2-2 酒場の日常Ⅱ(2/2)
「ズラ、今から少し3号を借りてもいいじゃろうか?」
夕方前の酒場の客もまばらな頃、ゴーツがズラへと声をかけた。
「今なら余裕があるけどどうしたんだ?」
「今のうちにクロースルの家でも紹介しておこうと思ってな」
ゴーツの提案は3号のクロースルの自宅へ案内することだった。一見、仕事中にするようなことでもないがクロースルは厨房で使う消耗品なども作っていたのでそれを取りに行くことは度々あった。
「ああ、なるほど。それならホワイトオイルがもう少しで切れそうだから貰ってきてもらえないか?」
ズラはゴーツの提案を了承し、ついでに食用油を持ってきてほしいと頼んだ。
「ふむ、それぐらいじゃったらお安い御用じゃ。ゆくぞ、3号」
ズラの許可を得たゴーツは、早速3号を呼びつけた。
「クロースルさんの倉庫へですか?」
「ああ。あやつは一度無理をして倒れたことがあってのう。度々様子を見に行くようにしておるのじゃ」
ゴーツがクロースルの自宅へ向かう理由は3号への案内もあったが、一人でいるクロースルの安否確認という理由もあった。
「そんなことがあったのですね」
「もう何年も前の話じゃがな」
そんなことを話しつつ、ゴーツと3号はクロースルの自宅となっている倉庫へと向かった。
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「クロースル、生きておるか?」
「……生きてますよ~」
ゴーツと3号は数分歩いて、クロースルの自宅である倉庫の前に着いた。そしてゴーツがクロースルの名前を呼びながら倉庫の扉を軽く叩くと返事が返ってきた。
「ゴーツさんがちゃんとドアを叩くなんて珍しいですね」
返事からまもなくクロースルが倉庫の扉を開けた。彼はいつも勝手に中へ入って来るゴーツがわざわざ扉を叩いたことを不思議に思っていた。
「今日は連れがおるからのう」
「連れ……?」
「3号じゃ」
「クロースルさん、お邪魔します」
事前にゴーツから後ろに隠れるように指示を出されていた3号はゴーツの言葉によって前へ出た。
「3号さん!? ……少し部屋の整理をする時間をください!」
3号の姿を見たゴーツは慌てて扉を閉めた。
「片づけなら私もお手伝いします」
「いや、すぐに済むから待っていてほしい」
部屋の整理と聞いた3号は自分も手伝おうと申し出たが、クロースルはそれを強く断った。
「お邪魔でしたでしょうか?」
「なに、一人暮らしの男には隠したいものの一つや二つあるものじゃ」
「……ああ」
「単純に作業中の器具が散らかってるだけです!!」
断られて気を落とす3号にゴーツがフォローを入れたが、その直後クロースルから怒号が飛んできた。
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「……お待たせしました」
倉庫の片づけを始めてからおおよそ十分後、片づけを終えたクロースルは再び扉を開けた。
「中々早かったのう」
「失礼します」
改めて中へと招かれたゴーツと3号は倉庫の中へと入って行った。
「……色々な道具がありますね」
倉庫の中は食料倉庫と同じ広さだったが、様々な色の液体が入ったガラスの器具や大量の巻物、細々とした小物や布きれなどが所狭しと置かれていた。
「以前にも言ったがクロースルはこの街の薬品やら小物系の作成を一手に担っておる。じゃからこうなるのも致し方ない」
片付けは完璧とまではいかないものの、突然の訪問から最低限の足の踏み場を確保したクロースルに対してゴーツはフォローの一言を添えた。
「ところで今日はどうしたんですか?」
「ふむ。お主の生存確認、3号への場所の紹介、それと厨房用にホワイトオイルの調達じゃ」
「いつも心配しすぎな気がしますけどね。……それからホワイトオイル。厨房用なら1本で充分ですよね?」
ゴーツの言葉にクロースルは近くにあった透明な液体の入ったボトルをゴーツへと差し出した。
「何事も何かあった後では遅いからのう。受け取れ」
ゴーツはクロースルからボトルを受け取ると、空いている片方の手で小銭をクロースルに向かって弾いた。
「……確かに」
クロースルは弾かれた小銭を掴むとポケットへとしまった。
「というわけで用事は終いじゃ。3号、帰るとしよう」
「はい、了解しました」
用事を済ましたゴーツは3号に帰ることを伝え、そのまま二人は酒場へと戻って行った。
「……ふう、相変わらずあの人は心臓に悪いな」
一方でクロースルはゴーツたちを見送った後、倉庫の鍵を閉めながら大きなため息をついた。
「そうじゃ、一つ言い忘れておった」
「のわっ!」
クロースルが顔を上げた瞬間、目の前に再入室したゴーツが立っていた。
「……だから鍵を無視して入って来るのやめてくれませんかね?」
「すまん、すまん」
ゴーツの無法振りにクロースルは文句をつけたが、ゴーツは空返事をするだけだった。
「それで何の用ですか? 自分、まだやることが多くて忙しんですけど?」
ゴーツの悪びれない態度にクロースルは追及を諦め、本題を促した。
「それは分かっておる。じゃがもう少しでデレーヌが帰って来ると思うからあまり根を詰めすぎないようにな」
「……確かにそうですね。忠告感謝します」
ゴーツからの話はデレーヌの帰着についてだった。その内容が内容だけにクロースルは素直にゴーツへ感謝した。
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「あっ、デレーヌさん、ケフェッチさんお帰りなさいませ」
時間は流れ、夕刻。日に二本しかしかない馬車の定期便と共にデレーヌとケフェッチはメモリアへと戻って来た。
「……ああ」
しかし、帰ってきたデレーヌはまるで人生を賭けた勝負に大敗したかのような落ち込みようだった。
「デレーヌさん、どこか悪いんですか?」
デレーヌのそのあまりの顔色の悪さに3号は急いで駆け寄った。
「……いや、大丈夫だ」
デレーヌは大丈夫だと答えたが、その顔は誰が見ても大丈夫といえる表情ではなかった。
「……本当に大丈夫ですか?」
「ごめんね。3号さん。デレーヌってば遠出の後はいつもこんな感じなんだ。だから大丈夫、心配しないで」
3号は改めてデレーヌに体調のことを尋ねたがケフェッチが割って入ってきた。そしてケフェッチは3号に対していつものことだから心配しなくて大丈夫だと説明した。
「……そうなのですか?」
「……」
ケフェッチの言葉をデレーヌは無言のまま頷いて肯定した。
「デレーヌ。宿まで送ろうか?」
「……いい。一人にしてくれ」
デレーヌは街で買って来た荷物を持つと、一人でとぼとぼと自分の下宿先へと帰っていった。
「街にいく前やいる時はいつも楽しそうなんだけど、帰りはいつもあんな感じなんだよね。一体どうしたらいいんだろう?」
「……さあ、どうすればいいんでしょうか」
新参者である3号にもデレーヌの落ち込む理由がなんとなく分かったが、状況上とぼけるしかなかった。
(((((ああ、やっぱり今回も駄目だったか)))))
そしてその他酒場にいた面々は心の中で皆同じ考えを浮かべた。
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「クロースルさん、起きてらっしゃいますかー?」
更に時間は流れ、深夜。3号はゴーツのお使いでクロースルの倉庫へとやってきた。倉庫の中からは明かりが漏れていたため、彼女は扉をノックしたが返事は返ってこなかった。
「寝てらっしゃるのかな。……あれ、開いている」
クロースルが寝落ちしているのではないかと疑った3号だったが、念のため扉に触れると鍵がかかっていなかった。
「……クロースルさん、失礼します」
不用心だと思った3号は倉庫の扉をゆっくりと開けた。
「おい、クロースル……。ちゃんと聞いてるのか~」
「はいはい、聞いてますよ」
「クロースルさんにデレーヌさん!?」
倉庫の中では顔を赤くした下着姿のデレーヌがクロースルにしな垂れかかっていた。
「さ、3号さん!?」
「……ん~、3号か。ちょうどいい。お前もこ~い♪」
「へ?」
「へ?」
3号の声で彼女の存在に気づいたクロースルは驚きの声を上げた。そしてその声で3号の存在に気づいたデレーヌは彼女を手招きした。
「……え、えっと? そっちへ行けばいいのでしょうか?」
3号は突然の状況にどうしていいか分からなくなっていた。
「……デレーヌさん。いいんですか?」
状況に迷っていたのはクロースルも同じだった。そのため彼はデレーヌへ再確認を行った。
「3号なら他人にばらしたりはしないしいいだろう。だから3号もこっちにこ~い♪」
「なら3号さん、こっちへ。説明もこっちでするよ」
クロースルはデレーヌの返答によって彼女に同調することに決め、3号のことを手招きした。
「……了解しました」
迷っていた3号もクロースルの行動にデレーヌの誘いに乗ることに決めた。
「よし、3号ここに座れ」
「はい。……デレーヌさん、お酒臭いですけど大丈夫ですか?」
デレーヌは周囲に散らばった空き瓶をどけると3号にそこへ座るよう促した。そのため3号は指定された場所へと座ったが、そこは高濃度の酒気が漂っていた。
