第4話 カルト的漫画家

 私は、この時まで、漫画家の山本彩華とは、その漫画をして「カルト的漫画」と呼ばれていた事から、きっと二目と見られないブスであって、その自分の顔の醜さへの恨みを漫画の中で晴らしていたのだろうと、そう自分勝手に思い込んでいたのだった。




 いやいや、百歩譲って、顔形は人並みに普通だったとしても、あんな無茶苦茶な漫画を書いているのである。根性がひねくれた鬼のような性格の女性に違いないだろうとも考えていたのだった。




 いくら漫画だとは言っても、その内容と本人とは、相当程度は比例する部分があると思っていたからだった。




『セブンティーン・ソルジャー・SAYA』の粗筋は、今までの山本彩華の漫画と違い、主人公の沙耶(SAYA)は、もの凄い美少女と言う設定になっていたが、それは単に漫画だからの適当な粗筋だろうぐらいに考えていた。




 しかし、現実の漫画家の山本彩華とは、今、自分の目の前にいる、もの静かで落ち着いていて、服装のセンスも良く、しかもスタイルが良くてグラマラスな、抜群の美少女の高木美優なのである。




 私は、これからの自分の運命の変転を、予感せずにはいられなかった。




 高木美優との出会いは自分にとって果たして幸運となるのだろうか?それとも大変な重荷となるのであろうか?




 こんな疑問を心に持ちながら、何時のことだか日時ははっきり覚えていないが、住宅費節約や、彼女のパニック障害が心配な事も含め、一緒に住もうかと冗談でそんな話にまでなった。




 勿論、私は、ほとんど軽い冗談のつもりで言ったのだ。こんな可愛いしかも若い独身女性が、そんな下心見え見えの話に乗ってくる訳もないだろう、とそう思っていたからだ。




 しかし、ここでも高木美優の返事は予想外で、




「めっちゃうれしー。田中さんとならそのほうがもの凄くいいわ。そしたら発作が起きても安心やしね。でも変な事だけはせんといてね、これ絶対の約束よ」との返事だった。




 こうして、何か訳も分からないままに、私は、高木美優と出会ってからわずか二週間目で、高木美優のアパートに引っ越したのである。




 私の住んでいた下宿は、六畳一間の学生寮でも最低クラスで、便所・風呂・洗濯機は共同なのである。




 だがここは、6畳と4畳半の部屋2部屋の計3部屋、ユニットバス・トイレ、それにキッチンや冷蔵庫も総てある。高木美優の話によれば、現在神戸に住んでいる両親から今までに、相当額の援助も貰っていたらしい。




 ところで、高木美優の両親であるが、もともとは東京都の出身で、父親は某大手銀行の偉いさんであり、母親はピアノの先生であるらしいが、それ以上は、ハッキリと言わなかった。確かにそう聞いて、高木美優の関西弁が、どことなく違和感があるのが理解できたのだ。それに三歳違いの高校生の妹もいることが分かった。




 高木美優の年齢もはっきりした。私より一つ年下である。丁度20歳になったばかりだった。私は、今まで自分の下宿代として支払っていたお金を、そのまま、高木美優に渡した。




 だが、どうも高木美優の金銭感覚は、貧乏学生の私から見れば少し甘そうだったので、お金の管理は主に私がする事にした。




 私は気になって、高木美優の両親に挨拶に行こうと言い出したのだが、高木美優は、それには賛成はしなかった。




「メールで連絡済みだからもういいやない。話なんかないし、私、行きたくなんかないしぃ……」と言うが、そんな簡単なものかなあ?




 しかも、実の両親が近くの神戸に住んでいるのに、大阪でアパートを借りて住んでいる事に何か訳がありそうだ。で、私はそれ以上の反論はしなかった。高木美優のあまりに繊細で、他人に気を遣い過ぎる性格の全貌が、徐々に見えてきたからだ。




 例えば、ほんの短い時間、外へ買い物に行くのにも必ず色付きのメガネやサングラスをかけて出かける。服装も非常な美人なのにシックな服を愛用し、目立つような服は絶対に着ないのだ。スマホがかかってきたら、オロオロとして返事に出るまでに結構時間がかかる。




 それは、行動がトロいと言うより、相手が誰だか分からない為であろう一種の対人恐怖による気後れのようにも感じられた。




 このように、高木美優との共同生活とは、その実態を全く知らない第三者からから見れば、バラ色になって見えたかも知れないだろうが、私のほうは、もの凄く神経を使わなければならない生活だったのである。




「しかも、変な事はしない」つまり、手を出してはいけないと言う約束である。




 冗談でいつならいい?って聞いたら、私が卒業してからだと言う。




 あと1年と数ヶ月もある。まるで「蛇の生殺し」状態であるが、それは共同生活を始める時の約束だから、いつまでそれが守れるかは、自分でも確信の持てないままの生活であった。しかし、私は、自殺した北川昌代への負い目もあったからこの高木美優とは約束はできうる限り守りたかったのだ。




 北川昌代が自殺して、私が自分で自分を追い込んでノイローゼ状態になっていた時、級友の一人が慰めてくれた事があった。




 つまり、例え、私があの日北川昌代を自宅まで仮に一緒について帰って行ったとしても、相手が三人組のチンピラグループなら、結局は私一人では救える筈もなく、下手をすればお前も殺されていたかもしれなかったんだぞ、と言ってくれた事だった。   しかし、その説には、私は納得できかねるのだった。




 実は、その頃、私の通っていた中学校はもの凄く荒れており、またその他にも、年齢が17歳ぐらいのいつも三人でいるチンピラグループらしき集団がたまに私の中学校の近くに出没した事もあった。




 その事実を私は知っていたので、夕方、塾に行く時は、通信販売で手に入れた護身用の携帯式鉄製ヌンチャク(伸縮性)を、いつもベルトに着けていたのだった。




 だから相手に勝てたのか?と言われれば、小学生の時からカンフー映画を見て、ヌンチャクの練習は毎日のように行っていたので、今でも、確かに彼女は守りきれたと言う妙な自信があるのだ。




 例えば、自分で空中に放り投げたリンゴを、地上に落ちる前に、その鉄製ヌンチャクで一撃で叩き割る事ができた。それぐらいまでの技量はあったのである。




 中学生が、そんな武器を持っているのか?と言われそうだがそれは全く認識が甘い。実銃や実弾ならともかく、その程度のものなら通信販売で簡単に手に入れられたのである。 

 これらの武器や訓練が、私が高校で上級生と揉もめた時に最後に役立った事は言うまでもない。




 このように、私は、自分のトラウマ(心理的外傷)の原因ははっきりと自覚していた。




 だが、高木美優のトラウマはまだ理解できなかった。だが何かがある筈だ。

 しかしそれに触れる事は、この共同生活の終焉を意味する事でもある。絶対のタブーであったのだ。




 楽しい事も沢山あった。高木美優との近所での買い物や散歩である。私は、半分だけだが、新婚気分であった。




「美優ちゃん、僕と、肩列べて歩いていて恥ずかしくない?僕、ハンサムかどうか超ビミョーやし、美優ちゃんのようなファッションセンスも全くないし。だからカップルとして見られたら変な組み合わせかも知れないんじゃないかと、結構気になるんやけど」




「ぜーんぜん。そんな事なら、私、何なんも気にならへんの。だって護さん超優しいし。でも、他人の私を見る目線には、ホントの事言うとすっごく気になるの。どうしてなんかなあ、小さい時からそんなんでもの凄く苦しんできたんよ」と、例のハイトーンの小さな声で返事をしてくれた。




 高木美優は、自分が言うとおり、他人の視線には常に敏感に反応していたのだ。それが、一緒に歩いていてこちらにも伝わってくる。それが可愛そうでもあり、また、彼女への思いを更に募らせる事にもなったのだ。




 だが、私達の幸福な時期は(私自身にしてみれば「蛇の生殺し」状態であり、大変に不満を強いられた面もあったのだが)、共同生活を初めてから、たったの一週間しか続かなかったのである。




最初の試練が、訪れた。




 電話で話をしていた高木美優が急に泣き出したからだ。それも子供のようにである。




「うえーん、もうこれ以上、どない書けっていうんよ。そんなん無理やよう、うえーん、うえーん」と、こんな感じであった。




 丁度その時、私は隣の部屋で勉強をしている最中で、彼女の声の異変に気がついて急いで隣の部屋を見てみた。高木美優は、机に顔を埋めて泣いている。そのうちに、ガタガタと大きく震え始めたのである。また、例のパニック障害の発作らしい。




 私は、机の横に布団を敷いて直ぐに寝かせ薬のありかを聞いた。机の中段の引き出しに薬が有るという。引き出しを開けると、何とかクリニックと書かれた神経科医院の白い薬袋があった。しかし、その横に目をやると、飲み終えた錠剤の空のアルミ箔がどっさりと置いてあった。




 また、この前のように、背中をさすり、手を握ってやった。




 彼女は、ぶるぶる震える声で、




「無理なんやねん、もう、無理なんやよう」と、何度も小さな声で繰り返すのだった。




 一体、何が無理だと言うのだろう。私は、発作が治まるまでじっと待つ事にした。前回の時は約15分程度で発作は治まった筈だ。今回、同じように薬が効いてくれば、多分、同じように直るに違いない。




 私が、PDやパニック障害関連の記事をネットで調べて見ると、かような病状を訴える人は、現代のように高度情報化の進んだ日本では急増しているらしい。ネットのサイトには、各人の症状の体験談や、自分の飲んだ薬の効く効かないの講評欄まである程だから、そう珍しいものでない事は理解していた。




 少し経って、高木美優が落ち着いてきたので、それとなく、一体、何が原因で急に泣き出したのか聞いてみたのである。




「もっともっと、ドギツイ漫画にしろと編集長の甲が言うんよ。で、でも、そんなん無理に決まってるって知ってるくせに。そんなの、単に編集長の甲の、私に対する嫌がらせや。嫌がらせに違いないんやから」と高木美優は言った。




 なるほど、確かに超過激な描写が売りで有名になった山本彩華の漫画ではあるが、共同生活をしてみて驚いたのは、その過激な描写のほとんどの場面が、市販のコミック雑誌やレンタルビデオ、エロ雑誌やエロ小説からの場面を基に、高木美優が自分の頭の中で再構築して書いていたと言う事だったのだ。






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