3-2 伝えられた想い(1/2)
「それじゃあ行ってくるわ。今日は私も家を開けるけど絶対にここから出ては駄目よ」
「うん」
とある農村の一軒家で幼いデレーヌは母親の言葉に頷いた。
「いい子ね」
母親はデレーヌの頭を撫でると、急ぎ足で外へと出かけていった。
「……今日は何をして遊ぼう」
母親が出て行くとデレーヌは部屋の中に横になり周囲を見渡した。部屋の中には母親が用意した子供用の玩具はいくつもあったが、それらはどれも何度も遊び尽くされた物だった。
「今日はこれでいいや」
デレーヌは玩具の中から適当に一つを手に取ったが、少しすると飽きてしまい、また別の玩具に手を出した。そしてそれを何度も何度も繰り返した。それが当時のデレーヌの日常だった。
「……やっぱり一人だとつまらない」
部屋の中で一人、不満を漏らすデレーヌだったが物心がついた頃から家から出たことのないデレーヌには母親の言いつけがなかったとしても、外に出るという発想はなかった。
「……何の音?」
そんな時、デレーヌの耳に微かな物音が聞こえてきた。その音は徐々に大きくなっていき、閉じられていたデレーヌの部屋の扉が開いた。
「⁉」
「いた⁉」
「……白い髪に赤い目、噂は本当だったんだ!」
開かれた扉の向こうにいたのはデレーヌと同じぐらいの少年少女だった。この二人はデレーヌと同じこの農村の子供だったが家から出たことのないデレーヌが彼らのことを見たのはこの時が初めてだった。
「……誰?」
「喋った⁉」
「悪魔って喋れるの?」
「悪魔?」
デレーヌの言葉に少年少女は驚きの声を上げた。そしてデレーヌは少年少女の悪魔という言葉に首を傾げた。
「みんな言ってるぜ。この家には悪魔が住んでるんだって」
「そうよ。そんな白い肌に白い髪、それに真っ赤な目。悪魔に違いないわ!」
「そうなの?」
困惑したままデレーヌは自らの白い髪と白い肌を見つめた。知識人の少ないこの農村ではアルビノ体質のデレーヌのことは悪魔憑きとして扱われており、母親がデレーヌに外に出ないように言ったのもこのためだった。
「それよりまずいよ。噂が本当なら悪魔は人間の生き血が大好物のはず……」
「そういえばそうだった。急いで逃げないと」
興味本位で家に上がり込んでデレーヌを目撃した少年少女は尾ひれのついた噂を根拠にその場から逃げ出した。
「えっ、待って!」
突然のことに訳が分からなくなっているデレーヌは、分からないまま逃げ出した少年少女を追いかけた。
「うわっ、追って来た」
「誰か、助けて!」
そのまま三人は家の外に出た。そして少年少女は周りに向かって助けを求めた。
「ん、なんだ?」
「おい、あれはまさか悪魔憑き⁉」
「追われてるのか?」
「捕まえろ!」
少年少女の声に周囲の大人達が状況に気づいた。もっとも大人達が気づいたのは少年少女が悪魔憑き扱いのデレーヌに追われているという状況だけであり、それを見た大人達がどういった対応を取ったのかは言うまでもなかった。
「きゃっ⁉ やめてっ! 離して!」
すぐさまデレーヌは大人達に取り押さえられ拘束されることになった。この時、少年少女を追わず大人しく両親の帰りを待っていれば彼女の今後も大きく変わったと思われるが、少年少女幼い彼女にそんなことを求めるのは酷な話だった。
____________________
「……お母さん⁉」
デレーヌが捕らえられてから十数分後、拘束されたデレーヌの元へと母親が現れた。それまで周囲からやっかみの目で見られ泣きじゃくっていたデレーヌは母親の登場にようやく安堵した。
「何やってるの!」
そんなデレーヌの頬を母親は思い切り平手打ちした。
「……お母さん? なんで?」
「家から出ちゃ駄目って言ったでしょ! どうして出てきたの⁉」
「……ごめんなさい」
これまで母親に怒られたことのなかったデレーヌは、その剣幕に押されて大人しくただ謝った。結果的にこの母親の行動のおかげですぐさまデレーヌの一家が村から追放されるようなことはなかったが、この日を境にデレーヌ一家への嫌がらせが始まった。
____________________
「邪魔をする」
「……どうぞ」
「お母さん、その人。誰?」
「ふむ、この娘か。少し触らせてもらってもよろしいかな?」
前回の騒動から半年ほど経った頃、デレーヌの家に立派な身なりの男性が複数人の召使を連れてやって来た。その状況に幼いデレーヌは怯えて母親の後ろに隠れた。
「はい、どうぞ」
母親はデレーヌの質問を無視して男性の質問に答えた。その後、男性はデレーヌの前へと移動するとデレーヌのことをじっと見つめた。
「その髪や瞳、染めたりはしていないだろうね」
「……うん」
デレーヌは怯えながらも男性の質問に正直に答えた。
「……ふむ、水を」
「はっ」
男性の言葉に召使の一人が水の入った容器を取り出し、男性は指に水をつけるとデレーヌの髪に触れた。
「つめたっ!?」
「こら、じっとしていなさい!」
「う、うん」
肌へと零れた水の冷たさにデレーヌが声を上げると母親がそれに怒鳴りデレーヌは委縮した。その間も男性は黙ってデレーヌの髪に触れていた。
「……これは本物だ。ついに、ついに見つけたぞ!」
それから間もなく男は感極まって叫び、デレーヌを抱きかかえた。
「うわっ、離して⁉ お母さん!」
「それではお約束の200万Gよろしいでしょうか?」
男に抱きかかえられたデレーヌは母親に助けを求めたが、母親はデレーヌのことは見ずに男性へと声を掛けた。
「ああ、くれてやる」
「はっ」
男性の命令により召使が持っていた袋を開けるとそこには大金が入っていた。そう、デレーヌは周囲からの嫌がらせに限界になった母親によって売られることになったのだった。
「お母さん! 助けて!」
「……悪いけどもうあなたの母親はうんざりなの。だからこれからはその人たちと一緒に暮らしなさい」
「お母さん……?」
「そういうことだ。何、これからはこんな家よりも裕福に暮らせるから安心するといい」
「お母さーん!」
こうしてデレーヌは馬車に運ばれ産まれ故郷から遠く離れた地へと運ばれていった。
____________________
「お腹空いたな~。何か貰いに行こう~」
デレーヌが男性によって引き取られてから二年の時が流れた。彼女を引き取った男性はとある都市を治める貴族で、最初は泣いてばかりだった彼女もすっかり豪華な暮らしに馴染んでいた。
「誰か~、いな……ん? この声は……」
何か食べる物がないかとデレーヌが適当な使用人を探っていると少し離れたところから話し声が聞こえてきた。そしてなんとなく気になったデレーヌはそれに聞き耳を立てた。
『いや、あんたマジで言ってるの? いくら贅沢できるって言っても食べられちゃうのよ』
『でもあんな贅沢な暮らし、私達じゃ何年働いても無理そうじゃない?』
『まあ、それはそうだけど』
それはデレーヌも見知った若い使用人二人の会話だった。
「……?」
何の話か分からなかったがデレーヌはそのまま話を聞くことにした。
『それで結局何歳ぐらいまで育てるんだっけ?』
『確か16ぐらいって聞いたわよ』
『今いくつだっけ?』
『確か11よ』
『じゃあ後5年かあ……』
「……⁉ えっ、もしかして私のこと? さっき食べるって言ってなかった?」
二人の話から出てきた年齢が自分と同じことに気づいたデレーヌは先ほどの話を加えて震え出した。
『というかアルビノだっけ? 本当に長寿の薬になるの?』
『正直眉唾だと思うけど旦那様は本気で信じているみたいよ』
貴族である男性がデレーヌを引き取ったのは養子が欲しかったわけではなく、アルビノの肉が長寿の薬になると信じていたからだった。
「……」
自分が引き取られた理由を知ったデレーヌは物音を立てないよう慎重にその場を離れた。そしてこの5日後、彼女は貴族の館から抜け出した。しかし、彼の治める都市は周囲を壁で囲んだ城塞都市だったため都市からの脱出は叶わなかった。そして彼女の長い長い逃亡生活が幕を開けた。
____________________
「……外れか」
逃亡から八年、都市の地下にある大昔に作られた水路の一角でデレーヌは盗んだ荷物の中身を漁っていた。荷物の中には金品もあったが賞金首である彼女にそれを換金する術はないため、食料以外は不要だった。
「……お腹空いた」
デレーヌは空腹で鳴る腹をおさえつつ、八年前からほとんど成長していない瘦せこけた自分の体を見つめた。デレーヌ自身、何度も死のうか迷ったが結局死ぬことは選べなかった。
「……見つけた」
「……⁉」
そんな時、一人の青年がデレーヌの前に現れた。急な闖入者にデレーヌは慌ててその場から飛びのいた。
(……こいつ、いつの間に)
デレーヌは青年の存在に驚いていた。それは長い逃亡生活で自身を害する者へ鋭敏になっていた感覚が働かなかったからだった。
「……会えてよかった」
(……やっぱりそういうやつか)
青年、というかケフェッチは安堵の表情でほっと一息をついた。旅人としてこの都市にやってきていた彼は、数日前にデレーヌに荷物を奪われてから何日もデレーヌを探し続けていた。
「あっ、別にこの間のことを怒りに来たんじゃないんだ。君の事情も聞いたし、君に盗まれた荷物も回収出来たしね」
デレーヌの怪訝な表情に、ケフェッチは自分に敵意がないことを説明した。もっとも敵意に敏感なデレーヌにその説明は不要だった。
「とにかく大変そうだし、まずはここから逃げよう。僕も手伝うからさ」
「……やめろ……来るな!」
ケフェッチはデレーヌをこの悪辣な環境から救い出そうと文字通り手を差し伸べたが、デレーヌはそれを強く拒絶した。
「え、どうして……こんな生活嫌じゃないの?」
デレーヌの反応にケフェッチは困惑の表情を浮かべた。
「……お前みたいなやつは何人かいた。でもみんな失敗した。だから、来るな!」
デレーヌもこの生活に満足しているわけではなかった。しかし、以前にもデレーヌを助けようと働きかけた者が失敗し、大怪我を負った者もいたため彼女はケフェッチの救いの手を拒んだ。
「……君は優しいね。でも今回は大丈夫かもしれないよ。それになによりこんなところに君みたいな子を置いていくわけにはいかないからね」
ケフェッチは否定されてなおデレーヌに手を伸ばした。
「……」
「さあ、行こう!」
今までの失敗を思い浮かべて躊躇するデレーヌにケフェッチはもう一度声を掛けた。なお自信ありげなケフェッチだったが具体的な逃亡作等は特に考えていなかった。
「……避けろ!」
「うわっ!?」
次の瞬間、デレーヌは思い切りケフェッチの手を引っ張った。それによりケフェッチは前のめりに転倒したがその直後、先ほどまでケフェッチが立っていた場所を一筋の線が通り過ぎた。
「ちっ、外したか」
「ちょっと何やってるのよ!」
ケフェッチのいた背後には剣を振りぬいた男性と杖を持った女性が立っていた。
「あいたた、君たちは誰?」
「……お前たちか」
二人組は懸賞金欲しさにデレーヌのことを何年も追っている傭兵だった。普段なら事前に気配を察知して会うことも稀だが今回はケフェッチに気を取られたことが大きかった。
「こうして会うのも久々だな」
「いい加減追いかけっこは辞めにしない?」
「……」
デレーヌはようやく起き上がったケフェッチを一瞥し、動きを止めた。彼女一人であればこの状況からでも傭兵二人から逃げることはそう難しくなかった。しかし、この傭兵二人は以前に彼女を逃がそうとした人間を半殺しにした事があったため、彼女はケフェッチを置いていくのを躊躇った。
「そいつ、同業ってわけじゃなさそうだな」
「それなのにこんなところにいるってことはまたこいつを逃がそうとしてるってことかしら」
「まあいい。分かってるだろうけど今逃げたらそいつはただじゃすまねえからな」
「よそ者っぽいしここなら殺したところで見つからないだろうしね」
デレーヌの懸念通り、傭兵二人はケフェッチを人質にするつもりだった。そして二人はゆっくりと焦らすように武器を構えた。
「ここは僕に任せて」
そんな中、ケフェッチは怖気づくことなくデレーヌの前に出た。
「…やめろ!」
「とりあえずその減らず口を黙らせてやるわ」
明らかに命知らずなその行動に、デレーヌはケフェッチを止めようとしたが生存本能が邪魔をして動くことが出来なかった。その直後、傭兵女性の持った杖からケフェッチに雷魔法が放たれた。
「……あれ?」
「何⁉」
「弾かれた⁉」
「透明な壁?」
しかし、傭兵女性の放った雷魔法は突然現れた障壁によって阻まれた。
「危機一髪って感じね~」
四人が突然の障壁に困惑しているとデレーヌとケフェッチの後ろからピンク髪の女性が現れた。
「くそっ、なんだこの障壁!」
「……固すぎる!」
傭兵達は障壁を破壊しようと攻撃を続けたが、女性の張った障壁は全く傷つかなかった。
「あなたは一体?」
「……」
ケフェッチは困惑しながらも突如現れた女性に尋ねた。一方でデレーヌはケフェッチの後ろに回って女性のことを警戒していた。
「……通りすがりのラブハンターってとこかしら?」
「は、はあ」
「……」
女の発言にケフェッチは呆気にとられたが、デレーヌはまだ女性のことを警戒していた。
「まあ、こんなジメジメしたところで話も難だし場所を変えましょう。それじゃあよろしく~」
ピンク髪の女性の発言の後、彼女を中心に魔法陣が展開されピンク髪の女性とデレーヌ、ケフェッチの三人はその場から姿を消した。
「……くっそ、逃げられた」
「まあ、こうなったら仕方ないわね。別の稼ぎ場所を探しましょ」
その場に残された傭兵二人はとぼとぼと地下水路を後にした。
____________________
「はい、到着~♪」
「……ここは?」
「……⁉」
「そう恐がらなくてもよい。といってもその様子じゃと難しそうじゃな」
三人が転移したのは、まだ町というより建設資源置き場でしかないメモリア予定地の小屋の中だった。ケフェッチは状況に混乱していたがデレーヌは魔法陣の展開者であるゴーツの存在を察すると瞬時にケフェッチの後ろへと移動した。
「100年も前ならいざしらず、今でもこういうことがあるとは嘆かわしいのう」
「昔に比べたらそういうのは減ったけど実例が少ないからどうしてもね」
ピンク髪の女性の指輪を通してデレーヌのことを見聞きしていたゴーツは大きくため息をついた。それにピンク髪の女性は同調し、うんうんと頷いた。
「それじゃあこの子達の事お願いしてもいいかしら?」
「うむ、任せておけ」
「だってさ、よかったわね」
そういってピンク髪の女性は、デレーヌを前に押し出した。
「……本当にいいの?」
助けてもらったとはいえ、まだ警戒と怯えが抜けきらないデレーヌはたどたどしい声でゴーツに尋ねた。
「勿論じゃ。もちろんある程度のルールは守ってもらうがの」
「ルール?」
「決まり事よ。といってもゆるゆるだから、よほどのことをやらない限りは大丈夫よ」
「まあその辺りはおいおい説明するとしよう。とりあえずほれ」
ゴーツがデレーヌを指さすと、デレーヌに長年蓄積されていた汚れが一瞬にして消し飛び、元の白い髪と白い肌が露わになった。
「まあ、こんなものじゃろう」
「……ありがとう」
デレーヌは突然のことに混乱しながらも、頭を下げた。
「そういえばエローナ、こっちの青年は何者じゃ?」
「さあ、私もよく……」
「うわああああ⁉」
ゴーツがケフェッチの話へと話題を変えようとした直後、転移後から場の雰囲気に飲まれて沈黙していたケフェッチが突然奇声を上げてデレーヌへと駆け寄った。
「ああ、やっぱり思っていた通り……いやそれ以上に綺麗な髪だ」
「……!?」
「……ほう」
「ああ、そういうこと」
ケフェッチはデレーヌの綺麗になった白髪をすきながら恍惚の表情を浮かべた。一方のデレーヌは突然のことに思考が停止していた。そしてゴーツとピンク髪の女性は長年の経験により状況を瞬時に理解し、その様子を見守っていた。
「……この透き通った色。こんなに綺麗な髪は始めてだ」
「……やめろ!」
髪をすくだけで飽き足らず、匂いを嗅ぎだしたケフェッチにデレーヌはようやく我に返り、その場から飛びのいた。
「そんな、あと少し、もうちょっとだけでいいから……」
ケフェッチは心底残念そうな顔をしてデレーヌへと向き直った。今更ではあるがケフェッチがデレーヌに興味を持ったのはアルビノの白い髪のためだった。
「やめろ。くるな!」
綺麗に浄化された白い髪を見てテンションが上がったケフェッチに対して、デレーヌは今まで散々悪い扱いをされてきた自分の髪に好意的な態度のケフェッチという未知の存在から距離を取った。
「本当に後ちょっとだけでいいから」
「くるな、くるな、くるな!」
こうしてケフェッチとデレーヌの追いかけっこが始まったが、お世辞に運動神経がいいと言えないケフェッチに何年も一人で逃げ続けたデレーヌを捕まえることは出来るはずもなかった。
「待ってほしい。君の髪は今までに見た中で最高の髪なんだ!」
「……い・や・だ!」
「うげっ!」
ケフェッチの告白にデレーヌは渾身の蹴りを返した。デレーヌの立場からすればこうなって然るべきだったが、これが二人の行き違いの始まりだった。
「あわよくばどっちか食べちゃおうかと思ったけどこれは駄目なやつよね?」
「前途多難な気がするのう」
この後、デレーヌは磨かれた勘に加えてゴーツから戦闘の手ほどきを受けたことで三強と呼ばれるほどの力を手に入れることになった。しかし、その間にケフェッチとの関係は全く進展しなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます