第三話「何があっても・・・」
「怪盗ウーメレの旅路」 第三話『何があっても・・・』
「カーシャ軍の作戦は終わっていない」
書庫にいる全員の意見をマナは開口一番に言った。
ヴィセ国民と全兵士達に終戦を告げる“三十六の花火”と“ヴィセ国王室のマント投げ”による『完全勝利』を告げたマナは、全員の命の無事を確認出来て、自分達の作戦は何とかカーシャ軍の包囲網に通じる事が実感したその半時後に、書庫に作戦に関わった要人を集め、そう言った。
書庫の中には今までの書庫の兵士であるローク、シェラ、バク、キュード、ケル、バルクと、ヴィセ国大騎馬隊最高司令官のブルスと副司令官のガラもいた。その全員がマナからの命令を受けた本当の『絶海のヴィセ作戦』」の内容通りに戦況が進み、そこから大騎馬隊にマナが下した命令の、
『目標打破後、次の作戦行動へ直ちに移れ!』
という命令。
そう、初めからカーシャ軍の動きは不自然極まりなかったための命令だった。
マナはまたいつもの書庫でこれからの自分たちの任務について考えなければならない部分があった。
「まずは改めて、今までの状況と確認をしていくわね。まず、カーシャ軍の包囲網は広大なヴィセ国の全方位から現れた。なら、どれ程の兵数がいてもカーシャ軍にとってその包囲網の厚さは薄くなる。何処かを突破されたら相手の、つまり私達ヴィセ軍の兵士達に後ろを取られて、そこから済し崩しに、包囲網を形成しているカーシャ軍の兵士達は壊滅してしまう。けれど事実、ヴィセ国の全方位を包囲する陣形を取り進軍した。なら、その包囲網自体が危険を伴ってでも別の目的がある筈よ。普通なら城塞に囲まれた国や都市を攻め落とすには“城塞内の国や都市を消耗させる”持久戦や長期戦に持ち込まないと攻め落とす側にもかなりの犠牲と負担がかかる。何せ文字通り“城塞で覆っている鉄壁の国や都市”は防衛戦になると、内側の人達全員が何年も補給なしで暮らすことになり、やがて絶対に何もかもが底をついて飢餓で果てるか降伏する事になる。それはどんな城塞を持つ国や都市も同じね。なら、考えられるのは城壁の内部に侵入する為の持久戦、長期戦以外の手段を考えた上での進軍。ならもう『包囲網自体が囮』でしかないわ。実際、包囲網が完成して間もなく同時刻にヴィセ国に対しての進軍が開始され、やはり『あっけなくカーシャ軍の包囲網は敗北をしてみせた』という事実を作り、『囮の中』か『囮とは別の場所』にいる“本当の目的を持つ者”がいるのは確かになったわ。だから、カーシャ軍の進軍は余りにも無謀な速さだった。そのため私達はあえてその『囮』役の兵士達をヴィセ国の中に引き入れ、まずは『囮の中』の“本当の目的を持つ者”を動き易くして見極める事にした。ここまではこちらの作戦の“前半”よね?」
「はい」
「ええ」
「なら、次は“後半”に移りましょう。まずは予定通り、ガラにヴィセ国の城壁の外側の偵察をお願いするわ」
「了解です」
「ブルスはヴィセ国内の全ての井戸や大量備蓄倉庫、武器・防具倉庫とヴィセ国民の警護をお願いするわね」
「了解」
ここでマナはヴィセ国の地図を、よいしょ、と広げて、
「ロークとシェラとバクは私とここにいてもらうわね。そしてキュードとケルとバルクは一組になって、順番に『ここ』と『ここ』に向かって。その後は『こっち』と『そこ』と『ここ』。目視出来たら、殺さないで動きを止めて書庫に連れて来て。理由はその時にきちんと話すから」
シェラとバクが思わず身を乗り出して、
「マナ様危険です! この書庫だけは!」
「この城内深部まで連れて来させるだけでもかなりの危険が伴います! それにその後はどうなさるのですか!」
シェラとバクが口を揃え、荒あげて言うと、
「なら、代案をお願い。本当にもう時間がないの」
マナはこうしている間にでも“本当の目的を持つ者”がどうしているかが気がかりだった。いや、本当に気がかりなのは目的の後だ。その時には今度こそヴィセ国は終わりだからだ。それは意図する目的の結果ではなく”ついでに起きてしまう事態”だ。
「この書庫の中ではマナ様が作戦指揮官だろう?」
ロークは、シェラとバクにそう言って、俺は最後までこの方を信じる、と目配せをした。
シェラとバクも今から代案と言われたら返す言葉がない。それに考える時間すらない。
なら、自分達の主君であり、指揮官のマナにもう言うべきではない。
何よりたった今、マナには自分達、近衛兵がいるように言われたばかりだ。
「キュードとケルとバルク? もう一度、場所を確認してもらってもいい?」
三人をマナは確認させる為に、四人で地図を見ながら、
「まずは『ここ』、その次は『ここ』。それから『こっち』と『そこ』と『ここ』。間違えてないでね?」
キュードとケルとバルクは、このヴィセ国の兵士としては日が浅い。けれど、任務は任務。しかし範囲としては広いが野戦では狭い程の範囲だ。とにかく位置を頭に叩き込んで、お互いで確かめた後、
