第3話 我思う故に我あり

 前世の記憶を取り戻したオレが自室のベッドで目覚めて最初に思ったのは、


「へー、アラン・リヴァプールってこういう見た目だったのか」


 である。


 姿見すがたみに映る白髪青年のすらりとした全体像を眺めながらオレはふむふむとアゴをしゃくる。


 年齢は18歳。不遜な面立ちに鋭い目つきを完備。治癒魔法の効果だろう。額の傷口はすっかり塞がっている。

 ファッションは18世紀の上流貴族を思わせる白のウエストコートに細身のズボン。軍服寄りのデザインなのはリヴァプール家が辺境伯だからだろう。


 一般的に辺境伯とは国境の守護を任される要職なのだが、リヴァプール家は名ばかりの田舎貴族にすぎない。

 数百年前、魔王がその最下層に根城を構えていた『魔王ダンジョン』から派生した末端中の末端の小さなダンジョンを代々管理している。

 もっとも管理と言っても入り口は、高名な魔術師によって完璧に封印されているので特別にすることはない。時々、ダンジョンの様子を窺ってちゃんと封印されていることを王都に報告するくらいのことだ。

 

「それにしてもいかにも高そうな服だな」


 プライドの高いアランはファッションを始めとする身の回りの物に金を惜しまない性格だった。特に女性に対してその傾向が強く、女性に見栄を張るための散財は目に余るものがあった。

 

 アラン本人は自分のことを女性にモテモテのイケメン貴族だと信じて疑っていない。だが、実際は『いかにも悪役貴族らしい底意地の悪そうな見た目』で好青年とは程遠い。


「オレの視点からアランの記憶を辿ると……残念ながら女性たちはアランの金に群がっていただけなんだよね……悲しいぞ悲しすぎるぞアラン」


 試しにニヤリと微笑んでみる。

 悪だくみをしているとしか思えない邪悪な笑みだ。

 

「うん! だが捨てたもんじゃない! これはこれで個性的じゃないか!」


 だが、前世で『可もなく不可もなく』がキャッチコピーのモブキャラだったオレからすれば『いかにも悪役貴族』な見た目でさえ好意的に思えてしまう。


「こういう見た目のアバターの『悪役貴族プレイ』だと思えば、余裕で楽しめる! いや、むしろ最高じゃん!」


 今のオレにはなにもかもが輝いて見える。転生したのが大好きな『ダンジョンライフⅢ』の世界だと知って気分が昂っているからだ。


 もちろん、家族やクラスメイトのことを思い出すと切ない気持ちになる。前世でやり残したこともたくさんある。


「……だが、もう一度、生きる機会を与えられたことに感謝しかないね」


 神様か女神様か。どこの誰かは知らないが『あのような理不尽な終わり方』はさすがに不憫だと同情してくれたのだろう。

 転生だろうがなんだろうが、あのまま自分という存在が消えてなくなってしまうことに比べたら今の状況はきっと恵まれている。


「真実はオレが『自分のことを転生者と思い込んでるの頭のおかしい悪役貴族』だったとしても……オレはオレだ。『我思う故に我あり』ってね」


 ただの開き直りとも言えるが、存在証明とは永遠の難題なのだ。

 

「それにしても不思議な感覚だな。自分の中に『二つの人間の記憶』が同時に存在しているのは……」


 今のオレの中には前世の17年分の記憶と、アラン・リヴァプールの18年分の記憶がある。

 

「一応、この身体の主導権は前世のオレが握っているが、この先どうなることか」


 貴族のお坊ちゃまとして甘やかされて育ったため、傲慢で自信過剰で自分以外の人間を常に見下し、女性にだらしなく見栄っ張りな……まあ、とにかくろくでもない性格のアラン・リヴァプールは完全になりを潜めている。 


 オレは姿見にビシッと指を突き立てる。


「悪いがアラン! お前にはこのまま引っ込んでてもらうぞ! ろくでもないお前に任せてたら死亡エンド一直線だからな!」


 底意地の悪そうな白髪貴族に続けて言い放つ。


「オレが主導権を握ったからには散財も控えさせてもらう! いや、それ以外のお前がこれまで行ってきた数々の評判の悪い行動もすべて是正してゆく!」


 傍から見ると、オレは鏡の自分に説教するたいぶである。


「なあ、アラン……お前だって死にたくはないだろ? お前はゲーム開始直後に死んでしまったから知らないだろうが、この世界にはまだまだ楽しいことがたくさんあるんだ! 血沸き肉躍る体験が待ってるんだ!」


 オレは姿見を両手でガシと握りしめる。



「頼む。オレに任せてくれ。オレが絶対にアラン・リヴァプールを死なせない。アランの立場とオレのゲーム知識をフル活用すれば、死亡エンドを回避できるはずだ」



 小さな子供を安心させるみたいに鏡に向かって小さく微笑む。


「せっかく大好きなダンジョンライフⅢの世界に転生したのにオレだって死にたくないからさ。全力を尽くす。約束するよ」


 オレは鏡の自分をじっと見つめる。

 やがて鼓動がドクンと大きく跳ねる。

 オレはそれをアランが『分かった』と了承しててくれたのだと受け取る。いや、まあ、ただの都合のいい勘違いかもしれないが。

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