2-1 酒場の日常Ⅰ(2/3)
「いらっしゃいませ~」
「あっ、3号くん、おはよう。今日もいい髪だね」
「そういえば今日からここで働くんだったな」
クロースルたちが出て行ってしばらくするとまた新しい客が入って来た。それは大浴場の番頭、ケフェッチと金髪碧眼の小柄な女性だった。
「おはようございます。ケフェッチさんに……デレーヌさんですよね?」
3号は恐る恐る金髪の女性に名を尋ねた。背丈や顔つきから彼女をデレーヌだと思ったが、髪も瞳の色も違い、服装もあちこちに装飾の施された平服だったためその判断に自信が持てなかった。
「ああ、これから他の街まで買い物に行くんだけどそのままじゃ目立って仕方ないからな。こういう時はこのペンダントを使っているんだ」
不安が顔に出ている3号に対して、デレーヌは首にかけたペンダントを手に取った。そのペンダントには彼女が言った通り、周囲に髪と瞳の色を誤認識させる効果があった。なお製作者はクロースルであり、ゴーツ監修のもと作成されていた。
「なるほど、そうでしたか。これから街へ……昨日から思っていたのですけどお二人はお付き合いをされているのですか?」
3号の何気ない質問に、酒場全体の周囲が凍り付いた。もっとも若い男女が二人きりで他所の街へ、しかも片方は明らかに気合の入った服装となるとそう考える方が自然だった。
「……い、いや違うぞ。こいつはただの荷物持ちだ。だ、誰がこんな髪好きの変態と付き合うっていうんだ!」
3号の質問を強く否定するデレーヌだったが、その声は上ずり、顔も赤くなっていた。端的にいうととても分かりやすかった。
「デレーヌの言う通りだよ。僕らはただの腐れ縁さ」
一方のケフェッチはというとデレーヌとは対称的に申し訳なさそうにデレーヌの言葉を肯定した。
「……~!!」
ケフェッチの言葉を聞いたデレーヌは俯き、声にならない声を上げた。
「お、おぅ」
「……これはひどい」
「予定調和」
更に三人のやり取りを静かに静観していた周囲は当人たちには聞こえない程度の小声で呟いた。
「それじゃあ3号さん、そういうわけだから」
「……えっ、あっ、はい」
ケフェッチは何事もなかったかのように酒場の席へと着いた。その後、粛々と食事を済ませた二人は定期便の馬車に乗って他所の街へと向かった。
「……行ったか」
「健闘を祈りたいけど今回も駄目だろうな」
「デレーヌさんだからな」
「ケフェッチのやつが鈍感なのもあるけどデレーヌさんがあれじゃなあ」
二人が去ると静かにしていた酒場の面々が口を開き出した。
「……えっとファンさん、よければ詳しい事情をお聞きしてもよろしいですか?」
今までの流れから訳ありだと確信した3号は近くにいたファンに二人の事情を尋ねた。
「そうですね。私も詳しいことを知っているわけではないんですけど一度ケフェッチさんからデレーヌさんに告白したことがあったそうなんです。ですがその時はデレーヌさんが思いきりケフェッチさんのことを振ってしまったそうで……その時のことが負い目になっていてデレーヌさん側から告白出来ずにいると聞きました」
「概ねその通りじゃな。デレーヌは昔、あの髪や瞳、肌の色で大変苦労してな。そんな時、ケフェッチがデレーヌの髪が綺麗だからと告白したのじゃ。ケフェッチからすれば純然な褒め言葉じゃったが長年あの髪で苦労したデレーヌはそうとは思えんかった。じゃから当時のデレーヌはケフェッチのことを振ったのじゃ」
ファンがデレーヌとケフェッチの関係について説明すると、補足する形でゴーツが会話に加わってきた。
「そんなわけがあったんですね。デレーヌさんの白い髪や赤い瞳はアルビノでよかったですよね?」
「詳しいのう」
「18号、27号、33号がそうでしたから」
「なるほど」
デレーヌの白い髪や赤い瞳は体の色素異常からくるものだった。3号はそれをアルビノを模したチモック製ホムンクルスが数体いたので知っていた。
「そういえばゴーツさん、いつからいらっしゃいましたか?」
「ちょっと前からじゃよ」
「……そうですか」
ゴーツの神出鬼没ぶりには未だに慣れない3号だった。
____________________
「「よし、やるか」」
酒場にあった時計が11時を指した。するとそれを見た二人の男性が立ち上がった。その二人は髪を左分けにしているか右分けにしているかの違いはあったが全く同じ顔立ちをしていた。つまりは一卵性双生児の双子だった。
「おっ、もうそんな時間か」
「昨日勝ったのはライの方だっけ?」
「でも通算だとまだレフの方が勝ってるからな」
そんな二人の様子を見て周囲がざわつき出した。そしてそうしている間にゴーツが二人の前へと現れた。
「それでは決闘を始めるとしようかの。お互い異論はないか?」
「「もちろんだ」」
ゴーツの問いに双子は同時に頷き、腰にかけていた双剣に手を掛けた。
