2-1 酒場の日常Ⅰ(3/3)

「う~ん、3号ちゃんの真心がこもったパンは美味しいわ」


「いや、3号ちゃんは袋に詰めただけだろ」


一方その頃、クロースル、ユウリ、イバラの3人は封魔の大地最深部の結界にて休息をとっていた。


「3号ちゃんが頑張ってくださいねって渡してくれたんだもん!」


「どう考えても営業用の言葉だろ、それ」


「ところでマナポーションいります?」


 イバラは律儀にユウリに突っ込んだが、クロースルはユウリの言葉を無視して魔力回復用のポーションの購入を勧めた。


「あっ、じゃあ俺オレンジ一つ」


「酷い~。私はブドウ一つ」


「100Gです」


「はいはい。100Gね」


「ほい」


「確かに。はい、どうぞ」


 二人から小銭でお代を受け取ったクロースルは、それぞれ橙色の液体と紫色の液体が入ったガラス瓶をそれぞれ手渡した。


「はあ、生き返る~♪」


「やっぱりクロースル特製のマナポーションはうまいな」


 瓶を受け取った二人は早々と瓶の蓋を開けると、それを一気に飲み干した。クロースルが二人に手渡したポーションは魔力の回復効果に加えて果物の味付けがされたクロースル手製の品だった。個人作業で数が作れないのと日持ちしない欠点はあったが格安で質も味もいいため、クロースルの販売する商品の中でも売れ筋の一つだった。


「それほどでも」


 クロースルはイバラに軽く頭を下げると、自分用にリンゴ味のマナポーションの入った瓶を口にした。


「でもやっぱりこっちは大変ね」


「そうだな。強さはともかく量が段違いだ」


「お二人とも、十分余裕そうに見えますけどね」


 ユウリとイバラは普段は最深部から少し離れた地点で少し弱めの魔物を狩っていた。そのため二人とも、最深部に来たのは久しぶりだったがそれでも余裕があった。


「今日一日戦うだけだったらなんとでもなるけど、連日となると毎日お店にいく体力はなさそうなのよね」


「それはそうだな」


 この二人が効率のいい最深部でも狩れる実力者であるのにそれをしない理由は、夜に使う体力がなくなるという性欲まみれな理由だった。


「……お金を貯めるんでしたよね?」


「今日はいかないわよ。今日は。でもそれが何日も続かないじゃない」


「……そうですか」


「そうよ」


 元よりクロースルはユウリが3号を巡るライバルにはならないと考えていた。その自信がユウリの言葉によって更に強固になった。


「俺はそもそも関係ないしな」


「そうですね」


 一方で特に目的のないイバラは暢気に構えていた。しかし、関係ないといいつつもユウリに付き合って最深部まで来るあたりコンビとしての相性は本当よかった。


「ねえ、それはそれとしてクロースル。物は相談なんだけど……」


「お金なら貸しませんよ」


 話題を変えようとしたユウリだったが、内容を先読みしたクロースルに遮られてしまった。


「よく分かったわね」


「そりゃあ、まあ」


「いや、分かるだろ。普通」


 思考を先読みされて驚くユウリだったが、クロースルに加えてイバラも頷いた。


「……それじゃあ2万でいいから買って」


「遠慮しておきます」


 ユウリはそう言いながらクロースルに迫ったが、きっぱりと断わられた。


「どうしても?」


「はい」


 ユウリは念押ししたが、クロースルの答えは変わらなかった。


「1万……いや、5000Gでいいから」


「いえ、わざわざお金を払ってまで人を抱く気にはなれないので」


 値下げ交渉に入るユウリだったが、クロースルは断固として首を縦には振らなかった。


「ケチ~!」


「はは、相手が悪かったな。そもそもクロースルは金を払ってでも相手してもらった方がいいレベルだぞ」


イバラはうなだれるユウリの肩を軽く叩きながら励ました。


「ん~、確かにエローナさんの自慢の息子だからテクは凄いんだろうけどやっぱり男とする気は起きないのよね」


「なら仕方ないな。俺もエローナさんとは全くする気起きないし……なあ、クロースル。本当にもう辞めちゃうのか?」

 

イバラは声のトーンを落とすと話す相手をユウリからクロースルへと切り替えた。


「ええ、流石にすぐというわけではないですけどもう他の方との兼ね合いを考えると多くて2、3回ですね」


「……そうか」


 クロースルの言葉を聞いたイバラはがっくりと気を落とした。


「え、何の話?」


 そして二人の会話についていけないユウリは、不思議な顔をして二人へ尋ねた。


「もう少しで目標金額に届きそうなのでそろそろ売りはやめにするって話ですよ」


「ああ、そういうこと」


 クロースルの言葉を聞いたユウリは納得した。今では道具作成や戦闘で稼げるようになったクロースルだが、まだこの町に来た当初はどちらも未熟で体を売る方がメインの稼ぎになっていた。それが今でもダラダラと続いていたが、目標金額に達しそうなので近いうちに辞めることをクロースルは昨日の夜にイバラに伝えていた。


「まあ、金が十分に貯まったら体を売る必要がないのは分かるけど寂しいことには変わらないさ」


「うん、確かにそれはショックよね。私もお気にの子に突然辞めるなんて言われたらショックだし」


「……一応聞いておきますけど店通いを辞めて一人の人と付き合うとかはないんですか?」


「それじゃあクロースル、俺と付き合うか?」


「ないです。仕事だからやっているだけで自分にその気はありません」


 イバラの解答にクロースルはすぐさま首を横に振った。


「私はそうねえ、一人の女の子に決めるのも悪くないけどもうちょっと遊びたいのよね」


「俺もそっちだな。クロースルがいなくなると相手が3人になるからきついんだけど」


「ほんと変なところで似てますよね」


「はは、そうね」


「そうだな」


 ユウリとイバラは互いの顔を見て笑いあった。性的嗜好は正反対の二人だが本当に似た者同士だった。


「それじゃあそろそろ行きますか」


「だな」


「いきましょう」


 休憩を終えた三人は軽く体を解すと、魔物狩りを再開した。


____________________



「なあ二人ともちょっといいか」


「ズラさん、どうかしましたか?」


 昼時が過ぎ、酒場の混雑が収まりかけていた。そんな時、3号とファンへと声をかけてきた。


「ちょっと食料品を取りに行こうと思うんだが、3号ちゃんも一緒にどうだ?」


 ズラの話は食料品の運搬ついでに3号に倉庫の案内をするという誘いだった。


「そうですね。今なら余裕もありそうですし……3号さん、今から食品の補充に行くので一緒に来てもらえますか?」


「はい。了解しました」


 ファンと3号はズラの提案に乗り、ズラと共に食料倉庫へと向かった。


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「酒場で使う食料品が置かれているのはこの第1倉庫になります」


「それから中は冷気の魔法陣のおかげでちょっと寒いから気をつけてな」


「はい。了解しました」


 ズラが簡単な説明をした後、食料倉庫の鍵を開けると冷えた空気が外に漏れ出た。倉庫の中には様々な食材が安置されていたが、その光景に3号は違和感を覚えた。


「……見た目よりも広くありませんか?」


「ああ、ここの倉庫には空間拡張の魔法も掛けられているから外見よりも広くなっているんだ」


 この世界には空間拡張の魔法が存在し、実際の容量よりも多くの容量を入れることが可能になっていた。


「そういうことでしたか。ありがとうございます」


「なに、俺もこれには驚いたよ。袋サイズならよく見るけどここまで大規模なものは初めてだったからな」


「そうですね。私も初めてです」


 しかし、空間拡張の魔法は規模が大きくなる程、術式の難易度や魔力の消費が大きく倉庫程の規模となると滅多に見かけないものだった。それが出来るのはゴーツの技術力と魔結晶という高魔力資源という二つがあってこそだった。


「話はそれぐらいにしてさっさと取り出そう。あんまり開けっ放しにすると食材が悪くなっちまう」


「確かにそうですね」


「それじゃあ俺は肉を持っていくから二人は粉の方を頼む」


「はい。了解しました」


 ズラは倉庫へ入ると吊られた肉の塊を袋に詰めて担ぎあげた。


「それじゃあ3号さん、私と一緒にこっちの小麦粉の入った袋を持って行ってくれますか?」


続いてファンも倉庫へ入り、小麦粉の詰まった袋が並んでいる一角へと移動した。


「了解しました」


「結構重いので無理だったら言ってくださいね」


「これぐらいなら大丈夫です」


 小麦粉の袋は大きくそれ相応の重さで体の大きいファンでもそれなりに力を入れる必要があった。しかし、3号はそれを片手で軽々と持ち上げた。その光景にファンは目を丸くし、離れた場所にいたズラも動きを止めた


「3号さんって力持ちなんですね」


「はい。私はホムンクルスですから力はそれなりにあるつもりです」

 

3号たち、チモック製のホムンクルスは護衛も出来るよう調整されていた。そのためその力は一般成人男性を優に超えるものだった。


「普通に会話や仕事が出来て、力も人並み以上で見た目もいい。そりゃあ値段が高いのも納得だな」


「確かにそうかもしれないですね」


 朝から3号の働きぶりを見ていたズラとファンは改めて3号の値段について納得し頷いた。


「はい。チモック様はホムンクルス一体一体をこだわって作っておられるので他のホムンクルス製造者の方々と比べて値段も高めですがその分品質は高くなっています」


 二人にホムンクルスとしてのスペックを褒められた3号は笑みを浮かべた。


____________________



「3号ちゃん、ただいま~」


「ユウリさん、お疲れ様です」


「……本当にこの人は」


「やっぱり一回絞めておいた方がいいんじゃないか?」


 夕方、朝方と同じく仕事中の3号にユウリが抱き着き、その姿にクロースルとイバラが呆れていた。


「とっとと換金に行くぞ」


「二人に任せるわ」


 イバラはユウリに3号から離れるように言ったが、ユウリは全く離れる気がなかった。


「……よし、クロースル。今日の分は二人で山分けしようぜ」


「いいですね。そうしましょう」


 3号から離れようとしないユウリに、イバラとクロースルは強硬手段を取った。


「ちょっ、待った。待ちなさいよ。3号ちゃん、またすぐ戻って来るからね~」


ユウリも報酬を取られるわけにはいかなかったので、慌てて3号から身を離すと男二人を追いかけた。


____________________



「おいし~」


「なんだかんだ何年も料理人をやってるだけのことはあるなあ」


「どうだ、お前ら。これが俺の本気だ」


 酒場の閉店後、昨日の3号の賄いに対抗して本気を出したズラの賄いは中々に好評だった。


「美味しいけどちょっと大人気ない気がする」


「確かに」


 味が良かっただけにズラの本気を出した理由に酒場の一同は少し残念な気持ちになった。もっとも、料理の経験年数でいえば3号とズラの間にそこまでの差はなかった。


「まあまあ、美味しいならいいじゃないですか」


「確かに」


「それはそう」


「当たりの賄いが増えるのはいいことだ」


 ファンのフォローで場の雰囲気は元に戻り、和気あいあいと賄いを楽しんだ。


「それで3号さん、どうでしたか?」


そんな中でファンは3号に初日の感想を尋ねた。


「あっ、はい。私なりになんとか精いっぱいやれたつもりではあります。ただ何か出来ていないことがあれば皆さん、おっしゃっていただければすぐに直しますのでおっしゃってください」


 ファンの質問に3号は自信がなく答えた。


「それなら大丈夫ですよ。基本的な仕事は問題なく出来ていましたし、何か分からないことがあってもすぐに聞きに来てくれましたから」


「ああ、厨房から見ているだけだったけど初日からあれだけ動けりゃ上出来だ」


「確かに3号ちゃんいい意味で初日って動きじゃなかったしね」


 ファンの言葉に周囲も賛同し、3号の働きぶりを褒めたたえた。


「ところで私、明日はお休みで3号さんの指導を誰かに頼もうかと思っていたんですけどどうしましょうか?」


 3号の評価が終わると、ファンは自分が明日休みの予定であることを切り出した。


「……なら明日は俺が担当しよう。といっても今日の3号ちゃんの動きを見る限りそんなに教えることはなさそうだけどな」


 皆が迷う中、ズラが3号の指導役に名乗りを上げた。基本的に厨房のズラが給仕の指導をすることはなかった。しかし、3号が初日から十分働けており、指導に付きっきりにならなくてもよさそうなためズラは指導役を引き受けた。


「それは確かにそうですね。すみません、お願いします」


「何、慣れない指導係は疲れるだろ。休みの日はゆっくり休んでくれ」


 ファンが指導を引き受けたズラへと頭を下げると、ズラはファンの労をねぎらった。

「というわけで3号さん。明日はズラさんが私の代わりに指導担当になりますので何かあったらズラさんに相談してください」


「はい。了解しました」


 こうして3号の酒場初日は大きな問題もなく終わりを告げた。


____________________



「あ~、へやがひとつしかあいてないとかついてないな~」

 

3号たちが賄いを食べている頃、メモリアから離れた街の宿屋の一室でデレーヌはわざとらしく声を上げた。


「そうだね。僕は床で寝るからデレーヌはベッドを使ってくれたらいいよ」


 メモリアに帰る前に街で一泊する予定だったデレーヌとケフェッチだったが、宿屋の部屋に空きがなく一つの部屋で泊まることになった。しかし、実際はデレーヌが宿屋に先回りして口裏を合わせていたからだった。


「いや、ここのベッドは広いしお前もベッドで寝て構わないぞ」


「そう? ならお言葉に甘えてそうさせてもらおうかな」


(……よし!)


 二人で一つのダブルベッドに寝ることになったデレーヌは心の中でガッツポーズを取った。


「それじゃあ悪いけど僕はもう寝るね。久々の馬車は結構疲れるね」


「……えっ、あっ、そうか。なら早く休めよ」


「それじゃあお休み。また明日」


 そういって横になったケフェッチからはすぐに寝息が聞こえてきた。


「……いっそやるか?」


 デレーヌは無防備なケフェッチ相手に強引に既成事実を作ろうかと考えた。しかし、結局考えるだけで何も出来ず悶々としたまま朝を迎えることになった。

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