第3話 心の呟き
検査は手術でもしているかのように大業なものだった、そんなに部屋があったのかと思うほどやれ2階だ3階だなどとウンザリした。「これだから病院は嫌いなんだ。」とムシャクシャするストレスを「あれを出すか。」とカバンの内ポケットに忍ばせたコニャックブランデーを取り出しチビリとやる。たまらない血流の心地よさに遥佑のイライラが一気に流されていった。病状は日に日に悪い方向へ向かっていった。
「肝臓から転移が見られます。放射線治療に切り替えましょう。」医者と言う生物はきっと自己中な人間の集まりだ。放射線に切り替えるかどうか、本人が決めるのが筋だ。光を当てて内蔵の物質が消える訳がない。だったら俺達は毎日太陽に当たっている。それよりも一つ一つ切っていけば無くなるだろう。体ごと捨てる訳でもないのだ。悪い所を徹底的に切って切って切り刻んでも今の時代心臓も作れるんだ。肝臓や腎臓ぐらいどうにかなるだろう。それに何だこの時間は。単なる説明なんかいらないんだ。そう決めるのは医者なら早く手術しろ。遥佑は半ばやけくそで西木野医師の説明を聞いていた。心の呟きは一言も漏らしてはいない。
「それでは手術は来週の月曜日と言う事でいいですね。心の準備をしておいてください。」けっ、結局来週になっちまった。それまで俺は生きがいを持てないってことか。心の準備だと。死ぬわけでもあるまいし。待てよ、心の準備をすると言う事は、死も考えろって事か。それじゃぁ、俺はこんなところで終るってことか。大切なもの探しはどうなるんだ。やっと見つけた正しい人生は訪れる事無く終わりって。馬鹿言うな。俺はこの病院でセックスもしてるんだ。元気な人間が来週死ぬ。あほらしい。用心しろって先生、あんたが正確な手術を心掛ければ何も準備はいらない。いや、あんたが準備してくれよ。
病室に戻るとシーツ交換の時間だった。和田看護師が素早くシーツを取り換えた。その様子に遥佑は、病院の白いシーツはこれから俺がゼロからスタートすると言うしるしだと思った。何故白がゼロなのか。色がないとたとえられるが、白と言う色に染められているではないか。じゃぁ、色がないってどんな色なのか。透明だ。然し、シーツが透明の場合、患者の寝姿は丸出しだ。悪い事は出来ない。「それにしても転移したとなるとまた入院が長引くなぁ。暇を持て余す。何か時間を忘れるようなことがないか。」大切なもの探しをするには自分にとっての大切なものは何かを考える事だと遥佑は考えた。「俺の今大事にしている物は別荘、車、後は遊ぶための女。駄目だ。これじゃぁ、今まで何ら変わりがないじゃないかあ。もっと、世界に貢献するような人が涙を流して喜ぶような物。そうだ。俺の会社は、福祉だ。ちゃんと世間に貢献してる。でも待て、あれを実際に運営しているのは専務の一条だ。俺じゃない。じゃぁ、何があるんだ。」遥佑は、中々大切なものが浮かばなかった。二日経ち、彼は誰かに聞く事にした。「分からない事は誰かに聞く。これ基本中の基本だよ。」まず、身近にいる人間からと和田看護師に聞いてみた。彼女はこう言った。「私にとっての大事な物はもちろん子どもですよ。」いとも簡単に言い切った。「お前子持ちか。」てっきり、独り者のやりまんだと思っていた遥佑は、面喰って大事な事を聞きそびれた。
とはいえ、あどけない顔をして複数の子供がいるなんて話は昭和の時代からよくある話だ。自分がいかに舞い上がっていたか証明されたという事だ。「そうか、そうだよな。子供がいれば当然その子を思う母親の心情ってやつだな。もしかすると人によって大切な物は違うのかもしれないな。だとすると人に聞くまでも無い。自分の事だ。自分で考えるか。」遥佑は再び、ベッドに横になり思考を始める。
「俺にとっては、家族と言っても親父とおふくろ、兄貴。」首を振り、「どうでもいいやつばかりだ。」親父は、自分の事ばかり考えておふくろと俺ら兄弟をないがしろにした。毎日のように銀座通い。帰ったかと思ったらクラブの女をつれこんで家でセックス三昧。おふくろも罪は無いが親父に触発されたのか、不倫に走ってよそに子供まで作りやがった。兄貴も兄貴だ。くそ親父に媚振って自分だけ海外に会社を立てて日本に一度も帰ってこない。俺が雇ってくれと頼んでも知らないの一点張り。おかげで俺が親父の会社を継がなきゃいけない羽目になった。どいつもこいつも人間の屑だ。それが大切なものに当たる訳がない。「じゃぁ、何だ。俺の命か。俺にとって俺の命は大切なものだ。そうだ、それだ。」口元が緩みにやけ顔になった。
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