「け、決闘ですか!?」
「さあ、どっちが勝つかね」
「この二人は本当に半々だからなあ」
「どっちが勝とうが盛り上がればいいんだよ!」
3号は突然の決闘という物騒な言葉に声を上げたが、周囲は決闘に盛り上がりを見せていた。
「ああ、そういえばまだその説明はしていなかったですね」
「大丈夫なんですか?」
「はい、物騒といえば物騒ですけど……実際に見た方が早いと思います」
困惑している3号にファンは慌てることはないと状況を見守るように説明した。
「ではいつも通り賭けを始めるとしよう。現在二人の戦績はレフ652勝ライ650勝158引き分け。一口1000G。レフが勝つと思うものは左手を、ライが勝つと思うものは右手を、引き分けだと思うものは両手をあげるのじゃ」
「よし、今日はレフに賭けるぜ」
「今日は流石にライが勝ちそうだな」
「引き分け来い!」
ゴーツの言葉に酒場の面々の多くが指輪を掲げた。
「……ふむ、レフ13人、ライ16人、引き分け4人か。……もう手を降ろしていいぞ。それでは始めるとしようかの」
魔法陣を描き、集計と集金を終えたゴーツは各人の手を降ろさせた。
「ああ、早くしてくれ」
「ふん、弱い奴ほどよく吼える」
「なんだと!」
「こらこら、まだ早い」
一方の双子は今にも斬り合いを始めそうな一触即発の雰囲気だった。
「では始めるぞ。……3,……2,……1,……転送!」
ゴーツがカウントダウンを終えると双子の姿がその場から消した。そして双子の消えた場所には巨大な画面が登場し、そこには双剣で斬り合う双子の姿が映しだされた。
「やれー!!」
「いけっ、そこだー!」
「やっちまえー!」
「……えっ、ええ?」
その双子の真剣勝負を見ながら酒場の面々は歓声を上げた。そのところどころ過激な言葉も混じるその光景に3号は困惑するしかなかった。
「大丈夫ですよ。3号さん。あのお二人は戦いが終われば転送前の状態に戻るので安心です」
困惑する3号にファンは決闘が終われば元に戻ることを説明した。二人が消えて転送されたのはゴーツが造り出した特殊な空間で、ファンが説明した効果があった。
「そうでしたか」
ファンの説明に3号は安堵した。
「はい。私も初めて見た時は驚きましたけどもうすっかり慣れてしまいました」
「慣れるものなんですね」
「はい。特にあのお二人、ライさんとレフさんはほとんど毎日のように戦っていらっしゃるので」
ファンはそう言いながら改めて双子、ライとレフの方を見た。
「毎日、ですか? どうしてそんなに」
「あのお二人は見ての通り双子なんですけどどちらが兄かを決めるためらしいです」
「……そんな理由でですか?」
二人の戦う理由を尋ねた3号は返ってきた“兄を決めるため”という理由に理解が出来なかった。
「あのお二人にとっては切実な問題のようで昔から喧嘩が絶えなかったそうです。そのせいで怪我もよくあったそうでそれをどうにかしようとゴーツさんがこの決闘のルールを作られたそうです」
「そんなにですか」
双子の兄弟ライ・トコースとレフ・トコース。通称トコース兄弟。二人の父親の家系では先に産まれたレフの方が兄で、母親の家系では後に産まれたライの方が兄という扱いだったためどちらが兄かという話がややこしくなっていた。そのためどちらが兄かを子供の頃から争っていた。
「ついでにいうと他の話し合いでは中々解決できない問題の処理や数少ない娯楽にもなっておるのじゃ」
「「ゴーツさん」」
ファンによる説明が終わったのを見計らって、ゴーツが補足のために現れた。メモリアは魔結晶のお陰で資源には苦労していないが、辺境ゆえに娯楽が少なかった。そのため決闘や決闘の賭けは数少ない娯楽の一つだった。
「娯楽は皆さんも楽しんでいらっしゃるので分かりますが、問題の解決策には少し乱暴ではないでしょうか?」
「あの二人はいつものことじゃから省いておるが、流石に問題の解決策とする場合には検討を重ねた上両者の合意や助っ人の参戦を認めておるよ」
「そうでしたか。すみません、思慮不足でした」
「何、完璧な方法でないことは分かっておるし意見はあるに越したことはない。これからもドシドシいってくれればよい」
「了解しました」
ゴーツの言葉に3号は小さく頷いた。
「俺が兄貴だ~!」
「ぐっ、明日こそは……」
「やったぜ!」
「くそ~、外した」
「流石に引き分けはないか」
3号たちが話しているその裏でレフに勝利したライは勝利の雄たけびを上げた。そして賭けの勝者と敗者の声も酒場に響いた。
====================
【キャラ情報】
名前:ライ・トコース & レフ・トコース
種別:人間♂
年齢:19歳
身長:170㎝
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます