第5話 よく分からない人

「お店の方は大丈夫なんですか?」


 お昼過ぎ。あたしは、家にいるルーさんにそんな事を尋ねた。飲食店なら、お昼は稼ぎ時だと思うんだけど……。


「あー大丈夫大丈夫。お店自体はまだオープンしてないから」

「え、そうなんですか?」

「オープンは一週後を予定していてね。それまでは準備期間なんだ」

「なるほど……」

「君にはそれまでに仕事のやり方を覚えてもらわないとね」

「が、頑張ります!」


 ……正直、不安だ。

 接客なんてやったことない。あたしにできるかどうか。


 そのとき、そんなあたしの不安を吹き飛ばすようにルーさんが柏手を打った。


「じゃあ、始めようか」


 するとルーさんは紙とペン、そしてインクの入った瓶をあたしの前に置く。

 置いてからにっこりと言った。


「まぁ、こっちの方は一週間でどうにかなるなんて思ってないから、気楽ね」


 ***


「まずはこの36文字の書き取りから始めてくれ」

 そうルーさんに言われて、あたしはペンを手に持った。

 書き取りというのは、ルーさんに渡された本に書かれている「文字」というものを紙に書いていく練習のことだ。

 前々から思ってたけど、「文字」って変な形してるよね……。

 あたしはそんな訳のわからない形をしたものをひたすら紙に写していく。

 ペンなんて使ったこともなかったから、手がとても疲れる。それにインクで手が汚れるし……。


 1時間後。


「て、手が痛い……」

「ははは、力み過ぎだよ」


 ***


「ほら、手出して」

 言われて手を出すと、ルーさんはインクで汚れたあたしの手をタオルで拭ってくれた。

 拭いながら、ルーさんは笑う。

 ルーさんはよく笑う人だ。

 何がそんなに楽しいんだろ?


「あの、一つ聞いてもいいですか?」

「? なにかな?」

「どうしてあたしに勉強を教えてくれるんですか?」


 ルーさんはあたしの手を離すと、そのままの笑顔で答える。

「これも投資だよ」

「とうし?」

「君の能力が向上すれば、所有主である僕の利益にも繋がる」

「……」


 それからルーさんはあたしの頭を撫でる。


「君に契約を持ちかけたのもそう。目標を設定してやれば、君はそれに向かって走るしかないだろ?」

「……」


 確かにその通りだ。あたしにはそれしか選択肢がない。

 でもそれって、なんだかとても悔しい……。


「ふふ、顔にもついてる」 

 そう言うと、ルーさんはあたしの頬も拭ってくれる。


「!」


 ……正直、この人のことがよくわからない。

 この人はあたしの事を奴隷として見ているけど、奴隷としては扱っていない気がする。

人と接するように、あたしと話して、触れてくれる。

 奴隷商人さん達とは全然違う。


 人でなく、ただの物として生きる人生。

 殴られ、鞭で従わされ、ロクにご飯も貰えない。

 奴隷になって、もう希望なんてないと思っていた。

 けど、今はその真逆の生活を送っている。


 ──奴隷って案外こんなものなのかな?


 ルーさんはあたしの顔から手を離す。


「それに君を育てておけばいざという時に、高値で売り飛ばせるしね」

「⁉︎」

「そうなりたくないなら、一刻も早く自分を買い戻すことだ」

 そう言ってルーさんはまた笑う。


 もしかしてこの人が笑ってる理由って、あたしをいじって楽しんでるからなんじゃ……?


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