたのに、やってたの?」
頷くと、お姉さんは「あはは」って笑った。
「いけないんだ」
「だって、やっちゃだめって言われると気になるじゃん」
「それもそうだ」
お姉さんは背中をまっすぐ伸ばして、切り株の反対側に立った。
「じゃあやってみようか」
お姉さんが僕に向かって両手を伸ばした。
「いいの?」
「だって気になるでしょ?」
「そうだけど……」
お姉さんが伸ばした腕が真っ白で、指が骸骨みたいに細くて、怖いと思った。
「ほら、早く」
お姉さんが手をぶんぶん振った。怖かったけど、僕も気になるから、お姉さんと手を繋いで切り株の周りに輪っかを作った。
僕の手を掴むお姉さんの手は、氷みたいに冷たかった。
ザアアァァ──って風が吹いて、木や草が揺れた。お姉さんの髪も揺れて、光できらきらしてた。
しばらく待ったけど、何も起きなかった。お姉さんは僕の顔をじっと見てる。笑顔がちょっと怖い。
「……何も起きないね」
「そうだね」
「いつまでやるの?」
「どうしようかな」
お姉さんがぎゅうっと手に力を込めた。
「ずっとこうしてよっか」
「えー! やだ!」
「冗談だよ」
お姉さんがパッと手を放した。冷たかった手がじんじんする。怖かったはずなのに、もう一回手を握ってほしいと思った。
「もうここに来ちゃだめだよ」
「え?」
お姉さんは笑顔のまま、僕の後ろを指差した。振り返ると、公園の入り口に誰か立ってた。女の人だ。
「ほら、お迎え」
「違うよ、知らない人だよ」
「ううん。君のお迎えだよ」
目を凝らして見るけど、本当に知らない人だ。
困ってお姉さんを見たけど、お姉さんはにこにこしたままずっと女の人を指差してる。お姉さんも怖いけど、知らない女の人はもっと怖い。
「行きたくない」
「だめよ、早く行って」
「やだ!」
怖くなってお姉さんに抱きついた。氷みたいに冷たいのに、なんだか安心した。
「早く行ってって言ったのに」
お姉さんは僕を抱きしめて、頭をよしよしした。お母さんがするのと違ってすごく優しい。
「本当にいいの?」
「うん」
お姉さんが僕を抱っこして、公園の入り口に向かって歩いた。さっきまで生えてた草は綺麗になくなって、ブランコがぴかぴかになってる。鉄棒とか滑り台とか、無かったはずの遊具もあった。
公園の入り口に立ってる女の人は、僕達を見て泣いていた。
「お姉さんのおうち行って、おやつ食べよっか」
「うん! 何食べるの?」
「ホットケーキ。得意なんだ」
「やったー!」
公園を出る時、女の人とすれ違った。両手で顔を隠してわんわん泣いてる。本当は知ってる人かもしれないけど、お姉さんの方が優しいし、ホットケーキも作ってくれる。怒ってばっかりのお母さん達より、お姉さんといる方がずっと楽しい。
「おやつ食べたら、ゲームしよっか」
「宿題は?」
「もうやらなくていいよ」
「やったー!」
万歳をしたら、名前を呼ばれた気がした。きょろきょろ見回したけど、周りには誰もいなかった。公園の入り口にいた女の人もいなくなってた。
道の真ん中に、夕焼けで伸びた僕とお姉さんの影がある。お姉さんの影には角が生えてて、僕が両手を頭の上に乗せるとお揃いになった。
お姉さんは笑っていたけど、ちょっとだけ寂しそうだった。
時跨ぎ 伊識 @iroisigi
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