第13話 少年と少女と―①
日が昇り、沈む。
それらを二回ほど繰り返して、ついに土曜日がやって来た。
そう、二階堂未央とのデート――という
集合場所は井原南駅。その前。
時刻は早朝。名前も知らない木を囲う現代アート風の石造りのオブジェが印象的だった。
駅の周囲も町と同じ。都会とも田舎とも言えないその場所は、三、四階建て程度の高さの建物がいくつか立ち並んでいる。
そんな場所に、俺は立っていた。
「……案外、早くには来ないもんなんだな」
駅前に設置された時計の短針が、七を指していた。
本来の集合時刻は七時半。だが、あれだけ病的に言い寄ってくる二階堂の事だ。
下手をすれば二、三時間前には待っているかもしれないと思ったのだが。
「デート、か」
あえてその言葉を使ったのはなぜだろう。
能三先輩から言われたそれが印象的だったからか、あるいはその言葉を出した方が二階堂が乗ってくれそうだと思ったからなのか。
もしくは――。
「あ、あー。こほん、悪いね、待ったかい……?」
「……あ?」
聞き覚えがあるような、ないような声が耳に届いた。背後からだ。
反射的に俺は振り返る。
「あ、あはは。いやあ、ちょっと照れくさいね、私服というのは」
なんかいた。
真っ白いワンピースに身を包んだ、小柄な少女。
整った無垢な顔立ちも相まって、そこに立っているのはさながら西洋人形のようだ。
あるいはゲームやアニメから飛び出してきたような、嘘のような美しさ――いや、可愛げと言った方が表現は近いか。
つまり。
「誰だテメエ」
「ぼ、ボクだって似合わないって思ってるんだよぉ……!」
顔を真っ赤にしながらその少女は――二階堂未央はもぞもぞと照れくさそうに身体を揺らす。
そこに普段のボーイッシュな、少年のような面影はまるでない。
まるで、ないんだ。
「ち」
「な、なんで舌打ちを……?」
「……なんでもねえよ。てかお前、随分と身軽だな」
駅前にやって来た彼女は携えていたのは、ワンピースとは対照的な真っ黒いポシェット一つだった。
財布とプラスアルファで埋まってしまいそうなその収納を彼女は一瞥し、そして肩をすくめる。
「あまりあれこれ買い物するタイプじゃないからね。荷物は最小限で良いのさ」
「あれじゃないのか。女ってのはデート中に服を選び始めて男を困らせるものじゃねえのか」
「穿った見方してるねキミは……。まあそういう場合もあるだろうけど、ボクはそもそもインドアだからね。家にいる時は大概寝間着だし、服はネットで買うから」
随分と夢が無いというか、自分に頓着が無いような物言いだった。
「で、今日着てるこれはボクの持っている数少ない余所行き用の服というわけさ」
「ふーん……」
「まあ、みなまで言うなよ。キミの言いたいことくらいボクは大いに理解しているさ。似合ってないだろう?」
ははっ、と乾いた笑いを吐き捨てながらの言葉だった。
少し意外だったのだが、彼女はどうやら自己評価が俺の想定より低いらしい。これもまた、今日と言う日の目的――つまり二階堂未央の調査に於いて大きな一歩である。
「では行こうか。井原市行きは十分後だし」
「ああ、そうだな」
デートと言えばショッピングモールだろう、という俺の童貞丸出しな提案により、今日は隣町である井原市へ行く事になっていた。
そして明日に控えた能三先輩との本命デートも同様の場所。
つまり、今日のこれは二階堂未央を知る為のデートでもあり、明日のデートの予行演習でもあるわけで。
「いやー、キミがまさか能三さんとデートとはねえ。では存分にこの二階堂未央を叩き台としてくれたまえよ」
歩きながら、彼女はそのすっからかんな胸元をトンっと叩く。
「……意外だったけどな。怒るもんじゃねえのか、こういうの」
「何を言う。ボクはキミのことが好きなんだよ? そのキミの本懐が叶うなんて、それ以上に嬉しい事があるだろうか」
なんて事ないように笑いながら、二階堂はスマートフォンを改札口に翳す。
同じようにして構内に入り、三番線へと歩き続ける。
「……嫉妬とか、そういうものがあるだろう。好きな物を誰かに奪われるんだぞ」
最近は天気が不安定だ。
天には厚い雲がかかっていて、いつ雨が降り出してもおかしくなかった。
どうやらこの悪天候スレスレな天気は明日まで続くらしい。デート中に生憎の雨――とならないように祈っておこう。
「嫉妬かあ。無いね、うん。ボクの最善は、一宮柊がしあわせになる事だし」
「……はあ?」
何てことない雑談にも、やがて熱が入る。
こいつは本当に何なんだろう。誰かを好きってんなら、それが欲しくなるものじゃないのか。
真面目に真正面から受け取るべき言葉じゃないと頭では理解していても、こうして二人でいると受け取らずにはいられない。
二階堂未央の真意とは、一体どこにあるのか。
「キミが仮に能三先輩とくっついて、心の底から笑ってくれるのなら、それ以上に嬉しいことはないんだ」
「……わっかんねえ」
「理解してもらおうとも思っていないよ。だけど、そうだな……」
人差し指と親指を顎に当て、俯いて考える。
それは、二階堂未央が深く思考の中に埋没するときの癖だった。
やがて彼女は、「うん……うん、そうだね」と呟きながら、振り向いて俺を見た。
ひらりと、花のようにワンピースが揺れる。
「これだけは知っておいて欲しいんだけど――本当に、本当にボクはキミに幸せになってもらいたいんだ。キミに課したあの条件も、その一環だよ」
「…………そう、かよ」
「ああ」
三学期までに風景画を描け、だったか。
ピンポイントで俺の過去を抉るようなそれは、つまり彼女がかつての俺を知っていることの証左でもあった。
だが、何故。
誰にも言っていないはずのそれを、彼女は知っているのか。
あるいはその事実こそが、二階堂未央が一宮柊を好きな理由に繋がっているのか。
「来たね、電車」
轟々とした車両の音と共に、鉄の塊がレールに沿って駅に辿り着いた。
がらんどうの車内に一足先に乗っかった彼女は、ちょいちょい、と手招きして笑う。
……考えていても分かるはずもない、か。
俺は一歩を踏み出して、車両の中に入る。
程なくして背後で扉は締まり、電車は俺たちを運び出す。
こうして、意味深なような、中身のないような会話の果てに、二階堂未央とのデートとやらが始まった。
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