2-3 初めての休日
「……何もすることがない」
昼前、3号はベッドに横になりながら天井を見上げてぽつりと呟いた。ゴーツの指示によって急遽休みになった彼女は朝食を済ませた後、部屋の掃除を始めたが十分も経たないうちに終わってしまった。
「……休みの日って何をすればいいんだろう?」
造られてから毎日自主的に何かしらの仕事をしていた3号にとっては今日が初めての休日だった。そのため彼女はその過ごし方に思い悩んでいた。ちょうどそんな時、部屋の扉がノックされた。
「はい。どなたでしょうか?」
「儂じゃ」
3号の部屋へ訪れたのはゴーツだった。暇を持て余していた3号はすぐさま部屋の扉を開け、彼を中へと招き入れた。
「ゴーツさんでしたか。どうかなさいましたか?」
「せっかくじゃから遊びにでも誘おうと思ってのう。ああ、もちろん嫌ならやめておくが……」
ゴーツの用事は3号への遊びの誘いだった。
「いえ、行きます。行かせてください!」
「おっ、おう。……では行くとするか」
3号に食い気味な反応にゴーツは若干引いていた。
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「ここじゃ」
「ここ、ですか?」
ゴーツが3号を案内したのは3号の宿舎から少し離れたところにある建物だった。そこはそれほど大きな建物ではなかったが中からは複数人の話し声が聞こえてきた。
「ゴーツさん、ここは一体……」
「たのもー」
3号が尋ねるよりも早く、ゴーツは建物の扉を豪快に開けた。
「おっ、ゴーツさん。それに3号ちゃんも」
「今日は酒場に3号ちゃんがいないと思ったら休みだったわけね」
「つまりこれは3号ちゃんと楽しめるってわけだな」
「言い方ぁ!」
建物の中には数人程度の集まりが何組にも別れていたが、扉が開かれたことでその視線は一気にゴーツと3号へと向けられた。
「3号ちゃん、こっち。こっちで遊ぼうぜ~」
「おいこら、負けそうだからって中断するんじゃねえ」
「ちっ、バレたか」
一人の男性が3号を手招きするが、一緒にいた男性に怒られた。そして両者の手には数枚の絵札があった。
「……ゴーツさん、ここは賭場ということでよかったですか?」
察しのいい3号は男性達の持っていた絵札や周囲に散らばった小物を見て、ここが賭博場だと気がついた。
「ああ、その通り。人間に娯楽は付き物じゃからな。あと、賭けなしでただ遊ぶだけもできるぞ」
「そうですか。それならゴーツさんから頂いたお金をいたずらに無くさずにすみそうです」
ゴーツの言葉に、3号はほっと胸をなでおろした。
「別にもう3号の金じゃから生活に困らん程度なら遊びに使ってもかまわんのじゃがな。それはそれとして3号、お主の賭博のルールはどれくらい知っておる?」
「あっ、はい。ルーレットは大丈夫ですし、トランプもポーカー、ブラックジャック、大富豪、後はババ抜きや神経衰弱ぐらいなら分かります」
ゴーツの言葉に3号は自分の知るゲームの種類を答えた。彼女は遊び慣れてはいなかったが製造時からの知識や書物からの情報で人並みには詳しかった。
「それだけ知っておれば上々じゃな。では儂は帰るので適当に遊んでおくがよい」
「えっ、ゴーツさんはもう行かれるんですか?」
ゴーツの言葉に3号は驚き、思わず声を上げた。
「ああ、儂も遊んでもいいのじゃがまだやることがあるからのう」
「でしたら私も何か手伝いましょうか?」
「いやそれはよい。儂も休める時には休むし、休みのお主はしっかりと休むのじゃ」
ゴーツの用事を手伝おうとした3号だったが、ゴーツにやんわりと止められてしまった。
「……了解しました。無理はしないでくださいね」
「クロースルのやつではないが儂も分かっておるよ」
そういうとゴーツはいつものように煙のように姿を消した。
「ゴーツさん!?」
「よし、3号ちゃん。それじゃあ一緒に遊ぼうぜ」
「えっ⁉ ……あっ、はい」
3号はその場に残され困惑していたが、すぐに賭場の面々が3号に声をかけてきた。そのため彼女はその誘いに乗ることにした。
