2-2 酒場の日常Ⅱ(1/2)

「3号ちゃ~ん♪」


 3号のメモリア生活三日目。二日目同様酒場で働いている3号へとユウリがまた抱き着いた。


「おはようございます。ユウリさん」


「おはよう、3号ちゃん。今日も可愛いわね♪」


「ありがとうございます」


ユウリに抱き着いた3号はそのままユウリへと挨拶を返した。抱き着きも三回目ともなると完全に慣れていた。


「いや、3号ちゃん。そこはちゃんと言っておかないとどんどん過激になって来るぞ」


 二人のやり取りを見ていたイバラが3号へ指摘を入れた。


「そ、そうでしたか?」


「ないない。そんなことないから」


「いや、あるだろ」


 イバラの言葉にユウリは3号から離れ、手を大振りに振って否定をした。その弁明にイバラは大きくため息をついた。


「今日はお二人なのでしょうか?」


「ああ、クロースルは今日休みだ。三日連続最深部はきついっていうのと道具の補充もしないといけないっていっていたからな。……寂しいぜ」


 そんな中、3号はクロースルがいないことに気づき、そのことを尋ねるとイバラは寂しげな表情を浮かべながらクロースルの不在の理由を答えた。


「そうでしたか」


「というかクロースルはそっちの方がメインだしね」


「お忙しいんですね」


「この町じゃゴーツさんの次ぐらいには忙しそうだからな」


「道具の方は私も世話になっているから倒れない程度に頑張ってほしいわね」


「それから……」


「お前たち、いい加減3号ちゃんを解放してやれ」


 更に話を続けようとするユウリの言葉を本日の3号の指導係であるズラが遮った。


「確かに邪魔しちゃ悪いな。ほら、行くぞ。ユウリ」


「嫌だ~。もっと3号ちゃんと話したい~」


 イバラは駄々をこねるユウリを酒場の席まで引きずっていった。


「ズラさん、すみません」


 ユウリから解放された3号はズラの元まで移動すると頭を下げた。


「何、あいつ相手なら仕方ない。あと、こういう時は『すみません』より『ありがとう』の方がいいぞ」


「すみま……ありがとうございます」


「いいってことよ」


 慌てて言葉を言い直した3号にズラは兜越しの笑顔で返した。その後、ユウリたちが会計を終えて酒場から出る時にも多少のトラブルはあったもののそれからは特にこれといったこともなく時間が流れていった。


____________________



「ふむ、それでは両者合意とみてよろしいかの?」

 時間は流れ、昼下がりの酒場では本日3回目の決闘が始まろうとしていた。


「ええ! 今こそ吾輩の鍛錬の成果を見せる時!!」

 ゴーツの決闘の確認に筋肉隆々の半裸の大男が己の筋肉を見せつけるようなポーズを取りながら頷いた。その手足は丸太のような太さで、ポーズを取るだけで周囲の空気が震えていた。


「……ふふ、威勢がいいですわね。ですがそのご自慢の肉体も私たちの愛の前では無力です! ねえ、ロマン様♡」


 そんな大男に対するは煌びやかな装飾が施されたドレスを着た女性だった。ドレスの女性は大男の人間離れした筋肉に全く臆することなく、勝利宣言をすると隣にいた美男へと強く抱きついた。


「ああ、勿論だよ」


「ロマン様~♡」


 ドレスの女性に抱き着かれた美男は身じろぎすることなく彼女を受け止め、優しい言葉とハグを返した。すると女性は感極まった声を上げながら更に強く美男へと抱きついた。


「……よろしい。ではこれよりバルク対ラブの決闘を開始する。賭けに参加する者は挙手をせよ」


 決闘の確認を終えたゴーツは改めて決闘の開始を宣言し、賭けの参加者を募り始めた。


「おっ、三強同士の対決か」


「この間はバルクさんが勝ったんだっけ?」


「……難しいな」


「賭けはしないけど見ごたえがあっていいわよね」


「ふむ、あの鍛え抜かれた100万点の胸筋はいつ見ても素晴らしい」


「悔しいけどそこは同意せざるをえない」


「男からしてもあの筋肉はほれぼれするからな」


 決闘の開始に周囲が騒がしくなり始めたが、それはトコース兄弟の決闘よりも激しい盛り上がりだった。


「それでは決闘を開始する!」


 ゴーツは賭けの集計を完了し、決闘の術式を発動した。すると大男、ドレスの女性、美男の三人が全員まとめて決闘空間へと転送された。


____________________



「さあ、かかってきなさい!」


「望むところさ!』


「ロマン様頑張ってください♡」


 決闘空間に転送された大男、バルクはその筋肉を見せつけるようにポージングし、美男、ロマンは腰に携えていた剣を抜いた。そしてドレスの女性、ラブは美男の背後で声高らかにロマンの応援を始めた。


「いくよっ!」


「ふん!」


 ロマンがバルクに向かって剣を振るった。しかし、それはバルクの左腕によって弾き返されてしまった。


「さすがだね」


「次はこちらから行きますぞ!」


 弾かれた衝撃を利用して後ろに下がったロマンに対して、バルクは距離を詰めると両腕によるラッシュを繰り出した。それは一撃一撃が必殺の威力だったがロマンは涼しい顔をしながら的確に避け、あるいは受け止めた。


「ぐぬぬ……」


「ロマン様カッコいいです~♡!!」


 全力のラッシュをやり過ごされたバルクは唸り声を上げ、後方でロマンの剣捌きを見ていたラブは黄色い歓声を上げた。


____________________



「やっぱりあの二人は凄いな」


「勝てる気がしない」


「相変わらず両方とも人間じゃねえ……ロマンの方は元から人間じゃないけど」


「しゃー! ロマン、そこだー! いけー!」


「負けるな、バルクさん!」


 お互いに音声は聞こえていないものの、バルクとロマンの白熱した決闘の様子を酒場の面々は興味深く、あるいは熱狂的に見つめていた。


「……すみません。ゴーツさん。一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「ふむ、なんじゃ?」


 周囲が戦いの行方を固唾を飲んで見守る中、3号がゴーツへと近づき小さく声をかけた。


「三強というのはあの方々がこの町で一番お強いということでしょうか?」


 3号は三強という言葉の意味を知らず、場の盛り上がりに馴染めなかったためゴーツに三強の意味を尋ねた。


「うむ。概ねその解釈で間違いない。儂という人間を辞めた例外を除けばあやつらがこの町で最上位の強さを持っておる。もっともそれは単純な一対一の真っ向勝負での話じゃから条件次第では勝てる者もおるがな」


「そうでしたか。ありがとうございます」


 三強の説明を受けた3号は丁寧に頭を下げた。


「別に気にせんでよい。ついでじゃから紹介をしておこう。まずは筋肉隆々の大男の方、バルク。まあ、あやつの強さは見ての通りその筋肉じゃ。鍛え上げられたあやつの肉体は強化魔法なしで武器と真っ向から渡り合える」


「……え? あれは強化魔法を使ったりはしていないのですか?」


 ゴーツの追加の説明に3号は目を丸くした。なぜならバルクのように素手で金属製武器と正面から戦うには通常であれば魔力による肉体強化が必須だったからだ。


「ああ、バルクは代々魔法使いの家系として生まれたものの魔力に乏しく、魔法への才能もなかったからのう。そのためにあやつは家を飛び出し、筋肉を極めるに至った。儂も長年、色々な人間を見てきたがあれを超える筋肉には出会ったことがない」


「そうでしたか」


 3号は続くゴーツの説明にバルクの筋肉の異常さについて納得した。


「総評として三強の中で一番強靭な肉体をしておる。しかし欠点として筋肉に自信があるせいで回避行動を取ろうとしない点や搦め手に弱いのが玉に瑕じゃな」


「……確かに攻撃を避けたりせずに受け止めてばかりされていますね」


 3号が横目で決闘中のバルクの方を見ると明らかに回避が間に合いそうな場面でも、ロマンの長剣の一撃を受け止めていた。また疲労のせいか動きも悪くなってきており、自慢の筋肉にもいくつかの傷があった。一方で彼と対峙しているロマンには一切の傷がなく、攻撃のペースも落ちていなかった。


「それでは続いてもう一人の三強について紹介しておこう。それがあの後ろにいる女子ラブじゃ」


 ゴーツが戦っている二人の後方にいるラブへと目をやると、3号は首を傾げた。


「……女子? バルクさんと戦っている方が三強ではなかったのですか?」


「ああ、あの細身の男、ロマンはラブが造り出した使い魔じゃからな。ロマンの強さこそがラブの強さといえる」


「あの男性の方が使い魔ですか? 私、使い魔はもっと小さい小動物だと思っていました」


 使い魔とは術者に従う僕である。そして一般的な使い魔は3号の言う通り、小動物を魔力で調教や改造したり、物質に疑似生命機能を付加したものだった。


「使い魔を作ること自体は魔力さえあれば出来る。しかし、素体がないと外見から内部の機構まで全てを自分で作らねばならない。じゃから大抵の使い魔は小動物や物を改造して作るのじゃ」


「……確かにそれは大変そうですね」 


 ホムンクルスである3号は製造主であるチモックが理想のホムンクルスを作るのにどれだけ苦労をしたのかを知っていた。そのため使い魔作成の難易度のよく分かった。


「人型の使い魔を作ろうとする者は多いが、その複雑さからほとんどのものが投げ出してしまう。しかし、幼いころに読んだ物語の王子に憧れたラブは理想の王子様を作り上げたのじゃ」


「理想の王子様、ですか?」


「そうじゃ。見た目も性格も強さも何もかも完璧な、ラブにとって理想の男性像。それがロマンじゃ。まあ、その分魔力の消費が激しく、戦闘となればラブ本人はまともに動けなくなるのが欠点じゃな」


「だから後ろの方で応援されているのですね」


 3号はゴーツの説明にラブの方へ見た。一見すると後ろでただ応援しているだけの彼女だったが、よく見ると体はふらつき大量の汗を流していた。


「ロマンはどれだけ傷つこうとラブの魔力によって回復するがラブ本人は消耗する一方じゃからな。ラブのあの様子からしてそろそろ終わりそうじゃ」


「え? あっ、ラブさんが倒れました」


 ゴーツの言葉の直後、ラブはその場に倒れ伏した。そしてその瞬間、ロマンの姿が霧散してしまった。


「……というわけでこの決闘。バルクの勝利じゃ」


「よっしゃー!!」


「……マジかよ」


「外したけどいい勝負だった」


 決闘の決着により周囲は一気に沸き立った。肉体と精神、それぞれ人間離れした強さを持つ者同士の力は均衡しており、その戦いは周囲に尊敬と畏怖を与えた。


「……ふぅ、今回はなんとか勝利出来ましたが……まだまだ鍛錬を積まねばなりませんね」


 決闘空間から現実空間へと戻されたバルクは大急ぎで会計を済ますと酒場から出て行った。


「すみません。ロマン様。私の愛が足りないばっかりに……」


「いや、むしろここまで戦えたのはラブのお陰だ。だから気を落とさないでほしい」


「ロマン様♡」


 一方の回復したラブと復活したロマンはそのまま酒場に居座り、いつものようにイチャイチャし始めた。


「そういえばゴーツさん。三強ということはもうお一人いらっしゃるんですよね?」


「ああ、じゃがもう一人は3号。お主もそれなりに知っておる。デレーヌじゃ」


「えっ、デレーヌさんがですか!?」


 もう一人の三強の正体を聞かされた3号は驚きの声を上げた。


「以外か?」


「いえ、でもまさかそれほどとは」


 3号もデレーヌの今までの立ち振る舞いから一定以上の強者だとは考えていたがそこまでとは思っていなかった。


「まあ、デレーヌは他二人のような分かりやすい強さではないからな」


「それはどういう?」


「デレーヌの強みはあらゆる状況への対応能力じゃからな」


「対応能力ですか?」


「端的に言うと勘が凄くいい」


「……勘、ですか?」


「ああ、勘じゃ。じゃが勘と言えどあやつの勘は一味違う」


ゴーツの説明に3号はいまいちピンと来ていなかった。しかし、デレーヌの強さは実際に見ないと分かりづらいものであるため、彼女の反応も仕方なかった。


____________________



「……zzz」


 メモリアへ向かう馬車の中、昨晩思い悩んだ末に一睡も出来なかったデレーヌは寝息を立てて眠っていた。


「……ふふふ、かわいい妹さんね」


「いや、デレーヌは……うわっ!」


 馬車に同乗していた老夫婦がケフェッチとデレーヌのことを兄妹と勘違いして声をかけてきた。そのためケフェッチはそれを訂正しようとしたが、突然馬車が急停止し車体が大きく揺れた。