「了解です」
「自分も了解です」
「了解」
そう言うと、
キュード、ケル、バルクは、武器と防具等の装備品の最終確認を始めた。三人にとっては三人のみでの、初のマナからの勅命の為、緊張の面持ちで一つ一つ確認を行っている。なにしろ正規軍として、初めてのたった三人での任務。どうしても手から滲み出る汗が、焦りと、もどかしさと、それが自分への苛立ちとして出てしまう。任務に集中しなければいけないというのに・・・。
その時ブルスが静かに三人に歩み寄り言った。
「落ち着け。その汗なら、任務は確実に成功する。安心しろ」
ブルスはまず一言そう言うと、その後を続けた。
「その汗はもともと何かに立ち向かうために不可欠な汗だ。もし皿のような滑る手足なら、手にした武器を戦いの中で不意に手放して落としてしまう。だが、もう一度その汗を見ろ。手に取った武器がその汗で手に密着するのを助けてくれる。その上で武器を握りしめれば、もうお前達から武器が離れる事はない。もちろん足に関しても同様だ。人々は狩猟で食いつながなくては生きていけない。一旦、汗をかいている裸足で土を踏みしめている自分を想像しろ。手汗と同様に大地に踏みしめた足は、確実に全身を支え、思い通りの体勢を可能にしてくれる。その汗は、お前達がもうすでに勇敢に目標に立ち向かおうとしている戦士の現れだ。思う存分、戦え。戦場でいつも援軍がいると考えるな。諦めかけたら、諦める事を諦めろ。それなら、常に自分ができる限りの事が必ず浮かんでくる。それが『戦場で先を読む』という事だ。そして生きて帰って来い。それが戦場で唯一生き残れる戦士の姿だ」
ブルスはそう言うと三人のそれぞれの目を見ながら、肩を一人ずつガッシリと数回叩いた。そしてまた、出入り口に静かに張り付いた。
もう三人の迷いは消し飛んでいた。不思議だ。体中の微かな震えと共に、心まで自分が落ち着いている。大騎馬隊最高司令官という存在とは、このような冷静さをしっかりと教え込む事ができるのか・・・。やはり戦場で一番前で兵士達を率いて戦う存在は、後から続く兵士達に微塵にも恐怖を感じさせないで全力を引き出す事ができる存在と言う事か・・・。野戦育ちの三人には”任務に向かう確かな勇気”しかもう感じ無い。
もうあとは作戦開始の合図を待ち、行動あるのみだ。
ずっと地図を前にしていたロークが、口を開いた。
「一つだけ質問をさせて下さい」
「ええ、いいわ。何かしら?」
ロークが眉を寄せて、
「なぜこの五か所にその“敵“がいると絞れたのですか?」
「? ローク、私は“敵”だとは一言も言ってないわよ? それにその五か所しかありえないから」
ブルスも同感だった。もともと”その五か所”以外はどうでもいい・・・。
・・・いや、何か妙だ。・・・何か見落としている。何だ?! 違和感がある。
マナとブルスは同時に、ハッ!と目を合わせた。 二人はしまった、と思った。
「もう、始まっている!キュード、ケル、バルクはこの五か所にとにかくすぐに向かって!お願い! もうすでにヴィセ国が危険なの!」
野戦育ちの三人も感づいたようだ。あまりにも不利だが、自分達の”野戦経験”の本能が目覚めた。 この三人同士だから出来る事がある。
シュィィィィンンン!
―――――――その場で全員の動きが凍った・・・。
『断罪の剣』と言われる、冷徹な”斬れ”の王家の剣の音だ。
マナがその場で、すでに自らの剣を抜いていた。なにしろ王家に伝わる『断罪の剣』はマナでも扱えるほど軽いが、そのあまりの鋭さはもう何千年とヴィセ国ではもう造ることが出来ない、王家の中でも”真の剣の後継者”のみが手にする事を許される剣。それはどんな近衛兵達でも唯一恐れ慄く、”後継者”以外では危険過ぎる剣だった。
その剣の“後継者”たる剣の使い手のマナが気づいたら抜き切っていた。
その拍子でヴィセ国の地図が半分にサラリと落ちた・・・。
―――――ヴィセ国の緊急事態。 そう全員が理解した。
「今からでも遅いかも知れないわ! 全員、武具を持ちなさい! 今から散り散りでも戦うわよ! キュード達三人は全速力でこの五か所向かって! 今度は私も戦うから!」
「マナ様?! それだけはお止め下さい!」
「もう遅い! 例えヴィセ城が崩壊してもいい! いいからこの場全員での総力戦よ!」
「ヴィ、ヴィセ城が?!」
「私だって言いたくもない!口にもしたくない事ぐらいあるわよ!でもこの時点で、もう止められるかわからない程、ヴィセ国が危険なの! お願い! 外に出たらこの五か所に三人は向かって! ロークとバクは私と来て一緒に戦って! シェラはヴィセ国内に、ヴィセ国民と負傷したカーシャ軍の全員を城壁の外側に避難させる合図をしたら合流して! ガラは命令変更! 避難者全員の安全の確保に当たって! ブルスは部下全員とで命令保守!」
マナは目に涙をにじませながら叫んだ!
