第18話 秋雨青春前線―②
昨日見たばかりの光景を繰り返すデート。
新鮮さは不足しているが、しかし準備の観点で言えば万端だ。
電車に揺られて二駅分。辿り着いたモールに入った俺は、開口一番にこう告げた。
「少し早いですけど、先に昼食済ませますか」
「だねー。日曜昼間は人凄いし」
思い出すのは昨日の昼、フードコートでの一件だ。
右を見ても左を見ても混雑に次ぐ混雑。故にこうして先に食事を済ませようという結論に至るのは自然だった。
現在時刻は十時半過ぎ。
朝食と言うには遅く、しかし昼食と言うには早い時間。
にも関わらず、既にいくつかの店にはそれなりの列が出来ているのだから笑えない。
「どうします? 選択肢だけは豊富ですけど」
「うーん、どうしよっかなー。逆にジャンクフードっていうのもありだけどね、逆に」
何が逆なのかは分からないが、とりあえず先輩が楽しそうなのは確かだった。
ステーキにパスタ、和洋折衷食べ放題などなどの店を抜けて辿り着いたのは少しお高めの回転寿司。
「空いてるし、沢山食べられるし、美味しいし。うん、言うことなし」
「一応値段は気にしてくださいよ……?」
「あははっ、大丈夫大丈夫。私あんまりお金使わないからさー、こういう時に奮発しても痛くも痒くもないんだよ」
雑談をしつつ機械の案内に従ってテーブル席へ到着。
向かい合う形で座る。正面に能三先輩が居るというのが、何というか不思議だった。
夢のよう、という言葉を使うのは浸りすぎかとも思うが。
「…………んー」
備え付けのタブレットに表示されたメニュー。
どれを食べようか悩むその姿すら美しいが、しかしここで一つ問題が発生した。
会話のネタが、無い。
気まずい沈黙、というわけでもないがこの静寂は若干不穏だ。
昨日の二階堂は遠慮せずに言葉を投げることができたが、今日の相手は先輩だ。勝手がまるで違う。
そして何より、俺と先輩の二人の間に共通の話題が無いのだ。
これはまずい。非常にまずい。
先輩に『コイツと遊ぶのつまんねえな』と思われたらどうしよう。不安が頭の中を駆け巡る。
「……今朝、夢を見たんですよ」
結果的に俺が口に出したのは、そんな言葉だった。
先輩はタブレットでマグロと鯛を二つずつ注文しつつ、『夢?』と子首を傾げていた。
ところでその計四つの寿司は二人分ですか、それとも一人で食べるんでしょうか?
「ええ、夢です。どこまでも続く森林。ある村の外れ。俺は女の子と一緒に歩いているんです」
……この夢の話を人にしたことは殆どない。
精々が親父くらいか。
隠している、というよりわざわざ話したくないというのが正しいだろう。
それでも今口にしているのは、あるいは今朝久々に見たそれを誰かに共有することで安心したかったのか。
「ふーん。それって実体験?」
「まあ、そうですね。昔も昔、大昔の話です」
「隣の女の子って?」
「俺は当時その田舎に……母方の実家に帰省してまして。その時に出会った子です。だから名前も覚えてませんし、会った時間も一週間かそこらですよ」
「…………そっか」
俺の言葉を聞いた先輩の表情は、何かを言いたげだった。
口を開き、閉じる。どこかに思いを馳せるように遠くを見つめて、最後にはこちらを一瞥した。
続きをどうぞ、ということか。
「俺の母は画家だったんですよ。それなりに上手くいっていたみたいで、絵一本で食っていける程でした」
「それは凄いなー。だってほら、余程の実力が無いと兼業じゃなきゃキツいとは聞くじゃない」
「ええ。で、そんな母の下に生まれた俺も例に漏れず絵を描くのが好きで。その日も村で知り合った女の子と一緒に絵を描きに行ったんです」
「描きに行った……っていうのは。えっと、つまり?」
なんで俺はこんな話を他人にしているのだろう。
どこか心の冷静な部分に問いかけられつつも、口に出してしまえば止まらなかった。
ずっとひた隠しにしていた過去。そのほんの僅かな断片。
二階堂のやつに暴かれたからこそ、気が緩んでいるのか。
「風景画です。家屋の群れから離れた所に湖があって、そこの景色を毎日のように描きに行っていました」
森の一角が開かれていて、まるで精霊の泉のように広がる透き通った蒼。
向かい側は遠くまで山々が広がり、雄大な大自然は幼い俺にはこれ以上なく美しく見えた。
「当時って……多分まだ小学生とかだよね? そんな時から絵を描けるだなんて、いやー凄いな」
「ま、プロが身内に居ましたからね。色々と教わってたらしいです……覚えてないですけど」
それでも身体が覚えているのだから、幼いころの経験と言うのは馬鹿に出来ない。
とはいえ当時学んだのは基礎の基礎や画法など。パレットやら筆やらを手に取ることは無く、色塗りはもっぱらクレヨンなどだ。
筆や絵の具の扱い方をしっかり学んだのは母の没後。しかし、そうして独学を始めてから絵を完成させたことは一度も無い。
「それでそれで? その後はどうなったの?」
「その日も女の子を連れて湖に向かっていました。あと少し、向かいに佇む山々の色を塗ってしまえば完成といったところで、まあ俺も浮かれてましたよ。当時描いてたことは母親には内緒にしてましたから」
「見せたら褒めてもらえるかもって?」
「ですね。それなりに自信もあったので」
「褒めてもらえた?」
「………………覚えてません」
嘘だった。
それは、嘘だった。
未だに覚えている。
作りかけの風景画。あれが完成することは無かった。母親に見せることも出来なかった。
何故なら――そこまで考えて首を横に振る。
少し訝し気な視線を向ける先輩に対して、俺も苦笑を浮かべた。
この後をわざわざ言う必要は無いだろう。聞いて面白い話でもない。
というか、そもそも何で俺は先輩にこんな話をしてしまったんだ。
先ほど感じた自己への疑問が再度噴出する。
それと、まさしく同時だった。
「お、来ましたよ」
タイミング良く、先ほど注文した四貫の寿司が届けられた。
先輩は目を輝かせた後、それら全てを自分の前に並べる。
「…………おぉ」
「えへへー、美味しいー! ほらほら、一宮さんも早く注文しなって。人が増えたら届くまでの時間も長くなるんだし」
食べる所作は綺麗だし、顔はどこまでも幸福に染まっている。
しかし食べっぷりは豪快だ。一貫目を食べ終わる頃には既に追加注文を終えている。
ヤバい。この人の大食漢っぷりは知ってたけれど、想像以上だ。また追加注文した。
「じゃ、じゃあ俺もカツオとかを……」
「あ、二つでお願い。私も食べたいし」
「……はい」
確かに先輩は平均より身長が高いし、それなりに肉もついている。
しかし太っていると言う程ではない。にも関わらずこの大喰らいはなんなのか。やはり胸か、その巨大な胸に全てが吸われているのか。
一対三の比率。
詰みあがる先輩の皿と、それをゆったりと追う俺の皿。
話題を探りながらの雑談を重ねつつも、時間は過ぎていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます