2-4 大浴場の日常(2/2)

「ラブさんにロマンさん。いらっしゃいませ」


「こんにちは」


「早速ですが個室は空いているでしょうか?」


 チューニーの一件から数時間後、ラブとロマンの二人が大浴場へとやって来た。


「……個室ですか? お一人ずつの個室でよろしいのでしょうか?」


「いえ、私達はいつも一緒ですから、一つの個室に二人です」


 3号が確認すると、ラブは個室を二人で使用すると答えた。


「……そうでしたか。……えっと、それは……」


 ラブの返答に対し、個室の同時使用につての説明を受けていなかった3号は言葉に詰まってしまった。しかも、こんな時に限ってデレーヌもケフェッチも近くにいなかった。


「3号さん。いつも僕達は二人分の料金を払っているからそうさせてもらうよ」


 言葉に詰まった3号を見かねて、ロマンが口を出した。


「……すみません」


「君は今日が初めてでしょ。だったら仕方がないよ。それじゃあ、これを」


 ロマンは謝る3号へフォローを入れ、そのまま二人分の個室代を支払った。


「あっ、はい。受け取りました。今なら3番が空いていますのでそちらをどうぞ」


 個室代を受け取った3号は戸惑いながらも空いている個室を案内した。


「ありがとう」


「ロマン様~、相変わらずお優しいですわ~♡。大好きです~♡」


 ロマンが個室の鍵を受け取ると、一連の流れを傍観していたラブがロマンへと抱き着いた。


「はは、僕もだよ。それじゃあ、行こうか」


「はい、たっぷり愛してください♡」


ロマンは抱き着いたままのラブを抱えて、個室へと向かった。


「……あれでよかったんでしょうか?」


「ん、3号。どうかしたか?」


 ロマンたちへの対応について悩んでいる3号のもとに、デレーヌが戻ってきた。


「あっ、デレーヌさん。ちょうどよかったです。今、ロマンさんとラブさんが一緒の個室に行かれたのですが、二人分の料金をいただく形で大丈夫でしたか?」


「……ああ、そういえば説明していなかったか。それで大丈夫だ」


 3号の質問にデレーヌは状況を察し、説明の不備があったことに謝罪した。


「了解しました。……それからデレーヌさん、個室ってそういう風にも使われているのですか?」


 3号はデレーヌの謝罪に納得した。その後、3号はデレーヌへ近づくと耳元で小さく個室の使用法に尋ねた。


「本音を言えばよそでやって欲しいけど、この町じゃシャワーが万全なところは少ないからな」


「そうですか」


 メモリアでは、まだシャワーの設置が不十分だった。そのため個室を派手に汚さない限りは、そういったことも見逃されていた。


「それから改めて言っておくけど、個室に誰が誰と入ったとかももちろん他言無用だからな」


「了解しました」


個室を使う者は何かしらの理由があるため、大浴場の番頭には個室での出来事を周りに言いふらしたりしない誠実さが求められた。ロマンとラブに関しては既に周知の事実だが、二人での使用の場合には特に気をつける必要があった。


____________________



「お風呂、お風呂~」


「今日も一日疲れた~」


「3号さん、お疲れ様です」


「おお、3号ちゃん。こっちの仕事はどうだ?」


「皆さんも遅くまで食堂のお仕事お疲れ様です」


「3号さんこそ遅くまでお疲れ様です」


 夜になると、酒場での仕事を終えたファンやズラたちが揃って大浴場へとやって来た。彼らはお互いは仕事の労をねぎらった。


「一応確認するけど、いつも通り俺以外は全員男湯女湯だな?」


「はい」


「もちろん」


「そうでーす」

 人数が多いため、ズラが一旦集計を取り始めた。結果、ズラ以外はそれぞれ男湯女湯に分かれることになった。


「ズラさんは個室なんですね」


「ああ、この兜の下の傷は見られたくないもんでな」


3号の言葉にズラは兜をさすった。


「そうでしたか。すみません」


 ズラの言葉に3号は余計な事を聞いてしまったとすぐさま頭を下げた。


「いや、こっちこそ悪い。気にし過ぎなのは俺も分かってはいるんだけどどうしても踏ん切りがつかなくてな」


 そう言いながら、ズラは個室代を払うと一足早く個室へと向かっていった。


「正直、ここまで周到に隠されると気になるわよね」


「まあ、気になるっちゃ気になるけど、本人が気にしてるんだから駄目だろう」


「ねえ、デレーヌさんやケフェッチならズラさんの素顔を見たことない?」


 ズラが去った後で残った食堂の面々はズラの素顔の話を始め、一人がデレーヌとケフェッチに話を振った。


「……正直に言うと見たことはある。確かにあれは本人が気にするのも分かる……分かる気はする」


「いや、あれは誰だって気にするよ。僕も力になれてあげたらいいんだけど」


「え? 本当に知ってたの? 教えてよ」


 デレーヌとケフェッチからのまさかの答えに冗談半分で聞いた給仕の女性は話に食いついた。


「駄目だ。私はともかくこの馬鹿はここ以外で働けない」


「いや、デレーヌ。その言い方は酷くない? 間違ってはないけど」


 デレーヌは答えられない理由を答えたが、その言葉はケフェッチへと突き刺さった。


「まあ、仕方ないわね。ここは気分を切り替えてお風呂に行きましょう」


「俺もそうしよ」


「……私も」


 これ以上は無理だと判断した女性は話を打ち切った。そのため食堂の面々はそれぞれ男湯と女湯へと別れた。


「……ふぅ、食堂の人達が来たってことは、今日はもう終わりだね」


「そうだな。来ても数人がいいところだ。3号、少し早いけどお前も風呂に行ってこい」


 食堂の面々がやって来たことで店仕舞いが近いと判断したデレーヌは3号へと早めに上がるよう促した。


「……いいのですか?」


「お前、明日はまた食堂だろう? なら早めに上がるといい。いいよな、ケフェッチ?」


「うん。3号くんもお疲れ様」


 本当にいいのか尋ねる3号に、デレーヌとケフェッチは頷いた。それは初日ということもあったが明日からはまた酒場の仕事に戻ると聞いていたからだった。


「……ありがとうございます」


 3号は二人の好意に甘え、先に上がることにした。そして好意を無駄にしないためにも彼女は足早に女湯へと向かった。


「ついでにデレーヌも上がる?」


「いいのか?」


 3号が女湯に入っていくのを見送ったケフェッチはデレーヌにも先に上がるよう促した。


「だって僕と同じ時間に上がって入ったんじゃゆっくり出来ないでしょ?」


「……ケフェッチ」


「僕としてもデレーヌにはその髪を大事にして欲しいからね」


「……分かった」


 ケフェッチの促しはデレーヌの髪のためのものだった。デレーヌは気を使ってくれた優しさに対する嬉しさと結局は髪のことかというツッコミの二つの感情を抱え、個室へと向かっていった。


____________________



「……」


「ファンさん、先ほどから浮かない顔をされていますけどどうされましたか?」


 一方その頃、女湯でファンたちと合流した3号は浮かない表情をしているファンに声をかけた。


「ああ、3号さん。……その、どうすればハーゲン様とお会いすることが出来るのかと」


「……ええっと、どうすればいいのでしょう?」


 ファンからの返答に3号はまともな回答を返すことは出来なかった。


「ああ、ハーゲン様。一体私はどうすればいいんでしょうか?」


「ファンちゃんにはよくあることよ」


「……そうですか」


 この後もファンはずっと同じ調子だったが、3号たちにはどうすることも出来なかった。

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