3-8 ホムンクルス、ついに買われる!!(1/2)

「3号よ。改めて聞いておくがクロースルとホムホム、そのどちらに買い取られたいかの答えは出たかの?」


「……すみません、決められませんでした」


朝、メモリアの広場に集まった観衆の中心にはゴーツ、クロースル、ホムホム、そして3号の四人がいた。


そしてゴーツが3号に対して昨日と同じ質問をしたが、3号の答えは昨日と同じだった。彼女は一晩中そのことについて悩んだが、結局答えを出すことは出来なかった。


「まあ、事が事じゃからな。仕方があるまい。そしてこういう時のためにこの町には決闘があるのじゃから」


 答えを出すことの出来なかった3号にフォローを入れたゴーツは、クロースルとホムホムへと向き直った。


「さて、3号の意思確認は済んだが両者決闘の前に何かしたいことはあるかの?」


「……すみません。決闘の前に少しだけ3号さんと話をしてもいいですか?」


 ゴーツが決闘前にしておきたいことを尋ねるとクロースルは、3号との話を要求した。


「昨日は3号がホムホムとところへ行ったきりじゃったからな。儂はいいぞ。ホムホムと3号はよいかの?」


「はい」


「いいですわよ」


 昨日からまともに話も出来ていなかったため、クロースルの要求をその場の全員が呑み込んだ。


「ただ、決闘までの時間が惜しいので、なるべく短めで頼むぞ」


ゴーツが指を弾くと、クロースルと3号の周囲を黒い結界が取り囲み、外からでは中の様子は分からなくなった。


「……3号さん」


「クロースルさん、すみません! あなたは私のためにこれまでずっと大変な思いをされていたのに私はあなたのことをすっかり忘れていました」


 言葉を言い淀んだクロースルが次の言葉を続けるよりも早く、3号は昔会ったことを忘れていたことを謝罪した。


「いや、いいんだ。あの時の事は自分ながらに無茶を言ったと思うし、会ったのもあれきりだった。だから覚えていなくても仕方ないし、見た目も全然違うから気づかなくたって仕方ないよ」


 謝られることにクロースルはひとまず3号をなだめた。


「……自分はあの時、君をかわいいと思ったし、君が欲しいと思った。その気持ちは今になっても変わらない」


「クロースルさん、私……」


「……と、悪いがそろそろ決闘を開始したいのじゃがよいじゃろうか?」


「……」


「……分かりました」


 3号が何かを言いかけたが、そこで決闘前の二人きりの会話は中断されることになった。


「…………さて、それでは時間も丁度良いので決闘を始めようとしよう。クロースルVSホムホム。決闘開始!!」


 話し合いの結界を解除したゴーツは早々に決闘空間の準備を開始した。そして準備を終えるとすぐさまクロースルとホムホムを決闘空間へと転送した。


____________________



「……ここが決闘空間ですか。思っていたより違和感がありませんのね」


「ああ、元の空間に干渉しないのと戻る時には何もかも元に戻る以外は現実と変わらない」


「そうですか」


 決闘空間内の感覚を確かめるホムホムとそれに補足するクロースル。二人は言葉を交わしながらも戦闘態勢を崩さなかった。


「始める前に少しだけお話をしてもよろしいでしょうか?」


「別に構わない」


「ではお言葉に甘えて頂きます」


 クロースルの返答にホムホムは、スカートの裾を摘まみながら丁寧にお辞儀をした。


「8年前、お姉様を買ってくださるといっていただきありがとうございました。忘れられていましたが、一時とはいえあなたの言葉がお姉様の救いになったのは確かです」


 ホムホムの言う通り、クロースルの言葉がなければ3号の精神はもっと早くに限界に達していた。そのためホムホムはクロースルに対してとても感謝をしていた。


「それに加えてあなたやこの町の皆さまのおかげでお姉様は変わられました。その事にも大変感謝をしております」


「そうか。それは良かった」


 ホムホムの続く言葉にクロースルは静かに頷いた。


「ですが、お姉様を一番に想っているのは私です。お姉様が欲しいというのならば、私を倒していきなさいませ!」


 そう言うとホムホムは一転、戦闘態勢を取った。


「……もちろんだ」


 そしてそれに合わせてクロースルの道具の持つ手にも力が入った。


「いくぞ!!」


「ええ!!」


 そしてついに3号を巡る二人の戦いの火蓋が切って落とされた。


「くらえっ!」


 先手を打ったのはクロースルの方だった。ホムホムが接近するよりもクロースルの爆弾が早く、そのままクロースルは絶え間なく爆弾を投げ続けた。


「……どうだ?」


 爆弾を息切れするほど投げ続けたクロースルは、爆弾による黒煙をじっと見つめていた。クロースルが投擲した爆弾の総量は下手な建造物であれば跡形もなく消し飛ばせる程の火力だった