「おらおら! 端っこに寄って金目のものを出しやがれ。そうすれば命までは取らねえよ」


「あ~、なんだ。若い女いねえのかよ。つまんねえな」


 その直後、馬車の中に武器を持った二人組の男が乗り込んできた。


「ご、強盗……」


「婆さんや、ここは言う通りにしておこう」


「こんな時に」


「……zzz」


 突然現れた強盗に老夫婦とケフェッチは慌てていたが、デレーヌは未だに夢の中にいた。


「おい、ガキ。お前も移動しやがれ」


「危ない!」


「おい、じっとしてろ」


 強盗の一人が寝たままのデレーヌに掴みかかろうとしたため、ケフェッチは間に割って入ろうとした。しかし、それはもう一人の強盗に止められてしまった。


「ぐえっ⁉」


そしてその直後、デレーヌに掴みかかろうとした強盗がうめき声と共に馬車の外まで飛んでいった。


「な、なんだ!?」


「……だから危ないっていったのに」


「……zzz」


 残された強盗が突然の事態に驚く一方で、ケフェッチはため息をついた。その二人の視線の先、先ほどまでもう一人の強盗がいた場所にはデレーヌが寝たままの状態で立っていた。


「ガキだからって容赦は……ぶえっ!」


 激昂した強盗がデレーヌに殴りかかるが、デレーヌは寝たままそれを華麗にかわし、カウンターの裏拳を叩き込んだ。そしてカウンターをもろにくらった強盗は先ほどの強盗と同じく馬車の外へ飛ばされていった。


「……zzz」


「……すごい」


「あれは本当に寝たままなのか?」


「はい。デレーヌは昔色々あって寝たままでも戦えるんです。ただあの状態だと敵味方の区別とかはつかないので絶対に近寄らないでくださいね」


 怯える老夫婦の質問にケフェッチは答えた。極限まで研ぎ澄まされた勘のおかげでデレーヌは常に相手の攻撃を見切り、相手に会心の一撃を叩き込むことができた。そしてそれは寝た状態でも変わりなかった。


「……分かったわ」


「了解した」


 老夫婦は先ほどの強盗たちの惨状を思い浮かべ、ケフェッチの言葉通りしばらくじっとするよう心得た。


「ん、どうしたお前ら。まさかやられたのか」


「ちょっと痛い目をみてもらう必要があるみたいだな」


そうこうしているうちに騒動に気づいた強盗の仲間たちが馬車の前へと集まってきた。しかし、それを察知したデレーヌによって一分も立たずに全滅してしまった。


「……zzz」


 強盗たちを返り討ちにしたデレーヌはその場の地面にそのまま横になっていた。


「……デレーヌってば。そんなところで寝たら髪が痛むよ」


 ケフェッチは地面に寝ているデレーヌを見かねてお姫様抱っこの状態で持ち上げた。


「……君、触って大丈夫なのかい?」


 デレーヌに接触したケフェッチを見た老夫婦の夫が恐る恐る声を掛けた。


「ああ、僕は長い付き合いなので大丈夫ですよ」


「そうか。というか君たち、兄妹じゃなくて恋人だったんだな」


「恋人? 違いますよ。僕は一回振られた身。ただの友人です」


 老夫婦の言葉にデレーヌに振られたケフェッチは首を横に振った。


「とてもそうは見えないがね。なあ、お前もそう思うだろう?」


「ええ。彼女、あなたの腕に抱かれてとても気持ちよさそうに眠っていますよ」


 老夫婦の言う通りデレーヌはケフェッチの腕の中ですやすやと安眠していた。


「そうですかね?」


「……これは難儀しそうじゃな」


「そうですねえ」


 長年の経験から二人の関係を概ね察しした老夫婦は二人の関係がよくなることを願った。そして馬車は気絶している強盗たちを縛って最寄りの街の衛兵に引き渡すと終点であるメモリアへと向かった。



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【キャラ情報】


名前:バルク

種別:人間♂

年齢:27歳

身長:190㎝


名前:ラブ

種別:人間♀

年齢:21歳

身長:155㎝

胸囲:Cカップ


名前:ロマン

種別:使い魔♂ 

稼働年月:6年

身長:177㎝

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