死際

138億年から来た人間

第1話 遥佑


「あと少しで俺の人生が終わる。今まで生きた期間は29年11ヶ月30日と3時間。今ある現実が消えてしまうのだろうか。この病室にある物品を認識できなくなるのか。若い看護師を抱いてみたいと思うことももうなくなるのか。そもそも死とはなんなんだ。生きている間に考えていることだろう。死んだ人間がわざわざ自分の現状を考えるか?いや、死体は考えたりするのか?医学書をいくつか読んだが死体は何をしているのか書いていない。死体がこういう状態だと生きてる側が考えているだけだ。怖い、いやそれも違う。死ぬことは怖いのか?誰が立証するんだ。死んだ人間がこうだと誰かに証明したのか?馬鹿げた考えだ。素直に死ねばいい。死んで見れば分かることだ。」


和丘 遥佑かずおか ゆうすけは、御瀧総合病院のICUのベッドの上で昏睡状態が続いていた。




29歳誕生日、遥佑は自慢の車に自慢の美女を乗せこれまた自慢の別荘へと車を走らせていた。

立ち上げた高齢者介護事業と障害者支援施設が全国展開した。

民間で2つの福祉事業を行う事は不可能だと周囲は反対した。

しかし、父親から受け継いだ建設会社を母体に次々と奇跡を起こしていった。

事業所内の作業を現場作業の一部を当て部品などの製造を受注しそれを高齢者や障害者に作業させることで、考えたり手や指のリハビリになるとして取り入れた。

使い物にならない商品は分解し簡易な建物の自社部品として再利用した。

介護職員、施設職員をシフトを組み自社の建設現場に社員として派遣する。

男性は作業員として、女性は事務員として雇用する事で低賃金と言われる福祉職員の給料を高い現場賃で補うこと出来た。

給料に対する不満を解消できた事が規模の拡大に繋がった。

民間で行うため、雇入れについて行政のメスは極力抑えられる。


「ああ、見えたよ。あそこだよ。俺の別荘。豪邸だろう。」


古別荘を2件買い取り、それを潰して建て直した。

建設会社らしくデザインから図面設計、建築まで自社で行った。

勿論、シフト該当の職員も携わっている。


「凄い自動!」


隣の美女が自動門扉に感動しているのを薄笑いで見つめる。


「此処から車で2分で到着。」


車は樫の木に覆われた舗装路を20キロの低速で走る。

勿論、彼女に自分が庭師に植えさせた樫の木並木を見せつけるためだ。

建物正面に車を着ける。

正面には玄関と呼ぶには余りにも崇高にみえる洋風ホテルのエントランスと見間違えるほどの入り口がある。

この建物の顔に彼女は相応しいと自画自賛した。

玄関ドアはオートロックになっていて暗証番号をタッチするか、専用カードキーでないと開かない。

遥佑はカードキーを使ってロックを外した。


「さあ、入ろう」


彼女の背中に手をまわし、並んで室内へと入る。

正面に二人の立ち姿が鮮明に映る鏡があり、遥佑はナルシチズムなポーズを彼女に見せつけるようにとった。

美女はクスリと笑い、遥佑の左肩に凭れ掛かる。

彼は美女の身体を両腕で抱き抱え、大理石が敷き詰められたリビングのソファーにゆっくり寝かせる。

上から覆い被さろうとする彼に美女は腕で防いで


「お酒飲みたい。」


と焦らしてきた。


「酒なら何でもある。好みは?」


「F.W.ラングート・エルベン」


美女はスパークリングワインを指定した。


「じゃぁ、金箔入りで。」


遥佑は、ゴールド リーフNV をワインセラーから取り出し、ワイングラスに注ぐ。

弾ける音と共に、美女も彼を見つめながら淫らな本性を表した。


その夜は遥佑にとっての至福の時となった。

いつまでも続くと思った。

幸せという言葉は自分を例えている気がしていた。

金、女、人生が思い通りに進む。

自分が意図するもの全てを手にした。

命も永遠にあると思っていた。

不老不死だと思い込んだ。


それが、あの日人間ドックで針の穴が開いた。

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