第2話 モブキャラ人生

 どうも! オレの名前はモブ田モブ夫!

 キャッチコピーは『可もなく不可もなく』だ!

 見た目も勉強も運動も普通! これと言った特徴のない誰の記憶にも残らないモブキャラ人生ど真ん中をひた走る男子高校生だ!

 たとえば数年後の同窓会にオレが参加しなかったとしても、誰も気に留めないそんんな影薄夫かげうすおだ!


 なんてね。冗談だ。オレの名前は花内透。

 都内の高校に通う18歳のイケメンモテモテ男子だ。


 ……すまない。見栄を張った。


 残念ながらオレの本質がモブ田モブ夫なの事実だ。

 この『可もなく不可もなく』が昔からの切実な悩みだった。

 

 たとえば両親や教師は『普通が一番よ』と『実は普通が一番難しいんだ』と慰めてくれる。

 たとえばテストで赤点を取ったクラスメイトは『お前はいつも平均点で羨ましいよ』と言う。運動音痴のクラスメイトも『お前はとりあえずなんでも無難にこなすよな』と言う。


 だが、オレはどう頑張っても物語の主人公になれそうにない自分の『モブキャラ感』が嫌で嫌でしかたがなかった。


『好きの反対は嫌いじゃない。無関心だ』


 という言葉があるが、オレの存在とはまさにそれだ。まるで透明人間のような存在なのだ。

 良くも悪くもオレは目立ちたかった。誰かの記憶に強く残りたかった。

 

「オレもたまには赤点を取ってみたいよ」


 だからオレは本心で赤点のクラスメイトにそう返したのだが、


「は? なに? 煽ってる? 喧嘩売ってる?」


 赤点のクラスメイトはひどく怪訝そうだった。

 もちろん、煽ってなんかいない。オレは本気で『バカな彼』が羨ましかったのだ。


「また赤点かよ! お前は本当にバカだな!」

「うるせえ! 次こそは赤点回避してやるからお前ら見てろよ!」


 彼にとっては不名誉なことだろうが、クラス中から『バカ弄り』される瞬間の彼は紛れもなく主人公だった。

 きっと同窓会でもこの赤点の件はいい笑い話になるだろう。

 

『見た目も勉強も運動も普通』


 これは一件すると悪くないように思うかもしれない。だが、実際は違う。

 なにをやっても『そこそこ止まり』ということだ。

 それゆえになにごとに対してもオレは夢中になれずにいた。

 

「どうせ頑張っても普通以上にはなれないのだから」と。


 そんなオレが唯一、学生時代に夢中になったものがある。

 それは世界的大人気のVRMMOローグライクダンジョンゲーム――『ダンジョンライフⅢ』だ。


 大人気ローグライクダンジョン作品の第三弾にして初のVR作品ということで、発売当初から世界中で大きな話題となった。

 ゲーマーの端くれであるオレも『世界的大人気ゲームがなんぼのもんじゃい!』と謎の上から目線で手を出してみたのだが、すぐさま『疑ってすんませんしたァ!』と額を床に擦りつけることになった。

 まんまと嵌った。寝る間を惜しむほど夢中でプレイした。


 最新VRによるリアルと見紛う中世ヨーロッパ風の異世界。最新AIによる生き生きとした暮らしを営むユーレリア大陸のNPCたち。そのクオリティの凄まじさに感動したのは言うまでもない。

 操作性も素晴らしくリアルなアバターを自在に動かすことができた。

 さすがの大作る。プレイ人口の多さ、コンテンツの豊富さ、ストーリーの面白さなど、どれを取っても申し分なかった。

 だが、オレの心を激しく揺さぶったのは『ダンジョンに潜れば潜るほど強くなれる』というローグライク特有のゲーム性だった。


 なにをやっても『そこそこ止まり』のオレが時間さえかければゲームの中では少しだけ特別な存在になれたのだ。 


 気づけばゲーム開始から一年が過ぎる頃には、レジェンド装備に身を固め、プレイヤースキルも高まり、徐々に仲間や顔見知りが増え、オレは『ダンジョンライフⅢ』の世界でそこそこの有名人になっていた。

 少なくとも、ゲームの中でのオレはモブキャラじゃなかった。

 オレにとって『ダンジョンライフⅢ』は生き甲斐でありライフワークだった。



 だが、夏休み直前のことだった。

 オレはあまりにも無慈悲な現実を突きつけられることになる。



 こっそりと憧れていたクラスの女子が、いかにも下心のある男子から『ダンジョンライフⅢを一緒にプレイしないか?』と誘われこう返したのだ。


「ゲームって時間の無駄じゃない?」


 慌てて男子は『ダンジョンライフⅢ』の素晴らしさを語る。

 世界的な大人気作品であること。リアルと見紛う世界観と操作性。コツコツとダンジョンに潜って強くなってゆく楽しさや達成感。仲間たちとの交流や大冒険などなど熱弁する。


「でも、それって全部、現実で体験できるよね?」


 しかし、彼女にはまるで響いてはいなかった。


「どうせコツコツやるなら語学の勉強とかしたほうが将来の役に立たない?」

「人間関係も現実で頑張るほうが後々のためになるんじゃないかな?」


 クリティカル連発の大ダメージ。男子からはぐうの音も出ない。彼の頭上のHPバーが真っ赤になっているのが見える気がした。

 だが、なにより教室の片隅で聞いていたオレが一番の瀕死だった。流れ弾にこめかみを撃ち抜かれてHPは残り1である。


 おそらく彼女は間違っていない。これが現実世界を主人公として生きている人間の正常な考え方なのだろう。


 だが、現実世界をモブキャラとして生きるオレには受け止めきれなかった。

 ゲームにログインする気にもなれず、オレは悶々とした夏休みを過ごす。


 そんな時、地下鉄の駅の構内で、仕事帰りのお姉さんが酔っ払いのおっさんにしつこく絡まれているのを目撃してしまう。


 普段のオレなら触らぬ神に祟りなしと見て見ぬ振りをしただろう。きっと誰かが駅員さんを呼ぶだろうと主体的に動くことはなかっただろう。


 だが、クラスの女子の言葉が脳裏にこびりついていたからかもしれない。

 オレは「嫌がってるじゃないですか。止めましょうよ」と柄にもない行動を起こしていた。

 モブキャラ人生を変えるために『なんでもいいから動かなければ』とオレは勇気を振り絞ったのだ。

 どんな結果になっても構わない。一発ぐらい殴られるのは覚悟していた。オレは勇気を出して行動を起こした自分を褒めてやりたかった。


 ところが、人間、慣れないことをするもんじゃない。


 激怒した酔っ払いのおっさんに激しく突き飛ばされオレは線路に落下。そのまま列車に轢かれてご臨終。なんともあっけない幕引きだ。


 で、気づいたら『ダンジョンライフⅢ』の世界に転生していたってわけ。

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