「……もう終わりでしょうか?」


「……!?」


 しかし、煙が晴れるとそこには少しメイド服が汚れた程度でほとんど無傷のホムホムが立っていた。それは決着がつかないまでも、多少のダメージは与えたと思っていたクロースルにとって予想外のことだった。


「すみませんが私も色々と使わさせていただきました」


 ホムホムがクロースルの絨毯爆撃を防ぐのに使った道具は、ゴーツに喧嘩を売る可能性から持ち込まれた代物で、本来は対個人で使うようなものではなかった。しかし、クロースルの過剰な物量攻撃には少々足りないくらいだった。


「それでは今度はこちらから行きますわよ!」


 その直後、ホムホムは全速力でクロースルに詰め寄った。


「はあ!」


「……くっ!」


ホムホムの障壁を纏った拳がクロースルに迫り、クロースルはそれをいつもの近接用の鉄棒で受け止めた。しかし、ホムホムの圧倒的な膂力の前に鉄棒は弾き飛ばされてしまった。


「さあ、さあ、受けるだけで精一杯ですか?」


「……ぐっ!」


そのままホムホムは素手になってしまったクロースルに、体格差を活かした上からの絶え間ない攻撃を浴びせ続けた。クロースルの肉体は決闘前に服用していた肉体強化のポーションで強化されていたものの、防戦一方になるしかなかった。


「いい加減終わらせて差し上げますわ」


 ダメージをくらいながらも耐え続けるクロースル相手にホムホムは止めを刺そうと拳を大きく振りかぶった。


「これでお終い……⁉」


 渾身の右ストレートを繰り出そうとしたホムホムだったが、その途中で突如バランスを崩した。


「くらえっ!」


「……ごはっ⁉」


 ホムホムがバランスを崩したところにクロースルは渾身のカウンターを叩き込んだ。ホムホムはそれを障壁による防御も間に合わず、まともにくらってしまった。


「……いきなりどうして」


 ダメージを受けたホムホムは体勢を戻すためにクロースルから一旦距離を取ったが、ダメージ以上に体に違和感があった。


「……ようやく効きてきたみたいだな」


「あなた、まさか毒を……」


 一方でクロースルは息を整えながらホムホムの様子を見て笑っていた。それによってホムホムは先ほどの爆弾投擲の中に毒が紛れていたことに気がついた。


「ああ、解毒剤が効くギリギリまで使ったのにホムンクルスには効果がないのかと焦ったよ」


 クロースルが使った毒は人間では一分もせず倒れる程度には強力なものだった。しかし、ホムンクルスであるホムホムには効きが悪く、多少ふらつく程度のものだった。


「……やってくれましたわね」


「軽蔑したかな」


「いいえ、お姉様のためだというのであれば仕方ありませんわ。ですがそのボロボロの体でどこまで戦えますかね!」


「やってやるさ!」


 状況確認を終えたホムホムは改めて攻撃を再開した。


「……くっ⁉」


「……がっ⁉」


二人の二度目の激突は両者痛み分けだった。

ホムホムは毒の影響に加え、先ほどのクロースルの一撃のダメージを引きづっていた。しかし、対するクロースルもホムホムの連続攻撃によって疲弊していた。


「このっ!!」


「まだまだ!!」


 ダメージを受けた二人だったが、お互い臆することなく戦闘を続けた。

最初は攻撃を受ける、躱すなどの選択肢をある程度取れていた二人だったが、次第に疲弊からほとんどノーガードの殴り合いへと変わっていった。


____________________



「二人ともよく立っていられるな」


「勝ってくれよ、ホムホムちゃん」


「勝ってくれよ、クロースル」


「この状況で賭けの心配するってどうなのよ」


「らしいといえばらしいけどな」


「女神の抱擁は如何に……」


「ホムホムといったか。素晴らしい肉体だがあれ以上鍛えることが出来ないとは嘆かわしい」


「ホム……」


「お二人とも凄い剣幕ですね」


「ああ、二人ともよくやるぜ」


 ホムホムとクロースルが泥臭い戦いを繰り広げる中、現実空間にいる観客達はそれを様々な思いで見つめていた。


「ねえ、デレーヌ。クロースルくんは勝てると思う?」


 そんな中、ケフェッチは隣にいるデレーヌに勝敗予想を尋ねた。


「……どうだろうな。お互いダメージが大きいし、どっちもいつ倒れてもおかしくない」


 デレーヌの察しの通り、二人の肉体は限界寸前でほとんど根性だけで立っているようなものだった。


「……そう。クロースルくんには勝ってほしいけど、なんていうかあのホムホムって子にも負けて欲しくはないんだよね」


 ケフェッチは付き合いの長さからクロースルの方を応援していたが、ホムホムの事情と戦っている姿からどちらにも負けて欲しくないという感情を抱いていた。


「……お前らしいな」


 相変わらず優しくて甘すぎるケフェッチにデレーヌは顔を緩めた。


「っと、ちゃんと見届けてやらないと……ん?」


デレーヌが緩んだ顔を直すため、仕切り直しに顔を軽く振るとそこには戦う二人を見てハラハラした表情をしている3号の姿があった。


「3号、二人が戦っている姿を見るのはつらいか?」


 3号の様子が気になったデレーヌはそのまま3号へと話しかけた。


「……デレーヌさん。確かにそれもあるんですけど……私、まだ悩んでいて……クロースルさんもホムホムも私のために頑張ってくれて……そのどちらかを選ぶ。いえ、どちらかを切り捨てることなんて出来なくて……」


 デレーヌの言葉に3号はたどたどしく心境を吐露した。3号にとってクロースルもホムホムも大事な相手で、そのどちらかの思いを無下にすることは出来なかった。


「……3号。お前は優しすぎる」


 3号の言葉を聞いたデレーヌは小さなため息をついた。


「どういうことですか?」


「お前が二人を傷つけたくないいと思う優しさはお前のいいところだ。だけどたまには自分の気持ちに素直になってみろ」


「……自分の気持ちに素直に、ですか?」


 3号はデレーヌの言葉を復唱した。


「ああ、そうだ。お前が一緒にいたいと思ったのはどっちだ?」


「……一緒にいたい、ですか」


「ああ、恐いかもしれないけど一歩前へ踏み出してみろ。……まあ、薬に頼った私にこんなことを言う資格はないかもしれないけどな」


「いえ、そんなことありません」


 続くデレーヌの助言には薬に頼った自虐が混じっていた。しかし、それが薬の力ではないと知る3号はそれを強く否定した。


「そうか? まあ、それは良いとして3号。改めて考えてみろ。クロースルとホムホム、そのどちらと一緒にいたいか。そうすれば答えは出るはずだ」


「……はい!」


 デレーヌの言葉に3号は改めて考え始めた。


____________________



「……はあ、はぁ。いい加減限界じゃありませんこと?」


「……なんの、3号さんのためならまだまだ」


 3号が答えを出そうと思案する中、決闘空間では十数分も殴り合ったホムホムとクロースルはお互い満身創痍だった。


「「……3号(お姉様)は俺(私)の物だー(です)!!」」


 二人は3号への想いを叫びながら、残っていた全身全霊の拳を繰り出した。


「がっ……」


「ぐっ……」


激突の結果は相打ちで、力を使い果たした二人ともその場に倒れこんだ。


「……まだだ、まだ」


「……お姉様」


 二人は立ち上がろうとしたが、なかなか立ちあがることが出来ずにいた。


『クロースルさん!』


 そんな時、本来聞こえないはずの3号の声が決闘空間内へと届いた。3号が悩みぬいた末に選んだのはクロースルだった。


もっともこれはクロースルが3号を想う気持ちがホムホムと遜色のないほど強く、ここまで粘ったからに他ならなかった。


「……3号!」


「……お姉様」


 その声にクロースルはなんとか気力を振り絞って立ち上がり、ホムホムは完全に力を失い地に伏せた。


「決着―! 勝者はクロースル!」


「うおおおお!」


「しゃあ!」


「……良かった」


「ホム!」


「うむ、両者いいおっぱいであった!」


 決闘の決着と同時に現実空間に戻って来た二人に観客達は大きな声援を浴びせた。

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