第14話 少年と少女と―②
一駅過ぎて二駅目。
辿り着いた井原駅の改札を出ると、すぐそこにショッピングセンターが建っていた。
土曜日。言うまでも無く外の駐車場は車で溢れており、中の混雑事情が読み取れるようで辟易とした。
北口から室内に入ると、乱立するレストランやら食事処やらが俺たちを出迎えた。
「……で、どうしようか」
「どうもこうも、ぶらぶら回るもんじゃないのか、こういうのは」
「はあ? 何を言ってるんだいキミは」
珍しく、二階堂から棘を含んだ言葉が飛んできた。
あるいは初めてだったかもしれない。俺は思わず目を丸くしながら彼女へ視線を向ける。
「ボクはいいさ。けど明日はここで能三さんと遊ぶんだろう? プランの二つや三つや四つは用意して然るべきじゃないのかい」
「……四つは過剰だろう」
「過剰でも何でもないさ。周囲をよく見てみなよ」
言われるがままに視線を左右に動かす。
気持ち悪くなるような人の波の数々。名前も知らない肉料理の店の外には十人前後の列が形成されているし、その隣のパスタ専門店も似た様相だ。
「人でごった返すのがこういう場所の常さ。サブプランはいくらあっても困らない」
「……悪かったよ」
「いやいや、今日気付けて良かったじゃないか。明日に向けて幾らでも作戦を練られる」
言いながら彼女は歩き出す。
まあ明日はともかく、今は特に行きたいところもプランも無い。当初の予定通りにぶらぶらと歩いて目星を付けていこう、という事か。
少し前を歩く純白のワンピースに並ぶ。
「ショッピングセンターには大概が揃っている。映画館にゲームセンター、アパレルショップから文具店までなんでもござれってね」
さて、と二階堂は真横から上目遣いで俺を見上げ、小さく笑う。
「能三さんが好きな物は分かるかい?」
「……どう、だったか」
あくまで先輩と俺は部活動内部での閉じた関係性だ。
お互い踏み入った距離感での会話はしたことが無い。故に、例えばどんな食べ物が好きだとか、そういった話は聞いたことがなかった。
だが。
「まあ、確定は読書だな。常日頃から持ち歩いているし、何より文芸部部長だ」
「文学に興味のない文芸部員もいるけどね」
うるせえ。部長目当てで何が悪いか。
抗議の意味を込めた鋭い視線は、にまにまとした笑みに流される。
「ならまあ書店にでも行ってみるかい? 場所も把握しておいた方が良いし、ボクも少し気になる」
特に反対意見も無い。
設置されていた案内図から、書店が二階の南にある事を把握した俺たちは並んでその場所へと向かう。
その途中、違和感があった。
「む……」
その違和感に気づいたらしい。
二階堂は少しだけ俺にすり寄りつつ、身をわずかに縮ませた。
「何か、見られてるね」
「まぁお前がいるしな」
「……もしかしてボク、みっともない格好かい? その、寝癖とか」
「いや、そうではなく……」
周囲から感じる好機の視線。
それが二階堂に刺さっているのは、俺も感じ取っていた。
まあ彼女はそれなりに有名人だ。何らかの手段で顔を知ったというファンがいてもおかしくは無い。
いや、そもそも――。
「…………」
「んんん? な、なんだいキミまで……」
隣に立つ少女は、まあ言うまでも無く可憐だ。
白いドレスに身を包んだ西洋人形。目を惹いてしまうのは自明なのか。
それを自分で分かっていないのは、彼女の美徳と言うか欠点と言うか。
「行くぞ」
「ああっ、待ってくれ」
わざわざ口で言う事でもない。
少し赤くなってしまった顔を隠すように、俺は早足で書店へと歩き出していた。
◇
辿り着いた書店で、俺は思わず苦い顔を浮かべた。
店先。さながら通行人に見せびらかすように見知った作品がずらりと並んでやがる。
「どや」
「……まあ、凄いとは思うけど。認めたくはねえなあ」
