2章(全6話) メモリアの日常
2-1 酒場の日常Ⅰ(1/3)
あらすじ
10年以上売れ残ったホムンクルス、3号。
彼女はゴーツ・ゴーマンという人物に買われ、彼の治める町メモリアで暮らすことになった。
彼女のメモリアでの新生活が今、始まる。
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『それでも俺は君を買ってみせる!』
「……今のは錬金素材の買いに行った時の……どうして今頃」
早朝、ホムンクルスの3号は昔懐かしい少年の声で目を覚ました。
「あの子、今何をしているんだろう。……でも私の事なんてとっくに忘れてるよね」
少年の存在は3号にとって一時的な気休めにはなっていたものの売れ残る日々の中で朧げなものになっていた。あの日から少年、もとい成長し青年になったクロースルが金を貯め続けていることを彼女はまだ知らない。
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「これでよし。今日も一日頑張りましょう」
自室の鏡の前で身支度を終えた大柄な少女、ファン。女給として働いている彼女は今日が初仕事である3号の指導のためにいつもより早めに役場へと向かった。
「……鍵が空いている?」
役場の裏口に着いたファンだったが、裏口の鍵が開いていることに気がついた。
「鍵のかけ忘れ? それとも……3号さん!?」
ファンが有事に備えて慎重に裏口を開けるとそこには掃除をしている3号の姿があった。
「あっ、ファンさんおはようございます。お早いですね」
「おはようございます。3号さんこそ、こんな早くから……それに鍵はどうしたんですか?」
「お屋敷にいた時もこれぐらいの時間から起きていたのでつい体が動いてしまって。それから鍵はゴーツさんに開けて頂きました」
「そうですか」
「なので叱るなら勝手に開けた儂を叱ってくれ」
「「ゴーツさん!?」」
二人の会話の最中、メモリアの町長であるゴーツが背後に出現し会話に割って入った。そのため二人は驚きながらゴーツの方へと振り返った。
「それは別に大丈夫です。どちらかというといつも唐突に現れるのをどうにかしてほしいです」
「それは難しいのう」
「そうですか」
「でしょうね」
ゴーツの突然の登場に慣れていない3号は驚いていたが、慣れたファンは呆れた顔をしていた。
「……そういえば3号さん、今日は昨日とは違うリボンなんですね」
ファンは髪を二つ結びにしているリボンが昨日と変わっていることに気がついた。
「はい。これも昨日のも妹がくれたリボンなんです。他にもいくつかありますけど、それを日替わりでつけているんです」
ファンの質問に3号はリボンに触れながら、それらが妹からの贈り物であること、それらを日替わりでつけていることを明かした。
「……妹。4号さんや5号さんということでしょうか?」
「はい。これはちょうど4号がくれたものなんです」
3号はファンの言葉に嬉しそうに答えた。
「そうでしたか。……っと、それはそうと3号さん、私もお掃除お手伝いますね」
「いえ、もう一通り終わったので大丈夫です」
リボンについての疑問が解けたファンは、3号へ掃除の手伝いを申し出た。しかし、3号はそれを断り、掃除の片づけを始めた。
「お待たせしました」
「いえ、むしろここまで綺麗に掃除をしてもらってありがとうございます」
ファンが役場内を改めて見渡すと、役場内は塵一つ残っていないほどきれいに掃除されていた。
「いえ、このぐらいでよければ毎日でも大丈夫です」
「毎日……ゴーツさん、3号さんも私たちと同じぐらいの仕事の間隔でいいんですよね?」
3号の言葉が引っかかったファンは、ゴーツへと話を振った。
「ああ、3号はやる気のようじゃが週に2,3日ほどは休んでもらおうと思っておる」
「ゴーツさん、私は毎日でも働けます!」
3号はゴーツの言葉に語気を強くした。
