第二話「マナ達からの奇襲返し」
『怪盗ウーメレの旅路』 第二話「マナ達からの奇襲返し」
マナは第一城壁(一番外側の城壁)を登っていた。
「ここから、なのよね」
心細い、そう思ってはダメだ! やり遂げるまでは自分の感情は抑えなくては!
そう言い聞かせても手足が震える。この厚くて高い城壁の表側にはカーシャ国兵士達の前線の部隊が進行している。けれどマナはその上には立たない。立つのはもっと危険な場所だ。
もう、この城壁には味方がいない。そうでないと成功率が下がる。
先程、マナから城壁を守る兵士達に「この作戦」の内容と退却命令を下した。
そうでもしないと、マナには何もさせてもらえない。
登り切ったら、たった一人でカーシャ軍の軍勢の前に立つ事になる。
それでも、
「(それでも、この作戦で皆が救えるのなら!)」
マナにとって、それなら一人で登る事くらい、何ともない。
――――――――私一人さえ登れば“始まる”のだから。
マナは武器も防具も装備していない。あるのは普段の簡素な服から緑のフード付きのマントに自身をくくっただけの布。その布に王家の紋章の刺繍が施してあるだけだ。
それが自分の役割の「条件」だ。
最後の階段を上がる。
―――――――――やはり!
もうカーシャ国軍の兵士達が進行しながら、エスカラードとベルフリーを城壁に向けて運搬している。
「(ものの数十秒でヴィセが堕ちる!)」
そうマナは直感して緑服を纏いながら手足を動かした。それに気付いたカーシャ軍の兵士達は、
「誰かいるぞ!」
警戒の為か、カーシャ軍の兵士達の視線がマナに集中する。
その時マナは緑服のフードを捨てるように取り払うと、
「私はヴィセ国第七王女のマナ! 私の首が欲しくば今すぐ武器を手になさい!」
カーシャ軍は何だあいつ、自分を討てだとさ、なら遠慮などするか、と鼻で笑い口々にしながら「誘い」にのってきた。
マナの読み通りだ。例えどんな野蛮な相手でも、こんなあからさまな挑発などは目もくれない。
けれど、今時点でのカーシャ軍は違う。
優勢に立っているという過信が「たった一人」のマナに対して不信感より、攻勢寄りの気持ちをより逆撫でする事が出来た。
その時カーシャ軍後方、おそらく弓兵の兵士達を統べる者の一人から、
「弓兵!放てーーー!」
マナは、
「(来た! やはり私の体どころかヴィセ国を覆うようかの矢の数。なら、それに見合った『策』を食らいなさい!)」
マナは予定通り、そのまま失神したかのように、とても高い足場の後方に倒れていった。普通ならこの高さからの落下は確実に命を落とす。そう、「普通なら」。
マナは真っ直ぐ足から頭まで伸ばした状態で、地面と体が平行になった時に第一城壁を蹴るように、トンッ!と弾みを付けて、落下する体を城壁から放し、
「点火始め!」
と落下地点にいた、バクとその腹心の部下十名に命令する。
落下地点では予め、バク達十名分のマントを結んで、シーツのような幕で落下してくるマナを受け止めた。バクは騎馬に飛び乗り、腰に剣のように携えた“木の棒”にシュッと火を付ける。
「〈散開しながら導火線に点火しろ!〉」
バクが小声で指示を出す。
バクは片手でマナを抱えながら、もう片方の手で導火線に点火し、一気に離脱。
そのバクの騎馬の加速は、マナにとってもあまりにも速く、目が追い付かない。
「(これが、近衛兵の機動力・・・!)」
けれど、バクは手綱を持っていない。足の蹴りだけで騎馬に疾走を命令している。
―――!
「<バク!>」
「<ええ! マナ様来ましたぞ! カーシャ軍の前線大部隊が!>」
城壁の外側でカーシャ軍兵の物凄い雄叫びが迫って来る。
「<! まずい!早すぎる!>」
「<いえ、「我が部隊」の本来の速さに比べれば“ノロマ”ですぞ!>」
「<ええ!>」
次々と点火しながらも速さはグングン増していく。もうほとんど騎馬の速さでは無い。馬の危機本能を引き出して移動している。
これでは“目的地”まで間に合わない! 点火の度に減速するからだ!
上を見上げたマナの視界に矢の雨が入ってきた。
「<バク! 矢が!>」
「<どのような矢ですか?>」
「<? あ、雨のような矢?>」
「<ならば「狩り落され」ますでしょうな!>」
「<誰に?>」
「<シェラ率いるヴィセ国の弓兵達です>」
「<冗談言わないで・・・って、え!なんで!>」
飛んできた矢がことごとく“矢”でまさに「狩り落され」ていく。双方の矢はパラパラとただ落ちていくだけだ。本当にただ“雨”のような光景だけでしかない。
「<ヴィセ国は本来ならば無いはずの、草原のど真ん中の城塞都市の国です。ならばその弓兵達にとって“修練の的は雨粒“しかありません>」
「<じゃあこれが、シェラが言っていた「雨狩り」?・・・こんな精度だったなんて・・・・ウッ!>」
マナは思わず耳を覆った。
ズズズズズズズズズズズズウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥン・・・・!!!!
マナは耳を覆ったまま
「もう、普通にしゃべっていいわ!」
「マナ様! このまま走ってもよろしいですか!」
「お願い!このまま走って!」
マナはギュッと目を閉じ、ジッと耳を澄ませた。
「(・・・・第一城壁の、材質の混ざる音ね・・・カーシャ軍の言葉・・・いえ、言葉にはならない声だわ・・・城壁は崩れて?いいえ、まだ倒れていく・・・草の音・・・一つ違う声?誰?・・・叫んでる?『退け?』・・・よし!)」
マナは物心ついた時から書庫にいた。そこは常に静寂な空間だ。城塞都市はなにかと賑やかで、初めて外に出たマナは耳を覆ってしまった。それでもめげずに八年かけて書庫と都市の広場を行き来し、都市の日常生活にも書庫でも対応できるようにしてきた。そうして、聴力を弱めたり、高める事を覚えていった。
「バク! 第一城壁は成功よ! ちゃんとカーシャ軍の最前線の“方にだけ”倒れていったわ!」
「おっしゃあああああ! さあ、このまま行きますぞ!」
「うん!行こう!」
その後、第二城壁、第三城壁を、頃合いを見計らってきた筈のカーシャ軍の軍勢に
爆薬で倒し込む。その度にカーシャ軍の兵士達は激減していった。
城塞都市ヴィセの城壁は二十四段。例え“四段”の城壁を自ら失ってもまだ二十段ある。過剰なまでの鉄壁であることには変わりない。
第四城壁の内側に到着後、バクの騎馬は休ませる為にマナが馬舎に引いていく。
マナはそこでもう一頭の馬に乗る。指揮高台にいち早く向かうためだ。待機していたのはヴィセ国騎馬大隊最高司令官のブルスと副司令官のガラだ。平時は城壁の見回りだけでなくあらゆる警備で、全くの隙を見せないと言われる。しかし、今回のカーシャ軍の行軍にはさすがに肝を冷やしたというが、マナはそれを褒め称えた。
「『危機』に対しての反応から反撃の機会を伺えるなら、そこに『勝機』が見い出せる」とマナは言ったのだ。
ブルスとガラは一気に奮い立った。その時のマナの言葉が二人の騎士魂に響いている。
「『危機』を『怖い』と感じるから『その「怖い」に知恵と立ち向かう術を刻み込んできたのが命の歴史』。今までずっとそれを繰り返してきただけ」と。
ブルスは、この第四城壁に自身の騎馬隊と自身の直属の部下、ガラの騎馬隊を集結させていた。マナの合図で全てを決める決戦の士気はすでに燃えたぎっていた。
けど、マナは嫌な予感が南方面からした。
「少しだけ待って!」
マナは指揮高台でカーシャ軍の兵士達の動きを捉えている。
「(あともう一手だけでも欲しい!)」
「シェラ!」
マナは東方面の塔にいるシェラに、手鏡で光の信号を送る。その後は手話でシェラに指示を出す。
シェラはコクリと頷くと、鏑矢で狙いを定めた。
「全員頭を下にして!」
マナは兵士達を確認して、右手を振り落とす。
シェラの鏑矢の甲高く鋭い音が南方面に響く!
その直後、おそらく第二城壁付近の、カーシャ軍の兵士達から悲鳴のような呻き声が広がる。
「なるほど・・・」
ブルスはニヤリと笑った。
ロークとバク達は何が起きたかわからない。
「マナ様!いったい何を!」
「ただの直射日光の目眩ましよ。もういいわ! 大丈夫よ!」
「この真昼間の戦場で南方の上空を見たりでもしたら、目は使えませんからなあ!」
ブルスは大きな地声で笑うと、騎馬隊から大きな笑い声が上がった。
「全員、準備はいい!」
ウオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォ!!!!!!
ヴィセ国が誇る大騎馬隊から雄叫びがあがる!
ヴィセ国の約八万八千人の大騎馬部隊の北方半はブルス、南方半はガラが担当だ。
「全騎馬隊!第四城壁を爆破後、敵軍に突入攻撃!目標打破後、次の作戦行動へ直ちに移れ!命令待機!」
マナの命令と共に掲げたヴィセ国軍旗が思いっきり振りあげる!
地上のロークとバクが起爆地点に点火し、一旦離れて点火を確認。今度は一気に
第四城壁の根元を沿うように爆薬が着火する。マナは耳を塞ぎながら最後の着火まで見届ける。
ヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォヴォォォォォォォォ!
ヴィセ国中に爆音が響き渡る。しかし、騎馬隊の騎馬も兵士達もその爆音になどでひるまず、今か今かと作戦命令が下るのを待ちわびている。
第四城壁の倒れ方を見切った後に、マナから
「全騎馬隊!突入攻撃開始!」
ウワアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!
指揮高台のマナは、大声で喉が痛い。これでは、何かあっても命令が下せない。
すぐに指揮高台内部の専用の井戸から水を汲み上げていき、二口程飲んで喉を潤す。思えば第一城壁に着くまでの間も喉がカラカラだった。重いヴィセ国軍旗を戻し高台に固定する。作戦実行中の証だ。マナはふとヴィセ城を見た。
その前から城内はただ静観しているかのようだった。どんどん進軍していくヴィセ国大騎馬隊を見つめる。こんな戦況でもヴィセ国の草原は綺麗で、風がマナの長くて赤い髪をふわりとなびかせる。こういう時なのに、
「父上たちはこの事態を何だと思ってるのかしら・・・」
もう一度、ヴィセ城を見る。本当に何もしていない。マナは段々腹が立ってきた。
「こんのう!」
でもわかっていた。“自分が動いている”から、何もしようともしない事をわざわざ見せつけているような人達の集まりだ。そして、後から独断で兵を動かしたとか、うんたらかんたら言うに決まってる。こんな時に言うのもシャクだったが、
「“変”なのは、『私』か、『あんたら』か、『この世界』かなんてわからないんだからーーーーーーー!!!」
マナは戦況無視に対する、ありったけの“自分からの皮肉”を知らせるように叫んだ。
避難中のヴィセ国の民衆中からクスクスと笑い声が上がり、「確かにーーー!」という声も所々から聞こえてくる。マナは顔を赤らめて、笑っている民衆の方へ両手をブンブン振った。ますます笑い声が大きくなる。反対に、ヴィセ城からは呻くような声が微かに聞こえてくる。
「ほーら、ごらんなさいな! ・・・それにしても、『あんたら』って、随分スッとする言葉だったのね。いい事教えてくれたわ、市場のおばちゃん。今度お礼言わなきゃ」
この間にヴィセ国民の城内避難を終えなければならない。すでに、もうほとんどがブルスとガラが行った後だろうから、多くても二十人くらいだろう。大丈夫だ。皆、
順序良く落ち着いて城内へ避難していく。
自分はとにかくこの指揮高台にいなければならないから、どうしても違う視点からの情報がいる。それならもう一度シェラに頼もう。
マナはまた手鏡でシェラに合図して、シェラが振り向くと手話で、
「<終わるまで、私の“目”になって!>」
「<了解です。どちらの方角ですか?>」
「<南方面をお願い! 私では眩しくて見られないから!>」
「<了解です。他は何かできることはありますでしょうか?>」
「<なら、“三十六”の合図とロークとバクを呼んで欲しいの。お願いしてもいい?>」
「<そのような名誉な事でしたら喜んでお引き受けします>」
「<では、南方面の監視を! 何かあったらすぐ鏡で知らせて!>」
「<了解です>」
シェラは音火矢で『マナの近衛兵の護衛』を要請後、南方面をジッと監視し始めた。
その時マナはハッとした。 マナにはブルスとガラの雄叫びが聞こえたからだ。
「ヴィセ軍は大詰めを迎えている。 今度はヴィセ城に行かなきゃ!」
指揮高台からシェラに光で合図して、
「<戦況報告を城の大バルコニーに変更!お願い!>」
「<了解です。マナ様?>」
「<何?>」
「<気持ちいい程の皮肉、私もやりたいものです!>」
「<やっていいわよ!おもいっきりね!>」
「<了解です>」
「フフフッ!」
マナは笑いながら、あの真面目なシェラがどんな皮肉のやり方をするのか楽しみだった。それでも、急がなければいけないので指揮高台のヴィセ国軍旗を手に取り、そのまま城へ続く、狭い長城を走った。
「はぁ、はぁ・・何とか間に合ったあ・・・」
マナはほぼ地平線上にいるヴィセ軍に最後の「作戦」を軍旗で知らせた。
すぐにシェラから、
「<「了解の報告有り」の報告です>」
と返答が来た。なら、北方面だ!
