第2話 悪性腫瘍

「悪性腫瘍のようです。摘出が必要です。」


医者は嫌いだ。言葉に人間の情というものを感じない。無機質に症状を報告し挙句の果てには手術するという。まるで手術をすれば責任が回避されるかのように。


 「然し、私には大切な仕事があります。沢山の従業員を路頭に迷わすわけには行きません。」遥佑の邪心が彼に囁く。「嘘を言うな。お前仕事全然してないだろう。金に物を言わせて、できる人間を雇いそれに甘えてるだけだろう。入院して看護師と毎晩やっちまえ。」魔の囁きはあっという間に彼を飲み込んだ。「和丘さん、身体あっての人生ですよ。少し休んでまた始めればいい。」


 医者はいい、休暇を取ろうと首になろうと世の中に病気がある限り向こうから客が来る。「クソみたいな医者だ。」そう心のなかで呟いたが「まぁ、看護師とシケ込むのもいい。」と入院を承諾した。


 入院の準備に一日を要した。下着、パジャマ、ガウン、コンドーム。面白半分に女性用の大人の玩具も購入した。荷物運びを社員にさせ2倍の日当を払った。


 入院初日から遥佑は運に恵まれた。担当の看護師が自分の好みだったのと同時に少々の淫乱さがある。その夜にセックスができた。



最期に知る真実

 しかし、自分の満足感とは裏腹に彼女は「早すぎ。」と不満を漏らし以降その看護師とは身体を合わせなくなった。男の自信を無くした。何故か辛くなった。今までそんな言葉を自らに浴びせた人間はいなかった。「俺の女遍歴は慰めのもとに成り立っていたのか?そんなこと絶対に認められない。そんな馬鹿なことがあるか。」遥佑の尊厳に影がさした。「設計の甘い建築物は後々後悔をする。だから設計段階では余計なことをするくらいでいい。」なくなった父がよく言ってた言葉だ。「お前は何時も詰めが甘い。」自分の心が泣いている。彼の中にある邪心に冷水が浴びせられ体の芯から意識という意識を目覚めさせた。正気に戻った気がした。「今まで俺は欲という湖沼に沈み溺れていることさえ分からない状態だった。何もなかった。手にしたものなど人生に必要のないガラクタばかりだ。これから俺は、人間にとって大切なものを探す。それはなんだ。まぁいい。手術が終わってゆっくり探すさ。」遥佑はそのまま微睡みに沈んでいった。


 和丘遥佑にとって悪性腫瘍は大いに気になってはいる事であるがそれ以上に大切な何かを探すことに生きがいを感じていた。担当医の西木野章が、「早すぎ。」の看護師とともに回診に来た。「和丘さん、明日検査をしますね。今日は採血と検尿です。和田くん頼むよ。」調子のいい喋り方に反吐が出そうだ。看護師の和田も検尿に反応して笑いやがる。糞ばかりだと吐き捨てる。「そんなことよりも俺にはやることがあるんだ。とっとと悪い虫を退治しろ。」遥佑の脳裏にはもう女々しさは消えていた。「人にとって大切なもの。」只其れだけを探し求めていた。


 死とはどういうものだろう。古人は天国と地獄という別世界を想像した。今の時代ならばバーチャルワールドといったところか。然し、現実的に亡くなる人間は衛生面から焼かれ骨と化しその姿は生きている者たちが目の当たりにする。世界に目を向けると棺に納められ土と化す。ZOMBIE伝説もエンターテインメントの世界でしか通じない。では死というものは永遠に生きているものが知ることはできないのか?嫌、そうではない。生死を別世界と考えなければ我々の人生の中で最後に知る真実であるということが分かる。いずれ分かる。そんな自問自答をしながら、生きている間に出来る大切なもの探しを病室のベッドで遥佑は続けた。

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