「いやいや、いくらホムンクルスとはいえ非人道的な扱いをするのは気が引ける。それに今は人手も余裕があるし無理に働くこともない」
「……そうですか」
3号はゴーツの言葉に頷いたがその表情はどこか不満げだった。
「不服か?」
「いえ、そういうわけでは……」
「ならこう言おう。これはお前の所有者としての命令じゃ。儂が休みの日といったら休み。以上」
「りょ、了解しました」
ゴーツは渋る3号に命令という形で指示を出した。その言葉にゴーツの所有物である3号は立場上従わざるを得なかった。
「というわけじゃファン。後は任せてもいいかの?」
「はい。分かりました」
多少、強引な形ではあるが話をつけたゴーツは話の主導をファンへと戻した。
「それでは3号さん。今から酒場での仕事の説明をしていきますね」
「はい、よろしくお願いします」
こうしてファンは3号へと酒場での仕事のレクチャーを開始した。その間に他の店員もやって来始め、その度3号の手によって綺麗になった酒場に驚きの声を上げた。
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「ようやくか。待ってたぜ。」
「あ~、腹が減った」
「お前、今日は何にする?」
「とりあえずいつものかな」
時間が流れ開店時間になると、入り口の前で待っていた二十名ほどの空腹の客たちが一斉に入って来た。小規模なこの町には飲食店はほとんどなく、そうなるのはいつものことだった。
「「「いらっしゃいませ~」」」
「やっぱり3号ちゃんかわいいな」
「そうか。あれが噂のホムンクルスか。確かにかわいいな」
「エロい意味じゃないかわいさがあるな」
「かわいさでも可憐さでもカレンに敵うものはいない」
「まあ、ロマン様ってば♡」
「はい、こらそこ抱き着いてないで。早く進んで」
「それより注文。早く、早く~」
客の多くは新しく入った3号が気になる様子で食堂はいつも以上に騒がしかった。
「誰か注文~!」
「はい。ご注文ですね」
早速、注文のために手が上げられたテーブルへと3号が駆けつけた。
「おっ、3号ちゃん。頑張ってるね」
「はい。頑張らさせていただいています」
「それじゃあ注文するね。黒パン2つとベーコンエッグとホットコーヒー」
「はい。黒パン2つ、ベーコンエッグ、ホットコーヒー。以上の3点ですね」
「うん。合ってるよ」
「はい。それではしばしお待ちください」
3号は注文を受けるとその場を離れ、厨房へと向かった。
「5番テーブル。ベーコンエッグ、黒パン2つ、ホットコーヒーお願いします」
「あいよ。ベーコンエッグだな。ちょっと待っててくれ」
「はい。お願いします」
厨房のまとめ役である大男、ズラに注文を伝えた3号はその間にパンと飲み物の用意を進めた。
「あいよ。5番のベーコンエッグ一つお待ち」
「はい。ありがとうございます」
そうこうしているうちにベーコンエッグが出来上がり、3号はそれらを持って客の元へと向かった。
「お待たせしました。黒パン2つ、ベーコンエッグ、ホットコーヒーです」
「ありがとう。頑張ってね」
3号は客のテーブルに注文の品を運んだ。そしてその働きぶりに客は感謝の言葉を掛けた。
「誰か注文を」
「はい。今、参ります」
その後も3号は酒場内をあくせく働いた。その動きはとてもスムーズでとても初日とは思えない働きぶりだった。
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「お疲れ様です。3号さん。忙しい時間は過ぎましたから今から昼近くまではゆっくりできますよ」
「そうですか」
開店から一時間ほど経ち、客のラッシュも落ち着いてきていた。
「なので一旦休憩でも……」
仕事に余裕が出来たためファンは3号に休憩を促そうとしたが、そんな時ちょうど新しい客が酒場へと飛び込むように入って来た。
「あっ、いらっしゃ……」
「3号ちゃ~ん」
