第4話 どうも勇者覚醒イベントの装置です

「さて、アランに啖呵を切ったはいいが、具体的にどうやって死亡エンドを回避するかだよな……」


 オレはこめかみに指を添えてゲームの記憶をどうにか引っ張り出す。


「この先の展開がゲーム通りならアランは『勇者が18歳の時』に死ぬ……」


 ――ある時、アランの領地にある辺境の村が近くのダンジョンから大量に発生した魔物に襲われる。それは数百年ぶりに『魔王が覚醒した』ことにより魔物たちが活性化したのが原因だ。

 

 己の実力を過信するアランは自ら剣を手に取り先陣を切る。アランはイケメン同様に自分のことを才能のある剣士だと信じて疑っていなかった。


『お待ちください! アラン様! 王都より援軍が来るまで我々から討って出るべきではありません! ご自重を!』


 後に勇者となる人物が必死に諫めるも傲慢なアランは聞く耳を持たなかった。


『臆病者めが! 貴様のような者がいると隊の士気が下がる! 誰ぞ! この臆病者を牢にぶち込んでおけ!』


 結果、アラン率いる百人規模の中隊は数千を超える魔物の大群によって皆殺しにされる。辺境の村の数百名の住人たちも誰一人助からなかった。亡くなった住人の中には勇者となる人物の母親も含まれていた。


 勇者となる人物が協力者の手を借りて牢屋を抜け出し急ぎ村に駆け付けるも、すでに時遅し。四肢飛び散る血濡れた凄惨な現場を目の当たりにして勇者となる人物が怒りと悲しみを爆発させる。

 勇者となる人物は絶叫しながらたった一人で魔物の大群を殲滅してしまう。

 やがて王都から駆け付けた王国軍の巫女が、無数の屍の上で抜け殻のようにたたずむ深紅の若者を捉えて高らかに宣言する。


『おお! 皆の者! 勇者様が降臨なされましたぞ!』と——、


 これが勇者の回想で語られる前日譚で俗に言う『勇者覚醒イベント』だ。

 この『勇者覚醒イベント』をきっかけにして勇者が魔王を打ち倒さんと本格的に動き始める。


「で、ここからがゲームの本編で『ダンジョンライフⅢ』のプレイヤーは駆け出し勇者を助ける冒険者という位置づけでメインストーリーを進めてゆくんだ」


 プレイヤーは最終的に成長した勇者と共に魔王を討伐することになる。


 

「つまり、アランが生きてるってことは『ゲームのメインストーリー』はまだ開始されてないってことになる」



 もちろん、ダンジョンライフⅢのメインストーリーをクリア済みだ。オレはダンジョンライフⅢに関する知識なら誰にも負けないと自負している。ただのダンライオタクとも言うが。


 多くのプレイヤーがローグライクの醍醐味であるダンジョン探索に時間を費やす中、オレはサブクエストなどもコンプリートしている。ダウンロードコンテンツも隅から隅まで遊びつくしている。

 世界的な大人気ゲームなので『考察勢』というのも数多く存在しているのだが、その考察勢の記事にもオレは細かく目を通しているほどだ。


 オレはダンジョンライフⅢのすべてを愛していたし楽しんでいた。

 何の変哲もないモブキャラでしかなかった17歳の男子高校生にとって、自分を物語の主人公だと感じさせてくれるダンジョンライフⅢは紛れもなく青春だったし、アイデンティティそのものだった。


 しかし、そんなオレでもアラン・リヴァプールに関しては詳しくはない。


 もっとも、大多数のプレイヤーはアランの名前さえ知らないだろう。

 皆のアランの認識は『使用人時代の勇者を虐げていた悪役貴族』と言った程度だ。歴史の教科書なら一行すら書かれないレベルの存在なのだ。


 乱暴に言ってしまえば、プレイヤーにとってアラン・リヴァプールは魔物の大群の犠牲となった兵士や村人と同じく『勇者を覚醒させるための装置トリガー』の一つでしかない。


 要するにアラン・リヴァプールはモブもモブ。完全無欠のモブキャラなのだ。


「ちくしょう! こっちの世界でも結局、オレはモブキャラなのかよ!」


 改めて確認してオレはたまらず白い頭を両手で抱える。


「……いや、だが、悲観することはない。今のオレはモブはモブだが、ただの高校生じゃない! 地位も財力もある!」


 宣言したようにアランの立場とオレのゲーム知識をフル活用すれば、死亡エンドを回避した上で、充実した異世界ライフを送れる可能性はあるはずなのだ。


 やっぱりオレはダンジョン探索がしたいのだ。レア装備をゲットした時の脳汁が溢れるあの感覚を味わいたいのだ。できればパーティーだって組みたい。仲間と強敵を倒した時のあの達成感をもう一度味わいたい。


「やってやる。やってやるぜ。せっかく大好きな『ダンジョンライフⅢ』の世界に転生できたんだ! オレは絶対に生きてやるぞ!」


 改めて死亡エンドを回避することを固く決意する。


「よし。そのためにもメインストーリーの鍵を握るから直接話を聞く必要がありそうだ……」

 

 オレは壁のロングコートを羽織ると、背筋を伸ばして表情を引き締める。

 中身は単なるゲーム好きの高校生だが、見た目は貴族の領主様なのだ。


「アランの記憶を頼りに悪役貴族らしい言葉遣いと態度で振舞わなければ……」


 オレはそう気合いを入れて自室の扉を開け放つ。


「うわ、びっくりした!」


 いきなり出鼻をくじかれる。

 胸元がふくよかな使用人が扉の脇に音もなく控えていたのだ。


「アラン様! お怪我はいかがでしょうか!」


 柔和な金髪メイドが心配そうに詰め寄って来る。彼女は一児の母とは思えない若々しさと美しさを併せ持っている。


 にわかに鼓動が騒ぐ。彼女に真っ直ぐ見つめられると自然と胸が高鳴ってしまうのは、アラン・リヴァプールがこの使用人に特別な感情を抱いているからだろう。


(興味深い現象だな。主人格はオレだが、アランの感情も反映されるらしい)


 オレは悪役フェイスで微笑む。


「平気だ。ミシェルの治癒魔法の腕がいいからだろう。もう痛みはない。傷もすっかり消えている」


 ミシェル・マドリード。彼女はリヴァプール家に10年以上務める古参のメイドであり、治癒魔法の使い手だった。

 

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