第8話 再開

休廷期間中、検察側が更に不利になる証言が出てきた。

「そうですか、あの部屋をビンさんが前に借りていましたか。」

「えぇ、一ヶ月程前までです。よく女性が出入りしていましたねぇ。毎回違う女性のようでしたよ。あっそうそう、亡くなったあの、テレビのひとも何回か見かけました。」

弁護士はある考えに至った。被害者とビンが前日の夜にセックスをして、もし証拠となっているコンドーム内精液がその時のものだとしたら?精液の経過鑑定には誤差があるという。

「今回の鑑定は、科捜研と科警研、何れも警察側の鑑定によるものだ。すり替えもなくはない。精液の第三機関による再鑑定を申し出なければ。」

弁護士は、正式書類の提出を急ぐべく、弁護士事務所に戻った。


裁判が再び再開された。そこに剪芽梨の姿はなかった。非番が終わり再び公務が始まったのだ。

「検察側からどうぞ。」黙って頷き立ち上がった検察官は、初っ端から新たな証拠を持ち出した。

「被害者の殺害現場にあったショルダーバッグを証拠物件Mとして提示いたします。」検察側がビニールに包まれた赤いルイビトンのバックを指し、被告人ビン・グォン・タンに詰め寄る。「貴方は、このバックに見覚えがありますか?」眼光鋭く冷めた目で言う検察の質問にビンは、オドオドした態で見覚えがないと弱々しい声音を吐いた。

検察はさらに「このバックを手にしたことはありますか?」と逃さない姿勢で捲し立てる。ビンが黙秘を使うと「このショルダーバックの切れた紐部分からあなたの指紋が検出されています。貴方は、このバックを奪おうとした。あなたはこのバックに入っていた8万円の札束を奪おうとし、抵抗された際、バックの引張り合いで紐が切れ、抵抗を続けた被害者の首を絞め殺害した。そうですね!」

「裁判長、検察側は推測で事件を結審しようとしています。異議を申し立てます。」

「異議を認めます。検察は、事実以外を述べないようにしてください。」

検察官は勝ちを意識した。見立てに間違いないと思っていた。否、これを真実にしたかったのだ。襤褸が出る前に…。

「弁護人、何かありますか?」

「いえ、有りませんが、新たな証拠を提示致します。」


検察官の強気な顔に陰りが出る。スクリーンとプロジェクターが用意された。「弁護人、これは?」

「はい。民間施設による精液のDNA鑑定結果をグラフで表したものです。そして、こちらが鑑定物です。」マウスをクリックする弁護人が検察官に向き直ると、気丈に手を置いていた検察官は力いっぱい握り拳を作り、下を向いた。プロジェクターが映し出したのは、殺害現場のビンの物とされたコンドームだった。検察側にとっては、絶対的な切り札であり、一番弱い部分、其れがこの証拠だった。精液の経時変化について鑑識からこういう報告が成されていた。

「経時変化に関しては、正確な時間を特定することは、現行無理としか言えません。精度は上がっているものの、今回のように、入れ代わり立ち代わりの時間に対しての効力はないと申し上げるしかないのが現状です。よって、その精液が、何時何分のもので、また、こちらの精液が、何時何分だから証拠となると断言できるものではないということです。」そいう曖昧な証拠を、ある意味でっち上げのような形で起訴した検察側の対応は落ち度でもあった。「民間会社ではありますが、鑑定機器に関しては、世界に誇る機材を保有するこの施設によりますと、被告人のものとされたコンドーム内の精液に関して、犯行日に限らず前後二日のものとする。という鑑定結果を得ています。これが何を示すか?それは、被告人が、この日、被害者と性的行為をしていた証拠に関して、事件当日のものではなく過去のものである可能性が出てきたということになるのです。被害者も否認している以上、弁護側は、無罪を主張致します。」検察官は、首を垂れ、反論の余地の無い事を現した。順調に積み上げた証拠ではなかったが、有罪にできると鷹を括っていた警察組織の甘さが招いた敗北だった。しかし、諦めるという言葉は、国の正義を司る警察にはない。判決無罪に対しての答えは決まっていた。

「上告する」


検察側の負けが決まり、上告が通った。第二ラウンドが始まる。審判を大阪高等裁判所が預かる。第一回公判は、事件から3年後となった。

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