2-5 戦鬼と呼ばれた男
「今日も酒がうまいぜ」
昼下がり、盗賊団首領のブンドルは盗賊団アジトの自室で酒を飲みながら寛いでいた。しかし、その安息は唐突に破られた。
「……⁉ 敵襲か?」
最初は大きな爆発音だった。それに続いて盗賊の手下達の悲鳴が次々と響き渡った。そのためブンドルは酒のグラスを置き、自慢の大太刀を手に取った。
「……お、お頭! 敵襲です!」
そんな時、青ざめた手下が駆け込んできた。
「ああ、分かってる。で、相手はどんなやつらだ?」
「そ、それが攻め込んできてるのは一人なんです!」
「ああ゛!! 一人だと!? お前ら、たった一人も止められねえのか?」
手下からの報告にブンドルは苛立ちを隠せないでいた。
「そ、それが無茶苦茶強くて、多分あいつはせん……うわっ、き……ぎゃあああ……」
「……!?」
伝達役の手下は抵抗も出来ずに吹き飛ばされてしまった。その破壊力にブンドルがあっけに取られている中、報告通りたった一人の侵入者がブンドルの前へと現れた。その侵入者は巨大な両手斧を持った大男で、髪を前方に角のように固めた特徴的な髪型をしていた。
「お前がここの頭か?」
大男はゆっくりと斧をブンドルへと向けた。
「お前、まさか戦鬼……」
「ああ、戦鬼ハーゲンとは俺様のことだぜ」
ブンドルの言葉に大男は自慢げに自らの通り名を名乗った。“戦鬼ハーゲン”、圧倒的な強さと特徴的な髪型から彼はそう呼ばれていた。
「で、どうする? 降参するなら命までは取らねえよ」
「なめんなよ。戦鬼だろうとなんだろうと関係ねえ。俺様は泣く子も黙るブンドル様だぞ」
ハーゲンは降伏を進めたが、ブンドルは大太刀を構えた。
「知らねえなあ」
「……自分を殺す相手の名前ぐらい覚えておきやがれー!」
ハーゲンの煽りに乗せられたブンドルは勢いよく斬りかかった。
「遅え!」
「がっ⁉」
しかし、ハーゲンはそれをやすやすと薙ぎ払った。
「……はぁ、雑魚ばっかりでつまんねえなあ」
ハーゲンはあまりにあっさりと終わった盗賊退治に愚痴をこぼした。この後、彼は残党狩りの仲間達と合流し依頼を受けた町へと向かった。
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「お帰りなさい。ハーゲン様。ご無事で何よりです」
町長から盗賊退治の報酬を受け取ったハーゲンたちは宿屋へ戻った。すると幼い少女がハーゲンを出迎えた。
「俺様だからな」
少女相手にハーゲンは豪快に振舞った。
「流石はハーゲン様です!」
「そうだろう、そうだろう」
少女に煽てられてハーゲンはすっかり上機嫌になっていた。
「あの子、すっかりハーゲンさんに懐いちゃいましたね」
「ハーゲンも普段は子供に恐がられてばっかりだから嬉しそうね」
傭兵団の仲間たちは少し離れたところで二人の様子を見ていた。少女がハーゲンと親しげなのはこの町へ来る途中に、熊に襲われていた彼女をハーゲンが助けたからだった。そしてその縁からハーゲンたちは少女の実家である宿屋に泊まっていた。
「でも依頼が終わったってことはもうこの町を出るんですよね?」
「そりゃあそうでしょ」
「……あの子には悪いことしますね」
「何言ってるの。いい加減帰らないと血の雨が降るわよ」
「血の雨ですか?」
「あら、気づいてなかったの? あれよ、あれ」
「あれ?」
傭兵団の男性は傭兵団の女性に言われた方を向いた。するとそこにはハーゲンに血走った眼を向ける宿屋の主人の姿があった。
「……ああ、そういうことですか」
そのいつ実力行使に出るか分からない宿屋の主人の様子に男性は納得した。そのことにはハーゲンも気づいていたが、少女に邪険にはできなかったので気づかないふりをしていた。
「それでハーゲン様。ハーゲン様はいつまで泊って行かれますか? ハーゲン様さえよければいつまでいていただいても大丈夫ですよ?」
「……悪いな。嬢ちゃん。もう依頼は終わったんだ。だから俺達は帰らなくちゃならない」
「……そう、ですか。……では最後まで精いっぱいのおもてなしをさせていただきます!」
少女は元気よく答えようとしたがその声は震えていた。
「……ありがとうよ、嬢ちゃん」
少女の声の震えにはハーゲンも気づいたが、彼女が隠そうとしているそれをわざわざ指摘するようなことはなかった。そしてその日の夕食は打ち上げも兼ねたとても豪勢なものとなり、少女も配膳など遅くまで手伝いをしていた。
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「ハーゲン様、私を連れていってください!」
翌朝、帰路に就こうとしていたハーゲンたちの前に大荷物を抱えた少女が現れた。
「雑用でもなんでもしますから、一緒に連れていってください!」
「……」
少女の行動力にハーゲンたちは言葉を失った。
「……嬢ちゃん、パルットって分かるか?」
そんな中、ハーゲンが一歩前へと進み出た。
「いえ、分かりません。なんでしょうか?」
「パルットは俺の故郷の花でな。高原に咲くパルットは中々の見栄えなんだ」
「……そうなんですか。……それでそれが何か?」
突然の花の話に少女はハーゲンの意図が分からず首を傾げた。
「この世界には嬢ちゃんが知らないものがいっぱいあるんだ」
「……はい」
少女はハーゲンの言葉に小さく頷いた。
「だから俺は嬢ちゃんにもっと色んな事を知ってほしいんだ」
ハーゲンの言葉は体のいい断りの言葉だった。しかし、まだ幼い少女に対して広い世界を知って欲しいというのは彼の本心でもあった。
「……そうですか」
(よし、納得してくれたみたいだな)
納得してくれそうな少女にハーゲンは心の中で安堵した。
「……それじゃあ……もし、もし、色んな事を知ってそれでも私がハーゲン様のことを好きだったなら私と結婚してくれますか?」
「けっ、結婚!?」
「ぶふっ⁉」
予期せぬ少女からの告白に二人の様子を見守っていた傭兵団一行は驚きの声を上げた。
(……け、結婚かあ)
声に出すことは抑えたもののハーゲンも内心ではかなり驚いていた。女性経験はそれなりにあったハーゲンだったが結婚についてはまだ何も考えていなかった上、こんな年の離れた相手から求婚されるとは考えてもいなかったからだ。
「認めん、認めんぞ……」
「お父さん、押さえて。押さえて」
なによりハーゲンは宿から様子をうかがっている宿屋の主人の殺気が恐ろしかった。
「……駄目ですか?」
中々答えを返さないハーゲンに少女は顔に涙を浮かべた。
「あっ、いや。……そうだな。さっき言った通りもっと嬢ちゃんが大きくなって色んな事を知って、それでも嬢ちゃんが俺と結婚してもいいと思っているなら結婚してもいいぜ」
「はい! 分かりました。私、もっと大きくなって色んな事を勉強します!」
「その意気だぜ」
ハーゲンはひとまずその場を収め、町を後にした。この時の少女はまだ幼く、結婚の話も幼い子供が父親や親戚相手に「大きくなったら結婚する」というような話だと誰もがそう思っていた。
ただ一人、少女本人を除いては。
またこの出来事から約半年後、ハーゲンは『探さないで欲しい』という書置きを残して傭兵団から失踪することとなった。このことについてはハーゲン本人を含めて誰一人として知る由がなかった。
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「……やっぱり効かねえか」
ハーゲンの失踪から12年後、彼は鏡の前で不毛の地となった頭を見て大きなため息をついた。整髪剤の過剰使用で自慢の髪を失ったのが彼の失踪の原因だった。
「まあ、今日も一日頑張るとするか」
言葉だけでも気を取り直したハーゲンは兜を被った。そして彼は今日も“ズラ”という偽りの名を名乗り、傭兵でなく料理人として働くのだった。
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