その小さい体躯とうっすい胸を張って渾身のドヤ顔を放つ筆者を見ていると若干腹立たしい。
だが認めざるを得ない。俺の隣に立つ少女は、俺とは比較にならないぐらいに凄いのだと。
二階堂は並べられた小説――『ソーラーパネル・シンドローム』の一つを取って笑う。
「プレゼントだ。ボクからキミにこいつを買ってあげよう」
「……知ってるだろ。文学に興味はねえよ」
「まあまあそう言わずに。手持無沙汰なときに少しだけでも手に取ってもらえたら、それでいいからさ」
その本の表紙は、パステル調に描かれた二人の男女が山の中で遠くを見つめている儚げなイラストだった。
視線の先は切り開かれた山林で、ぎっしりとソーラーパネルが敷き詰められている。
「どんな話なんだ、コレは」
「よくある青春の一ページさ」
片手にそれを持ち、彼女は会計へと歩き出す。
料理本から漫画、自己啓発本に試験の過去問集。
様々な文字の山の横を通り抜けて、俺たちは行く。
元々の目的は能三先輩とのデートの下見だ。
軽く周囲を見渡して、何がどこにあるのかをぼんやりと把握する。
そして、言葉の続きがあった。
「数年ぶりにあった男女。再び芽生えた恋慕。かつての思い出の地。どこまでもありふれたお話だろう?」
「……まぁな。要素だけを抜き出していけば、サッパリお前のそれが跳ねた理由が分からねえ。分からねえ、が――」
とはいえ、事実彼女の作品は大勢が楽しんで読んでいる逸品だ。
つまりそこには何かがある。きっと読んだ人間を虜にする程の、言ってしまえば言葉の魔力ってやつが。
「覚えはある。それこそ絵だってあるさ。ありふれた題材で、単に街並みを描いただけの作品に、やがて馬鹿みたいな値段が付いたりな」
つまり大切なのは一つ。それにより何を伝えたいか。
そこまで考えて俺は、かつての彼女の言葉を思い出していた。
「言ってたな、そういや」
「んん?」
レジに辿り着いた俺たち。二階堂はその小さな手で持っていた本をカウンターに置く。
接客を担当していた若い女性はそんな彼女を二度見した。どうやら眼前のチビが誰かを知っていたらしい。
「前に、伝えたい事があって作品を書いていると。じゃあ、コレがそうなのか」
まだ彼女が世に出した作品はこの一つだけだ。
つまりこの一冊に、二階堂未央が誰かに、あるいは世界に伝えたいことを入れ込んでいるのか。
問いに対して彼女はあっけなく首を縦に振った。隠すようなことではないらしい。
「そうだね。自分を切り売りするっていうのかな。ボクの持つ言葉、感情、想い――それらを文字にして閉じ込めたのがコイツだ」
まっすぐに俺を見つめながらの言葉だった。
言い切った二階堂はブックカバーを断って、そのまま自分の鞄にそれを入れる。
「……くれるんじゃなかったのか」
「おやおや、欲しいのかい? ……ってわけでもなくてね、折角だし後でサインを書いてあげようと」
「いらねえ」
「現役作家のサインだ。転売すればいい値段だよ?」
「…………貰おうか」
「と、言いつつ大切にしてくれる事をボクは知っているんだけどね。悪い事出来ない
うるせえよ。分かったような口を利きやがって。
悪戯っぽい笑み浮かべた小説家に舌打ちをする。だけど、そんな俺に対して彼女は随分と楽しそうだった。
「当たり前だろう。好きな人とのデートだよ?」
「それが当て馬でもか?」
「だよ」
……やっぱり、分かんねえ。
学校での彼女。その印象とは少しズレた、どこかはしゃいでいる子供のような背を追いかけつつ、俺たちは三階のフードコートへと向かう。
ひらひらと揺れる眼前の白いワンピース。
その様子を見て、口元が緩んだのは、なぜだったのか。
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