1章(全5話) 旅立ち

1-1 ホムンクルス、ついに買われる!(1/2)

「……51号、買われるの早かったですね」


「そうね」


共歴1300年、チモック製販売用ホムンクルス3号は後輩のホムンクルス47号と共に部屋の片づけを行っていた。この部屋は彼女たち二人のものではなく、つい先ほど買われたホムンクルス51号が使っていた部屋だった。


「3号先輩、冷たいです」


3号の素っ気ない返事に47号は拗ねてその場に座り込んだ。ただそれだけの動作だがチモック製ホムンクルスらしい常人離れした胸部は大きく揺れた。


「……はあ、そんなんじゃ日が暮れちゃうわよ」


3号はそんな47号を一瞥だけすると片づけを続けた。彼女の製造から10年ほど経過したが、ホムンクルスという成長しない存在である彼女の小柄な体つきに一切の変化は見られなかった。彼女の見た目の変化といえばリボンで二つ結びにされるようになった髪型ぐらいだった。


「……だって、48号も先に買われたじゃないですか」


「気にし過ぎよ。あなたはまだ3カ月でしょ。確かに早い子は早いけど大体4、5カ月ぐらいよ」


 座ったまま弱音を吐く47号に3号はようやく片づけの手を止め、彼女のことを励ました。


「そんなものですか?」


「そうよ。たまに半年ちょっとかかる子もいるけど今まででも精々5、6人。一番長かった32号でも8カ月だったわよ」


「結構なが……あれ、先輩は?」


「……私? 私は数にいれちゃ駄目よ。不良品なんだから」


 47号の質問に3号は自らの胸の前で手を振り、手が当たらないほど小さな自らの胸を自虐的に笑った。チモックがホムンクルス販売を始めてから52体のホムンクルスが製造されたが胸囲が100cmを下回るホムンクルスは未だに3号だけだった。


「そんなに胸って重要なんですかね?」


「チモック様もそうだし、そうなんじゃないかしら」


 チモックが大の巨乳好きなのもあって客層も同類ばかりだった。そのため開業当時からいる3号は未だに買われることなく、3号の中で巨乳こそがいいものという片寄った認識になっていた。


「さあ、無駄話はこれぐらいにして片づけを終わらせないと」


「そうですね」


 そういって3号は話を打ち切ると部屋の片づけを再開した。


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「……うん、これはおいしいな。今日の食事当番は3号だったかな」


「はい、今日は隠し味にグリーンスパイスを入れてみました」


「3号、また腕を上げたわね」


「ありがとうございます」


「3号先輩が当番の日はおいしいからね」


「これが経験のなせる技……」


 時は流れ夕方になると、3号はチモックとマリア、47号を含めた他の販売用ホムンクルスたちへ夕食を振舞っていた。そして彼女のアレンジを加えた新作料理は中々の好評だった。


「よかったら後でレシピをまとめておきますね」


「やったー!」


「ありがとうございます!」


 チモック製販売用ホムンクルスには最初から家事知識が記録されていた。その上で3号には10年分の研鑽があったため料理の腕前は並の料理店を上回るものだった。そのため3号が料理当番の日には他ホムンクルスのテンションはいつもより高めだった。


____________________



夕食後、自室に戻ったマリアが書類の整理をしていると部屋の扉が小さくノックされた。


「……3号ね。どうぞ、入ってちょうだい」


 長年の付き合いからノックの相手を3号と察したマリアは、彼女を快く部屋の中へと迎え入れた。


「失礼します。マリアさん、何か手伝うことはありますか?」


「大丈夫よ。それからこの前の消耗品の補充ありがとうね」


「いえ、お忙しそうでしたから。……それでは錬金素材の在庫確認だけしておきますね」


「いつもありがたいけど無理はしないでね」


「はい、お気遣いありがとうございます」


 3号はマリアへ頭を下げると部屋から出て行った。


「……十分無理してるようにみえるのよねえ」


 3号が出て行って少しして、マリアは天井を見上げながら一人呟いた。


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『マリア、こんな時間にどうした?』


『すみません、3号のことで少し話したいことがありまして』


『そうか。ならちょうどよかった。私も3号のことで相談しようかと思っていたところだ』


「私の話……?」


在庫確認を終えた後、3号がチモックの部屋の前を通りかかると中からチモックとマリアが何か話しているのが聞こえてきた。その内容が自分の話だと気づいた彼女はいけない事とは思いつつも扉にそっと耳を当てた。


『最近の3号の様子はどうだ?』


『相変わらずいい子ですよ。自分の仕事に加えて、新人への教育から他の雑務まで進んでやってくれています。本来は私がやらなければいけないことまでやってくれていますし大変ありがたいです』


『そうだな。私も3号にはかなり助けられている』


「……」


 3号は息を殺してチモックとマリアの言葉に聞き耳を立てていた。しかし、二人の会話から自分が二人の役に立てていると知り、ほっと安堵した。


『……ただ』


『ただ?』


「……ただ?」


「……!」


 しかし安堵したのも束の間、続いたマリアの言葉によって3号に緊張が走った。


『引け目を感じているように見えますね』


『……お前の目から見てもそうみえるか』


『はい。それは』


「……!?」


3号は自分にできうる限りの仕事を毎日こなしていた。しかし、それが売れ残りから来る焦りであることにチモックもマリアも、そして彼女自身も気づいていた。


『一番いいのは買われることだとは思いますが……』


『私も知り合いに声を掛けてはいるがさっぱりでな。ホムンクルスに興味がないか、他で買っているかのどちらかだ』


 チモック製ホムンクルスの品質は間違いなく最高級だが他の愛玩用ホムンクルスと比べて数倍から数十倍の値段がした。そのため極度の巨乳好き以外への人気は振るわず、3号のような体格のホムンクルスが欲しければ多少質は落ちてもよそのホムンクルスで十分だった。


『値段を安くすることも考えたが、お前はどう思う?』


『……そうですね。それでは余計にあの子を傷つけてしまうでしょうし……それにそれでも買い手が現れなかったら今以上にショックを受けてしまうかもしれません』


『お前もそう思うか』


『はい』


『……やはり値下げは最終手段だな。マリア、この話はくれぐれも他言無用だぞ。あの子も私の大切な娘の一人なのだから』


『……承知しました』


 3号の容姿はチモックの好みとはかけ離れていたが自分が造ったホムンクルスである以上、チモックは彼女のことを他のホムンクルスと同様に気にかけていた。これは当時からチモックに連れ添い、長年彼女のことを見てきたマリアも同様だった。


「……」


二人の話を聞いた3号は重い足取りで自室へと戻っていた。


____________________



「……私はどうしたらいいんだろう?」


部屋に戻った3号は倒れこむようにベッドに横になって天井を見上げた。


『いや、自分。小さい子には興味がないので』


『確かにかわいいけど……これぐらいなら他で買った方が……』


『ワシは巨乳を……じゃぞ。……いらんでおじゃる』


『……俺は……買って……』


3号の脳裏に造られてから今まで会った客の顔とその時の言われた言葉が次々と蘇っていった。


「……どうしてこんな体に」


3号は周囲には気丈に振舞っていたが常に否定され続けてきた彼女の精神は限界寸前だった。チモックやマリアのことを恨めればもっと気は楽だったかもしれないが、自らのことを気にかけてくれている二人を恨むことは彼女には出来なかった。


「…………本当にどうすればいいんだろう」


このままチモックやマリアの補佐をしながら新人ホムンクルスたちの教育係をするという生き方も決して悪いものではなかった。しかし、彼女はそのことに納得出来ずにいた。

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