1-5 大浴場(1/3)
「……というのがダッツ帝国事変のあらましでこれを機にハーゲン様の名前は一躍有名になりました。続いて……っと、もうこんな時間ですか。すみません、つい語り過ぎてしまいました」
ファンによる傭兵ハーゲンの武勇伝は数時間続いても勢いは全く衰えていなかった。しかし、現在の時刻に気づいたファンは話を切り上げた。
「いえ、ファンさんのことを知れてよかったです」
頭を下げるファンに3号は純粋に感謝を述べた。3号にとって傭兵という未知の世界はとても興味深く、その内容も洗練されていた。
「それならよかったです。また一人ハーゲン様のことを知る人が増えました」
「ファンさんはハーゲンさんのことが大好きなんですね」
ファンのハーゲンを語る様子から3号は彼女が傭兵ハーゲンのことを心から好きなことが理解できた。
「ええ、それはもう。私はハーゲン様のお嫁さんですから」
「……どういうことですか?」
しかし、ファンから出た予想外の言葉に3号は思考が停止しかけた。
「言葉通りの意味です。今から9年と45日前、一人で森に入って熊に襲われた私を通りすがりのハーゲン様が助けて下さったんです。それから私はハーゲン様のお嫁様になると約束したんです!」
3号の質問にファンは当時のことを思い浮かべながら熱く語った。その表情はまるで純粋無垢な少女ようだった。
「そ、そうですか。あの、失礼かもしれないですけどファンさんはおいくつでしたか?」
「私ですか? 私は16歳です」
3号がファンに年齢を聞くと、それがどうかしましたかといった調子でファンは自らの年齢を答えた。
「ちなみに当時のハーゲンの年齢は28歳じゃから今だと37歳になるな」
更にそれに補足する形でゴーツが話に加わって来た。
「……今、ハーゲンさんはどうしていらっしゃるんですか?」
3号は止まりそうな思考をなんとか堪えながらハーゲンの現状について尋ねた。
「それがハーゲン様は8年と128日前に消息を絶たれていらっしゃるんです」
「えっ、それじゃあ……」
「はい、世間ではその時に亡くなられた扱いになっています。ですが私は確信しています。ハーゲン様は生きていらっしゃると、そして成長した私と結婚してくださると!」
ファンはハーゲンの生存と婚約を確信し、希望に満ちた声で語った。
「ちなみに一時的にこの町にハーゲンがいるという噂が流れたらしく、ファンはそれを聞いてこの町にやって来たのじゃ。まあ、噂は噂じゃったようじゃがな」
「……あの時はハーゲン様と再会できると思っていたのですが残念でした」
更にゴーツはファンがこの町に来た理由を補足した。結局、ハーゲンはこの町にいなかったが半ば家出同然で実家を出た彼女はそのまま町に居ついていた。
「そうでしたか。ハーゲンさんに会えるといいですね」
「はい! ありがとうございます」
同情する3号の手をファンは強く握りしめた。
「それじゃあいよいよお風呂ね!」
話が一段落したところを見計らい、ファンと3号の後ろにあった机の裏からユウリが現れた。
「ユウリさん、こんな時間までいらっしゃったんですか」
「当たり前よ。3号ちゃんとお風呂が一緒できるならいつまでだって待つわ。それにハーゲン語りをしているファンちゃんもかわいいしね」
ユウリが机の裏に潜伏していたのは3号と一緒に浴場に行こうと考えてのものだった。
「見世物ではありませんし、私はハーゲン様だけのものですよ」
基本的におおらかな性格のファンも性欲全開のユウリに対してはあたりがきつめだった。
「そうなのよね。本当にこんなかわいい子ほっぽり出して一体どこで何してるんだか?」
「とりあえずいい加減酒場を閉めてよいか?」
「そうですね。長い間すみませんでした」
ファンはユウリの話を無視して、ゴーツへと長時間酒場で語っていたことの謝罪をした。
「よいよい。儂もお主のハーゲン語りの顔には癒されておるからの」
「それならいいんですけど」
「……ひどい差別を感じる」
「日頃の行いの差じゃ。それじゃあ今日はもう閉店。皆、大浴場へ行ってゆっくりと休むといい」
ユウリの愚痴を軽くあしらうとゴーツは閉店の宣言をした。そのためゴーツ含む四人は役場の外へと出た。
「ではまたな」
四人全員が役場の外に出るとゴーツは指を弾いた。すると役場の扉が閉じ、灯りも消え、ゴーツ本人も煙のように姿を消した。
「おやすみなさいませ。ゴーツさん」
3号は役場に向かって丁寧に頭を下げた。
「それじゃあ3号ちゃん行くわよ」
「あれが大浴場ですか?」
「そうよ。中々立派でしょ」
「はい、思っていたよりも大きいですね」
3号がユウリの向いた方へ振り向くと、そこには夜だというのに灯りのついた巨大な建物が建っていた。それこそが今から3号たちが向かう大浴場だった。
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「さあさあ、早く入りましょう。入りましょう」
「ユウリさん。あまり変なことはなさらないでくださいね」
「大丈夫、大丈夫。追い出されない程度には抑えるから」
「はあ……3号さん、もう遅いですし早く入りましょう」
酒場から歩いて数分、3号とファンの二人はユウリに押される形で大浴場の中へと入った。大浴場に入ってすぐは開けた作りになっており、そこから先は暖簾のかかった3つの行き先に別れていた。
「あっ、いらっしゃい。こんな時間までお疲れさ……」
大浴場入り口直ぐで番頭をしていた細身の金髪の男性が3人に気づき声をかけて来た。しかし、その直後男性は血相を変えて3号の前まで駆け出した。
「もしかしなくても君が今日来たっていうホム……なんだっけ? の女の子かい?」
「はい。ホムンクルスの3号と言います。これからよろしくお願いします」
興奮気味の金髪の男性に3号は物怖じせず丁寧に挨拶した。
「……」
「……どうかされましたか?」
金髪の男性は、ただ無言に3号のことを食い入るように凝視していた。
「大丈夫。割といつものことよ」
「3号さんの髪は綺麗ですからね」
「髪、ですか?」
3号が不安になってユウリとファンの方を向くと二人からはそこまで心配しなくていいという風の返事が返って来た。そしてその言葉が気になった3号は何気なく自分の髪へと触れた。
「そう、髪! 人工的に作られたホムンクルス? の髪と聞いてどんなものかと思っていたけどこれは凄い。想像以上だ! 僕はあまり魔法とか錬金術については詳しくないけどこの髪には並々ならぬ情熱を感じる」
3号が自らの髪に触れた瞬間、金髪の男性は興奮気味に彼女へと話しかけてきた。
「そ、そうですか」
3号は金髪の男性の勢いに押され気味であったが、自分の髪が褒められたことは自身の制作者であるチモックが褒められたということでもあるため内心喜んでいた。
「うんうん。出来れば直接触らせてもらっても……」
「はい、そこまで」
金髪の男性は震える手で3号の髪に触れようとしたが間にユウリが割り込んだ。
「あんまりやるとデレーヌさんに言いつけるわよ」
「……そうだね。さっきも釘を刺されたところだし……ユウリくん、止めてくれてありがとう」
「本当しょうがないわねえ」
金髪の男性はユウリに止められたことで落ち着き、ユウリへと頭を下げた。
「3号くんもごめんね。君の髪があんまり綺麗だったからつい気になってしまって、気持ち悪かったでしょ?」
「いえ、特に気にはしていないので大丈夫です。それに、触りたいのであれば私は構いませんけど」
「本当かい!」
3号の言葉に再び興奮状態になった金髪の男性は3号の両肩を掴んだ。
「だから止めなさいって」
「あいたっ」
懲りない金髪の男性の背中をユウリは思い切り叩いた。それにより男性は情けない声を上げた。
「本人がいいっていってるのに駄目なのかい?」
「3号ちゃんがいいならいいけどがっつきすぎなのよ。髪もだけど本人にも優しくしなきゃ」
「……ああ、確かにそうだ。何度もごめんね。3号くん」
ユウリの正論に金髪の男性は3号に対して、再び頭を下げた。
「いえ、確かに少しびっくりはしましたけどそんなに気にせず大丈夫ですよ。なのでどうぞ」
金髪の男性の真摯な様子から3号は改めて髪に触ることへの許可を出した。
「それじゃあお言葉に甘えて……」
金髪の男性がチラリとユウリの方を向くとユウリはため息をついた。
「分かったわよ。でも次、変なことやったら今度は本気でいくわよ」
「……気をつけます」
金髪の男性はユウリの言葉に気を引き締め、ゆっくりと3号の髪に触れた。
「……ふむ、見た目も凄いけどこの肌触り……人形とかに使われるようなものとは全然違う。限りなく本物に近い……」
3号の髪に触れた金髪の男性は、真剣な表情で3号の髪について評価を始めた。
「ユウリさん、よく許しましたね」
「だって今止めちゃうと私が3号ちゃんの髪に気安く触れなくなっちゃうでしょ」
「……そういうことですか」
その最中、ユウリの下心ある思惑にファンはため息をついた。
「……あの、ファンさん、ユウリさん。今更なのですが一つお聞ききしてもいいでしょうか?」
「どうしましたか?」
「どうしたの、3号ちゃん?」
「この方は一体どういった方なのでしょうか?」
3号は今も自らの髪を堪能している金髪の男性について尋ねた。
「……髪好きな変わった人ですね」
「変わったというか変態でいいと思うのよね。ああ、名前はケフェッチっていってこの大浴場の番頭の一人よ」
「……ん~、最高♪」
勝手に紹介された金髪の男性、ケフェッチだったが3号の髪を触って満足しているその姿は紹介内容通りという他なかった。
「ケフェッチさん、ですか。番頭の一人ということは他の方もいらっしゃるんですか?」
「はい。大体はゴーツさんかケフェッチさんですけど」
「そうですか」
「……ふう。ありがとう。とてもよかったよ。あっ、このことはデレーヌには内緒にしておいてもらえるかな」
3号の髪を存分に堪能したケフェッチは、3号たちに口止めを申し込んできた。
「いいわよ」
「まあ、それぐらいなら」
「すみません。私、デレーヌさんという方をまだ知らないのですがどんな方でしょうか?」
口止めに対してユウリとファンはいつものことなので了承した。しかし、3号はデレーヌのことを知らなかったため申し訳なさそうにデレーヌのことを尋ねた。
「デレーヌさんは白い髪の女性ですから見ればすぐに分かると思います」
「白い髪ですね。了解しました」
ファンはデレーヌの最大の特徴である白い髪に伝えると3号はゆっくりと頷いた。
「いいよね。デレーヌの白い髪」
「……また始まった」
一方でまた髪の話をしようとするケフェッチにユウリは呆れていた。
「とにかく私もデレーヌさんには先ほどのことが伝わらないよう気を付けますね」
「ありがとう。3号くん。それにユウリくんにファンくんも」
口止めを了承してくれた三人へとケフェッチは頭を下げた。
「デレーヌさん怒ると怖いしね」
「そうなんだよね。怒ると髪に悪いのに」
「いや、悪いのはあんたでしょ」
「……うん、そうだね」
ユウリの正論にケフェッチは苦笑いを浮かべた。
「長くなっちゃったけど入りましょう」
「そうですね」
「あっ、待って。3号くんは初めてだから最低限の説明はしておくね。ここは男湯と女湯と個室に別れていて、男湯女湯は一日一回無料で二回目以降は200G、個室は一回1000Gになっているんだ」
ケフェッチは女湯に向かう三人を引き留めて大浴場に関する説明を始めた。ケフェッチの説明通りこの先の三つに分かれた通路の左右はそれぞれ男湯と女湯、そして中央の個室に続いていた。
「男湯女湯は分かりますけど、個室もあるんですか?」
「うん。この町には色々と事情がある人たちもいるからね。そういう人たちのために個室が作られたんだ」
「それじゃあ私と3号ちゃんで個室をつかってもいいかしら?」
「え、ユウリさん。それはどういう?」
「ユウリさん。ゴーツさんに無断で手を出したらこの町から追い出されかねないですよ」
ユウリの思惑に気づいたファンは呆れながらユウリへと釘を刺した。
「冗談よ。冗談。今日は女湯に一緒に入れるだけでよしとするわ。行くわよ。3号ちゃん」
「は、はい」
「二人とも待って下さ……」
風呂場へと先行するユウリと3号に続こうとしたファンだったが途中で足を止めた。
「どうかしたのかい?」
「もし何かあったら叫ぶのでゴーツさんを呼んでください」
ファンが立ち止ったのはユウリが何かやらかした時の保険の話だった。
「ああ、そういう。でも今日は大丈夫だと思うよ」
「どういうことですか?」
「今日は個室が埋まっていたから女湯にはデレーヌが入ってるんだ」
「それなら安心ですね。それでは一風呂いただきます」
「どうぞ、ごゆっくり~」
ファンはケフェッチに一礼すると足早に脱衣場に向かい、ケフェッチはそれをにこやかに見送った。
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【キャラ情報】
名前:ケフェッチ
種別:人間♂
年齢:24歳
身長:165㎝
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