「ユウリさん!」
酒場に入って来たのは同性好きの女性、ユウリだった。彼女は3号の姿を確認すると更に勢いを増して3号へと抱き着いた。またその背後には彼女の相棒である同性好きの男性、イバラとクロースルの姿もあった。
「だからユウリさん、こういうことはやめてくださいって」
「朝っぱらから飛ばし過ぎだぞ」
「3号さんに迷惑ですよ」
「ああ、大丈夫です。こういうことは妹で慣れているので」
ファン、イバラ、クロースルの三人がユウリのことを咎める中、抱き着かれた3号本人はそれほど気にしていなかった。
「妹? そういえば3号ちゃんって姉妹がいるんだっけ?」
そして3号に抱き着いた張本人であるユウリは3号の“妹”という単語に食いついた。
「はい、ホムンクルスなので血は繋がっていないのですが今のところ55号まで造られています。特に4号のホムホムはスキンシップが激しいんです」
「3号ちゃんが55人。より取り見取りね」
「ホムホム……」
「安直すぎるな」
「さっきの4号さんってそんな名前なんですね」
ユウリは3号の姉妹たちに興味津々だったが、クロースル、イバラ、ファンは4号の名前の方に興味が向いていた。
「いえ、私は失敗作なので他の皆はユウリさんよりも大きいぐらいですよ」
ユウリのより取り見取りという発言に、3号は自分のようなものはいないと訂正を加えた。その発言にユウリは目を丸くした。
「大きいって身長が? それとも胸?」
「身長も胸囲もですね。特に胸はユウリさんより2周りは大きいです」
「……二周りだと!?」
「ユウリより二周り?」
「流石に誇張が入ってない?」
胸の話になった途端に周囲の声もざわめきだした。ユウリの胸のサイズは一般的に巨乳と呼ばれる部類である。しかし、トップバスト100cmが最低ラインのチモック製ホムンクルスが相手では分が悪かった。
「実際そんなもんじゃぞ。チモック製ホムンクルスは3号を除き、これぐらいの大きさをしておる」
3号の発言に周囲が戸惑う中、いつの間にか酒場にいたゴーツがユウリよりも背丈も胸部も大きい女性の模型を造り出した。それは昨日、3号と一緒にいた47号のものだった。
「……でかい」
「いや、でかすぎるだろ」
「……埋もれてみてぇ」
「……流石にこれはちょっと引く」
「常人ではほとんどありえない大きさの胸。100万点!」
チモック製ホムンクルス特有の規格外の胸に対する評価は賛否両論だった。そのため生産数や値段もあるがチモックが業界最大手になれないのも致し方なかった。
「……ありね」
どちらかというと否よりの意見が多い中、ユウリは規格外の巨乳を受け入れた。
「ありなのか」
「だって私より大きい胸の相手って中々いないから、たまにはそういうのを味わってみたいわけよ」
「分かるような、分からないような……」
「とりあえずやる気は出てきたわ。こうなったらもう一人、二人買う勢いで行くわよ~」
ホムンクルスの新情報を得てユウリはますますやる気に満ちていた。
「もう一人、二人って一人分でも大変なのに……」
「だよなあ。まずこいつの場合、一生かかっても一人買えるか怪しいけど」
一方でクロースルとイバラはそれを冷ややかに見ていた。特に一体買うだけで苦労しているクロースルの声にはかなり実感がこもっていた。
「それよりそろそろこんなところで立ち話はやめて頂けると助かります」
酒場の真ん中で長々と話している一行についにファンの注意が入った。
「確かにそうね。早く食べてとっとと稼ぎに行くわよ」
「そもそも寝坊したのは誰だよ」
「昨日は3号ちゃんのこと考えてたら中々眠れなかったの」
「本人の前では言わなくていいぞ」
「とりあえず席にどうぞ」
ファンに注意を受けた一行は早々と朝食を済まし、昼食を買い込むと速やかに封魔の大地へと向かった。
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