「たまにはこれぐらい飲まないとやってられない。……ぷはー! クロースル、次だ!」
デレーヌは手に持っていた小瓶の残りを一気に飲み干すと、クロースルへ次の酒を要求した。
「はい、どうぞ」
「よし!」
デレーヌの要求通り、クロースルは酒の入った小瓶を渡した。するとデレーヌはすぐさま口をつけた。
「それでお二人は何をしていらっしゃったんですか?」
「……反省会かな」
酒を飲むデレーヌの傍らで3号とクロースルは状況説明を始めた。
「今回の外出の件ですか?」
「そうだね。デレーヌさん的には頑張ったみたいだけど駄目だったみたいだ」
デレーヌのやけ酒の理由は3号の予想通り今回のデートの失敗だった。
「クロースルさんはよく聞いていらっしゃるんですか?」
「うん、デレーヌさんが荒れている時はね。報酬はもらっているから問題ないよ」
「そうでしたか」
「その方が後腐れないからね」
「なるほど」
クロースルとデレーヌは長い付き合いだったが、親しい関係だからこそ金銭関係は大事にしていた。
「……ふぅ。……クロースル、次だ」
「はい、どうぞ」
会話の途切れとほぼ同じタイミングでデレーヌが先ほど開けたばかりの小瓶を飲み干し、次の酒をクロースルに催促した。
「……ここの小瓶は全てデレーヌさんが飲まれたんですか?」
「自分も付き合いで2本は飲んだけど後はデレーヌさんだね」
「……そうですか」
改めて3号はその場に十数本転がった空き瓶を見て言葉を詰まらせた。
「……あ~、やっぱりクローセル特製ブレンドの酒は効くなあ」
「ありがとうございます」
デレーヌが飲んでいる酒は既製品の酒にクロースルが自家製の味付き疲労回復ポーションを混ぜたものだった。そのため度数は低めだが、ポーションの効果によってかなりの高揚感が得られた。もっともいくら度数が低いといっても十数本も飲めば関係なく、デレーヌはかなり酔いが回っていた。
「……ひっく、……そうだ。3号、せっかくだからお前にも私とあいつとの馴れ初めを話してやろう」
小瓶を一気に半分ほど飲み干したデレーヌが3号へと話しかけてきた。しかし、その目は酔いによって虚ろで焦点が定まっていなかった。
「ケフェッチさんとのですか?」
「ああ、そうだ」
3号の質問にデレーヌは頷いたが、その動きは緩慢で大振りだった。
「私が聞いても大丈夫でしょうか?」
「……私が許す」
「了解しました」
3号も二人の出会いには興味があったので大人しく聞くことにした。もっとも今のデレーヌの場合、例え断ったとしても語ったであろうことは想像に難くなかった。
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「……これが私たちの馴れ初めだ」
「……そんなことがあったんですね」
語られたデレーヌとケフェッチの馴れ初め及びデレーヌの過去は3号が想像していた以上に過酷なものだった。そのあまりの内容に3号は何度か確認したが全て偽りのない真実だった。
「まあ、最初だとそう思うよね」
3号が衝撃を受けている一方で3号と共にデレーヌの過去語りを聞いていたクロースルは至って平静だった。
「クロースルさんは何度か聞いていらっしゃるんですか?」
「正確には数えてないけど毎回一回はこの話があるし、多い時は三回ぐらいあるしね。まあ、50は超えていると思うよ」
「……50回ですか?」
3号はクロースルの『50回』という言葉に目を丸くした。クロースルも最初の方はデレーヌの過去話に真剣に耳を傾けていた。しかし、何十回と聞かされているうちに聞き飽きてしまってしまっていた。
「そうでしたか」
「そういえば3号さんはこんな時間に一体どうしたんだい?」
「……そうでした。これ、ゴーツさんからの届け物です」
クロースルの言葉にここに来た理由を思い出した3号はくゴーツからのお使いの品を取り出した。
「ゴーツさんからの? ……嫌な予感がするな」
クロースルはそれを怪訝な顔をしながら受け取った。そしてその予感は当たっていた。
「……そういうことか。3号さん、これ」
「え、これは……」
「今回もゴーツさんの手の平だったってことさ」
ゴーツからの届け物の中身を確認したクロースルは、しばしの沈黙の後、3号にもそれを見せた。それは「明日は休みでいいぞ」と書かれた紙だった。
これによりゴーツがこの状況を予見していたと察した3号はこのまま揃ってデレーヌの愚痴に付き合うことにした。そしてデレーヌの馴れ初め話は過去最高記録を更新した。
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