「この作戦の条件はたったの一つよ! 『敵味方共に、誰も死亡者は出さない』事。 これは私からのお願い。 みんな、いざとなったら生き残って避難して。 いい? 誰一人として死ぬことだけは許さない!」
その言葉でブルスはシュッ! と、剣を抜いた。自分はこのヴィセ国全ての生命線の死守だ! 抜いた自らの剣を睨み込む。この剣に賭けてヴィセ国をお守りする!ブルスはそう決意し、号令するようにマナを見据えた。
マナは、二度と帰れないかもしれない”自身の部屋であり、故郷でもある”書庫室を一度だけ見つめ、
「(本当に、今までたくさんの事を教えてくれてありがとう・・・。ここにいさせてくれて嬉しかった・・・また来るからね!)」
マナは振り返ると、一度だけ深呼吸をして『断罪の剣』のみを手にして、その場全員に向き返り、一人の少女として力なく言った。
「・・・・ローク、いえ、貴方が最初だったわね。私に『間違わない人だ』と言ってくれたのは・・・今の私、どう思う?」
マナはロークを見て聞いた。
「お変わりません。変わる筈がないんです。マナ様は。『どんな罪人も、悪人も、善人も、民も、兵士も、そして王族や権力者も、一人に宿る命はたった一つ。誰かが奪う為のものでも、失くす為のものでもない。生きる為だけのものが、その命というもの。命には上も下もないのだから』というお言葉が言える人はマナ様以外にいらっしゃいません。普通は簡単に人を憎んでしまう事もあるんです」
「・・・憎む、というのが、よくわからないだけなのよ・・・」
「ならやはり、お変わりありません」
「・・・こんな時だから、みんなにも、いいかしら? 私の気持ちを聞いて欲しい」
マナの震える声が、全員に沈黙を与えた。
その時のマナの、司令官としての、そして一人の人としての、一人の少女の悲しい叫びが全員の心に響いた。
「なぜ、敵とか味方に分けてまでして、人を殺したり、殺させる時間が歴史なのかしら?私は、誰かが目的の為だとか言って、他人の命を勝手に絶とうとするなら、その他人を私が私の目的の為に守りたい。例え、宣戦布告だろうとその後の時間には『そもそも戦争とは何の事だ?』と後々の人達が言えるようにしたい。『戦争』という勝敗を決めるためだけに、何物にも代えられない『命』ばかりを使わせたくないだけなの。書庫室に来てから、その事しか私は考えていないだけだった。だけど、誰かが考え、決断を下し、ヴィセ国を守らなければ、他の誰かが必ず死んでしまう。だから、最初から『人を殺す』事など断じて許さない作戦を必死に考え抜いた。それだけ。結局今はそれだけしか、思い出せない。”あの五か所”には、それぞれただ事情がある、困っている人達だけがいるの。だから、助けないといけない。それぞれが何をどうするかを話していたら遅いの。だから、この書庫に集めたら最適だと思ったの。それに最初から、誰一人として死なない、いえ、『誰も死んではいけない策』しか、私も考えたくなかったのはその為。もちろん、私達の意志としてね。あとね?」
マナは顔を上げて強いるように微笑みながら、一粒の涙と共に、声をかけた。
「みんな気が付いてる? 今、ここには私が頼りにしている、ヴィセ国での最高の実力を誇る兵士しかいないのよ?」
全員お互いを見合った。言われてみれば、ヴィセ国でのあらゆる対処ができる近衛兵達、傭兵として戦場での野戦戦略でどんな酷い扱いでも生き抜いてきた兵士達、ヴィセ国大騎馬隊最高司令官と副司令官、そして全ての兵士達の君主であり、カーシャ軍の包囲網を一日で誰も死なせずに崩した作戦考案者の長である最高司令官、マナ。
――――――そう、何がどうあってもマナから信頼されている自分達と、もう誰も傷つかない“結果”しか出さない君主が、目の前にいる。
そして、その君主たる司令官は『間違わない人』だと思ったことも。
フゥ、とマナは溜息をつくと、もう一度だけ、書庫の空気をスーッと吸い込み、
「みんな、いい! 全員! 出撃!」
書庫のあらゆる角度の抜け道を駆け巡り、マナも書庫から消えていった。
書庫にはマナ以外、耳に届かない程の微かな鋭い音だけが聞こえてきた。
-----------お願い! みんな、お願い! 何があっても生きて帰ろう?
それだけを望んだ、マナの涙のたった一粒が、マナの部屋で故郷の書庫の床に残されていた。
次第に、小さな書庫の窓から主の一粒の涙を、夜の終わりを告げようとする明かりが乾かしていた。
もうすぐ、夜明けだ。
『お願いだから、せめて死なないで・・・! そして帰ろう? また”ここ”に・・・!』
マナ達の『命の為の戦い』が、照らされていく。
怪盗ウーメレの旅路 第三話「何があっても・・・」
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