1-5 大浴場(2/3)

「脱衣所も広いですね」


 女湯の暖簾をくぐった先の脱衣所は広く、衣類を入れる籠やタオル等が数十は設置されていた。


「3号ちゃん、脱いだ服はここにいれておいてね」


「はい。……この魔法陣はなんですか?」


 3号がユウリの指示した籠を覗くと籠の底には小さな魔法陣が描かれていた。


「それは浄化の魔法陣ね。お風呂に入っている間に服の汚れを取ってくれるわ」


「そういうことでしたか。ありがとうございます」


 既に脱いでいる途中のユウリに続いて、3号も服を脱ぎ始めた。


「すみません。遅くなりました」


 3号が服を脱ぎ始めてすぐ、ファンが脱衣所へと入ってきた。


「ファンちゃん、遅かったけどどうかしたの?」


 そんなファンを出迎えるユウリは既に全裸で豊満な胸部と筋肉質な肉体を隠すことなく堂々としていた。


「いえ、特には。それより服を脱ぐの早すぎませんか?」


「待ちに待った。お風呂の時間だしね! さあ、ファンちゃんも脱いで、脱いで!」


ユウリは鼻息を荒くしながらファンに早く脱ぐよう促した。


「そんなに急がなくてもいいじゃありませんか……」


 ため息交じりにファンも服を脱ぎ始めた。すると身長のせいかユウリ以上に大きい双丘が露わになった。


「ファンちゃん、前より大きくなってない?」


「確かに大きくはなっていますがいやらしい目で見るのはやめて頂けませんか? ……3号さんどうしましたか?」


 ファンが3号の方に目をやると3号は胸を手で覆って申し訳なさそうにしていた。


「いえ、お二人ともご立派なものをお持ちだなと思って」


 3号は申し訳なさそうに胸を覆っていた手を離した。そこにあった膨らみは完全にないというわけでもなかったが二人と見比べるとあまりにも小さかった。


「大丈夫よ。3号ちゃん。私、女の子は胸が小さくても、大きくても好きだから」


 ユウリはそう言うと胸を押さえる3号の手を力強く手を握った。


「そ、そうですか? ありがとうございます」


「それより3号ちゃん。近くで改めてみるとお肌すべすべで羨ましいわ。特に……あいた!」


 ユウリは3号の頬に触れるとゆっくりと下の方へと添わせていった。しかし、乳房に到達する寸前でファンがユウリの背中を叩いた。


「ゴーツさんを呼びますよ」


「はいはい、これ以上はやりませんよ」


 ファンがゴーツの名を出すとユウリは渋々3号から離れた。


____________________



「お風呂も大きいですね」


「多い時は30人ぐらい一緒になりますからね」


服を脱いだ3号、ファン、ユウリの三人は大浴場の浴室へと移動した。この大浴場は町の衛生環境維持のために予算をかけて建設されていたためかなり設備が整っていた。


「流石にこんな時間じゃ誰も……あれ、デレーヌさんがいる。珍し~」


浴室内を見渡したユウリは一人で体を洗っているデレーヌを発見した。すると彼女は脇目も振らずにデレーヌに向かって走り出した。


「あっ、ユウリさん!」


「ちょっと待っ……」


 ユウリの突然の行動に3号とファンは声をかけるぐらいしか出来なかった。


「デレーヌさ~ん」


「げっ、ユウリ⁉」


声でユウリの存在に気づいたデレーヌはユウリの抱きつきを自らの体を回転させて回避。そのままユウリの背後へと回ると無防備な背中に肘打ちを叩き込んだ。


「ぐえっ!」


肘打ちを入れられたユウリはそのまま風呂場の床に体を打ち付けられ、潰れた蛙のような声を漏らした。


「ユウリさん!?」


「大丈夫ですか!?」


一連の光景を見ていることしかできなかった3号とファンがユウリの元へと駆け寄った。


「どうして避けるの?」


「お前の目と手がいやらしいからだ」


「だってデレーヌさんがこっちにいるの珍しかったんだもの!」


床に打ち付けられたばかりのユウリだったがデレーヌと軽口をかわせる程度には元気だった。


「ユウリさん、大丈夫ですか?」


「ええ、大丈夫よ。とっさに強化したし、デレーヌさんも手加減してくれたから」


ユウリは立ち上がるとデレーヌの肘打ちを受けた背中をさすった。


「手加減だったんですか、あれで」


「ユウリさん的には十分手加減よ。あれは」


「そうでしたか」


「壊したら弁償が面倒だからな」


 デレーヌが手加減した理由はユウリの体よりも浴室の床のことを心配してのものだった。


「……それはそれとしてお前、3号だったな」


「はい。3号です。改めてよろしくお願いします」


「ああ、こちらこそよろしく。デレーヌだ」


 ユウリの話を打ち切ったデレーヌは3号と自己紹介をかわした。しかし、その後もデレーヌは3号のことを見据えたままだった。


「どうかされましたか?」


「……その、あれだ。3号、お前はその体から成長しないっていうのは本当なのか?」


 3号の質問にデレーヌは言い淀みながら答えた。


「はい。私たちホムンクルスは体が固定されているので成長も老いもしません」


「そうか。……お前はそのことについて不満はないのか?」


「不満ですか?」


「そうだ。その、体のまま成長しないことに不満はないのか?」


「いえ、私の体はチモック様によって作られたものなので不満なんて……すみません、あります。私の体が他の姉妹たちぐらい大きかったらよかったと数えきれないぐらいは思いました」


 最初はチモックへの尊敬もあり不満はないと答えようとした3号だったが、デレーヌの真剣な眼差しに3号は本音を零した。


「そうか。3号、お前も同じだったんだな」


「同じ? デレーヌさんは普通の人間ですよね?」


 3号はデレーヌの言葉に疑問符を浮かべた。


「……3号。多分、お前は勘違いをしている。私はこう見えても成人済みでそこにいるユウリよりもずっと年上だ」


「え!?」


 デレーヌの言葉に3号は驚きの声を上げた。3号の言う通りデレーヌは髪や眼、肌の色を除けば普通の人間だったが年齢は27歳ととっくに成長期は終えていたためデレーヌの十台前半程度に見える体格は成長のしようがなかった。


「小さい時に色々あってな」


「……すみません」


「何、勘違いされるのはいつものことだ。馬鹿にしてるような感じもないしな」


 3号はすぐさま誤解を謝ったが、勘違いされてばかりのデレーヌはそれを流した。


「そんなわけで3号。これからよろしくな」


「もちろんです!」


 この時、成長しないという共通点を持つ二人は改めて熱い握手を交わした。


「……あっ、そういえばもう一つ忘れていた。3号、お前髪馬鹿に何か変なことされてないか?」


 一時の間をおいてデレーヌは再び3号に尋ねた。


「髪馬鹿?」


「ああ、金髪の番頭がいただろう。そいつに変なことされてないか?」


「ケフェッチさんのことでしたか。いえ、特には何もなかったですよ」


 3号は金髪の番頭という言葉で髪馬鹿がケフェッチのことだと気づいた。そのため3号はケフェッチとの約束の通り先ほどの髪のやり取りのことはなかったことにした。


「……いや、嘘はつかなくていいぞ。あの髪馬鹿がこんな綺麗な髪に反応しないわけがないからな」


「まあ、そうなるわよね」


「ですよね」


「ユウリさん! ファンさん!」


 問い詰めるデレーヌに、ユウリとファンはあっさりと白状した。


「こうなることは分かってたしね」


「こういってはなんですけど毎回ケフェッチさんに新人の髪に反応しないよういっても無意味がなんじゃないでしょうか?」


「確かに意味はないだろうけど言わないわけにもいかないだろう」


 ケフェッチの髪好きを止めるのはデレーヌ自身も不可能だと分かっていた。しかし、何も言わずに放置しておくことは出来なかった。


「それはまあ」


「確かにそうですけど」


「……あの、ケフェッチさんはいつもあのような感じなのですか?」


 3号の質問に三人はそれぞれ考えた。


「大体そうね」


「特に綺麗な髪の新人が来た時は」


「だから髪馬鹿なんて呼ばれてるわけだしな」


「そうですか」


 あんまりな言われようだったが先ほどのケフェッチの行動を考えると3号も納得せざるを得なかった。なおケフェッチのことを髪馬鹿と思っている人間は数多いが、実際に口に出すのはデレーヌを含めてそれほど多くなかった。


「まあ、あの髪馬鹿もそれ以外は悪い奴じゃないからそういうやつだと思ってくれ」


「了解しました」


「3号は素直だな。……それはそれとして3号、私から見てもその髪は綺麗だと思うけど何かそのための秘訣はあるのか?」


「秘訣、ですか?」


「ああ、よかったら聞いておきたい」


「そうね。せっかくだから私も」


「私もいいですか?」


 話はケフェッチのことから3号の髪のことへと変わり、ユウリとファンも乗っかってきた。


「申し訳ないのですが秘訣というか私たちホムンクルスの体は成長しない代わりに高い再生能力が備わっているので、髪が痛んでも少し経てば元に戻るようになっているんです」


「……なんだと?」


「……羨ましい」


「……それってもしかして肌荒れとか太ったりもないってことですか?」


「「……⁉」」


 3号の答えに衝撃を受けたデレーヌとユウリだったが、ファンの言葉によって更なる衝撃を受けることになった。


「はい。そうですね」


「「「……!?」」」


 そしてそれに対する3号の答えは三人を驚愕させた。


「……う、羨ましすぎる」


「そ、そうですか?」


「そりゃあそうよ」


「そうですよ」


「そうだぞ。私なんてこの髪の維持にどれだけ金と手間をかけてるか」


 三人の答えは満場一致だった。特にデレーヌは毎月整髪用品を中心に美容にかなりの金と時間をかけているためその想いも強かった。


「……なんというか、すみません」


「いや、別にお前が謝ることじゃないから気にするな」


「そうよ、そうよ。羨ましいのは確かだけど3号ちゃんが謝ることじゃないわ」


「そうですよ。羨ましいのは本当ですけど」


 最初はどうなるかと思われた四人だったがなんだかんだ丸く収まり、女四人で姦しく話題が尽きることはなかった。


____________________



「本当に綺麗になっていますね」


 3号たちが浴場から上がり、脱衣所へ戻ると籠に入れていた服が綺麗になっていた。


「私も初めて使った時には驚きました」


「これがあれば洗濯いらずですね」


「そうですね。ただこれは魔力を多く消費するそうなのでこの町のような魔力資源に優れた場所でないと難しいらしいです」


「そうでしたか」


 この魔法陣を含め、この町にはゴーツが開発した新技術や新設備が多かった。しかし、それは魔結晶で魔力を補え、開発者であるゴーツのお膝元であるこの町だから出来ることだった。


「ねえ、デレーヌさん。また一緒に入りましょうよ~」


「3号やファンならまだいいけどお前とはごめんだ」


 3号とファンが話している一方で、デレーヌはユウリの執拗なボディタッチを的確に捌いていた。

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