第13話 終焉の場所へ
検察の言葉は更に続いた。「もう一つ検出されたものがあります。ハンドバッグの切れた取っ手から、O型の血液DNAが微量検出されました。被告人のDNAと照合した結果、76%一致しています。」
傍聴席では、この数値に疑問の声も聞こえたが、指紋、被告人の血液型がO型であることからほぼ全員がビンの有罪を確信した。
「検察は最後の詰めを出すだろうな。今までの裁判に出ていなかった手等而の手みあげを。」
剪芽梨は、マレーシアにビンの身元を確かめるため飛んだ手等而の報告を思い出していた。
ビンには前歴があった。マレーシアでだが、日本人観光客の当時、21歳の女子大生に対しての強姦未遂で捕まっていたのだ。女子大生は大量のアルコールを飲まされ、山の中に連れ込まれた。衣服をすべて脱がされ、裸の状態。酩酊し、犯されかけたが、丁度そこに同じ観光客の日本人カップルが鉢合せた。死にもの狂いの叫び声に気づいたカップルの男性が、ビンを取り押さえ逮捕に至った。
ビンは当時まだ高校生だった。未成年の罪は罰にもならなかった。
検察はその性癖を重要視する。
「ビンさん、貴方は、マレーシアで、日本人の女子大学生にわいせつな行為を働きましたか?」
随分とあからさまに攻めるなと剪芽梨は思った。
「裁判長!」
弁護側の抗議に「検察官は一次不再理の原則を忘れないように!」と裁判長が注意をする。
検察はそれでも表情も変えず食い下がる。
「事件に関しては私どもは何もありません。この質問は、被告人の性癖が、被害者殺害に至った動機だと判断しているわけです。被告人は、女性を犯したい衝動をその性癖から抑えることが出来ず、思わぬ被害者の抵抗に会い、殺害に至ったと…」
「憶測だーっ!検察側は推理を楽しんでいるだけだー!裁判長!」
「検察は審理に憶測を挟まないように!」
弁護人の動揺は法定内に響く大声からも明らかだった。
剪芽梨は、ここで席を立ち法廷を後にした。「判決がひっくり返ったか。」
ビンの裁判は二審の大阪高等裁判所で有罪判決となった。弁護側が控訴し、結末は東京へと移った。
最高裁判所、罪と罰の終焉の場所に…。
2012年、季節は春。桜が咲き誇り社会は新生活に期待を抱いていた。
そんな中、ビン・グォン・タンの最終裁判が始まった。
最高裁判所の裁判長、
ビンの宣誓も終わり審理が始まる。
「検察官どうぞ」
「はい。」
最高裁判所第10号法廷には、抽選で当たった席いっぱいの傍聴人が詰め込まれるように着座している。
その中に、剪芽梨の姿があった。
そしてもう一人、この事件の担当者なら誰もが知っている顔があった。その人物は初老の男で2枚の遺影を自分の太ももに立てかけるように抱えていた。樋上さとこの父親、道義だ。
娘が売春で稼いだ金で借金生活から開放された。今は、日雇いをしながら一人暮らしのアパートで暮らしている。
「…以上、被告人が被害者を殺害したのは動かしがたい事実であります。」
検察の自信ある発言は、樋上道義の目元を濡らした。そして、この法廷のすべての傍聴人が聴きたいことは量刑だけだった。
強盗殺人罪は死刑にも問える罪だ。無期懲役か死刑か俗世間の騒ぎとともに注目された。
然し、裁判は思わぬ方向に進んでいく。
冤罪という扉が真実の鍵によって開け放たれる・・・
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