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『……はい。どうぞ』
そつのない動きでカードを繰った3号は、ディーラーとしてそれを周囲に分配した。
『3号ちゃん。だいぶ慣れた手つきをしてるけど。これもホムンクルスなら最初から出来るようになってるの?』
『いえ、トランプの基礎知識は最初からありましたが、カード繰りは練習しました』
『へえ……。そんなに上手いと普通に街のカジノとかでも働けそうだね』
『そんなに褒められても、サービスはできませんよ』
『ちぇー……』
それから少しして1ゲームが終わったが、3号はそのままディーラーを続けた。
「……これはどうしたものか」
自室から魔法を使って3号の様子を見ていたゴーツはため息をついた。3号も最初はプレイヤーとして参加していた。しかし、専属のディーラーがいないことを知った彼女はずっとディーラー役を引き受けていた。もちろん周囲も交代を促したが彼女の意志は固かった。
「……まあ、本人がそれでよいならいいかの?」
ゴーツは逡巡した結果、そのまま放置することにした。結局、3号はそのまま賭博場が閉まるまでディーラーを続けた。
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「お邪魔します」
「あっ、3号さん。今日もいい髪だ……うぇ!?」
賭博場が閉まり、酒場で夕食を済ませた3号は大浴場へとやって来た。そして出合い頭に3号の髪に手を伸ばそうとしたケフェッチの鳩尾にはデレーヌの裏拳が叩き込まれた。
「またお前は……って、3号か。……昨日は悪かったな」
「あっ、デレーヌさん。いえ、昨日のことは大丈夫です」
デレーヌは3号に気づくと、明け方まで3号を愚痴につき合わせたことを謝った。
「ん? 昨日何かあったの?」
「お前には関係のない話だ」
「……そう」
二人の話が気になったケフェッチは話に入ろうとしたが、デレーヌが顔を逸らしたため、ケフェッチは肩を落とした。
「デレーヌさんもお風呂ですか?」
「いや、今日は仕事だ」
デレーヌはケフェッチに比べると不定期ではあるが大浴場で働いていた。整髪料や化粧品と色々と要り用とはいえ、魔物狩りで収入に余裕があるデレーヌがここで働いている理由は一つしかなかった。
「そうでしたか」
デレーヌの内情を3号は察したが、深く追及をすることはなかった。
「ああ、だからゆっくりしていけ」
「はい。了解しました」
3号はそのまま女湯へと向かい、ゆっくりと一日の疲れを癒した。
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「3号、お帰り。今日はゆっくり休めたかの?」
3号が宿舎に帰ると、すぐにゴーツが出迎えた。
「はい、今日はお休みありがとうございました!」
「ふむ。ならば結構じゃ」
3号の満身の笑顔を見たゴーツは、ディーラーの件を追求することをやめた。
「それから3号。急で悪いが明日は酒場でなく大浴場の方を頼みたい」
ゴーツは3号の疲れが取れたこと確認すると、明日の仕事の話を切り出した。
「大浴場ですか?」
「ああ、酒場もまだ二日だけじゃが大浴場の方にも手を出してもらおうかと思ってな」
「了解しました」
急な仕事の変更だったが、3号は不満なく了承した。
「場所は大浴場で良いとして、時間は何時からでしょうか?」
「…………朝の10時でよいとのことじゃ」
3号が仕事の開始時刻について尋ねると、ゴーツは少し間を置いて答えた。この時、ゴーツは大浴場にも分体を移動させており、そちらでケフェッチ達と話した内容を3号に伝えていた。
「10時ですね。了解しました」
時間の確認が済むと、3号は自分の部屋へと戻っていった。こうして彼女の初めての休日は何事もなく終わりを告げた。
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