3-2 伝えられた想い(2/2)

(……ふう、落ち着け、私)


 時は流れて現在、勇気の薬プラセボを飲んだデレーヌはケフェッチの部屋の前にいた。


(今を逃したら次はない。……行くぞ!)


 深呼吸を終え、意を決したデレーヌは部屋の扉をノックした。


「はい、どなたでしょうか?」


「……私だ」


 扉の反対側からはケフェッチの間延びした声が帰って来た。一方で勇気の薬を飲んだとはいえ緊張が収まらないデレーヌは震えた声で言葉を返した。


「デレーヌ? こんな時間にどうした……顔真っ赤だけど大丈夫?」


「大丈夫だ。とりあえず部屋に入れてくれ」


 ケフェッチは顔を真っ赤にしたデレーヌを心配したが、もう引くわけにはいかないデレーヌはケフェッチの部屋の中へと歩みを進めた。


「それでこんな時間にどうしたの?」


「いや、それがな……」


 デレーヌは部屋に入ったものの、緊張から次の言葉が出てこなかった。


「デレーヌ?」


(……ちゃんとやれ、私。3号もクロースルも頑張ってくれたんだぞ)


 デレーヌはプラシーの探索に付き合ってくれた3号とクロースルの頑張りに報いるためにも気力を振り絞った。


「ケフェッチ!」


「は、はい!」


 突然のデレーヌの大声にケフェッチはその場にかしこまった。


「……お前、初めて会った時に私の髪のことで告白したよな?」


「えっ、……あっ、うん。そうだね。あの時はデレーヌの気持ちを何も考えずにあんなこと言って悪かったと思っているよ」


 デレーヌの質問にケフェッチはたどたどしく答えた。今なおケフェッチは無神経なことを言ってしまったと引きずっており、デレーヌに対して後ろめたい気持ちがあった。


「ああ、あの時の私はこんな髪のことを真剣に褒めてくれるやつなんていないと思っていた。でもあれから何日もたってお前が本心からこの髪を褒めていてくれたんだって分かったんだ」


 後ろめたさを引きずっていたのは反射的に反応してしまったデレーヌも同じだった。


「……デレーヌ」


「それが分かった時には本当に嬉しかった。今までこの髪も、目も、肌も、気味悪がられてばっかりだったら本当に嬉しかった」


 ケフェッチが以前言った通り、デレーヌの救出そのものにはケフェッチはほとんど役に立ってはいなかったが自身のアルビノ体質のことを何度も呪っていたデレーヌが立ち直れたのはそんな髪を心の底から愛したケフェッチの存在が大きかった。


しかし、その事にデレーヌが気づいた時には、ケフェッチとの間に溝が出来てしまっておりそれが今日まで続いていた。


「だから私はそんなお前のことが大好きだ。……こんな色気もなくて、面倒くさい私だけど付き合ってほしい!!」


 だが今回、デレーヌはそれをついに乗り越え今まで言えないでいた本心をケフェッチにぶちまけた。


「……駄目か?」


「……ううん、そんなことないよ。いきなりだったからびっくりしただけ」


 返答のないケフェッチに震える声で尋ねるデレーヌに、ケフェッチは首を横に振って答えた。


「……なら」


「うん、改めてよろしくデレーヌ」


「ケフェッチ!!」


「うわっ⁉」


 告白成功の嬉しさからデレーヌはケフェッチに飛びついたが、体幹の弱いケフェッチはそれを受け止めきれずそのまま押し倒されてしまった。


「……あいたた」


「悪い。つい嬉しくなって……」


 勢いで押し倒したことを謝ろうとしたデレーヌだったがその言葉は途中で途切れてしまった。


「デレーヌ、どうかしたの?」


「……キス、してもいいか?」


 押し倒したことで密着し、ケフェッチと顔が近くなったデレーヌはキスがしたいとケフェッチに許可を求めた。


「……いいよ。だって僕達、もう恋人だもんね」


 そう言いながらケフェッチは目を瞑った。


「……ありがとう」


 ケフェッチの許可を得たデレーヌはケフェッチに感謝を述べると自身も目を瞑りそのままゆっくりとケフェッチの唇に口をつけた。


(……デレーヌの唇ってやわらか……えっ⁉ 舌⁉ なんで⁉)


ケフェッチがデレーヌの唇の感触を感じている最中、デレーヌの舌がケフェッチの口内へと強引に突っ込まれた。


「ちょっと待って、まっ……⁉」


 いきなりの事態にケフェッチはデレーヌを押し上げようとしたが、それはデレーヌの体幹によっては止められてしまった。


「……デレーヌ?」


「ケフェッチ~♡」


 恐る恐る目を開けたケフェッチの前にいたのは、キスによって理性が吹き飛び、焦点の定まらない蕩けた表情を浮かべたデレーヌだった。


「……悪い、もう我慢できない~♡」


 その直後、デレーヌに僅かに残っていた理性が完全に吹き飛んだ。そして服を脱ぎ捨てると、ケフェッチへと再び圧し掛かった。

そこから先は捕食者による一方的な蹂躙と言っても過言ではなかった


____________________



「……よし、カップル成立で一件落着じゃな」


 一方その頃、クロースルの倉庫でデレーヌの告白を魔法で覗き見していたゴーツたちはその中継を打ち切って総括を始めた。


「いや、いい話風にまとめちゃ駄目でしょ、これは」


「流石にあれは止めに行った方がよいのではないでしょうか?」


 しかし、それはクロースルと3号にツッコまれてしまい阻止されてしまった。


「別視点から様子は見ておるし、本当にやばそうなら助けに入る」


「あの感じだと早めに助けがいりそうですけどね」


「正直、儂もそう思う」


「……凄かったですね」


 中継を見ていた三人が三人、ファーストキスからの流れには唖然としていた。


「これもプラシーボの効果なんでしょうか?」


「いや、あのプラセボは成分的にはいつものマナポーションと同じもの。そんな効果はない」


 デレーヌのあまりの変わりように3号は薬の副作用なのかと考えたが、ゴーツはそれをはっきりと否定した。何故ならデレーヌの飲んだプラセボは成分的にはクロースル特製のマナポーションとほとんど大差のない代物だったからだ。


「え?」


「え、それ言うんですか?」


 その種明かしに3号は驚き、クロースルは種明かしをしたことに驚いた。


「デレーヌ本人はともかく3号にまで黙っておく必要はないじゃろう」


「……それは確かに」


 ゴーツの言葉にクロースルは、少し考え同意した。


「クロースルさんも知っていたのですか?」


「……ごめん」


 クロースルは3号に大人しく頭を下げた。


「もっともクロースルもそのことを儂から聞いたのは昨日のことじゃから責めるなら儂を責めて欲しい」


 それを見かねたゴーツはクロースルのフォローもかねて頭を下げた。


「……結局、勇気の薬というのは嘘だったのでしょうか?」


「いや、嘘というわけではない。実際、それのおかげでデレーヌが告白出来たのは紛れもない事実じゃろう?」


「それは確かにそうですけど、この数日間は一体……」


「いや、それも別に無意味だったというわけではない」


「……どういうことでしょうか?」


「あの日、儂がすぐにプラセボをデレーヌに渡したところで先程のように告白できるかというとおそらく無理じゃろう。今回のようにプラセボの入手に時間と手間をかけさせることでその苦労に見合うだけの代物だと錯覚させる必要があったというわけじゃ」


「……なるほど」


 ゴーツの言う通り、何年も引きづっているデレーヌにプラセボを渡すだけでは効果が十二分に発揮されるか分からなかった。その理由にはデレーヌのこじらせ具合を知る3号も納得だった。


「とはいえクロースルと3号、お主ら二人の手と時間を取らせてしまったのもまた事実じゃ。すまんかった。……そして改めて礼を言う。これで一つ肩の荷が下りた。協力感謝する」


 計画のためとはいえ騙したことには変わらないためゴーツは改めて二人に頭を下げ、長年の案件の一つが片付いたことへの感謝を伝えた。


「いえ、こちらとしても二人には早くくっついて欲しかったですからね」


「また何か手伝えることがあれば言ってください」


「ああ、その時はよろしく頼む」


 そして元からデレーヌと仲の良かったクロースルと3号も頭を下げ返した。こうして事態は一件落着したかのように見えた……が、この会話の裏では既にケフェッチが限界寸前だったため、ゴーツの別の分体によるケフェッチ救出作戦が執り行われていた。


____________________



「デレーヌさん、おはようございます。今日も一日よろしくお願いします」


「……ああ、3号か。おはよう」


 次の日、3号がゴーツに依頼されて大浴場に向かうとそこにはデレーヌがいたがその表情は上の空だった。


「……デレーヌさん、昨日はどうでしたか?」


 3号は昨日のデレーヌの告白現場を覗いていたことは伝えず、改めてデレーヌへと尋ねた


「……ああ、でも告白は成功したんだ。ただ……」


「ただ?」


「……やり過ぎた」


「え?」


 デレーヌの言葉に3号は一言そう返すしかなかった。


____________________



「いたたたた……」


 ちょうどその頃、ケフェッチは自室にて腰をさすっていた。


「相手がデレーヌとはいえ20代でそれは体力がなさすぎると思うぞ」


「……やっぱりそうでしょうか」


 慣れていないのはお互い様だったが、肉体スペックに差があり過ぎたためケフェッチは一方的に筋肉痛に苛まれていた。


「……一応、聞いておくがデレーヌのことを嫌いになったりはしておらんよな?」


 昨夜の一方的な惨状を知るゴーツは、ケフェッチがデレーヌのことを嫌いになっていないか恐る恐る尋ねた。


「……ああ、そこは大丈夫ですよ。あの時のデレーヌの揺れる髪や下の毛はとっても魅力的でしたから」


「……お主のことを見くびっていたようじゃな」


 あんな状況でも変わらないケフェッチにゴーツは感服する他なかった。

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