大バルコニーを周り、北方面を捉える。
・・・よし!確かにブルスの雄叫びだ!
「マナ、もういい! さっさとどかんか!」
出た出た・・・。「お偉いさん」・・・。
マナは心の中で皮肉を言うと、どうぞ、と厳かに退いた。
「! お前! 何をした!」
ガバッと国王達が大バルコニーの手すりを掴み、怯えながら震えている。
王室揃って、どうしたもないでしょうに・・・。
「この作戦の名は『絶海のヴィセ作戦』と、私と書庫にいた六人の兵達とで名付けました。ヴィセ国の誇る大騎馬隊が波となり敵兵を海底へ飲み込む、という作戦です」
「マナ・・・お前何て事を・・・」
「いえ、ただの形を表すのみの名です。それ以上の意味はありません。だから『敵味方共に、誰も死亡者は出さない』事を条件にしました」
「何だと?!」
「父上、ちゃんと周囲を見て下さい」
カーシャ軍の兵士達が、痛ってえ、ひでぇ目にあった、ちっくしょう、と言いながら脚に手を当て呻いている。何千年もの歳月を守る城壁は爆薬でカーシャ軍に倒れ込んでも、そのカーシャ軍兵士達にとっては大草原の上から大小の岩が降ってきたのと同じだ。兵士達の甲冑がある限り、衝撃で気を失う位による足止めを食らう程度。
ヴィセ国の兵士達が次々と帰還しながら騎馬から降りて肩を貸したり、背中に背負ったり、助け合いながら立ち上がっている。
「どういうことだ!早く殺さんと・・・」
「父上。進軍を止めるなら『脚』だけ止めればいいんです。私は書庫で色々勉強致しました。国と国の争いで今までたくさんのかけがえのない命が消えていきました。でも国と国とで勝敗を決めることで、誰かを殺すことは『必ず必要』でしょうか? 今では争いや戦争で命を落とす事を念頭に置いて戦う事が当たり前になっています。けれど兵士一人一人が、『親の子』です。ずっと生き続けて繋いできた、他には変えられないたった一つの命です。一つの家庭の一つの命。それだけ大切な命を、国という集団が勝手に見捨て、勝ったら喜び、負けたら悲しむ。それでも亡くなった命は二度と帰らない。そんな事の為に母親はお腹を痛め、それでも産み育て続けてきたんですか? 人は自分から自分を産めません。無限に産まれる命なんて一つもありませんから。目の前にいる人達、皆そういう命を宿しているたった一人なんです。だから」
マナは振り返って真剣な思いを宿した目で真っ直ぐ父親を見つめながら、
「『一つの命も落とさない戦略』が私は必要と考えたんです」
そう笑顔で言う、マナを囲むかのような“三十六”の祝砲。
シェラにマナが命じた『完全勝利』を表す祝砲だ。
マナはクルリと三十六色の光の方を見つめた。
「? シェラ? え! ここで?!」
「何だ? 何をしているんだ? 文字信号?」
「マ・ナ・さ・ま・い・が・い・の・し・き・か・ん・か・ち・し・ら・ず?、何だと?! 『マナ様以外の指揮官勝ち知らず』だとーーー!!!」
「うわーーーーシェラすごーーーー!!! え?! ロークとバクまで!」
ロークとバクがそれぞれ「用意」しておいたヴィセ国第二十四段の城壁一面の
『マナ様のヴィセ国』の文字信号が夕暮れのヴィセ国に浮かび上がる。
「あ~も~、皆・・・」
それでもこんなに綺麗な城塞都市ヴィセ国は初めて見た。
マナは終戦を知らせる身にまとった緑のマントを外して投げた!
緑のマントが風になびいていく。
「本当に、皆無事でよかった・・・」
マナの瞳から兵士達への三十六色の安堵の涙がやっとこぼれた。
「ありがとうござ・・・」
後に詰まった言葉は、王女として最敬礼のお辞儀で示した。
―――――――――――『怪盗ウーメレの旅路』 第二話「マナ達からの奇襲返し」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます