3-7 決戦前夜

「お姉様~♪」


「どうしてホムがここに……それにさっきクロースルさん……」


 クロースルの告白と突然の闖入者ホムホムによって酒場は混沌としていたが、その渦中にいる3号は特に困惑していた。そんな時、パン!と手を叩いた音をきっかけに騒々しかった酒場は一瞬にして静まり返った。


「……誰?」


「……誰だ?」


「どうしてあなたがここに?」


 酒場にいた全員が音の主の方を向いた。しかし、いつの間にか酒場にいたその人物のことを知っている者はホムホム一人しかいなかった。


「……っと、ホム。待ちぃや」


 そんなタイミングでミナミが遅れて酒場へ入って来た。


「またおっぱいだ」


「……でかい」


「……はあ、今日は厄日か」


「……先ほどに比べると大きさは劣るがそれでも十分な大きさ……100万点」


 新たなる闖入者であるミナミを見て酒場の面々が次々と反応した。常に傍にホムホムという規格外がいるせいで目立ちづらいが、ミナミも十分規格外な胸囲の持ち主だった。


「……あっ、ホム……って、あれ? なんでサブはんがここにおるんや⁉」


 注目の的になりながら目的のホムホムを見つけたミナミだったが、その視線はすぐにサブへと向けられた。


「あっ、ミナミ。私にもどういうことなのかさっぱりで……」


 メモリアへの出発の際に見送りまでしていたサブがいることにはホムホムも混乱していた。


「……それじゃあそろそろ種明かしといこうか」


 サブがそう言うと彼の服を含めた全身が粘土のように歪み始めた。


「……では改めて名乗らせてもらうとしよう。サブとは仮の姿。その正体はこの町の長、ゴーツ・ゴーマンじゃ」


 姿を変えたサブ、もといゴーツは改めてホムホムとミナミに挨拶した。


「……は?」


「なんやて?」


「……つまりどういうことだ?」


「俺に聞くな」


「とりあえず説明を頼む」


「一体何がしたいんだ?」


 その突然の暴露には、当の二人はもちろん周囲もついていけていなかった。


「そうじゃな。説明といこうか……と、その前に!」


 ゴーツは再度、両手をパン! と叩いた。


(……これはなんですの⁉)


(なんやこれ⁉)


(……⁉)


(なんだこれ……)


(……動けねえ)


(我でさえ指一つ動かせぬとは……やはり恐るべき術者よ)


(ロマン様……恐いです)


(……すまない。ラブ。私としたことが不甲斐ない)


(吾輩の筋肉が通用しない……?)


(……特に悪意はないみたいだな)


(全く乱暴なんだから……)


 その直後、酒場にいた全員が金縛り状態にされてしまった。


「急ですまんが何度も説明したり、途中で話が脱線しては敵わんのでな。なるべく簡潔に状況を説明するので少しだけ辛抱してほしい」


強引に話をする場を整えたゴーツは酒場の皆に謝罪をすると、今までの経緯の説明を開始した。


「今から8年前、一人の少年が一人の少女に一目惚れをした」


(……ちょっと待った!)


 ゴーツの言葉にクロースルは誰よりも早く話の内容に気づいた。しかし、金縛り状態のため声を出すことも出来なかった。そもそも金縛りの理由の大半は話の途中でクロースルが暴れないようにするためのものだった。


「そしてその少女は普通の人間でなく、ホムンクルスで中々自分が買われないことを気にしておった。少年はそんな彼女のために、お金を貯めて彼女を買うことを決意した」


(……!!)


(ホムンクルスって3号ちゃんのことだよな!)


(さっきのことを考えると少年っていうのはクロースルのことか)


(……くっ、こんなところに3号ちゃん目当てのライバルがいたなんて)


(……ああ、そういうことだったのか)


(う~ん、この外道)


(……)


 話が進むごとに少しずつ少年と少女が誰のことなのかを察する者が増えていった。秘密をばらされたクロースルは、恥ずかしさのあまり赤面していたが体を動かせない現状ではそれを隠すことすらできなかった。


(クロースルさんがあの時の……)


 そして3号も、8年前に出会った少年がクロースルだということに気がついた。


「というわけでクロースルが金を稼いでいる間、儂もちょくちょくサポートをしておったのじゃが、ここでもう一人役者が加わることになる」


 ゴーツは話しながらホムホムの方へと振り向いた。


「妹として造られ、買われるまでの間を共に過ごし、買われた後も姉のことを気にかけていた彼女はずっと姉が買われることを願っておった。しかし、中々買い手がつかない事態に彼女は自分が買うという最終手段を取ることにした」


(……)


 内心を勝手に語られたホムホムはゴーツに苛立ちを覚えていた。


「なので儂はそちらの金策にも先ほどのサブという分体を使ってサポートをすることにした」


(オトンの差し金じゃないっぽいから怪しいと思ってたけどそういうことやったか)


 ゴーツの言葉に、内心サブのことを怪しんでいたミナミは合点がいっていた。


「そんな二人の思いをこんな状況で暴露するのは控えめに言って最低だと儂も自覚はある。じゃが、公平を期すにはこうするべきと儂は判断した!」


(……そうか?)


(ゴーツさんはこういうところがなあ……)


(まあ、言いたいことは分からなくもないけど)


(いや、でもなあ)


(理屈自体は分かるけど……)


 ゴーツの明かした真相を周囲は理解出来たが納得はあまりしていなかった。また、ゴーツは語らなかったが、両者を手伝ったのには3号の精神が完全に擦り切れないようにするためという意図もあった。


(本当にこの馬鹿はさあ……)


 ゴーツの言動にため息をつく者の中にはエローナの姿もあった。しかし、彼女がため息をついた理由は周囲とは異なっていた。


ゴーツからその意図も聞いていた彼女がため息をついた理由。それはゴーツが意図を語らなかった理由が『3号に負担をかけないため』、そして『ゴーツが周囲から一定の距離を取られるようにするため』だったからだ。


「そんなわけで3号よ。ここにお主を買いたいというの者が二人おる。お主はどちらに買い取られたい?」


「えっ……そんな急に……あれ、喋れる⁉ …………えっと」


 説明を終えたゴーツは3号のみ金縛りを解除した。急に金縛りの解けた3号は、一瞬驚いたがすぐにゴーツの質問について考えこみ始めた。


「……すみません、決められません」


(……3号さん)


(……お姉様)


 3号はしばらく考えたが答えを出すことが出来なかった。


「そうか。まあ、こんな急では仕方があるまい。と言うわけで3号の処遇は明日の朝、クロースルとホムホム、両者の決闘によって決定することとする。そして儂は逃げる!」


ゴーツは3号を賭けた決闘の宣言をすると消え去った。


「おっ、動ける」


「あ~、窮屈だった」


「言うだけ言って逃げたな」


「あれ、そういえば換金は?」


「急なこととはいえ不覚。まだまだ鍛錬が足りませんな」


「すまない。ラブ、君を守れなかった」


「いいえ、ロマン様。怪我とかはないですし、私は大丈夫です」


 ゴーツが消えたのと同時に金縛りが解け、動けるようになった面々はそれぞれ体の感触を確かめたり、先ほどのゴーツの話に思いを巡らせていた。


「……」


「クロースル、大丈夫か?」


「まあ、こうなるか」


「かわいそうに」


「事情は分かったけど、不憫な……」


 そんな中、向き直った一同の前で長年の秘密を暴露されたクロースルはグロッキーになっていた。


「……私は一体どうしたら」


 一方で3号は先ほどの質問にまだ頭を抱えていた。


「お姉様!」


「ホム!」


 そんな状態の3号をホムホムは不意に抱き上げた。


「ちょっと待った!」


 抱き上げられた3号に反応してグロッキー状態だったクロースルが復活し、ホムホムへと駆け寄ろうとした。


「心配なさらなくてもこのままお姉様を連れ帰ったりはしません。少しお姉さま分を補充するだけですわ」


「……お姉様分?」


 突然のお姉様分という胡乱な言葉にクロースルは体と思考が停止してしまった。


「クロースルさん。大丈夫です。この子、昔からこうなので……色々とお話したいことはあるのですけど今晩はこの子と一緒にいさせてください」


「……分かった。こっちも気持ちの整理をしておくよ」


 3号の言葉にクロースルは渋々了解した。


「ではお姉様、行きましょう」


「ほな、また明日~」


 こうして突然現れた3号の妹ホムホムとその主のミナミは3号を連れて酒場を後にした。それによって酒場は先ほどまでの喧騒が嘘のように静かになった。


「よし、それじゃあクロースル。さっきの詳しい話を頼むぞ」


 静かになった酒場でライがクロースルに向かって詰め寄った。


「……はい?」


 その言葉に3号が去っていなくなってしんみりとしていたクロースルは真顔になった。


「そうだな」


「よろしく頼むぞ」


「ぜひぜひ」


「今日の酒の肴が決まったな」


 便乗した酒場の面々はクロースルが逃げられないように周囲を囲い始めた。


「くっ……!」


 酒場はほどなくして再び喧騒に包まれた。


____________________



「お姉様~♪」


「……もう、ホムは本当に相変わらずね」


 クロースルが地獄の質問攻めにあっている頃、3号は宿を取ったホムホムに抱き着つかれ、お姉様分を補充されていた。


「だってしばらく遠征していたからお姉様と会うの久々だったんですもの~♪」


 ホムホムは3号を抱きながら自分の体に擦りついた。体格差ゆえにそれはまるで猫を抱いているようだった。


「……ホム、私のために頑張ってくれたんだよね。ありがとう」


 遠征の理由が自分のためとは知らなかった3号は、改めてホムホムの頭を優しく撫でた。


「いえ、お姉様の今までの頑張りに比べればなんのことはありませんわ。まあ、こんなことになるとは思ってもみませんでしたけど……お姉様もあの方があの時の少年だということは知らなかったんですわよね?」


「……うん、まさかあの時の子がクロースルさんだったなんて……そもそも私、最近まですっかり忘れていたし、今回のこと関係なくなんて話せばいいんだろう」


 ホムホムの言葉に3号は改めてクロースルのことを思い浮かべ、あの時の少年だと今まで気づかなかったことに頭を抱えた。もっとも、会った時間、経った年月、その間の3号の精神状態を鑑みれば忘れるのも無理はなかった。


「……お姉様」


「ホムー! 入るで~」


 3号が悩み、更にそれを見たホムホムがどう声を掛ければいいのか迷っていると隣の部屋に宿を取ったミナミが荷物の整理を終え、二人のいる部屋の扉をノックした。


「あっ、ミナミ。どうぞ」


 ミナミを出迎えるため、ホムホムはようやく3号から離れた。


「邪魔するで~」


「どうもミナミ様、改めて初めまして。いつもホムホムがお世話になっております」


「これはどうもご丁寧に。ミナミ・アキンドや。正直、世話になってるのはウチの方やと思うわ」


 部屋に入って来たミナミに対して3号は改めて挨拶し、ミナミも挨拶を返した。ミナミが言う通り、ホムホムはミナミが6歳の頃から世話係と護衛とおっぱい係と友人を掛け持ちしていた。


「改めて間近で見ると3号お姉さんはほんまちっちゃくてかわええn……むぎゅ⁉」


「こら、ミナミ。お姉様にそういうことは……」


 3号に対して小さくてかわいいと褒めようとしたミナミだったが、その口はホムホムによって塞がれてしまった。


「ああ、そうやった。そうやった。ごめんな、3号お姉さん。そういうこと気にしとるんやったな」


「わざわざ言わなくていいですわよ」


「大丈夫です。ミナミ様に悪気がないのは分かっていますから」


 3号は一言多いミナミの言葉を特に気にすることなく、笑顔で返した。


「おおきにな」


「……お姉様」


 3号の言葉にミナミは素直に感謝を述べる一方で、ホムホムは悪気がなかったとはいえ今の言葉を全く気にしていない様子に衝撃を受けていた。


「そういえば勢いでついてきちゃったけど、一旦部屋に帰って荷物を持ってきてもいいかしら?」


「もちろんです」


 3号のお姉様分を十分に摂取したホムホムは、3号の一度部屋に帰りたいという要求を受け入れた。


「ついでだから何か食べ物も持って来るわね」


「そういうことであれば私もお供します」


 続く3号の言葉にホムホムも荷物持ちを志願した。


「そう。なら手伝ってもらえると助かるわ」


「……お姉様。……変わられましたね」


 3号の返事は一見普通のものだったが、コンプレックスからなんでも一人でやろうとする彼女が手伝いを素直に受け入れたことに、ホムホムは強い衝撃を受けていた。


「……そう、かもね。私、今まで出来損ないだからみんなよりも頑張らなきゃって衝動が抑えきれなかった。でも、ようやくそれが抑えられるようになってきたの」


 変わったことを肯定する3号には、以前にあった焦りや自虐は見られなかった。


「そうでしたか。……よければお姉様のこの町での生活をお聞きしてもよろしいですか?」


 会わない間に変わった3号に対して、ホムホムはメモリアでの生活について尋ねた。


「もちろんいいわよ。その代わり、ホムとミナミ様の話も聞いていいかしら?」


「ええ、もちろんです」


 3号はホムホムに快く応じ、ホムホムたちの遠征について尋ねた。


「ウチも、ウチも~」


 更に様子をうかがっていたミナミも便乗して、二人に抱き着いた。


「いや、ちょっと⁉ 先に荷物を取りに行かせてください」


「そうですわよ、ミナミ。少し待っていてください」


「……は~い」


 こうして3号とホムホムは二人で共に荷物回収と買い出しに行った後、ミナミを加えた三人で互いの近況を夜遅くまで語り合った。

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